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第十五章 帰郷

王宮へ

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 ここは王都アルールにある、国立の学校、アルカライズ学園。
 そこに通う、このアルカトル王国の王太子であるアークバルトは、授業中に知らせを受けた。

「ア、アレクたちが、帰ってきたんですか!?」
「そうらしい。国王陛下から、お前にすぐ戻るよう連絡が入った」

 担任のハリスの言葉に、アークバルト以外の何人かも、ガタッと立ち上がる。それを見ても、ハリスは冷静に声を掛ける。

「アークバルトだけは早退を認めるが、他の者はこのまま授業を受けること。……今日はできるだけ早く終わらせてやるから」

 立ち上がったのは、アークバルトの婚約者レーナニア、そして一緒に旅に出た仲間、バルムートの婚約者フランティア、ユーリッヒの婚約者エレーナだ。

 不満そうな彼女たちの顔に、後半の言葉を足してやれば、渋々と椅子に座り直す。だが、アークバルトに向ける視線は羨ましそうだった。

 その視線に気付いているのか、アークバルトは自らの婚約者に声を掛けた。

「レーナ、終わったら来てくれ。待ってる」
「はい。アレクシス殿下方に、よろしくお伝え下さい」

 それだけ交わして、アークバルトは教室を飛び出した。
 早く会いたい。
 それだけを、思って。


※ ※ ※


 門から馬車に乗り、そのまま王宮へ。
 着替える必要はないと言われて、旅装束のまま謁見の前へ連れて行かれる。

 そこには、父王がすでに座していた。そして、側近のヴィート公爵、騎士団長でありバルの父親であるミラー団長、ユーリの父親であるシュタイン神官長がすでに揃っていた。

 他にも貴族はいるし、騎士団の副団長もいれば、別にアレクたちは会いたくもない魔法師団の団長や他の団員たちもいたりするが、その辺はどうでもいいことである。

 謁見の間を真っ直ぐ進む。バルとユーリはその中央付近で止まり、アレクはさらにもう半分ほど距離を詰める。
 そして、三人同時に片膝をついた。そのままの姿勢で、言葉を待つ。

「三名とも、面を上げよ。良く戻った、アレクシス、バルムート、ユーリッヒ」

 アレクは跪いたまま、ほんの少しだけ笑みを浮かべる。
 久しぶりに聞いた、父の声。

 平静を装っているけれど、震えそうになっているのを押さえているのが分かってしまった。普段の父なら、その後に何か言葉を続けそうなものを、続ける様子がない。

「はい、国王陛下。ただいま戻りました。……魔王討伐を無事果たしたこと、ここに報告致します」

 言いつつ、アレクの胸にチクッと何かが刺さった気がした。

 魔王は倒した。それは嘘ではない。けれど、有力な魔族全員を倒せたわけではない。そして、直接見た魔国の現状が、頭をよぎる。

「……そうか」

 またも父の声が震えた。が、その頬にぐっと力が入ったのが、アレクの目に見える。

「時に、アキト殿とタイキ殿は如何した? 魔国からここに戻るまでの国々に、その報告が入っていないようだが? リィカ嬢は、どうした?」
「あ、その……」

 最後のリィカのことはともかく、その前の二つはできれば聞かれたくなかった。聞かれないわけがないとは分かっていても、それに答えるべき答えを、アレクは見つけていない。

「リィカは、先に母親に顔を見せたいと、家へ戻りました。その後王宮へ来るように伝えております」

 最も答えやすいところから答えた。
 最初の問いに答えないわけにはいかない。しかし、二つ目の問いと合わせて、何と言えばいいのか、アレク自身もその答えを見つけていない。

「何だとっ! アレクシス殿下、殿下はそれを良しとしたのですか! 先に国王陛下に謁見するのが礼儀というもの。それを、母親を優先するなど、平民が何という無礼な真似を……」

「レイズクルス、黙れ。儂は構わんよ。平民であるからこそ、身内を安心させたいという気持ちも大きいであろう。無理言って旅への同行を頼んだのだ。その程度、無礼というほどでもなかろう」

