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第十六章 三年目の始まり

放課後

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「リィカさん、やはりすごいです!」

 放課後。
 リィカの手を握って言ったのは、レーナニアだった。

「特にあの、水の塊の魔法。別にあの方は助けなくても良かったのですが、あのような魔法は初めて拝見しました。あれは一体どのような魔法で?」

 かなり興奮している。途中、聞いてはいけない言葉が聞こえてしまった気がしたリィカだが、魔法についての質問を続けられたことで、それは一瞬でリィカの頭から消えた。

「え、と……」

 答えていいのかどうか。迷うようにユーリを見て、苦笑しつつも頷いたのを確認して、レーナニアに向き直る。

「あれは、旅の間にできるようになった混成魔法でして……」
「混成魔法……!」

 レーナニアが驚いて嬉しそうな声を上げる。けれどすぐに首を傾げた。

「ですが、あのような混成魔法はなかったですよね? 確か、熱湯を出すものと、それを攻撃用とした魔法の、二種類だったと記憶しておりますが」

 さすが筆記試験二位、とリィカは内心で思う。頭の良さ、知識がすごい。

 熱湯を出す魔法は《熱湯アクア・カリエンテ》。攻撃用としたのは《水蒸気爆発スチームバースト》だ。過去に生み出されたとされる混成魔法は、この二つだ。

 リィカは魔法が好きだから、勉強して混成魔法のことを知った。レーナニアは、そんなに魔法は使えないはずなのに、きちんと勉強してそれらを知っていたらしい。

「その二つも使えます。あれはそれ以外に覚えた混成魔法で、《防御シールド》の水属性版と思って頂ければ」
「そんな混成魔法もあるのですね。もしかして、他にもありますか?」
「えっと、はい、まあ色々……」

 レーナニアに詰め寄られて、リィカの腰が引けている。
 確かに色々ある。一体いくつ混成魔法を使えるようになったのか、そういえば数えたことがない。ユーリが使えるものもある。泰基が使えていたものは、少なくとも存在していることは確かだ。

「全員、詠唱なしで魔法を使うのか?」

 アークバルトが、やはりこちらも興味津々な様子で、話に入ってきた。

「リィカ嬢は旅に出る前から詠唱なしで魔法を使っていたという話だったけれど、アレクもユーリッヒも詠唱していなかった。バルムートは魔法は使っていなかったが」

 これには、アレクが手を振って否定した。

「俺とバルが詠唱なしで使える魔法は、エンチャントだけです。後は詠唱しないと無理です」
「そうなのか?」
「というより、アレクは碌に詠唱すら覚えていないことが分かりましたけど」
「余計な事を言うな、ユーリ」

 旅の間のエピソードを付け加えるユーリを、アレクがギロッと睨む。そのやり取りを、リィカは笑いたくなったが堪えた。詠唱を全く覚えていないのは、自分も同じだ。

 アークバルトは意外そうでも何でもなく、頷いた。

「まあ、そうだろうね。そんなことを言うということは、アレクがエンチャント以外に魔法を使う機会があったのか」

 これには、アレクは曖昧に笑う。あまり話したい内容でもない。何か別の話題を、と思ったら、次にレーナニアが発した言葉に驚いた。

「そういえば、フランティアさんとエレーナさん、詠唱なしで魔法を唱える方に会った、と仰っていましたよね」
「え? そうなんですか、エレーナ?」

 ユーリが驚いて自らの婚約者に声をかける。リィカもアレクも驚き、バルもマジマジとフランティアを見た。

「はい、まあ。魔物の退治をしているときに」

 昼休みの時の機嫌が治っていないのか、ユーリに答えるエレーナはフイッと視線を逸らせている。
 その様子を見てユーリが肩を落とし、代わりに答えたのはフランティアだった。

「そうなんです。すごいですよ、闇魔法ですよ闇魔法。バルムート様たちも見たことないでしょ?」
「……あん? やみ?」

 闇魔法は、今やその使い手はほぼいない。
 闇魔法の使い手に、出会ってはいる。一人は、聖地の代表であり闇魔法の教会の神官長でもあるイグナシオ。そしてもう一人は……。

