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第十四章 魔国

決着、そして終幕へ

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 暁斗は集中していた。

 何が起こっているか、それを把握しながらも、集中の妨げにはならなかった。
 今、自分がやるべき事のために、ここまで一緒に旅をしてきた仲間たちが戦っている。だから、それを信じるだけだ。

「ぐああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 魔王の上げた、これまでで一番大きな悲鳴に、暁斗は静かに目を開ける。魔王の右腕が、落ちていた。

「これで終わらせる」

 自分でも驚くくらいに静かな口調だ。
 そんなことを思いながら、暁斗は全身に高めた魔力で、一気に魔王の懐に飛び込んだ。

 ――そして、躊躇うことなく、聖剣を魔王の心臓へと、突き刺した。

 魔王が大きく目を見開く。
 その血が暁斗に飛ぶが、暁斗は目を逸らさない。

 やがて、魔王がフッと笑った。

「見事だ、勇者」
「……魔王。ホルクス」

 魔王とだけで、呼ばなかった名を、今ここで暁斗は初めて口にする。

 ズルッと、魔王の体が後ろに傾く。自らの重さで、自然に体から剣が抜けていく。倒れながら、魔王はつぶやいた。

「あとは、たのんだ、あにじゃ……」

 満足そうな顔で床に倒れたときには、すでに魔王は事切れていた。


※ ※ ※


(どういうこと? あにじゃ……兄? カストルのこと?)

 暁斗は、倒れた魔王を見下ろしながら、魔王の残した最期の言葉に呆然となっていた。ここにきても、結局姿を見せないカストル。「頼んだ」とはどういうことなのか。

「暁斗、やったな」
「……父さん」

 疲れた顔で、それでも笑顔の父に声を掛けられ、頭が混乱する。
 本当にやったんだろうか。本当に良いんだろうか。そんな考えが抜けない。

「どうした?」
「……あ、ううん、なんでもない」

 不思議そうな父に、暁斗は慌てて首を振る。これはなかったことにして良いのかどうか、悩みつつ首を振る。

『アキト、もう一つやって最後だ』
(うん、そうだったね)

 自らが持つ聖剣グラムの言葉に、暁斗は心の中で返事をする。そして父へ、仲間たちに話しかけた。

「ちょっと最後の一仕事やってくるから、休んでて」

 自分もヘロヘロではあるが、やれと言われた以上はやるしかない。それが終われば、正真正銘に終わる、はずだ。

「何をするんだ?」
「魔王の膨大な魔力が世界に散ったままだから。放っておいても、そのうち自然に浄化されてくみたいだけど、時間がかかるんだって」
「そうか。……悪い、俺は後から行く。先に行っていてくれ」

 泰基が目を落とす。
 そこにあったのは、刀身がなくなった、柄だけの剣だ。

「大丈夫だよ。オレ一人でできることだから」

 答えて、暁斗は前に進む。
 魔王のいた後ろに、上に登る階段が見えた。

「泰基、わたしが暁斗と一緒に行くから、ゆっくりでいいよ」
「俺たちもアキトと一緒に行く。……ゆっくりお別れしてくれ」

 リィカとアレクが、泰基を気遣うように声を掛ける。その後ろで、ユーリとバルも頷き、さっさと先に進んでいる暁斗の後ろを追いかけた。


※ ※ ※


 一人その場に残った泰基は、座り込んで床から何かを拾い上げる。それは、砕けた魔剣デフェンシオの刀身の、一部だ。

「……デフェンシオ」
『タイキ……』

 泰基が静かに呼びかけると、応えがあった。しかし、これまでと違い、その声はひどく弱々しく、消えそうだった。

『ごめんね、タイキ。ボク、ここで終わるよ』
「……本当は、限界だったんだな。能力を発動させた状態で、魔力を纏わせて攻撃するのは。あれが、限界だったんだな」

 魔王の魔力の塊を左手だけで受け止めた時。
 デフェンシオの防御能力を発動させながら、魔王の攻撃を相殺するために剣技を発動させた。
 そこからさらに魔力を注ぎ込んで、魔王に攻撃を加えようとして……デフェンシオは砕けた。

 今から思えば、自分の声に答えたデフェンシオの声は、固かった。泰基の考えを知って、それが自分の限界を超えることを、きっと分かっていたのだ。

『ボクね、考えてたんだ。ボクはタイキのために生み出された剣だから。……タイキ以外のニンゲンに、使われたくなんか、ないんだ』
「デフェンシオ……」
『だから、いいの。ホントは魔王に攻撃が当たるまでもてば、一番よかったんだけど。ごめんね』
「謝ることは、ない」

 絞り出すような声で、泰基は答える。
 この剣には全部知られていたのだ。自分が日本に帰ることを、切望しているということを。

 すまない、と言いそうになって、それを噤む。あるいは聞こえてしまったかもしれないが、それでも泰基は別の言葉を選択した。

「ありがとう、デフェンシオ。お前のおかげで、助かったよ」
『……うん、ボクも。生まれることができて、よかった』

 バイバイ。
 最期に、そう聞こえた気がした。その瞬間だった。

 ボロッと崩れた。手にした刀身の欠片も床に残った欠片も、辛うじて形の残っていた柄も。
 すべて、砂のように崩れ落ちた。


※ ※ ※


 暁斗は上へと登っていく。
 泰基は残っているが、他の皆がついてきてくれてくれることが、嬉しくて心強い。

 途中で見つけた窓から外に出て、屋根の上に登る。
 魔国が一望できる。噴煙の上がる火山に、どこまでも続く荒涼とした大地。その中に、ほんのわずかに見て取れる緑。

 暁斗は聖剣を両手で持って、それを空高く掲げた。

「これでいいんだよね、グラム」
『うむ。後は我がやる』

 つまりは、自分は黙ってそうしていればいいだけだ。暁斗は苦笑しつつ、グラムに任せた。
 魔力が、聖剣に集まる。それは、つい先ほど自らの手で倒した魔王の魔力と同じ気配がした。膨大なそれが、限界を超えるかと思われた頃。

『アキト、空へ放て。突き刺すように』
「分かった」

 言われるままに、暁斗はイメージをした。剣から魔力がレーザーのように、あるいは弾丸のように放たれる様を。

 バシュッと音を立てて、魔力が空へと放たれる。それは、低く垂れ込めた雲を払った。青空が覗き、太陽が姿を見せる。

 だがすぐに雲が覆い隠し、元へと戻る。
 それを見つめながら、暁斗は聖剣へと問いかけた。

「これで、終わり?」
『ああ、そうだ』
「……そっか。終わりか」

 小さくつぶやいて、暁斗はその場で座り込んだ。

(終わったんだ)

 もっと嬉しいものだと思っていたのに、何の感慨も湧いてこない。
 ただ終わったという事実。思うのは、それだけだった。


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