511 / 637
第十五章 帰郷
三ヶ月
しおりを挟む
「これが魔方陣か」
教会の地下に降りて、泰基が驚きとともに言った。
以前、この教会に来たときに実際に魔方陣を見たのはリィカだけだ。他の皆は、話を聞いただけで終わった。
だからこそ泰基の驚きは、リィカ以外の皆の驚きでもある。
魔方陣の直径は、三メートルか四メートルか。
香澄の転移陣は一メートルもなかったので、かなりの大きさに見える。よくここまで大きな陣を書くための地下を作った、とさえ思えてしまう。
リィカは躊躇うことなく魔方陣の上を歩き、止まったのは魔方陣の空白の上だ。
「ここに、行きたい場所を書くんだよね」
「ああ、できるだけ詳しくな」
リィカの問いに、泰基が答える。
そんな二人を、他の四人が何とも言えない表情をして見ている。
「……ホントに、帰れるの?」
聞いたのは、暁斗だ。
この魔方陣は発動しなかったと、以前そう言っていた。だというのに、日本に帰るためにこの魔方陣を使うのだという。
一体二人が何を知っているのか、その説明がまったくないままなのだ。
暁斗は、あの時の事を思い出す。
リィカに「帰してあげる」と言われたとき、暁斗の頭は真っ白になった。帰れるなんて思っていなかった。それまで「帰れない」という事実があっただけだったのだから。
けれど、暁斗の口は勝手に動いた。
「帰りたい。……オレ、日本に帰りたい」
無意識に出た言葉。だからこそ、それは暁斗の偽りのない本音。誰にも何にも気遣いなしに、ただ暁斗が望んだこと。
「分かった。任せて」
そう言ってくれたリィカの笑顔だけ、覚えている。
その後、暁斗は我が儘を言った。
帰ると決めた。帰りたい。仲間たち以外との、この国の人たちとの接触を、最小限にしたかった。
けれど、魔国へ行くときの旅のように、普通に身分証明を出して入国すれば、否が応でもその事実が国のトップへと届いてしまう。
魔王討伐を果たした。その報告をしただけで、はいさよならとはいかない。お礼だの祝いだの言われて、なんだかんだと足止めされ、したくもないパーティーに参加させられ、話をしなければならなくなる。
「いや、だがそれは……」
アレクが渋い顔をした。暁斗もその理由は分かる。純粋に、通るルートとしてそれが一番分かりやすく、安全な道なのだ。
身分証明を出さずとも済むルートを通ろうとすれば、どんな危険があるか分からない。
今の自分たちが、そう簡単に危険な目に合うとは思えなかったが、それでも何があるか分からない以上、正規のルートを辿るべきなのだ。
分かっていても、嫌だった。
そんな暁斗の為に、手を尽くしてくれたのはやっぱりリィカ、そして泰基だった。
「……大丈夫なの、それ?」
「たぶん」
出来上がった魔道具を前に不安げな暁斗を余所に、堂々と不安を煽るだけの返事をしたのはリィカだった。
リィカの手にあるのは、Bランクの魔石だ。そして、それには火・水・風・土、そして光の、合わせて五属性の魔法が封じられ、それは"空間魔法"へと変化した。
自分たちの持つアイテムボックスと同じもの。しかし、その魔道具はアイテムボックスではない。
「あまり長い距離になると不安だから、短距離からね」
その手にあるのは"転移"の魔道具。リィカと泰基で作り上げた魔道具だ。
正規のルートを通りつつ、身分証明の提出が必要な街は、この魔道具で通り過ぎてしまおう、というわけだ。
そしてそれは、無事成功した。
そうやって、時には歩き、時には転移で飛びながら、モントルビアの教会までたどり着いたのだ。
※ ※ ※
アレクやバル、ユーリは、複雑そうな顔をしながらも何も言わない。
帰ることを選択した暁斗のことも。暁斗の我が儘を叶えるために、行ったことのある場所へ一瞬で移動できるという、転移の魔道具を作るリィカと泰基の二人のことも。
どうやって帰るのか、その方法は聞かされていない。聞いたのは、モントルビア王国で見つけた、教会の地下にある魔方陣を使う、ということだけ。
発動しないんじゃないのか、と思ったアレクだったが、すぐ思い出した。
あの魔方陣の元は、森の魔女が作った魔方陣だ。リィカと泰基は、二人で香澄と話をしている。つまり、あの時に発動させる方法を聞いていたのか。
「………………」
つまり、魔国に乗り込み、魔王と戦っている時にはすでに、帰れる算段はついていたということだ。それでも、リィカも泰基もそれを口にしなかった。
魔王を倒すまで、付き合ってくれたのだ。
アレクは、泰基と暁斗が帰るのを止めるつもりはなかった。留まって欲しい、という願いはある。それでも、止める権利などないからだ。
ただ、一度はアルカトル王国へ一緒に行って欲しいと思う。それ以上は望まない。ただ一度だけ顔を出してくれたら、後は引き留めない。
そう言おうとした言葉は、喉元で引っかかって止まった。
自分は引き留めないつもりでも、父が兄が、他の貴族たちがそうしてくれる保証など、どこにもない。
父は元々、勇者を帰すための方法を探していたから大丈夫かもしれない。けれど他の貴族たちは、なんだんかんだと王宮に留めおこうとする可能性が高い。
だから、アレクは出掛かった言葉を、飲み込んだのだ。
魔方陣の上で何やら作業している二人を見つめる。
いつもであれば、リィカが他の男と二人で集中していれば、ヤキモチなりなんなりで気持ちが落ち着かなくなるのだが、今は全くそういう気持ちにならない。
明らかに、リィカの雰囲気が違うのだ。暁斗に「帰してあげる」と言った時から。
