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第十五章 帰郷

王都への帰還

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「見えてきた。アルールだ」

 アレクの言葉に、バルとユーリが嬉しそうに口元に笑みを浮かべる。リィカも笑いながらも、どこか緊張した顔をしていた。

 モントルビアの教会で、暁斗と泰基を日本に送り返してからおおよそ二週間。
 リィカたちは故郷であるアルカトル王国に入国し、さらにその王都アルールへと戻ってきていた。


※ ※ ※


「王都に入ったら、わたし、お母さんのところに行っていい?」

 王都に入るための列に並びながら、リィカはそう切り出した。
 もう旅は終わる。具体的にどこが"終着地点"なのか、リィカには分からなかった。王都に入ればそれで終わりなのか、あるいは国王への挨拶までしなければならないのか。

 リィカの質問はそれを知るためであり、純粋に母親のところに真っ先に顔を出して、無事を知らせたい、ということもある。

「ああ……」

 アールの気遣わしげな表情は、きっとリィカの後半の思いを感じ取ったものだろう。少し悩んだ表情を見せたが、頷いた。

「そうだよな。分かった、行ってきてくれ。……ただ、その悪いが、その後に城に来てくれないか。できれば今日中に。色々必要な報告なんかは俺たちが済ませるが、それだけで済む話でもない」

 複雑そうなアレクの表情は、何を思うのか。

「その、アキトやタイキさんの話は何とかごまかす。けれど、それがなくても、リィカに何もなしにはならない。来ないと、呼び出されることになると思う」

 複雑な表情の意味が分かって、リィカは笑う。

 泰基と暁斗を送り返した後、気持ちが落ち着いてから、教会の一室を借りて、言われたとおりに全部話した。

 信じてもらえるかどうか。
 それを不安になりながら話したリィカだが、信じる信じない以前に、アレクが異様に不機嫌になった。

 そんなアレクを前にどうしていいか分からないリィカだったが、突然アレクに別室に連れ込まれた。そしてなぜか「キスしろ」と言われ、拒否権すらなく、真っ赤になりつつ言われたとおりにしたら、機嫌が直った。

 それからのアレクは、リィカの話をすんなり信じてくれている、ように見える。

 バルはと言えば、色々考えて、考えて面倒になったらしい。「そう言うんだから、そうなんだろ」と諦めたように言っていた。

 ユーリは、実にあっさりと話を信じた。
 正直、これにはリィカも驚いた。なんだかんだと現実主義なユーリだ。こんな話、信じないだろうなと思っていたのだが。

「前世の記憶。生まれる前の記憶。そういうものを持つ人間がいるっていう話は……まあ信憑性のない噂話ですけど、聞いた事はありますよ」
「……あるんだ、そういう話」

 日本でもそういうものを持つ人間がいるという話はあった。眉唾物だとしても。まさか、この世界でもそういう類いの話があったとは、リィカも初耳だった。

 そんなこんなで仲間たちへの説明を終えたリィカだったが、話はそれだけでは終わらない。

 泰基と暁斗が帰った。
 その事実を、公表しないわけにいかないからだ。

 勇者は帰れない。それが常識だった。
 それを覆したのだ。どうやって帰したのか、きっと国王であるアレクの父は聞きたがるだろう。元々帰還のための方法を探していた国王だ。それを成したとなれば、今後のためにも何が何でも聞き出そうとするはず。

 だが、素直に話したところで信じてもらえる話ではない。それに、今回泰基と暁斗が帰ることができたのは、あくまでも例外でしかない。今後のためには全くならない。

 それらが分かるから、アレクはどう父親に説明するべきかを悩んでいた。素直に話せないし、話したところで役に立たない。

 言いくるめるか、言えないと言って押し通すか。この二択しかなく、ついでに言えば、アレクに父を言いくるめる自信などないから、選択肢などないに等しいのだが、果たして押し通すこともできるかどうか、悩ましいところだ。

 それでもアレクは、父への説明は自分がするべきことだと思っている。リィカは気にしなくていい。

 気にしなくていいのだが、だからといって、このまま母親の元へ戻って終わりとするわけにはいかない。父の気持ち的にも、対外的にも、勇者一行の一人であるリィカに、何もなしというわけにはいかないのだ。

 申し訳なさそうなアレクに、リィカは笑った。……まだ終わらないことが、分かったから。

「分かった。大丈夫、ちゃんとお城に行く」
「ああ、悪いな」

 アレクの謝罪に、リィカは首を横に振る。
 すでにもう、王都の入り口、その門前だ。


※ ※ ※


「ア、アレクシス殿下……!?」

 予想しなかったわけではなかったが、身分証明を見せる前に門番の兵士たちが騒ぎだした。アレクは、あっという間に広がった騒ぎに苦笑しつつ、声を掛けた。

「中に入っていいか?」
「も、もちろんでございます! あ、お待ち下さい! 今馬車をご用意致します!!」
「いや、別に歩いて行くが……」
「馬車を用意しろ! アレクシス殿下方が、お戻りになったぞ!!」

 その門番は、アレクの言葉など聞かず、何やら指示を出し始めた。こうなると、もう素直に従った方がいい。
 やれやれと思いつつ、リィカに声を掛けた。

「今のうちに、行っていいぞ」

 というか、今のうちに行かないと、母親のところに顔を出す前に、城に連行される。
 リィカもそれが分かったのだろう。困った顔をしつつも頷いた。

「じゃあ、またね」

 行って、騒がしい兵士たちの目をくぐって駆け出すリィカの背中を、アレクは見送った。


※ ※ ※


 リィカは、家の前に立って、緊張していた。
 大きく息を吸って、吐く。ドアに手を伸ばした。

 ガチャッと音を立てて、ドアが開く。もしかしたら、仕事で家にいない可能性もあったが、今日は休みだったのか。

 ここは素直に、ただいまでいいかな、と言おうとしたときだ。
 バタバタと足音がして、母が姿を見せた。

「リィカ、なの……?」
「うん、お母さん。ただいま」

 やつれたような顔に、心配してくれていたことを嫌というほど感じたリィカは、何てことないように挨拶を口にする。
 すると、母の顔が、崩れた。

「……おかえり、リィカ」

 泣きながら抱きしめられる。リィカも、母を抱きしめる。
 ずっとこうしていたい。でも、時間が経つほどに、きっと切り出しにくくなるから。

「あのねお母さん。もらった小石のことで、話したいこと、あるんだ」

 母親の体が、一瞬硬直したように感じた。けれど、すぐに手が離れる。

 リィカがアイテムボックスから取り出したのは、旅立つ前に母親からもらった小袋。貴族の紋章らしきものが描かれた小石が入った袋。

 リィカの母が夜の闇の中で男に襲われたとき、その男が身につけていた紋章が描かれた小石。そして、その男はリィカの父親でもある。

「分かった、聞くよ。ついでに、旅の話も聞かせてちょうだい」
「うん。あ、でもこの後王宮に行かなきゃなんないから、あまり時間は取れないけど」

 リィカの言葉に、母の表情が固まった。

「お母さん、どうかした?」
「……あんたは。普通、そっちを先にするべきでしょ」
「先にお母さんに顔を見せたかったの!」
「はいはい、嬉しいよ。じゃあ、手早く済ませようね」

 棒読みの母の言葉に、リィカはプゥと頬を膨らませて、笑いながら家の奥に入っていく母親の後を追いかける。

 あっという間に戻った、母との日常の会話を、嬉しく思いながら。


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