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第十五章 帰郷
リィカとレーナニアとお兄様
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王宮でアレクやバル、ユーリがそれぞれの家族と会話をしていた頃。
リィカは王宮の門前まで来て、足を止めていた。
当たり前の事実だが、王宮の門には当然門番の兵士がいる。
そういえば、旅立ちの前に王宮に来ようとしたときも、門番に声を掛けるのをためらって、結局諦めたことを思い出す。
(どうしよう……)
来いと言われたんだから、きっと話しかけても門前払いされることもないだろうし、怪しい奴扱いされることもないだろう、と思う。
が、怖い表情の門番を見ると、声をかけられない。
(回れ右しようかな。でも行くって行っちゃったし。やっぱり一緒に行った方が良かったかな……)
そんな思考のループにリィカが落ちかけていた時だった。
「リィカさん? リィカさんですか!?」
リィカの側を馬車が通って、止まる。
え、と思ったら、その窓から見えた顔は知ってる顔だった。
「レーナニア様!?」
アレクの兄の、婚約者。
魔王誕生時に、リィカが魔物に喰われそうになっていたのを助けたレーナニアが、馬車から姿を現した。
「やはり、リィカさん……!」
御者がおりて馬車に足台を置くと、そこからレーナニアが降りてきた。身軽な服装……というか、リィカにとっては懐かしく感じる学園の制服姿である。
ちなみに、リィカは旅装のままである。別れる前に、そのままでいいという話をアレクたちからされていた。必要があるなら、王宮で着替えを用意するからと言われたからだ。
「お帰りなさい、リィカさん。良かった、本当にお戻りになっていたのですね」
手をギュッと握られて、嬉しそうな笑みを向けられて、リィカも自然と笑顔になった。
「はい、戻ってきました。……ええと、もうご存じなんですね」
リィカが母親のところにいたのは、一時間程度だ。本当はもう少しいたかったが、いいから早く行きなさい、と追い出されるように言われてしまったのだ。
家からこの王宮まで来るのにも多少時間は掛かるとはいえ、せいぜい十五分程度。それだけの時間で、一体どこまで情報が知れ渡ったのだろうか。
「学園に報せが来て、アーク様だけが先に帰られたんです。……身内だから仕方がないとは思うけれど、わたくしも一緒に早退したかったです」
アーク様って誰だっけ、と考えて、それがアレクの兄であったことを思い出す。
ああ、なるほど、と何となくリィカは理解する。
たぶんだが、あの門の所で大騒ぎになると同時に、王宮にも連絡がいって、学園にも連絡がいったということなんだろう。
「ところで、リィカさんはなぜこんなところに? アレクシス殿下方と一緒に王宮に行かれたのではないのですか?」
「……あ、その。最初に、母に顔を見せたくて。その後王宮に来てくれって言われて来たんですけど、その……門番の方に声をかけていいのかなぁ、と」
表情が怖いから声をかけられませんでした、とは言いにくい。むしろニコニコしている門番がいたら、その方が問題な気がする。
リィカが言葉を濁した部分が、レーナニアには通じなかったのか、不思議そうだ。
「声をかけるのは全く構いませんけれど……。まあいいわ。リィカさん、わたくしたちも王宮に行くところなんです。一緒に行きましょう」
「……え?」
クイッと手を引かれる。その方向は、間違いなくレーナニアが降りてきた馬車の方向だ。
「まっ……えっと、お待ち下さい! その、大丈夫、です。わたしは平民ですし、こんな立派な馬車に乗せて頂くわけには……」
「あら。魔王を倒した勇者様ご一行のお仲間ではないですか。 それに、リィカさんはわたくしの命の恩人でしょう?」
「……ええっと」
断る言葉を探すうちに、もう馬車まで来てしまった。ニコニコ笑顔で見られれば、リィカに拒否する術はなかった。
恐る恐る馬車に乗れば、そこにレーナニア以外の人がいることに気付く。
「へえ。その子がリィカちゃんか」
