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第十五章 帰郷
国王は策を考える
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そのパーティーの開催の発表は、急だった。だがそれでも、王都にいた貴族のほとんどは文句を言うこともなく参加を決めた。
勇者一行が魔王を倒して帰還した、その祝いのパーティー。参加しないなど、あり得ないことだった。
しかし、当の勇者とその父親は元々いた国へ帰ったと聞いて、表面上はともかく内心ではガッカリする貴族が多かった。その代わりとでも言うように、パーティーで注目を集めたのは、明るい栗色の髪をした、鮮やかなイエローのドレスに身を包んだ少女だった。
※ ※ ※
「リィカ嬢、良く無事で戻った」
「はい、国王陛下。勇者様やアレクシス殿下方のおかげで、こうして無事に戻ってくることが叶いました。……陛下へのご挨拶より先に母の元へ参ったこと、申し訳ございませんでした」
リィカはドレスをつまみ、カーテシーをして国王に挨拶をしていた。冷静を装っているが、心臓はバクバクである。ギリギリ及第点で構わないから、このやりとりが合格点に達している事を祈るのみだ。
「なに、構わぬよ。母君とてそなたを心配されていたであろう。こうして王宮へ来てしまえば、しばらく解放することは叶わなかったからな。むしろ先にそちらに顔を出してくれたからこそ、儂も安心して王宮に留めることができた」
「……恐縮です、陛下」
とりあえず返事に困ったら「恐縮です」と言っておけば大丈夫、とルシアの言葉を思い出す。確かに何とでも解釈できそうな言葉だし、礼儀も保っているし、便利だ。
そんな身も蓋もない事を考えていたリィカだが、国王や王妃、そして聞き耳を立てている貴族たちが、リィカがそつなくやり取りをしていることに驚いていることには気付いていない。
そんなやり取りを経てパーティーが始まり、音楽が流れ出す。
「リィカ」
アレクの差し出された手に、リィカも自らの手を重ねる。ダンスが始まった。
旅立ちの前に行われたパーティーでは、ダンスはなかった。召喚された勇者二人が踊れなかったからだ。
今回も、平民であるリィカに配慮して、最初はダンスをする時間を入れる予定はなかったのだ。それが急遽変更になったのは、リィカが「踊れる」と聞いたからだ。
だが、付け焼き刃に過ぎないだろうし、実際どれほどのものかと国王は心配していたのだが、そんなものは不要だった。同年代の大抵の貴族令嬢より、上手に踊れているように見える。
「へえ」
「まあ……!」
二人の踊りを見て、アークバルトが少し驚き、レーナニアが目を輝かせている。
そう。実は、今踊っているのはアレクとリィカの二人だけである。他は見物人だ。国王がザッと見回すと、大体の反応はアークバルトのように驚いているか、レーナニアのように感動しているか、そのどちらかに見える。
「綺麗ですわよね、リィカさんの踊り」
「そうであるな」
王妃に話しかけられ、国王も頷いて返す。上手、というよりは、確かにその方が的を射ているかもしれない。綺麗だからこそ、余計に上手に見えるというべきか。
「リィカさん、ダンスがあるって聞いたとき、なんでって悲鳴を上げたの。でも、アレクに復習しようと言われて、一緒に踊っているのを見て、大勢の中に紛れてしまうことが、もったいないと思ったの」
「それでごり押ししたのか。最初は、アレクとリィカ嬢の二人だけでダンスを、と」
「ええ。リィカさんは真っ青になっちゃったけれどね」
王妃はその時のことを思い出したのか、少しおかしそうに笑う。けれど、楽しそうに踊っているアレクとリィカの二人を見て、その目を細めた。
「陛下、今後リィカさんをどうなさるおつもりで? このまま、一人の平民としておくつもりはないのでしょう?」
「ああ。……もう一つ、何かと口出ししてきそうなうるさい奴らを、黙らせる理由があれば良いのだが」