教会の地下に降りて、泰基が驚きとともに言った。
以前、この教会に来たときに実際に魔方陣を見たのはリィカだけだ。他の皆は、話を聞いただけで終わった。
だからこそ泰基の驚きは、リィカ以外の皆の驚きでもある。
魔方陣の直径は、三メートルか四メートルか。
香澄の転移陣は一メートルもなかったので、かなりの大きさに見える。よくここまで大きな陣を書くための地下を作った、とさえ思えてしまう。
リィカは躊躇うことなく魔方陣の上を歩き、止まったのは魔方陣の空白の上だ。
「ここに、行きたい場所を書くんだよね」
「ああ、できるだけ詳しくな」
リィカの問いに、泰基が答える。
そんな二人を、他の四人が何とも言えない表情をして見ている。
「……ホントに、帰れるの?」
聞いたのは、暁斗だ。
この魔方陣は発動しなかったと、以前そう言っていた。だというのに、日本に帰るためにこの魔方陣を使うのだという。
一体二人が何を知っているのか、その説明がまったくないままなのだ。
暁斗は、あの時の事を思い出す。
リィカに「帰してあげる」と言われたとき、暁斗の頭は真っ白になった。帰れるなんて思っていなかった。それまで「帰れない」という事実があっただけだったのだから。
けれど、暁斗の口は勝手に動いた。
「帰りたい。……オレ、日本に帰りたい」
無意識に出た言葉。だからこそ、それは暁斗の偽りのない本音。誰にも何にも気遣いなしに、ただ暁斗が望んだこと。
「分かった。任せて」
そう言ってくれたリィカの笑顔だけ、覚えている。
その後、暁斗は我が儘を言った。
帰ると決めた。帰りたい。仲間たち以外との、この国の人たちとの接触を、最小限にしたかった。
けれど、魔国へ行くときの旅のように、普通に身分証明を出して入国すれば、否が応でもその事実が国のトップへと届いてしまう。
魔王討伐を果たした。その報告をしただけで、はいさよならとはいかない。お礼だの祝いだの言われて、なんだかんだと足止めされ、したくもないパーティーに参加させられ、話をしなければならなくなる。
「いや、だがそれは……」
アレクが渋い顔をした。暁斗もその理由は分かる。純粋に、通るルートとしてそれが一番分かりやすく、安全な道なのだ。
身分証明を出さずとも済むルートを通ろうとすれば、どんな危険があるか分からない。
今の自分たちが、そう簡単に危険な目に合うとは思えなかったが、それでも何があるか分からない以上、正規のルートを辿るべきなのだ。
分かっていても、嫌だった。
そんな暁斗の為に、手を尽くしてくれたのはやっぱりリィカ、そして泰基だった。
「……大丈夫なの、それ?」
「たぶん」
出来上がった魔道具を前に不安げな暁斗を余所に、堂々と不安を煽るだけの返事をしたのはリィカだった。
リィカの手にあるのは、Bランクの魔石だ。そして、それには火・水・風・土、そして光の、合わせて五属性の魔法が封じられ、それは"空間魔法"へと変化した。
自分たちの持つアイテムボックスと同じもの。しかし、その魔道具はアイテムボックスではない。
「あまり長い距離になると不安だから、短距離からね」
その手にあるのは"転移"の魔道具。リィカと泰基で作り上げた魔道具だ。
正規のルートを通りつつ、身分証明の提出が必要な街は、この魔道具で通り過ぎてしまおう、というわけだ。
そしてそれは、無事成功した。
そうやって、時には歩き、時には転移で飛びながら、モントルビアの教会までたどり着いたのだ。
※ ※ ※
アレクやバル、ユーリは、複雑そうな顔をしながらも何も言わない。
帰ることを選択した暁斗のことも。暁斗の我が儘を叶えるために、行ったことのある場所へ一瞬で移動できるという、転移の魔道具を作るリィカと泰基の二人のことも。
どうやって帰るのか、その方法は聞かされていない。聞いたのは、モントルビア王国で見つけた、教会の地下にある魔方陣を使う、ということだけ。
発動しないんじゃないのか、と思ったアレクだったが、すぐ思い出した。
あの魔方陣の元は、森の魔女が作った魔方陣だ。リィカと泰基は、二人で香澄と話をしている。つまり、あの時に発動させる方法を聞いていたのか。
「………………」
つまり、魔国に乗り込み、魔王と戦っている時にはすでに、帰れる算段はついていたということだ。それでも、リィカも泰基もそれを口にしなかった。
魔王を倒すまで、付き合ってくれたのだ。
アレクは、泰基と暁斗が帰るのを止めるつもりはなかった。留まって欲しい、という願いはある。それでも、止める権利などないからだ。
ただ、一度はアルカトル王国へ一緒に行って欲しいと思う。それ以上は望まない。ただ一度だけ顔を出してくれたら、後は引き留めない。
そう言おうとした言葉は、喉元で引っかかって止まった。
自分は引き留めないつもりでも、父が兄が、他の貴族たちがそうしてくれる保証など、どこにもない。
父は元々、勇者を帰すための方法を探していたから大丈夫かもしれない。けれど他の貴族たちは、なんだんかんだと王宮に留めおこうとする可能性が高い。
だから、アレクは出掛かった言葉を、飲み込んだのだ。
魔方陣の上で何やら作業している二人を見つめる。
いつもであれば、リィカが他の男と二人で集中していれば、ヤキモチなりなんなりで気持ちが落ち着かなくなるのだが、今は全くそういう気持ちにならない。
明らかに、リィカの雰囲気が違うのだ。暁斗に「帰してあげる」と言った時から。
0
お気に入りに追加
77
あなたにおすすめの小説

