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第十三章 魔国への道
魔国にて⑥
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「兄者、オレ言ったな?」
「……悪かった」
弟である魔王を前に、カストルは小声で謝罪した。ダランは口を挟めず、黙って後ろに立っている。
「悪かったじゃないだろう! 勇者たちと戦うなと言ったはずだよな!?」
「……一応、戦ってはいないが」
「戦うつもりだっただろ!」
「……悪かった」
結局謝罪を繰り返すカストルに、魔王はムスッとした顔をしたままだった。
(失敗したな)
カストルとて分かっている。明らかな命令破りをしたのは自分だ。
だが、どうしても我慢できなかったのだ。
なぜリィカが、自らの生命力を削ってまで、暁斗をダランと戦わせまいとしたのか。その理由を、どうしても知りたかった。
そして気付けば、勇者たちの前に飛んでいたのだ。
だが、その理由を気にする前に、目の前のムスッとした魔王をどうにかするほうが先、なのだが。
「……………………」
カストルには珍しく、言葉が出てこない。謝罪しただけでは機嫌は治りそうにない。
どうしたものか……と悩むカストルの思考を遮ったのは、慌てたようなノックと声だった。
「魔王様、カストル様! いらっしゃいますか!?」
「大変な事が……!」
叫びつつ入室してきたのは、カストルの腹心であるオルフと、ジャダーカの腹心であるクナムだ。
「どうした?」
何となく嫌な予感がした。
クナムもそうだが、オルフも最近ジャダーカに魔力付与を教えている。二人ともジャダーカと関わっている……ということは、また何かジャダーカがやらかしたのか。
「そ、それがその……こんな書き置きが……」
真っ青な顔をしたクナムが、その書き置きを差し出してくる。
それを受け取って一瞥して、カストルは絶句した。ダランがのぞき込んでやはり絶句し、その書き置きを魔王へ渡す。
「へ?」
部下のいる前ではあまりしない、気の抜けた声を漏らす。
書き置きはこうなっていた。
『旅に出ます。探さないで下さい』
※ ※ ※
魔王は困った顔をして、カストルは頭を抱えた。
ここ最近のジャダーカは、あまりにも魔力付与ができないせいか、ふて腐れ気味だった。そういう状態のジャダーカは面倒だから、積極的に近寄りたがる人もいない。
クナムは一応様子は見ていたらしいが、ふて寝していることが多いせいで、それもあまり積極的ではなかったそうだ。
具体的にいつ頃出て行ったのかも不明だ。
書き置きを見つけたクナムが驚いて、オルフに確認しに行き、慌てて魔王の部屋に来た、というわけだった。
「……どうする、兄者?」
「……どうするか」
聞かれた所で、答えが出るはずもない。
それでも何とか思考を回す。
「自分の意思で出て行った、というのは間違いないだろうな」
あのジャダーカが、誰かに脅されて書き置きを書いたというのはあり得ないから、それは絶対だ。
「自分で出て行ったんなら、あとは勝手にしろ、としか言えないが……。小娘のことはいいのか。何しに出て行った。一体どこに行った」
本当にジャダーカは自由だ。魔族としてのしがらみに捕らわれる様子の欠片もない。だがまさか、置き手紙一つでいなくなるとは、想像もしていなかった。
「……もしかして、人間の世界に行ったかな」
「なんだと!?」
魔王がポツッと言った言葉に、カストルは驚きを示す。
「だって、魔力付与は元は人の技術だ。であれば、本家本元の人間に習おう、とか考えてもおかしくない。さすがに勇者一行のところには行かないだろうけど」
「…………………」
あり得る、と思ってしまったカストルだが、同時に無理だという考えも頭を占める。
自分たちの魔道具作りの技術は、それをしていた人間の男が処刑されそうになっていたところを攫ってきて、手に入れたものだ。
調べたところでは、その男には家族がいて、その家族も魔道具作りができていたらしいから、その人間たちが本家本元であるとは言えるだろう。
だが、顔も名前も知らないし、どこにいるのかなど知らない。そもそも生きているのかどうかも分からない。
どうやって探すつもりなのか。何一つ手がかりすらないのだ。
そもそも、魔族がたった一人で人の世界をうろうろするなど、いくらジャダーカであっても危険極まりない。
「いいよ兄者、止めたって止まるものじゃない。好きにすればいい」
カストルの思考を、魔王が遮った。
「これで、四天王は皆いなくなった。兄者は勇者たちと戦わせない。……ああそうだ、ダランも兄者と一緒。勇者たちの前に出るな」
後方に控えて黙っていたダランに、魔王が視線を向ける。
「え、なんで……!」
「ダメ。ダランは兄者と一緒にいて、兄者の力になること。これは命令だから」
抗議しかけたダランは、命令の一言に悔しそうにしながらも口を噤む。
「他の皆は、個人の意思に任せる。戦って散りたい者はそうすればいいし、兄者と共にありたい者はそうしてくれ。……中途半端な結果になるけど、それでいい。兄者が、いてくれるから」
「ホルクス……」
小さく魔王の名前をつぶやくカストルに、魔王は静かに笑う。そして、遠くを見るように、その視線を上に向けた。
「さて。勇者たちは魔国の現状を知って、どうする? ……心配しなくていいぞ。我ら魔族の望みは、本当にちっぽけだ。ただ、魔族という種が生き残ることが叶うなら、それで良い」
誓約という名の、ただの口約束を交わすのであれば、素直にそれを受け入れよう。
魔王の声がその場に響く。
カストルはただただ悔しそうに、それを聞いていた。
ーーーーーーーーーーーーーー
これで十三章は終わります。
申し訳ありませんが、次回の更新は一週間後の15日とさせて頂きます。
今後の展開、ネタバレ的なものを近況報告に投稿しますので、よければご覧下さい。
「……悪かった」
弟である魔王を前に、カストルは小声で謝罪した。ダランは口を挟めず、黙って後ろに立っている。
「悪かったじゃないだろう! 勇者たちと戦うなと言ったはずだよな!?」
「……一応、戦ってはいないが」
「戦うつもりだっただろ!」
「……悪かった」
結局謝罪を繰り返すカストルに、魔王はムスッとした顔をしたままだった。
(失敗したな)
カストルとて分かっている。明らかな命令破りをしたのは自分だ。
だが、どうしても我慢できなかったのだ。
なぜリィカが、自らの生命力を削ってまで、暁斗をダランと戦わせまいとしたのか。その理由を、どうしても知りたかった。
そして気付けば、勇者たちの前に飛んでいたのだ。
だが、その理由を気にする前に、目の前のムスッとした魔王をどうにかするほうが先、なのだが。
「……………………」
カストルには珍しく、言葉が出てこない。謝罪しただけでは機嫌は治りそうにない。
どうしたものか……と悩むカストルの思考を遮ったのは、慌てたようなノックと声だった。
「魔王様、カストル様! いらっしゃいますか!?」
「大変な事が……!」
叫びつつ入室してきたのは、カストルの腹心であるオルフと、ジャダーカの腹心であるクナムだ。
「どうした?」
何となく嫌な予感がした。
クナムもそうだが、オルフも最近ジャダーカに魔力付与を教えている。二人ともジャダーカと関わっている……ということは、また何かジャダーカがやらかしたのか。
「そ、それがその……こんな書き置きが……」
真っ青な顔をしたクナムが、その書き置きを差し出してくる。
それを受け取って一瞥して、カストルは絶句した。ダランがのぞき込んでやはり絶句し、その書き置きを魔王へ渡す。
「へ?」
部下のいる前ではあまりしない、気の抜けた声を漏らす。
書き置きはこうなっていた。
『旅に出ます。探さないで下さい』
※ ※ ※
魔王は困った顔をして、カストルは頭を抱えた。
ここ最近のジャダーカは、あまりにも魔力付与ができないせいか、ふて腐れ気味だった。そういう状態のジャダーカは面倒だから、積極的に近寄りたがる人もいない。
クナムは一応様子は見ていたらしいが、ふて寝していることが多いせいで、それもあまり積極的ではなかったそうだ。
具体的にいつ頃出て行ったのかも不明だ。
書き置きを見つけたクナムが驚いて、オルフに確認しに行き、慌てて魔王の部屋に来た、というわけだった。
「……どうする、兄者?」
「……どうするか」
聞かれた所で、答えが出るはずもない。
それでも何とか思考を回す。
「自分の意思で出て行った、というのは間違いないだろうな」
あのジャダーカが、誰かに脅されて書き置きを書いたというのはあり得ないから、それは絶対だ。
「自分で出て行ったんなら、あとは勝手にしろ、としか言えないが……。小娘のことはいいのか。何しに出て行った。一体どこに行った」
本当にジャダーカは自由だ。魔族としてのしがらみに捕らわれる様子の欠片もない。だがまさか、置き手紙一つでいなくなるとは、想像もしていなかった。
「……もしかして、人間の世界に行ったかな」
「なんだと!?」
魔王がポツッと言った言葉に、カストルは驚きを示す。
「だって、魔力付与は元は人の技術だ。であれば、本家本元の人間に習おう、とか考えてもおかしくない。さすがに勇者一行のところには行かないだろうけど」
「…………………」
あり得る、と思ってしまったカストルだが、同時に無理だという考えも頭を占める。
自分たちの魔道具作りの技術は、それをしていた人間の男が処刑されそうになっていたところを攫ってきて、手に入れたものだ。
調べたところでは、その男には家族がいて、その家族も魔道具作りができていたらしいから、その人間たちが本家本元であるとは言えるだろう。
だが、顔も名前も知らないし、どこにいるのかなど知らない。そもそも生きているのかどうかも分からない。
どうやって探すつもりなのか。何一つ手がかりすらないのだ。
そもそも、魔族がたった一人で人の世界をうろうろするなど、いくらジャダーカであっても危険極まりない。
「いいよ兄者、止めたって止まるものじゃない。好きにすればいい」
カストルの思考を、魔王が遮った。
「これで、四天王は皆いなくなった。兄者は勇者たちと戦わせない。……ああそうだ、ダランも兄者と一緒。勇者たちの前に出るな」
後方に控えて黙っていたダランに、魔王が視線を向ける。
「え、なんで……!」
「ダメ。ダランは兄者と一緒にいて、兄者の力になること。これは命令だから」
抗議しかけたダランは、命令の一言に悔しそうにしながらも口を噤む。
「他の皆は、個人の意思に任せる。戦って散りたい者はそうすればいいし、兄者と共にありたい者はそうしてくれ。……中途半端な結果になるけど、それでいい。兄者が、いてくれるから」
「ホルクス……」
小さく魔王の名前をつぶやくカストルに、魔王は静かに笑う。そして、遠くを見るように、その視線を上に向けた。
「さて。勇者たちは魔国の現状を知って、どうする? ……心配しなくていいぞ。我ら魔族の望みは、本当にちっぽけだ。ただ、魔族という種が生き残ることが叶うなら、それで良い」
誓約という名の、ただの口約束を交わすのであれば、素直にそれを受け入れよう。
魔王の声がその場に響く。
カストルはただただ悔しそうに、それを聞いていた。
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これで十三章は終わります。
申し訳ありませんが、次回の更新は一週間後の15日とさせて頂きます。
今後の展開、ネタバレ的なものを近況報告に投稿しますので、よければご覧下さい。
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