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第十三章 魔国への道

女性陣の夜

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「えっ!? これ、日本から持ち込んだ裁縫道具!?」
「そうよ」

 香澄の寝室に案内されたリィカは、その部屋にあったものに声を上げた。

 昔懐かし……というか、少なくとも凪沙には縁もゆかりもなかったが、観音開きのように開くソーイングボックスと、沢山の布が詰め込まれた袋。
 明らかに、この世界の物ではあり得ないものだ。

「妾はこういうの好きだったから。ミシンでもいいけど、やっぱり手縫いの方が得意だったわ」
「……へぇ」

 リィカの頬に、一筋の汗が流れた。
 ミシンも手縫いも、少なくとも凪沙はまともにできなかった。ミシンなんかまったく分からなかったし、手縫いしようと思えば、指が血まみれになる。

 ではリィカはと言えば、クレールム村にいたときに母に仕込まれていたので、凪沙よりはマシにできる、はず。

「これ、四百年とか五百年とか、もつんですか?」
「普通はもたないわね。よく分かんないけど、妾が老化しないように、これも劣化しないようになっちゃったんじゃない?」
「……そうですか」

 それだけ年を取ることもなく長い間を生きるというのは、どういう気持ちなのか。それは興味本位で立ち入っていい話じゃない。
 リィカは、別の話題を持ち出した。

「あの、何で一人称"わらわ"なんですか?」

 日本人がそんな風に自分を称するのを聞いたことがない。
 それこそ時代劇のような時代なら別かもしれないが、もしそうならミシンとかいう言葉は出てこないだろう。

 香澄は顔をしかめた。

「……妾に言葉を教えてくれた人が、そう教えてくれたからよ。あの変人魔法使いめ。もっと普通に教えてくれれば良かったのに」

「……えっと、変人?」

「変人よ。この家も、元々はあの変人が住んでたの。ちなみに、一応女だったわ。あの女が自分を"妾"と称していて、そう教えられて、そんなもんだと思っていたら、実は違ったのよね。でももう違うと知った頃には、癖になっちゃって」

「そ、そうだったんですね」

「あの変人、妾が普通の魔法を使えなくて、魔方陣を扱えるユニーク魔法を持ってるって知って、色々実験させろって言われて。人体実験なんか嫌だ、ってずいぶんケンカしたものだわ」

「あ、ユニーク魔法なんですね」

「なんでそっちなの。人体実験よ、じ・ん・た・い・じ・っ・け・ん! 意味分かってる!?」

「わ、分かってます、けど」

「絶対分かってないでしょ。一体どこから持ってきたのか、いろんな魔方陣の本とか持ってきて、これをやれあれをやれ、そっちもだこっちもだって、こっちはいい加減疲れてるのに!」

「……なんか人体実験とは違うような」

「ヘトヘトのクタクタになっても、解放してくんなかったのよ! 人体実験よ、あれは!」

「…………………」

 でもやっぱり、想像する人体実験とは違う、とリィカは思ったが、懸命にも口にすることは避けた。わざわざ危ういところに近づく必要はない。

 代わりに、その裁縫セットを見た時に、思い付いた事を口にした。

「あの、もし良ければ、なんですけど。少しもらうことってできますか? 布とか糸とか。あと、針貸して下さい」
「……別にいいけど。なに作んの?」
「ちょっと、思いついた事がありまして」
「……ふーん。ま、どうぞ。好きに使って」
「ありがとうございます」

 香澄の許可を得て、リィカはさっそく布選びから始める。そんなに大きいものは作らない。……というか、作れない。
 暗いから色が見にくい……などと思っていたら、パアッと明るくなった。

「これで見えるでしょ」
「あ、ありがとうございます」

 何がどうなったのか。きっと魔方陣の効果なんだろうけれど。
 ユニーク魔法ではなくても、真面目に学んだら色々できることが増えるんだろうか。

「ね、やりながらでいいから、答えて欲しいんだけど」
「なんですか?」

 手を止めずに聞き返したリィカに、香澄の押し殺したような声が聞こえた。

「……魔力病の人、いるの?」

 思わず手を止めて、マジマジ香澄を見返してしまう。
 フイッと視線を逸らされた。

「やりながらでいいと言ったでしょ。さっさと教えて」
「わたしも詳しいわけじゃないんです。ただ、アレクのお兄さんの婚約者が魔力病だって聞いた事があります」
「……そう」

 香澄が小さくつぶやいた。
 リィカは、一枚の布を引っ張り出す。

「これ、頂いていいですか?」
「どうぞ」
「……その婚約者の方、レーナニア様っていうんですけど。普通に暮らす分には問題ないそうです。魔力を常に吸収する魔道具を身に付けているから」
「そう」

 香澄はそれ以上口を開かなかった。
 リィカは糸を選んで針を手に取るが、そこで手の動きが止まった。

「……わたしからも聞いていいですか?」
「なに?」
「香澄さんは、魔族のこととか魔国のこととか、詳しいですか?」
「…………知ってることは、ある」

 自分から聞いてなんだが、リィカは驚いて香澄を凝視する。その視線を受けて、香澄は言葉を選ぶように口を開いた。

「妾の知ってることが、人間たちの常識と違うことも知ってる。……どうせこれから魔国に行くんでしょ。自分の目で見たほうが手っ取り早いよ」

「魔族にもそう言われました。自分の目で見ろと。色々言うわりに、何も言おうとしないんですよね」

 リィカの言葉に、香澄は少し考える様子を見せた。

「……………………ちょっと待ってて」

 それだけ言って、香澄は奥に消えていく。ガサガサする音を聞きつつ、消えた方を見ていたら、そう経たないうちに戻ってきた。

「これ、あげるわ」

 差し出されたのは、一本の杖だった。

「あの、これは?」
「名前は別に決めてないけど、変身できる杖。魔国に行ってどうしても気になるなら、これで魔族に変身してみて。そして話を聞いてみたらいい。ただし、ショックを受ける覚悟はした方がいいけどね」

 え、とリィカは喉の奥で呻く。
 そんなリィカの様子に構わず、香澄は続けた。

「使わないならそれでもいい。魔族の事情なんか気にせずに、あんたたちがやるべき事をやるだけでも、誰も文句は言わない。自分たちで決めなさい」

 リィカは渡された杖に目を落とす。
 結局は、自分で見てみろということだ。見てからの選択肢が増えただけ。であれば、魔国に行かなければ、何も分からない。

「……はい、ありがとうございます。頂きます」
「ん、どうぞ。……ほら、いいからさっさとあんたのやりたいこと、やっちゃいな」
「あ、そうだった」

 リィカは慌てて手を動かす。
 夜遅くまで、その部屋には明かりが灯っていた。


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