「……お兄様、まずは挨拶を」
「分かった分かった」
レーナニアの言葉に驚く。つまり、その男性はレーナニアの兄なのか。軽いやり取りに、仲の良さが見て取れる。
「初めまして。レーナニアの兄、クラウスだ。その節は、妹を助けてくれて感謝する」
「……と、とんでもありません。お初にお目にかかります。リィカと申します。あの時はわたしも魔物にやられそうになってしまって、結局アレクに……あ、アレクシス殿下に助けて頂いたので……」
旅の間にすっかり慣れてしまった呼び方をしてしまい、慌てて言い直した。気をつけないと。というか、今のはセーフだったのだろうか。
チラッとクラウスと名乗った男性を見ると、ジッと見られていて、思わず視線を逸らしてしまった。
すると、クスッと笑う声が聞こえた。
「それでも。あなたが助けてくれなければ、妹はアレクたちが来るころには魔物の餌になっていたんだ。だから、ありがとう」
「……あ、は、はい。その……恐れ入ります」
クラウスの真剣な声音と重ねられたお礼に、リィカは頭を下げる。頭の中は、どう返していいかパニック状態だったが、態度には出していなかった……はずだ。
クラウスはただ笑顔で頷いたから、たぶん悪くはなかった、と思う。
「お兄様、王宮に入りますわよ」
「ああ、そうだな。……おい、ちょっと」
レーナニアに答えたクラウスが、馬車の窓から外の門番に声をかけていた。
「途中で出会ってな。馬車に勇者様のお仲間の一人であるリィカ嬢も乗っているんだが、一緒に入って問題ないな?」
「はいっ、いらしたら通すよう命令を受けております。申し訳ありませんが、一度お顔を出して頂いてよろしいでしょうか?」
「ああ」
そのやり取りを、目をパチパチさせながら聞いていたリィカは、思う。あ、ちゃんと話通っていたんだな、と。そうでなければ、入ることなどできないだろうが。
「リィカ嬢、この窓からでいいから、顔を出してくれ」
「……は、はいっ」
言われたままに顔を出す。
そこにいたのは、先ほど見た怖い表情の門番だ。だが、今の表情は、怖さからはかけ離れている。
(なんか、ボーッとしてる? 顔が赤い? 具合、悪いのかな?)
声をかけた方がいいのだろうか。
リィカがそう思った時、クラウスから声がかかった。
「リィカ嬢、もういいぞ」
「……あ、はい」
気になるが、そう言われてしまえば、引っ込むしかない。馬車はそのまま進むが、何となく気になって、後ろを振り返ってしまう。
「リィカさん、どうかしました?」
不思議そうなレーナニアの問いかけに、リィカは若干口ごもったが、素直に話すことにした。どうしたらいいのか、二人の方が分かるだろう。
「先ほどの兵士さんたち、顔が赤いように見えたんです。具合が悪いのではないかと気になりまして……」
「あら」
レーナニアが口元に手を当ててつぶやいた。クラウスは横を向いていて、その肩が細かく震えている。
「……うわぁ面白いな、この子。こんだけ可愛いのに無自覚とか。旅の間大丈夫だったのか。後ろに男の行列作ったりしてなかったのか?」
明らかに大笑いしたいのを堪えているのが丸分かりのクラウスの言葉だ。えーと、とリィカが言葉に詰まる。
「リィカさん、わたくしたちは公爵家の者なんです。兄は公爵家の跡取りであり、王太子アークバルト殿下の側近候補。わたくしはその王太子殿下の婚約者。本来であれば、その公爵家の者が言うのですから、わざわざ兵士たちがリィカさんの顔を改める必要はないんです」
「え? でも……」
兵士にもクラウスにも顔を出せと言われたのだ。必要ないのであれば、なぜ、と思う。
「勇者一行の一人である女の子がすごく可愛いらしい、という噂が王宮内にあるんだ。だから、一目でいいからリィカ嬢を見てみたい、と思う人間は、貴族から一般兵士までごまんといる」
「……はい?」
「お兄様は兵士の希望を叶えてあげたんですよ。そんな程度でも、兵士からの好感度が上がりますから」
「…………」
そうなんですか、へえ、ふーん、と他人事のような感想は、とりあえず口には出さなかった。
なぜそんなのが好感度アップに繋がるのか。
