転生ヒロインと人魔大戦物語 ~召喚された勇者は前世の夫と息子でした~

田尾風香

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第十五章 帰郷

泰基との別れ

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「ええと、香澄さん、大きい場所から小さい場所を書くって言ってたよね。……日本からでいいのかな? その後は普通に住所? あれ、あの公園の住所なんて分かる?」

「住所は流石に分からないな。市まで書いたら、あとは公園の名前を書けばいいんじゃないのか?」

「そっか」

 リィカと泰基が言葉を交わして、リィカがその空白部分に手を伸ばそうとしたところで、動きが止まる。

「泰基、ごめん。わたし、日本語読むだけはできるけど、書くとなると自信ない……」
「……まあ、それもそうか。俺が書いてもいいが……」
「香澄さんが、魔方陣発動する人が書いてって言ってたでしょ。何か紙に書いてよ。それ見て書くから」
「分かった」

 近くで様子を見ていたフロイドに言って、紙と書くものをもらう。泰基は書こうとして、こちらも動きが止まった。

「ちょっと泰基、書けるよね?」
「……いや、一年離れるって結構デカいな。スッと文字が思い浮かばない」
「四十年日本人やってるんでしょ。しっかりして」
「四十年も生きてると、色々頭にガタがくるんだよ」

 言い返しつつ、落ち着けば思い出すのもそう難しくはなかった。書こうとして……もう一度動きが止まる。

「日本……じゃなく、地球から書くのもありか? いや、太陽系からか?」
「え?」
「ほら、バナスパティが言ってただろ? 風の勇者とやらが言っていた話だ」
「……ああ、ここも惑星だっていう話?」

 風の勇者とは、風一つしか適性を持たなかったが、それだけに風の扱いについては誰にも負けなかった、という勇者だ。空を飛ぶことさえ出来ていたらしい。

 その勇者が、飛び立って真っ直ぐ進んだら、元の場所に戻った。だからこの世界も地球と同じく惑星で、その外には宇宙が広がっていて、地球と繋がっているんじゃないか、という話があったのだ。

「可能性として、なくはない話だと思う。そうであれば、"太陽系"から書くのも意味がある気がする」
「そうだね、いいんじゃないかな。文字数は大丈夫だから、気にせず書いて。効果のありそうなことは、全部やっていこうよ」

 リィカの言葉に頷いて、泰基が紙に書き始めた。

 ……まあ、最初の「太」の字が、最初は「犬」になってしまったりしていたが、一年日本語から離れていた事を考えれば、そのくらいは笑い話だろう。

 目的地は、公園だ。そこまで書き終えてから、再び泰基の動きが止まる。

「あとは、日付だよな。さて、どうするか……」

「どうするって、召喚された次の日にするんでしょ?」

「……そうなんだが、今思い出したんだが、病院から帰ってきたばかりで、冷房の温度をぐっと下げていたんだ。つまり、その低い温度設定のまま一晩経過となると、電気代が……」

 帰るとなった途端に、泰基の心配事が急に"日常"になった。が、リィカは半眼で泰基を睨む。

「つまり、電気代のために暁斗を危険に晒すつもり?」
「……しょうがない、諦めよう」

 大きくため息をつきつつ、泰基が日付を記入する。

 泰基と暁斗が召喚された時間は、日本時間で七月二十三日の夕方の五時か六時頃だった。記入した日付は、翌日の七月二十四日。ついでに時間は五時にする。
 保証はないが、おそらく朝五時に設定されるだろう。夕方五時は、十七時であることを祈りたい。

 召喚された瞬間から翌日朝五時までの時間は、泰基と暁斗は日本に存在せず、まさに"神隠し"状態となる。

 もし万が一、夕方五時の帰還となれば、存在しない時間が半日から丸一日に延びることになる。そうなった場合、冷房代も心配だが、うっかり誰かが自分たちと連絡を取ろうとして、連絡がつかない、なんてことになっていないことを祈るのみだ。

 泰基から紙を受け取り、リィカがそれを魔方陣に記していく。
 指先に魔力を集めて、空白の上で文字を書いていく。書いていけば、あとでそれが自然に魔方陣の一部になるから、文字数や字の大きさなんかは気にしなくていいと、香澄が言っていた。

『太陽系第三惑星 地球 日本……』と、文字を書いていると、凪沙だった頃の感覚を感じる。
 全てを書き終えて、リィカは立ち上がり、魔方陣から出てそのすぐ横に立つ。目を瞑って公園をイメージした。

