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第十四章 魔国

VS魔王ホルクス⑦

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 バルは、ズキンズキンと痛みを発する怪我を押さえながら、魔王の放った凄まじい魔力の津波と、それを防ぐユーリの《結界バリア》を見ていた。見るしかできなかった。

 駆け寄ってきた泰基が、暁斗の治療を始めている。一番魔王に距離の近かった暁斗が、どう見ても傷が重い。その次に重いのがアレクで、バルはちょうど暁斗の影になったおかげで、二人よりは傷は少ない。
 それでも傷は深いのだろう。だから、痛みも強い。

 魔王とて傷を負っている。アレクの傷に重ねて、自分も攻撃を重ねて、さらに傷を深くした。かなりの傷のはずなのに、魔王の攻撃の威力は、そんなものを感じさせない。

(このままじゃ、やべぇよな)

 ユーリの《結界バリア》は、魔王の魔力を防いではいるが、明らかに押されている。そう長くは持たないだろう。

 防御を重ねられる泰基は、暁斗の治療に集中している。《結界バリア》を張った上で《回復ヒール》を使う事はできるが、魔王を相手に同時に二つのことをやったところで、どちらも中途半端になるだけ。

 だったら、この場は回復に専念してもらった方がいい。自分たちも回復しなければ戦えない。

 そうなると、あともう一人はリィカだ。
 見れば、フラッとしながらも立ち上がったところだ。その腹部にある出血の痕を見て、リィカも同じように魔王の攻撃を受けてしまったことを悟った。
 けれど、自分たちよりは軽傷だったのか、自分の《回復ヒール》で治したんだろう。

「……………!」

 そこでバルは気付いた。
 自分も《回復ヒール》を使えることに。無詠唱はできなくても、詠唱すれば自分も使える。使う機会がないから、忘れていた。

「『水よ。彼の者に癒す力を与えよ』――《回復ヒール》」
「バル……」

 詠唱して発動させる。アレクの驚いた声を聞きつつ、確かに水魔法の《回復ヒール》は発動してくれた。ズキンズキン痛む傷に手を触れる。

「《地獄の門インフェルノ・ゲート》!」

 リィカが魔法を使った。バルには、混成魔法だろうということくらいしか分からない。

(――ったく)

 バルは、自然に口の端が上がるのを感じた。リィカだって怪我をしている。まだまだ痛みがあるだろうに、自分には思いもつかない魔法を使ってのけるのだから。

 その時、ユーリの《結界バリア》が強く光った。どうしたと思う気持ちは、不安ではなく、今度は何をやらかす気だという呆れに近い。

「《太陽爆発ソーラー・フレア》!」

 魔王を中心に大爆発を引き起こす。何が起こっても驚くつもりはなかったが、やはりこの威力には驚く。

 だが、魔王はそれでも倒れなかった。

 ――ドオオオォォォォォォォオォン!!

 魔王がユーリの魔法を吹き飛ばす。そして、一瞬でユーリの前に移動した魔王が、ユーリ自身を殴り飛ばした。

「…………!!」

 次に魔王が狙うのは、リィカだ。

 腰を浮かせたアレクを、同じように浮かせていたバルが押さえる。アレクはまだ治療できていない。バルは、自らの魔法で止血くらいは済んでいる。

 飛び出したバルはリィカを突き飛ばし、魔剣フォルテュードに魔力を込める。
 ――ギリギリ、間に合った。

「ほう」
「リィカ! ユーリを!!」

 フォルテュードで魔王の拳を受け止め、楽しそうにつぶやく魔王を無視し、リィカに叫ぶ。どう考えてもユーリは重体だろう。生きているかどうかさえ、怪しい。
 回復は、自分みたいな前衛の人間が担うべきじゃない。

 去っていくリィカの気配に満足しながら、バルは魔剣に更なる魔力を込めていく。回復が終わるまでは、魔王と一対一だ。

「魔剣フォルテュードか。この魔剣を使い、アシュラは我に傷をつけた。さて、貴様はどうかな」
「はんっ! 傷で済みゃいいけど、なっ!」

 魔王の挑発に、バルは真っ向から受けて立つ。
 自分の持つ魔剣フォルテュードの前の持ち主であるアシュラが、この魔王に傷をつけたと言われたからには、彼から魔剣を譲り受けたバルとしては、受けないわけにはいかない。

 先ほど、バルも魔王に傷はつけたが、あれはアレクのつけた傷に重ねただけ。自分の力だけでつけた傷ではない。
 そこまで思い出して魔王の腹部を確認する。つけたはずの傷はその痕が残るのみで、完全に塞がっている。