「ダラン君って言うんだけどね、すごいの。私たちとそんなに年変わらなそうなのに、詠唱しないし、魔法の威力強いし、判断的確だし。Bランクの冒険者って言ってた」

 フランティアの話す人物について、あまりにも心当たりがありすぎる。リィカとアレクがこっそり視線を交わす。

「すごく強いのに、勇者様に憧れてるって言ってね。少しでもいいから、話を聞きたいって言ってたんだよ。でも、バルムート様たちと実際どっちが強いのかなぁ?」
「……………」

 楽しそうに話を終えたフランティアに、バルは眉をひそめる。何もなければ、そんなの知るか、の一言で済む話だが、そんなわけにもいかない。

「……話を聞きたいって、何か話でもしたのか?」
「うん。バルムート様たちのこと、話したよ」

 魔物退治をするのに、ハリスに相談したこと。冒険者ギルドでダスティンに出会い、二度目の時にダランに会った。
 勇者に憧れていてその話を聞きたい、というダランに、その情報を報酬として護衛を頼んだこと。

 そして、話をした内容までを実に分かりやすく説明をしたフランティアは、目の前で眉を寄せているバルに、首を傾げた。

「どうかした?」
「……いや、何でもねぇ」

 バルは、色々問いただしたいのを堪えて、そう答えた。必要以上に聞けば、いらない心配をさせることになる。だから笑って、ごまかす。

「それよりお前、先生方まで巻き込んでたのか。そんなに魔物退治したいなら、今度一緒にやるか?」
「いいね! どっちが多く倒せるか、競争しよう!」
「どう考えても、お前に負ける気しねぇけどな」
「そんなことない! 私が勝つの!」

 バルとフランティアのそのやり取りに、笑いが起きた。
 そんな中、教室の扉が開いた。姿を現したのは、五十代くらいの女性だ。

「クレールムさん、お待たせ。寮の案内をするわ」
「は、はい。よろしくお願いします」

 リィカが立ち上がって、軽く頭を下げる。そして、一緒におしゃべりしていた面々を見回した。

「じゃあ、今日はこれで失礼します。また明日よろしくお願いします」

 リィカは身分が貴族になったことで、これまでいた平民用の寮から貴族用の寮に引っ越すことになる。
 荷物はまとめて運んでくれるというのでお願いしてしまったリィカだが、貴族用の寮の中がどうなっているのか知らないし、ルールなども分からないから、教えてもらうのだ。

「またな。……何かあったら呼べよ」

 アレクが心配そうに言われても、リィカとしては困る。

「貴族の女性寮は、男性立ち入り禁止って聞いたけど」
「……そ、それは、そうだが」

 リィカの返しにアレクは口ごもるが、アークバルトが考えるように言った。

「そう考えると、リィカ嬢の入寮はどうなのかな。なんなら王宮に来る?」
「えっ!? ……あ、い、いえ、その」

 リィカが慌てふためいて、意味ある言葉にならない。というか、王宮に来るというのを、そんなに軽く言っていいものなのか。

「王太子殿下、ご心配には及びません。身分の差があってもなくても、中傷誹謗は寮長たる私が許しませんので」

 アークバルトに答えたのは、教室の外から入ってきたその女性だ。穏やかな笑みを浮かべ、王太子相手にも全く怯んだ様子はない。

「……うん、そうだな」

 アークバルトが一つ頷いた。

「リィカ嬢、パウエル男爵夫人は頼りにしていい。困ったことがあったら相談して。でも何かがあれば、私たちへの報告は忘れないようにね」
「は、はい、分かりました。ありがとうございます」

 リィカはぎこちなく答えて、頭を下げる。
 正直に言えば、アークバルトにはまだ慣れない。何というか、アレクには感じない威圧感というか、"王子様"感がある。生まれからして"上に立つ者"としての雰囲気がある、とでも言えばいいのだろうか。

 とはいっても、決して悪い人ではないし、何かと気遣ってくれているのも分かる。むしろ、アレクが気さくすぎるだけで、普通はこんなものなのかもしれないが。

 いつか慣れるといいな、と思いつつ、リィカは教室を後にしたのだった。
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