『凪沙。大学を卒業したら、俺と結婚してほしいんだ』

 懐かしい、泰基からのプロポーズを思い出して、唇がほんのり笑みの形を作る。

 魔方陣が反応した。
 リィカの魔力とイメージに反応し、魔方陣が光る。そして、その光が消えた時、リィカが魔力を込めて書いた文字は、魔方陣と一体化していた。

「つながった……」

 自分のイメージと文字が、魔方陣と繋がった。これで間違いなく、泰基と暁斗を帰すことができる。

 それを確認して、すぐ隣でのぞき込んでいた泰基を、真っ直ぐに見た。


※ ※ ※


 リィカはアイテムボックスに手を触れた。そこから取り出したのは、深緑色の、手の平サイズの巾着タイプの袋が、二つだ。

「泰基、これあげる」
「なんだ……?」

 そのうちの一つを差し出される。受け取ると、軽い。
 中に何か入っているのか、開けようとしたら、リィカに止められた。

「ここでは開けないで。日本に帰ってから開けてね」
「あ、ああ、分かった」

 ほんの少し赤い顔をしたリィカに凄まれて、泰基は少し引きながらも頷く。

 その袋をポケットに入れる。今着ているのは、旅装束ではない。街で買った、普通の街の人たちが着ている洋服だ。
 旅装束よりは、まだ日本のものに近いから、それを選んだ。

 アイテムボックスは置いていく。日本に持って帰ったところで、意味がないからだ。

「ねえ、ちょっと思ったんだけど。家にいるときに、召喚されたんだよね?」
「ああ、そうだ」

 リィカの問いに、泰基は答える。ちょうど病院から帰ってきた直後のことだったのだ。

「家のカギ、閉まってるんじゃないの? 中に入れるの?」

 なるほど、と思い、泰基はポケットからそれを取り出す。見たリィカは、目をまん丸にした。

「……カギ、持ってるんだ」
「帰ってきた直後だったから、ポケットに入れっぱなしで召喚された。でまあ、持ってくる必要はなかったんだろうが、何というかカギを置きっぱなしにすることに抵抗があってな……」

 旅に出るときに、どう考えても不要なものなのだが、そこは染みついた概念とでもいうのか。自分の手元に置いていたわけだ。

 ふと、リィカが何かに気付いたように、そのカギをのぞき込む。
 キーホルダー、ではない。二センチくらいの四角い布に糸がついただけの飾りが、カギに結ばれている。

「これ……」

 言いかけたリィカが、言葉を止める。
 泰基が、少し緊張した顔で、リィカに手を伸ばした。

「その、悪いが、今だけいいか。……凪沙」
「――いいよ。なに?」

 呼ばれた名に、リィカは一瞬目を見開いて、すぐ笑う。分かってしまった。泰基のリィカを見る目は、凪沙を見る目と同じだ。
 泰基の伸ばす手に自分から近寄れば、そのまま背中に手を回され、抱きしめられた。

「不思議だな。凪沙じゃないのに、凪沙だと思えるんだから」
「そっか」

 覚えている。あの四角い布。

 凪沙が泰基に何か手作りのものがほしい、と言われて、布を切って何となく適当に端の処理をして、適当に糸をつけて、あげたもの。
 たったそれだけなのに、凪沙の指は絆創膏だらけだった。

「……あんなの、まだ持ってたんだ」
「ああ。凪沙がくれたものを、捨てられるわけないだろ?」
「……うん」

 なんて返していいか分からず、ただリィカは頷く。
 泰基の腕の力が、少し強くなった。

「ありがとう、凪沙。会えて、良かった」
「うん、わたしも会えて良かった。……泰基、暁斗のこと、よろしくね」
「ああ、もちろんだ。……でも、もう暁斗は大丈夫だ。お前の、おかげで」
「それでも。それでも、暁斗はわたしたちの子供でしょ」
「……そうだな」

 泰基がリィカを離す。そして見えた泰基の表情は、すでに"リィカ"へ向けるものだった。

「ありがとう、リィカ」
「……うん。泰基、元気でね。体に気をつけて」

 泰基のその表情の変化を受け止めて、あくまでも"リィカ"として言葉を贈る。
 そして、暁斗を見た。同時に、泰基も暁斗に視線を送る。

 暁斗の表情に見えるのは、驚愕、そして動揺だろうか。その顔が「まさか」と語っている。

 リィカが、暁斗に向けて、足を踏み出した。

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