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第十三章 魔国への道
転移の魔方陣
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目の前の壁には、大きな円の中に色々複雑な線や模様が描かれていて、それらが青白い光を放っている。
確かに魔方陣と言えそうな代物だ。
「なんで、こんなところに……」
「日本語だ」
リィカの言葉に被せて、泰基がつぶやいた。
「父さん?」
「よく見ろ、暁斗。魔方陣の脇に日本語が書かれている。……歌詞、か?」
リィカを追い越し、泰基が壁に書かれた言葉に顔を寄せる。暁斗もそれに習い、のぞき込む。
「ホントだ、日本語だ。これって確か……何だっけ?」
「……ふるさとだろ」
暁斗の言葉に、呆れながら泰基が返す。
そこに書かれていたものは、泰基の言うように「兎追いしかの山」から始まる、有名な日本の童謡『ふるさと』だ。
その文字も薄く光ってはいるが、魔方陣の光に比べるとかなりうっすらだ。魔方陣の光にかき消されてかなり見にくいが、それでも日本語である事に間違いはなかった。
「どういうことだ? ここに書かれているのが、タイキさんたちが使っている文字なのか?」
「……何となく似ていますかね? アベルの日記に書かれている文字と」
「ってことは何だ。ここに勇者が文字を残したって事か?」
アレクとユーリ、バルものぞき込みつつ、それぞれにコメントする。泰基は少し難しい顔をした。
「……確かに、可能性はなくはないだろうが」
なにせ『ふるさと』だ。帰れない勇者が、日本を偲んで残した可能性は十分にあるだろう。
だが、歌詞だけならばともかく、この魔方陣は何なのだろうか。
「ここだけ、空白なんだよね」
リィカは歌詞を見ていなかった。
見ていたのは、魔方陣だ。
リィカの指さしている部分。確かにそこだけ空白だ。他の場所は、複雑な線が混み合っているのに、その空白部分だけ違和感があると言われれば、おかしい気はする。
泰基は、リィカがその手に何かを持っている事に気付く。それは、何かが書かれた紙だ。
「この魔方陣もそうなの。複雑に色々描かれているのに、一箇所だけ空白になってる」
「そ、れは……」
リィカの持っている紙。それは、かつてたどり着いた教会でリィカが手に入れたものだ。
前回の勇者パーティーの一員だった神官が、勇者を帰還させるために建てたという教会。
その教会の地下に描かれていた魔方陣と同じものが書かれた紙を、教会に通うフロイドという神官から、リィカはもらっていたのだ。
「……どこかの森に住む、森の魔女。あちこちに転移の魔方陣がある……」
それはユグドラシルが、森の魔女の情報を求めたリィカに教えてくれたことだ。
泰基と暁斗を帰せるかも知れないこの魔方陣の、元となる魔方陣を作った森の魔女。リィカが、旅が終わったらその居場所を探し出そうと思っていた、森の魔女。
「もしかして、これが……」
リィカも足を進め、魔方陣に手を触れる。どうやったら魔方陣は発動するのか。
とりあえず魔力を流してみるかと思ったが、そこで思いとどまった。今の自分は、それすら危うい状況だ。
「ユーリ、この魔方陣に……」
「俺がやる」
リィカの言葉を遮り、泰基が魔方陣に触れて、魔力を流す。魔方陣の輝きが増した……が、空白の部分で光が弾け、消える。
「この空白を埋めなきゃ、ダメなんだ……」
考えたリィカが、横に書かれた歌詞を見る。
これが意味があるものならば。
「泰基、魔力を流しながら『ふるさと』って言ってみて」
泰基は何も言わず、リィカの指示に従って魔力を流す。
「『ふるさと』」
紡いだ言葉に、魔方陣の空白が何か反応した……ように見えて、すぐ何かに打ち消されたように反応がなくなる。
「言うだけじゃダメなのかな……」
「いや、間違いなく反応してただろう。まったく違うと言う事は、ないはずだ」
そのままリィカと泰基が考え込む。代わりに、ユーリが魔方陣に触れて、魔力を流す。
「なるほど。確かに、空白のところで魔力も切れますね。――『ふるさと』……って、おや?」
ユーリが首を傾げる。リィカと泰基も同様だ。
さきほど泰基が言ったときには僅かでも反応があったのに、今はまったく反応しなかったのだ。
「ふむ、となると……。アキト、僕が魔力を流したら言ってもらっていいですか?」
言うやいなや魔力を流したユーリに、暁斗は慌てた。
「ふ、『ふるさと』……あっ!」
「反応しましたね。すぐ消えちゃいますが。ですが、これで確定ですね」
ユーリは、泰基と暁斗を見て、さらに続ける。