国王はため息をついた。目下の悩みは、今後のリィカの処遇だ。
リィカは貴族ではない。平民だ。この国に留まり、この国のために尽くす必要はない。だが、この国の民であることに違いはない。
もともと膨大な魔力を持って、学園でもユーリッヒを押さえて、魔法の実技で一位を取るほどの実力の持ち主。それがこの旅でどうなったのか。漏れ聞こえてくる噂話だけでも、何もせずに手放すには惜しい。
それに、アレクとの関係も気になる。
だが、それだけならば急ぐ必要はなかった。リィカは国立の学園の学生だ。その動向を観察するのは難しくない。卒業するまで待っても良かったのだ。
しかし、そうも言っていられなくなったのは、魔王が倒れたと思われるほとんど直後に届けられた、北の巨大帝国ルバドールからの手紙が原因だ。
「さっさと何とかしないと、ルバドールの皇子殿下にリィカさんを盗られるわよ」
「分かっとるわい。全く、何をして巨大帝国の皇子になんぞ、気に入られてしまったのやら」
明確ではなかったものの、書かれていたことは第二皇子ルベルトスからリィカへの求婚である。その手紙のせいで、猶予がなくなった。様子見などしていたら、あっという間にルバドールに掻っ攫われてしまう。
何とかして、今のうちにリィカをこの国に留める形を作っておく必要がある。それには、リィカを貴族にしてしまうのが、一番いい方法だ。仮に他国へ妃に望まれても、貴族であれば口出しができる。
勇者一行の一人であり、その実力は保証されている。そして、貴族の礼儀作法もきちんとできている。
それらは、確かに理由になり得る。だが足りない。納得する貴族もいるだろうが、必ず反対も出る。その筆頭が魔法師団長にして公爵家当主の一人である、レイズクルス公爵であろうが。
何かもう一つ。
反対する者を黙らせる何かがあれば。
なくはない。徹底的に調べ、ほぼ間違いないと判断された、リィカの父親らしい男の存在。だがそれを表に出すことは、リスクの方が高い。
国王は険しい表情で、踊り終わって笑顔で周囲に礼をしている二人を見つめたのだった。
勇者一行が魔王を倒して帰還した、その祝いのパーティー。参加しないなど、あり得ないことだった。
しかし、当の勇者とその父親は元々いた国へ帰ったと聞いて、表面上はともかく内心ではガッカリする貴族が多かった。その代わりとでも言うように、パーティーで注目を集めたのは、明るい栗色の髪をした、鮮やかなイエローのドレスに身を包んだ少女だった。
※ ※ ※
「リィカ嬢、良く無事で戻った」
「はい、国王陛下。勇者様やアレクシス殿下方のおかげで、こうして無事に戻ってくることが叶いました。……陛下へのご挨拶より先に母の元へ参ったこと、申し訳ございませんでした」
リィカはドレスをつまみ、カーテシーをして国王に挨拶をしていた。冷静を装っているが、心臓はバクバクである。ギリギリ及第点で構わないから、このやりとりが合格点に達している事を祈るのみだ。
「なに、構わぬよ。母君とてそなたを心配されていたであろう。こうして王宮へ来てしまえば、しばらく解放することは叶わなかったからな。むしろ先にそちらに顔を出してくれたからこそ、儂も安心して王宮に留めることができた」
「……恐縮です、陛下」
とりあえず返事に困ったら「恐縮です」と言っておけば大丈夫、とルシアの言葉を思い出す。確かに何とでも解釈できそうな言葉だし、礼儀も保っているし、便利だ。
そんな身も蓋もない事を考えていたリィカだが、国王や王妃、そして聞き耳を立てている貴族たちが、リィカがそつなくやり取りをしていることに驚いていることには気付いていない。
そんなやり取りを経てパーティーが始まり、音楽が流れ出す。
「リィカ」
アレクの差し出された手に、リィカも自らの手を重ねる。ダンスが始まった。
旅立ちの前に行われたパーティーでは、ダンスはなかった。召喚された勇者二人が踊れなかったからだ。
