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第十四章 魔国

最後の問答

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「《吹雪ブリザード》!」

 クナムが唱えた魔法は、混成魔法だった。かつてジャダーカも使用した、氷と風の混成魔法。
 だが、リィカもそれをよんでいたように、混成魔法を唱えた。

「《炎の竜巻ファイヤートルネード》!」

 炎と風の混成魔法だ。
 ジャダーカとの戦いでも、同じ魔法同士がぶつかり合った。その時、軍配が上がったのはジャダーカだ。だが今回は。

「……やはり、私では勝てませんか」

 クナムが小さく独りごちる。
 その通りに、炎の竜巻が吹雪を蹴散らして、クナムに向かう。

「《水塊アクアブロック》!」

 向かってくる炎の竜巻を前に、クナムが水の中級魔法を使う。だが炎の竜巻の前では、それはいかにも頼りなかった。

「うわあああああぁぁぁぁっ!」

 それでも、盾の役目は果たしたのだろうか。爆発を起こしてクナムが弾き飛ばされたが、まだ死んではいない。

 一方、暁斗と泰基の二人を迎え撃つ事になったポタルゴスは、しかし怯むことなく立ちはだかる。

 暁斗が上段から斬りかかる。その十分に力の乗ったそれを、ポタルゴスはハルバードで受け止めるが、衝撃に足が崩れる。
 その瞬間、泰基が横薙ぎに斬りかかる。それをポタルゴスは多少のダメージ覚悟で強引に暁斗を弾き、泰基の剣を受け止める。
 だが、体勢が悪く、受け止めるには力が入りきらなかった。

「ぐっ……!」

 後ろに弾かれる。
 追撃に備えようとしたポタルゴスは、暁斗と泰基が下がったのを見て訝しげに眉をひそめ……、その瞬間に理由を察した。

「《天変地異カタクリズム》!」

 かつてジャダーカが生み出した四属性の混成魔法。それを真似て使って見せたリィカ。
 最強とも言えるその混成魔法を、リィカが発動したのだった。


※ ※ ※


「「…………………!!」」

 リィカの目に、クナムとポタルゴスが大きく目を見開いたのが映る。
 だが、それもすぐに最強の混成魔法に飲み込まれた。

 そしてそれは、ほとんど威力を落とすことなく、後ろにいる魔王にも襲いかかった。

(どうする……?)

 最強の魔法を前に、魔王はどう出るのか。
 固唾を呑むリィカを余所に、魔王は冷静に右手を前に出した。

「フンッ!」

 魔王の右腕が太く膨張した、ようにリィカには見えた。
 よく見れば、本当に腕が膨張したわけではなく、そう見えるくらいに濃密な魔力が右腕を取り巻いているのだ。

 そして、魔王はその右腕一本で、リィカの《天変地異カタクリズム》を受け止めた。

「……………!!」

 リィカもやった。左腕一本で、ジャダーカの放った《天変地異カタクリズム》を受け止めた。左腕を犠牲にして何とか持ち堪えた。
 だが、魔王は。

「なるほど、悪くはない」

 そう言うと、右の手の平をグッと握って拳を作る。同時に、《天変地異カタクリズム》もキンと音を立てるように、消え失せた。

「……うそ」

 リィカは、決してこれで魔王を倒せると思っていた訳ではない。これで倒せてしまったら、拍子抜けだっただろう。
 だが、傷一つつけることすらできず、あっさり消されてしまうなど想像するはずもなかった。

「案ずるな。我とて、これを防御もできずに受ければ、大きなダメージを負うだろう。素晴らしい魔法だ」
「…………っ……」

 《天変地異カタクリズム》は、少々の防御など意味がない。それを簡単に打ち破ってしまえる威力を秘めた魔法だ。
 それを、何のひねりもなく真正面から撃ったとはいえ、完全に防御してみせたのだ。

「さすが魔王。とんでもないな」
「――アレク!」

 後ろからかけられた声に、リィカはその名前を呼ぶ。振り返れば、アレクの後ろにはバルとユーリもいる。

「遅くなって悪い。アキトも、タイキさんも。一緒に魔王を倒そう!」
「……うん。待ってたよ、アレク。バルも、ユーリも」

 暁斗が泣き笑いのような顔で、アレクに答える。
 泰基が静かに笑い、バルとユーリが黙って頷く。
 リィカも気を取り直して、後ろに下がる。いつもの後衛の位置。ユーリと隣り合って、わずかに笑みを交わす。