俺だけ皆の能力が見えているのか!?特別な魔法の眼を持つ俺は、その力で魔法もスキルも効率よく覚えていき、周りよりもどんどん強くなる!!
クマクマG
ファンタジー
勝手に才能無しの烙印を押されたシェイド・シュヴァイスであったが、落ち込むのも束の間、彼はあることに気が付いた。『俺が見えているのって、人の能力なのか?』
自分の特別な能力に気が付いたシェイドは、どうやれば魔法を覚えやすいのか、どんな練習をすればスキルを覚えやすいのか、彼だけには魔法とスキルの経験値が見えていた。そのため、彼は効率よく魔法もスキルも覚えていき、どんどん周りよりも強くなっていく。
最初は才能無しということで見下されていたシェイドは、そういう奴らを実力で黙らせていく。魔法が大好きなシェイドは魔法を極めんとするも、様々な困難が彼に立ちはだかる。時には挫け、時には悲しみに暮れながらも周囲の助けもあり、魔法を極める道を進んで行く。これはそんなシェイド・シュヴァイスの物語である。

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。
アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。
両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。
両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。
テッドには、妹が3人いる。
両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。
このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。
そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。
その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。
両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。
両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…
両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが…
母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。
今日も依頼をこなして、家に帰るんだ!
この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。
お楽しみくださいね!
HOTランキング20位になりました。
皆さん、有り難う御座います。

転生した体のスペックがチート
モカ・ナト
ファンタジー
とある高校生が不注意でトラックに轢かれ死んでしまう。
目覚めたら自称神様がいてどうやら異世界に転生させてくれるらしい
このサイトでは10話まで投稿しています。
続きは小説投稿サイト「小説家になろう」で連載していますので、是非見に来てください!
スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?
山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。
2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。
異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。
唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。

【完結】ある二人の皇女
つくも茄子
ファンタジー
美しき姉妹の皇女がいた。
姉は物静か淑やかな美女、妹は勝気で闊達な美女。
成長した二人は同じ夫・皇太子に嫁ぐ。
最初に嫁いだ姉であったが、皇后になったのは妹。
何故か?
それは夫が皇帝に即位する前に姉が亡くなったからである。
皇后には息子が一人いた。
ライバルは亡き姉の忘れ形見の皇子。
不穏な空気が漂う中で謀反が起こる。
我が子に隠された秘密を皇后が知るのは全てが終わった時であった。
他のサイトにも公開中。


〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。
だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。
十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。
ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。
元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。
そして更に二年、とうとうその日が来た……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる