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第十四章 魔国

決断

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 暁斗は、一歩足を前に出し、聖剣の柄に手をかける。僅かに前傾姿勢になり、剣を抜きつつ一足飛びに魔王の前に飛び出した。

「させぬぞ、勇者」

 魔王を守るように、暁斗の振るった聖剣をポタルゴスがハルバードで受け止める。
 動きの止まった暁斗に、魔法が繰り出された。

「《水鉄砲アクアガン》!」

 放ったのは、もう一人の魔族、クナムだ。

「《結界バリア》!」
「《火炎光線ファイヤーレイ》!」

 クナムが魔法を唱えた瞬間、《結界バリア》が《水鉄砲アクアガン》を防ぎ、さらにクナムに魔法が発動された。

 クナムがギリギリ躱す。
 暁斗はポタルゴスを弾き、両脇に視線を巡らせた。

「父さん、リィカ」
「一人で飛び出すな」
「そうだよ。誓約は構わないけど、他に確認しなきゃいけないこともあるでしょ?」

 泰基に注意されて少し不満に思ったが、リィカの言葉に首を傾げる。

「……なんだっけ?」
「だから……もう」

 リィカは諦めたようにつぶやいて、その向けた視線はクナムだった。

「ジャダーカはどこ? それにカストルとかダランとかも」
「あっそうだった」

 暁斗の合いの手に力が抜けそうになる。泰基が、暁斗の頭をポカッと一発叩いているのが見えた。
 一方、聞かれたクナムは、何やら大きなため息をついた。

「今のをジャダーカ様が聞いたら、お喜びになったでしょうねぇ。リィカが、カストル様より先にジャダーカ様の名前を出したのだから」
「それはいいから、早く答えて」

 一目惚れ云々の話は、もう勘弁だ。
 というか、別れ際に手の平にキスされたことを思い出してしまった。

「ジャダーカ様は、おりません」
「……いない?」
「ええ。魔力付与が上手くいかず、ふてくされていたんですよ。ほっといたら、いつの間にかいなくなっておりました。どこに行ったのか、皆目見当もつきません」
「……………」

 まさかの返答に、リィカは言葉が出ない。
 嘘、ではないだろう。そうする理由がないし、いればとっくに姿を見せていただろう、とリィカは確信できる。

「カストルとダランは?」

 無言のリィカに変わって、泰基が質問する。
 リィカがジャダーカの事を聞きたい気持ちは分かるが、少なくとも泰基と暁斗にとって厄介なのは、ダランだった。

「さて、な」

 ニッと口元を歪ませて答えたのは、魔王だった。
 泰基は舌打ちの一つもしたかった。答える気がないのが丸分かりだ。

「つまり、お前を追い詰めて引きずり出すしかない、ということか」
「かもしれぬ。好きに解釈するがよい」

 その答えを聞いて、泰基は構えた。暁斗とリィカも構える。ジャダーカのことしか聞き出せていないが、これ以上は無理だろう。

 暁斗と泰基が前に出る。
 それに合わせるように、ポタルゴスが前に出た。魔王は後方で悠然と腕を組んでいる。

 ほんの僅かのにらみ合い。
 だが、その瞬間、暁斗と泰基が地を蹴り、ポタルゴスも動く。同時に、リィカとクナムも魔法を放った。


※ ※ ※


「……………あ……」

 始まってしまった戦いを前に、アレクは混乱したままだった。

 なぜ自分のことを知っていたのか。
 魔国の現状。暁斗が魔王と交わしてしまった約束。

 魔王が「人の地に進軍し、土地を奪い取る」と言った事に対して、暁斗があっさり「いいよ」と答えてしまったことも、衝撃だったかもしれない。

 ここに来て、暁斗は全く迷いを見せない。泰基もそうだし、リィカもだ。
 暁斗と泰基は分かる。二人がここまで来てくれたのは「そう約束したから」だ。魔王から世界を救うためではない。そんなことは分かっている。

 だが、リィカも魔国を見てショックを受けても、それが行動の妨げになっていない。なぜ「暁斗と泰基の力になると決めている」のだろう。
 ……そもそも、リィカはなぜ、この旅への同行を了承してくれたのだろうか。

「アレク」

 肩に手を置かれて、ビクッとなった。
 そこにいたのはバルだ。そして、ユーリもすぐ近くに立っている。
 手を置かれるまで気付かないとは、ずいぶん呆けてしまった。

「迷うのは分かる。おれだって迷ってる。けど、考え込んでる時間はねぇぞ」

 言われずとも分かってる。
 視線の先では、すでに戦いが始まっている。

「僕たちの選択肢は、そんなに数はありません。戦うか戦わないか。アキトと魔王の誓約を、受け入れるか受け入れないか」

 ユーリの言葉が、アレクに重く響く。
 ここまで来て戦わない選択肢はとれない。戦って魔王を倒さなければ、魔族との戦いは終わらない。

 誓約を、受け入れるか受け入れないか。
 魔族たちが攻め入ってくるのは、貧しさが限界に達したからだろう。それ以外に方法がなかったからだ。

 ここで魔王を倒せば、残るは戦う力を持たない魔族たちだけ。その現状を国に戻って伝えればどうなるだろうか。

 もちろん、「攻めてこないなら、それでいい」と考える人もいるだろう。だが必ず「だったら攻め込んで滅ぼしてしまえ」という意見だって出てくる。人間たちは、魔族は敵だとずっと思っている。魔王の誕生を恐れている。

 魔王は、それだけは避けたいのだろう。
 そして、暁斗もその道を厭った。そうなったとき、おそらく先頭に立って戦うのは自分たちだ。自分たちが戦えない者に力を振るうことを嫌がった。人間と魔族が、いつか手を取り合える日が来ることを願った。

 ならば、今自分の取るべき道は。

「俺は、誓約を受け入れる。……それが、アキトの希望だ」

 今はそれでいい。
 魔族と手を取り合えるかどうかは、後で考えればいいことだ。

「……ま、それしかねぇな」
「ええ。僕も、一日一日をただ生きている魔族たちを、手に掛けたくありません」

 アレクの宣言に、バルとユーリも苦笑して同意する。
 二人はきっと結論を出していたのだろう。迷うアレクのために、待っていたのだ。

「行くぞ、二人とも」

 アレクは戦っている場に向けて足を踏み出し、バルとユーリもそれに続いたのだった。
 

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