貴族社会はやっぱりよく分からない、と改めてリィカは感じてしまったのだった。
リィカは王宮の門前まで来て、足を止めていた。
当たり前の事実だが、王宮の門には当然門番の兵士がいる。
そういえば、旅立ちの前に王宮に来ようとしたときも、門番に声を掛けるのをためらって、結局諦めたことを思い出す。
(どうしよう……)
来いと言われたんだから、きっと話しかけても門前払いされることもないだろうし、怪しい奴扱いされることもないだろう、と思う。
が、怖い表情の門番を見ると、声をかけられない。
(回れ右しようかな。でも行くって行っちゃったし。やっぱり一緒に行った方が良かったかな……)
そんな思考のループにリィカが落ちかけていた時だった。
「リィカさん? リィカさんですか!?」
リィカの側を馬車が通って、止まる。
え、と思ったら、その窓から見えた顔は知ってる顔だった。
「レーナニア様!?」
アレクの兄の、婚約者。
魔王誕生時に、リィカが魔物に喰われそうになっていたのを助けたレーナニアが、馬車から姿を現した。
「やはり、リィカさん……!」
御者がおりて馬車に足台を置くと、そこからレーナニアが降りてきた。身軽な服装……というか、リィカにとっては懐かしく感じる学園の制服姿である。
ちなみに、リィカは旅装のままである。別れる前に、そのままでいいという話をアレクたちからされていた。必要があるなら、王宮で着替えを用意するからと言われたからだ。
「お帰りなさい、リィカさん。良かった、本当にお戻りになっていたのですね」
手をギュッと握られて、嬉しそうな笑みを向けられて、リィカも自然と笑顔になった。
「はい、戻ってきました。……ええと、もうご存じなんですね」
リィカが母親のところにいたのは、一時間程度だ。本当はもう少しいたかったが、いいから早く行きなさい、と追い出されるように言われてしまったのだ。
家からこの王宮まで来るのにも多少時間は掛かるとはいえ、せいぜい十五分程度。それだけの時間で、一体どこまで情報が知れ渡ったのだろうか。
「学園に報せが来て、アーク様だけが先に帰られたんです。……身内だから仕方がないとは思うけれど、わたくしも一緒に早退したかったです」
アーク様って誰だっけ、と考えて、それがアレクの兄であったことを思い出す。
ああ、なるほど、と何となくリィカは理解する。
たぶんだが、あの門の所で大騒ぎになると同時に、王宮にも連絡がいって、学園にも連絡がいったということなんだろう。
「ところで、リィカさんはなぜこんなところに? アレクシス殿下方と一緒に王宮に行かれたのではないのですか?」
「……あ、その。最初に、母に顔を見せたくて。その後王宮に来てくれって言われて来たんですけど、その……門番の方に声をかけていいのかなぁ、と」
表情が怖いから声をかけられませんでした、とは言いにくい。むしろニコニコしている門番がいたら、その方が問題な気がする。
リィカが言葉を濁した部分が、レーナニアには通じなかったのか、不思議そうだ。
「声をかけるのは全く構いませんけれど……。まあいいわ。リィカさん、わたくしたちも王宮に行くところなんです。一緒に行きましょう」
「……え?」
クイッと手を引かれる。その方向は、間違いなくレーナニアが降りてきた馬車の方向だ。
「まっ……えっと、お待ち下さい! その、大丈夫、です。わたしは平民ですし、こんな立派な馬車に乗せて頂くわけには……」
「あら。魔王を倒した勇者様ご一行のお仲間ではないですか。 それに、リィカさんはわたくしの命の恩人でしょう?」
「……ええっと」
断る言葉を探すうちに、もう馬車まで来てしまった。ニコニコ笑顔で見られれば、リィカに拒否する術はなかった。
恐る恐る馬車に乗れば、そこにレーナニア以外の人がいることに気付く。
「へえ。その子がリィカちゃんか」
「……お兄様、まずは挨拶を」
「分かった分かった」
レーナニアの言葉に驚く。つまり、その男性はレーナニアの兄なのか。軽いやり取りに、仲の良さが見て取れる。
「初めまして。レーナニアの兄、クラウスだ。その節は、妹を助けてくれて感謝する」
