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第十六章 三年目の始まり

模擬戦②

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 リィカは驚いて、もう一度その男子生徒に顔を向けようとした……が、その前にアレクに腰をひかれて、それはできずに終わる。

(……って、腰?)

 リィカがそう考えたのは、ほんの一瞬。すぐにアレクの手が自分の腰に回っていることに気付いた。

「ア、アレク……! 手……!」

 こんな衆人環視の中で、されていいことじゃない。あまりにも自然に腰に手を回されたせいで、まったく違和感がなかった……、とリィカは心の中だけで言い訳する。

「んー、まあ確かに、このままでは戦えないか」

 顔を赤くして慌てるリィカとは対照的に、アレクは冷静で、その口調は少し残念そうだが、素直にリィカから手を離した。
 それにホッとしながらも、これを見ている生徒たちにどう思われたのか、想像すると怖い。

 試合開始時と同じ場所に立つと、先に戻っていたバルとユーリが苦笑していた。その笑みの意味が分からずにリィカが首を傾げると、口を開いたのはユーリだった。

「混成魔法は使用禁止と言ったじゃないですか。リィカの反則負けでいいですか?」
「ダメ」

 リィカは速攻で言い返す。
 あれは突発的な試合外での出来事だ。大体、あの状況で自分がとっさに普通の《防御シールド》を使えるなど、ユーリだって思っていないだろうに。
 ややムスッとしたリィカの返答にユーリは頷くが、少し残念そうだ。

「まあ、しょうがないですね。あれはいいとしましょう」

 そんなリィカとユーリのやり取りにアレクとバルは苦笑し、同時に剣を構える。まだ模擬戦は終わっていない。このまま話を続けるわけにはいかない。

 だがリィカは、アレクの構えた剣が曲がっているように見えて、思わずアレクを凝視する。
 その視線に気付いたアレクが、目でリィカに何かを促した。その方向は、バルだ。離れているから分かりにくいが、バルの剣もおかしい気がする。

「さっきのやり取りで剣が駄目になった。お互いに、あと一回使って終わりだな」
「そっか」

 であれば、おそらくその時点でこの模擬戦も終わるだろう。リィカはそう確信し、そしてユーリとバルと、視線が交差する。

「《火炎光線ファイヤーレイ》!」
「《結界バリア》!」

 最初に動いたのは、リィカ。そこから間髪入れずにユーリも魔法を唱える。

 リィカは、先ほどと同じく魔力付与を施した、細く鋭い火炎の光を打ち出す。そして、ユーリの放った《結界バリア》を見て、ニッと口の端を上げた。
 小さいが、何枚にも連なった《結界バリア》だ。正面からリィカの魔法を迎え撃つつもりなのだ。

「いけぇ!」
「させません!」

 リィカとユーリが同時に叫ぶ。

 リィカの放った火炎の光は、次々とユーリの《結界バリア》を破っていく。しかし、ユーリの表情は変わらない。

 一方のリィカは、少し表情が悔しげになっていく。《結界バリア》を破るごとに、魔法が力を失っていっているのが分かる。

 ――バシュン
 ――パリィン

 その音が同時に響く。
 リィカの《火炎光線ファイヤーレイ》と、ユーリの《結界バリア》の最後の一枚が、同時に消えた。

「「引き分けっ!?」」

 リィカとユーリ、その叫びが重なる。
 その瞬間に、同時に中央に飛び込んでいったのは、アレクとバルだった。

「【金鶏陽王斬きんけいようおうざん】!」
「【天竜動斬破てんりゅうどうざんは】!」

 アレクが火の、バルが水の直接攻撃の剣技を放つ。火と水が激突して、凄まじい水蒸気をまき散らす。
 その瞬間、アレクとバルの二人の耳に、バキッという音が聞こえた。


※ ※ ※


「試合終了! 引き分けとする!」

 教師の言葉が響いた。
 リィカたちはお互いに礼をして、試合場から降りる。

 水蒸気が晴れた後、アレクとバルの持つ剣は、根元から折れていた。その剣を見た教師が、それ以上試合を続けるのは無理と判断したのだ。

 会場はザワついている。それを教師が声を張り上げて、教室に戻している。
 本来なら、それをしなければならないはずのハリスだが、まず試合を終えたばかりの四人に近づいてきた。

「四人ともご苦労だった。怪我はないか?」
「大丈夫です。怪我をするほどのことはしていませんから」

 代表するように答えたアレクを、ハリスはマジマジと見つめて、やがて大きく息を吐いた。

「……そうか、なら良かった。とんでもなくレベルの高い試合だと思って見ていたが、お前たちにとっては、そんなものなんだな」

 そして、このまま待つように言って、ハリスは周囲にいる他の生徒たちに声をかけ始めた。
 その後ろ姿を見ながら、リィカは首を傾げた。

「そこまで試合すごかったのかな?」
「リィカは混成魔法、使っちゃいましたし」
「だからっ、それはしょうがなかったの!」

 またも言ってくるユーリに、リィカは言い返すが、ユーリは妙に残念そうな顔だ。

「あのまま当たれば面白いなぁと思ったんですよね」
「え」
「僕があちらを追えば良かったです。ピンポイントにあいつの元に魔法が向かうなんて、思いませんでしたから。失敗したなぁと」
「…………」

 何となく、リィカは無言になる。それは駄目でしょ、というツッコミは、一応頭には浮かんだが、何となく口に出し損ねた。
 つまりは、混成魔法なんか使わずに、普通の《防御シールド》を使って、防御し損ねて欲しかったのだろうか、もしかして。

「ちっとは思ったな。そのまま当たれと」
「仮に何か文句を言っても、お偉い魔法師団様の息子なんだから、自分で何とかすれば良かっただろう、と言い返して、さらに怒るあいつを見てみたかった」
「……………」

 バルもアレクも何言ってるの、と思ったリィカだったが、やはり口には出し損ねた。ナイジェルという人に対して、三人がどう思っているのか、とても分かりやすい。

「……あの人、わたしに余裕のつもりか、とか言ってたけど、どういうこと?」

 とりあえず、要注意人物を思わぬ形で知ってしまい、疑問を片付けておくことにした。面倒なことになりそうな予感しかしない。

「お前が助けた挙げ句に、心配する言葉を掛けたからだろう」
「……それの、何がダメ?」

 あの状況で、それは普通のことなのではないだろうか。

「あいつからしたら、お前は恨みの対象だ。……いや、競争相手とか敵とか、思っているかもしれないが。その敵が、あっさりと自分を助けたばかりか、なぜか気遣う言葉まで言ってくる」
「……てき」

 てき。敵なのか。まさか、そんな単語が出てくるとは。

「つまりは、そんなことができるほどお前には余裕があるのか、ということを言いたかったんだろう」
「…………」

 無言でリィカは考えた。何となく、分かったような分からないような。
 けれど、一つ疑問がある。

「わたし、あの人がナイジェルだって知らなかったし。そもそも王太子殿下に教えてもらわなきゃ、魔法師団の人たちのことも知らなかったんだけど」

 余裕も何も、知らない相手にそんなことを考えるはずもない。
 自分が放った魔法が、不測の事態で飛んでいったのだ。防御できるのだから、普通はしようと思うだろう。

「自分たちが敵視している相手が、自分たちのことを知らないなんてあり得ない。そう思っているんだろうな」
「………………」

 面倒くさい、という本音を口に出しはしなかったが、たぶん表情には思い切り出た。

 何だそれは。碌に会ったこともない人たちの事を、知っているはずがない。なのに、どうして知っていると思えるのか、リィカには謎すぎた。
 大きく、ため息をついた。

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