 アレクの言葉に噛み付いた魔法師団の師団長だが、あっさり父王が窘める。このまま話が変わってくれないかという期待もしたが、それをさせてくれる父ではないことを、アレクは知っていた。

「アレクシス、何か言いにくいことでもあるか? ……突如魔物達が街道から姿を消した。おそらくあのタイミングが、魔王が倒れた瞬間だろう。遙か北の地で、光の柱が昇ったという報告もある」

 光の柱。
 それはつまり、暁斗が魔王の魔力を集めて空に放ったものか。ほんの短い間だったというのに、しっかり確認されていたとは。

「その後、普通であればまずルバドール帝国に姿を見せ、魔王討伐の報告があるはずだが、その報せは来ておらぬ。あるいは魔王と相打ちにでもなったのかと、話が出始めた今から約二週間前」

 その日付に、アレクは表情を保つ。正直、思い切り動揺を顔に出しそうになった。

「王宮に、突如聖剣グラムだけが戻った。勇者様の手により戻されるはずの聖剣が、何の前触れもなく戻った。勇者様に何かなければ、そのような現象は起こらぬ。何があった、アレクシス。なぜ、ここに至るまでどこの国に顔を出すこともなく、帰ってきた?」

 聖剣が戻ってきていた話は、初めて聞いた。暁斗が帰った後、気付けばもう聖剣はなかったからだ。
 ふう、とアレクは息を吐き出した。元よりごまかせると思っていたわけではないが、これでは言い訳もできそうにない。

「アキトとタイキさんは、元いた国に帰りました」

 だから、素直に答えた。元よりこれを告げないわけにはいかなかった。

「申し訳ありませんが、帰還方法についてはお伝えできません。したところで、何の意味もないからです。同様に、ここまで帰ってきた手段についてもお話しすることはできません」

 父の驚く顔を見ながら、アレクははっきりと断言した。答えがないのなら、話せないと言うだけだ。

 魔国とルバドール帝国の距離は、そんなに近いわけではない。普通に歩けば、帝都に到着するまで二ヶ月以上は優に掛かる。
 二週間前に相打ちの話が出始めたと言うが、普通であれば、ルバドール帝国に到着するのが、その頃になっていただろう。
 
 つまり、このアルカトル王国までたどり着くまでに三ヶ月半程度で着いてしまったこと自体が、本来であればあり得ないことだ。
 それが為せてしまった理由は、ただ一つ。リィカと泰基の作った転移の魔道具のおかげである。

「……言えぬか」

 ジッと見つめてくる父を、アレクも目を逸らすことなく見つめ返す。

 暁斗と泰基が帰った理由はともかく、魔道具は公表してもいいのでは、と思ったアレクだが、ユーリに止められた。

 慣れてしまって何とも思わなくなってしまったが、魔道具作りには、魔法の無詠唱と魔力を感じることが必須である。それらは、十分に非常識なことなのだ。
 公表するにしても、根回しが必要だ、というユーリの説明に、アレクも頷いた。

「確かに、お二方は国に帰られたのだな?」
「はい。それは間違いありません」

 アレクは頷いた。その答えを知るのはリィカだけだが、この場でそれを言う必要はない。

「そうか。……であれば、良かろう。言えぬと言うものを、問い詰めることもなかろう」
「はあっ!? 陛下、それはしかしですね……」

 もう一度口を出してきた魔法師団長を、国王は睨み一つで黙らせた。

「改めて、アレクシス、バルムート、ユーリッヒ。ご苦労だった。リィカ嬢が来て揃ったら、改めて礼を伝えよう。褒美を取らせるから、何か考えておくと良い」

 笑って言って、国王は立ち上がる。
 アレクに向かって、足を進めた。

「これで謁見は終了とする。堅苦しい話は終わりだ。――お帰り、アレク。良く無事で戻った」

 アレクの目の前に来た国王が、その顔を取っ払った。その表情は、純粋に命がけの旅から戻った息子に向けるもの。

「はい、父上。ただいま戻りました」

 素直に自然に感情の高まりを覚えて、アレクは息子として挨拶する。泣きたくなるのは、堪えた。

 この瞬間、本当の意味で、アレクは戻ってきたと実感したのだった。


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