 バルは、これまでの情報を整理する。
 魔王は、元々強靱な肉体の持ち主だった。そこにさらに、魔族の使う身体強化の術を使用し、肉体を強化している。

 身体強化の術は、魔力によるものだ。肉体を強化している魔力を越える魔力をぶつけなければ、破ることはできない。そして、身体強化を破ったとしても、魔王が元来持つ強靱な肉体が待っている。

 だが、腹部の傷の治りっぷりはどういうことなのか。魔法は使えないと言っていたから、それが嘘でない限り、魔法で治したということはないはずだ。
 であれば、魔力が何か関係しているのか。リィカたちなら何か分かるのかもしれないが、バルには分からない。分かるのは、ただ厄介だ、ということだけだ。

(ガッチガチの防御だな)

 バルはそう思うが、だがそれだけなら怖くない。身体強化によってスピードも速いし、力もある。拳で一発殴られただけで、致命傷に等しいダメージを負ってしまう。

「《土の付与アース・エンチャント》!」

 魔王の拳と付き合わせたまま、バルはエンチャントを唱える。自分の適性は、水と土。鋭さを求めるなら、水のエンチャントを使用するべきだ。
 だが、それでもバルは土のエンチャントを選んだ。自分がより得意な属性だ。

「おれの出来ること、一つずつぶつけてやる! ――【獅子斬釘撃ししざんていげき】!」

 密着したまま、土の直接攻撃の剣技を放つ。エンチャントと合わさり、土が膨張して爆発が大きくなる。
 魔王の拳を弾いた。だがそれだけだ。傷など一つもついていない。

 ――その瞬間、魔王の姿がバルの目の前から消えた。

「…………っ……!」

 ほとんど反射的に、バルは反対を向いて剣を突き出す。――その剣は、魔王の手の平に受け止められていた。

「よく我の動きについてきた」
「……ちっ」

 魔王は称賛とともに、その拳を繰り出す。それをバルは紙一重で躱しながら、フォルテュードに魔力を流す。

 魔王の動きについていけたのは、ただの偶然……というだけではない。
 子供の頃から、アレクと剣を合わせ続けてきたのだ。アレクの剣は、早い。目で動きを追うだけでは追いつけない。
 そんなアレクとどう戦っていくか。それをバルは直感的に身に付けてきた。それが今、魔王との戦いにおいて役に立ったのだ。

「はっ!」

 バルは剣を振るう。狙いは……その首だ。
 だが、魔王は余裕の表情だ。バルの振るった剣をにした。

「……………!!」
「……………!?」

 より驚いたのは、どちらか。
 だが、立ち直りはバルの方が早かった。

 土のエンチャントに、水の魔力を付与していく。魔王がわしづかみにしている剣が、より鋭い刃に変わっていく。

「【天竜動斬破てんりゅうどうざんは】!」
「ちぃっ!?」

 そのまま、水の直接攻撃の剣技を発動させる。
 魔王の表情が変わったのが、バルの目に映った。あり得ないほどの強い力が、剣技を押しつぶそうとしてくる。

 だが、バルもさらに魔剣に魔力を込める。押しつぶそうとする力を、強引に押し返した。

 ――ドガァァンッ!
「ぐおっ!?」

 魔王の右手の辺りで爆発が起こる。魔王の悲鳴のような声は、初めてだ。
 バルは間をおかず、魔王の懐に飛び込んだ。

「フォルテュード! 【獅子斬釘撃ししざんていげき】!」

 フォルテュードは、魔力を流すことで、相手の剣をたたき折れるほどの強度を持つようになる。エンチャントをかけている状態でフォルテュードに魔力を流すと、剣だけではなく、エンチャントもその強度を増す。

 元々強度の高い土のエンチャントと合わせて使用すると、その強度はリィカの《水蒸気爆発スチームバースト》すら防ぐことが出来た。

 魔力を流せば、強度は増す。そして、そのを叫ぶとその出力が一時的に高まる。
 今、魔剣の強度を高め、その上で剣技を発動させた。

 もしこれで無傷なら、真っ向勝負でバルが魔王に傷をつけるのは無理だ。
 そう思いながら、油断せず魔王を見据える。

 やがて、爆発の余波が収まり、見えた魔王の胸部には……大きな傷があった。

(よしっ)

 傷をつけて見せた。だが、それが最終目標ではない。
 攻撃を畳みかけようと足に力を入れた瞬間、魔王の姿がバルの視界から一瞬消えた。

「…………なっ……」

 気付けば、バルのすぐ目の前に魔王がいた。その拳が、バルの顔面目掛けて繰り出される。
 が、完全に虚を突かれたバルは、全く動くことが出来なかった。

「【鯨波鬨声破ときこうせいは】!」

 剣技が放たれた。水の、縦に切り落とす剣技。
 魔王の横から放たれたその剣技は、バルのものではない。

「回復終了したよ、バル!」

 暁斗が、聖剣を構えて立っていた。

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