今回も、平民であるリィカに配慮して、最初はダンスをする時間を入れる予定はなかったのだ。それが急遽変更になったのは、リィカが「踊れる」と聞いたからだ。
だが、付け焼き刃に過ぎないだろうし、実際どれほどのものかと国王は心配していたのだが、そんなものは不要だった。同年代の大抵の貴族令嬢より、上手に踊れているように見える。
「へえ」
「まあ……!」
二人の踊りを見て、アークバルトが少し驚き、レーナニアが目を輝かせている。
そう。実は、今踊っているのはアレクとリィカの二人だけである。他は見物人だ。国王がザッと見回すと、大体の反応はアークバルトのように驚いているか、レーナニアのように感動しているか、そのどちらかに見える。
「綺麗ですわよね、リィカさんの踊り」
「そうであるな」
王妃に話しかけられ、国王も頷いて返す。上手、というよりは、確かにその方が的を射ているかもしれない。綺麗だからこそ、余計に上手に見えるというべきか。
「リィカさん、ダンスがあるって聞いたとき、なんでって悲鳴を上げたの。でも、アレクに復習しようと言われて、一緒に踊っているのを見て、大勢の中に紛れてしまうことが、もったいないと思ったの」
「それでごり押ししたのか。最初は、アレクとリィカ嬢の二人だけでダンスを、と」
「ええ。リィカさんは真っ青になっちゃったけれどね」
王妃はその時のことを思い出したのか、少しおかしそうに笑う。けれど、楽しそうに踊っているアレクとリィカの二人を見て、その目を細めた。
「陛下、今後リィカさんをどうなさるおつもりで? このまま、一人の平民としておくつもりはないのでしょう?」
「ああ。……もう一つ、何かと口出ししてきそうなうるさい奴らを、黙らせる理由があれば良いのだが」
国王はため息をついた。目下の悩みは、今後のリィカの処遇だ。
リィカは貴族ではない。平民だ。この国に留まり、この国のために尽くす必要はない。だが、この国の民であることに違いはない。
もともと膨大な魔力を持って、学園でもユーリッヒを押さえて、魔法の実技で一位を取るほどの実力の持ち主。それがこの旅でどうなったのか。漏れ聞こえてくる噂話だけでも、何もせずに手放すには惜しい。
それに、アレクとの関係も気になる。
だが、それだけならば急ぐ必要はなかった。リィカは国立の学園の学生だ。その動向を観察するのは難しくない。卒業するまで待っても良かったのだ。
しかし、そうも言っていられなくなったのは、魔王が倒れたと思われるほとんど直後に届けられた、北の巨大帝国ルバドールからの手紙が原因だ。
「さっさと何とかしないと、ルバドールの皇子殿下にリィカさんを盗られるわよ」
「分かっとるわい。全く、何をして巨大帝国の皇子になんぞ、気に入られてしまったのやら」
明確ではなかったものの、書かれていたことは第二皇子ルベルトスからリィカへの求婚である。その手紙のせいで、猶予がなくなった。様子見などしていたら、あっという間にルバドールに掻っ攫われてしまう。
何とかして、今のうちにリィカをこの国に留める形を作っておく必要がある。それには、リィカを貴族にしてしまうのが、一番いい方法だ。仮に他国へ妃に望まれても、貴族であれば口出しができる。
勇者一行の一人であり、その実力は保証されている。そして、貴族の礼儀作法もきちんとできている。
それらは、確かに理由になり得る。だが足りない。納得する貴族もいるだろうが、必ず反対も出る。その筆頭が魔法師団長にして公爵家当主の一人である、レイズクルス公爵であろうが。
何かもう一つ。
反対する者を黙らせる何かがあれば。
なくはない。徹底的に調べ、ほぼ間違いないと判断された、リィカの父親らしい男の存在。だがそれを表に出すことは、リスクの方が高い。
国王は険しい表情で、踊り終わって笑顔で周囲に礼をしている二人を見つめたのだった。
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