「揃ったな、勇者一行。王の子よ、そなたらは誓約をどうするのだ?」

 またも呼ばれた「王の子」に、アレクは顔をしかめつつも、その問いに答えた。

「約束しよう。俺たちも、力も持たず抗おうともしない者たちを相手に、剣を向けたくはないからな」

 その答えに、魔王よりも暁斗の方がホッとした顔を見せた。それを確認して複雑な思いを抱きつつ、気になっていた問いを口にした。

「なぜ、お前が『魔王』なんだ?」
「……フム?」

 さすがに唐突と見えて、魔王が不思議そうにする。

「お前は『弟』なんだろう。兄はカストルだ。なぜ、カストルが『魔王』にならない?」

 それは、カストルが『魔王の兄』と名乗った時から抱いていた疑問だ。なぜ兄を差し置き、弟が王を名乗るのか。
 アレクにとって、この疑問は捨て置くことのできない疑問だった。

「フッフッフッフ。なるほど、何を聞くかと思えば、そのような下らぬ事を」
「下らないだと!?」

 激昂するアレクに、魔王はフフンと鼻で笑ってみせた。

「なれば逆に問おうか。王の子として生まれながら、なぜ王を目指さない? 王となれる資格と資質をもちながら、なぜ王になろうとしないのだ?」

「……兄上がいらっしゃるんだ。なる必要がない」

「我はなった。その必要があったからだ。この魔国のために、より強い力が必要であったからだ」

 アレクは何か言い返そうとして、何も言葉が出てこなかった。
 魔族たちを救うため。その目的がはっきりした以上、強い力が必要だという話が理解できてしまったからだ。

「一つ教えようか。『魔王』という称号は、魔国の王という意味ではない。魔国という一国の国としての王は、ただの王に過ぎぬ」

 アレクは眉をひそめ、すぐに思い当たる。
 魔王は、あくまでも約二百年に一度、誕生すると言われている存在だ。もしも魔王が魔国の王という意味なのであれば、常に魔王は存在していることになってしまう。

「勇者を始めとする人間たちとの戦いで、魔族の数は種が滅びない程度に激減する。それがやがて数を増やし、その結果食料が足りなくなり、再び滅びの危機に直面する。そうなったときに生まれるのが『魔王』だ」

 息を、のんだ。

「赤子として生まれた『魔王』はやがて成長する。そして、やはり必ず生まれている『魔王』に近しい力を持つ兄弟と戦い勝利した後に、正式に『魔王』となる。それが『魔王』誕生の瞬間だ」

『魔王』に近しい力を持つ兄弟。つまりはそれがカストルだ。

 魔王は、気付かれない程度に僅かに口の端を上げた。
 本来であれば、勝利し殺すまでがセットだ。当たり前だ。魔王誕生前の兄弟との戦いは、普通は結界を発動させるのだから。

 だが、魔王はそれを厭った。カストルはそもそも戦おうとせず、ただ黙って首を差し出した。戦うまでもなく、カストルが勝利する可能性などゼロだったからだ。

 魔王は殺さなかった。兄は、普通の魔族とは違ったからだ。魔国が繰り返してきた歴史を、そのループから抜け出すきっかけに、きっと兄はなってくれると思ったからだ。

「さて、解説はこのくらいで良かろう。ポタルゴスもクナムも死んだ。残るは、我だけだ」
「……そうだな」

 アレクは嘆息した。『王』についての問答など、無用の長物でしかないことに気付いた。
 魔国には魔国の事情がある。
 自分たちには自分たちの事情がある。人間の国に、アルカトル王国に必要な王は、剣を振るしか能のない自分ではない。色々な方面から学びを深め、考える力を持つ兄だ。

 暁斗と泰基が構える。
 アレクとバルが剣を抜いた。
 リィカとユーリが、呼吸を整える。

 この先は言葉は不要。
 文字通り、力と力のぶつかり合いだ。


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