「……と、とんでもありません。お初にお目にかかります。リィカと申します。あの時はわたしも魔物にやられそうになってしまって、結局アレクに……あ、アレクシス殿下に助けて頂いたので……」
旅の間にすっかり慣れてしまった呼び方をしてしまい、慌てて言い直した。気をつけないと。というか、今のはセーフだったのだろうか。
チラッとクラウスと名乗った男性を見ると、ジッと見られていて、思わず視線を逸らしてしまった。
すると、クスッと笑う声が聞こえた。
「それでも。あなたが助けてくれなければ、妹はアレクたちが来るころには魔物の餌になっていたんだ。だから、ありがとう」
「……あ、は、はい。その……恐れ入ります」
クラウスの真剣な声音と重ねられたお礼に、リィカは頭を下げる。頭の中は、どう返していいかパニック状態だったが、態度には出していなかった……はずだ。
クラウスはただ笑顔で頷いたから、たぶん悪くはなかった、と思う。
「お兄様、王宮に入りますわよ」
「ああ、そうだな。……おい、ちょっと」
レーナニアに答えたクラウスが、馬車の窓から外の門番に声をかけていた。
「途中で出会ってな。馬車に勇者様のお仲間の一人であるリィカ嬢も乗っているんだが、一緒に入って問題ないな?」
「はいっ、いらしたら通すよう命令を受けております。申し訳ありませんが、一度お顔を出して頂いてよろしいでしょうか?」
「ああ」
そのやり取りを、目をパチパチさせながら聞いていたリィカは、思う。あ、ちゃんと話通っていたんだな、と。そうでなければ、入ることなどできないだろうが。
「リィカ嬢、この窓からでいいから、顔を出してくれ」
「……は、はいっ」
言われたままに顔を出す。
そこにいたのは、先ほど見た怖い表情の門番だ。だが、今の表情は、怖さからはかけ離れている。
(なんか、ボーッとしてる? 顔が赤い? 具合、悪いのかな?)
声をかけた方がいいのだろうか。
リィカがそう思った時、クラウスから声がかかった。
「リィカ嬢、もういいぞ」
「……あ、はい」
気になるが、そう言われてしまえば、引っ込むしかない。馬車はそのまま進むが、何となく気になって、後ろを振り返ってしまう。
「リィカさん、どうかしました?」
不思議そうなレーナニアの問いかけに、リィカは若干口ごもったが、素直に話すことにした。どうしたらいいのか、二人の方が分かるだろう。
「先ほどの兵士さんたち、顔が赤いように見えたんです。具合が悪いのではないかと気になりまして……」
「あら」
レーナニアが口元に手を当ててつぶやいた。クラウスは横を向いていて、その肩が細かく震えている。
「……うわぁ面白いな、この子。こんだけ可愛いのに無自覚とか。旅の間大丈夫だったのか。後ろに男の行列作ったりしてなかったのか?」
明らかに大笑いしたいのを堪えているのが丸分かりのクラウスの言葉だ。えーと、とリィカが言葉に詰まる。
「リィカさん、わたくしたちは公爵家の者なんです。兄は公爵家の跡取りであり、王太子アークバルト殿下の側近候補。わたくしはその王太子殿下の婚約者。本来であれば、その公爵家の者が言うのですから、わざわざ兵士たちがリィカさんの顔を改める必要はないんです」
「え? でも……」
兵士にもクラウスにも顔を出せと言われたのだ。必要ないのであれば、なぜ、と思う。
「勇者一行の一人である女の子がすごく可愛いらしい、という噂が王宮内にあるんだ。だから、一目でいいからリィカ嬢を見てみたい、と思う人間は、貴族から一般兵士までごまんといる」
「……はい?」
「お兄様は兵士の希望を叶えてあげたんですよ。そんな程度でも、兵士からの好感度が上がりますから」
「…………」
そうなんですか、へえ、ふーん、と他人事のような感想は、とりあえず口には出さなかった。
なぜそんなのが好感度アップに繋がるのか。
貴族社会はやっぱりよく分からない、と改めてリィカは感じてしまったのだった。
応援ありがとうございます!
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