「タイキさんもアキトも、言葉は普通に故郷の言葉で話しているんでしょう? それが何らかの現象で翻訳されているだけで。つまり、歌詞が勇者たちの国の言語で書かれているなら、言葉もそうでなくてはならない、ということです」
「でもじゃあ何ですぐに消えちゃうの?」
「……そこなんですよねぇ」
暁斗の疑問にユーリが悩ましげにつぶやく。反応を示す以上、考え方としては間違っていないはずだが、なぜ途中で消えてしまうのか。
「もしかしたら、だが……」
泰基が口を開く。
「ユーリの言う何らかの現象。それはおそらく俺たちを召喚した魔方陣の影響だろう。俺たちの話す言葉には、魔方陣の力が込められている。魔方陣同士の力が打ち消し合ってしまうとか、そういう可能性はないか?」
「なくはないかもしれません。僕も魔方陣に詳しいわけではないので、はっきりとは言えませんが。ですが、そうするとこの魔方陣を発動させるのは、無理ではないですか?」
「まあな……」
魔方陣の力が込められている、かもしれない自分たちの言葉。
その力をキャンセルして言葉を発しなければならない、ということになるが、そもそも力が込められている感覚も何もないのに、どうキャンセルするのか想像もつかない。
「とりあえず、引き返しませんか。ここで悩んでも仕方がありません。もしかしたら、森の魔女へ通じる道を見つけたかもしれない、というところで満足しましょう。リィカも、それでいいですか?」
元々奥に行きたいと言ったのは、リィカだ。
こんなものがある事を知っていたはずもないのに、その勘はすごいが、これ以上はどうすることもできない。
けれど、リィカは答えない。
黙ったまま、しかし唇が動いている。
「リィカ? どうした?」
「アレク……。うん、その……ごめんなさい。もう一回だけ試したいの。いい?」
「……ああ、それは別に構わないが」
良いのかと問われたところで、アレクには魔方陣のことは良く分かっていない以上、やりたければやればいいとしか言えない。
だが、リィカにはその返答で十分だった。
「泰基、魔方陣に魔力を流して」
「リィカ……」
「やって」
「……分かった」
おそらく、この場でリィカの考えが分かったのは、泰基だけだろう。躊躇いつつも、リィカの言葉を受け入れる。
そして、魔方陣に魔力を流した。
「『ふ る さ と』」
一音一音、ゆっくりとリィカが言葉を口にした。
アレクとバル、ユーリが疑問を浮かべる。
暁斗がはっきり驚愕した。
「分かる。日本語、だ……」
歌詞が強く光る。
魔方陣の空白部分が反応し、そこに文字が浮かび出る。『ふるさと』と平仮名で書かれた文字だ。
そして、魔方陣の線が延び文字と繋がると、まばゆい光を発して、一行を包み込んだ。
リィカは、眩しさに目を閉じた。
※ ※ ※
リィカが風を感じて目をあけると、そこは外だった。
木々に囲まれた空間。だが、いる場所は広場のように開けた空間になっていて、目の前には一軒の家があった。
「永らく使っていなかった転移陣が作動したと思ったら……。あんたたちは、誰?」
その家から出てきた人物に、リィカは目を見張った。
二十代くらいに見える女性。腰まで伸びる黒い髪、黒い瞳。
――日本人だ。
確かに魔方陣と言えそうな代物だ。
「なんで、こんなところに……」
「日本語だ」
リィカの言葉に被せて、泰基がつぶやいた。
「父さん?」
「よく見ろ、暁斗。魔方陣の脇に日本語が書かれている。……歌詞、か?」
リィカを追い越し、泰基が壁に書かれた言葉に顔を寄せる。暁斗もそれに習い、のぞき込む。
「ホントだ、日本語だ。これって確か……何だっけ?」
「……ふるさとだろ」
暁斗の言葉に、呆れながら泰基が返す。
そこに書かれていたものは、泰基の言うように「兎追いしかの山」から始まる、有名な日本の童謡『ふるさと』だ。
その文字も薄く光ってはいるが、魔方陣の光に比べるとかなりうっすらだ。魔方陣の光にかき消されてかなり見にくいが、それでも日本語である事に間違いはなかった。
「どういうことだ? ここに書かれているのが、タイキさんたちが使っている文字なのか?」
「……何となく似ていますかね? アベルの日記に書かれている文字と」
「ってことは何だ。ここに勇者が文字を残したって事か?」
アレクとユーリ、バルものぞき込みつつ、それぞれにコメントする。泰基は少し難しい顔をした。
「……確かに、可能性はなくはないだろうが」
なにせ『ふるさと』だ。帰れない勇者が、日本を偲んで残した可能性は十分にあるだろう。
だが、歌詞だけならばともかく、この魔方陣は何なのだろうか。
「ここだけ、空白なんだよね」
リィカは歌詞を見ていなかった。
見ていたのは、魔方陣だ。
リィカの指さしている部分。確かにそこだけ空白だ。他の場所は、複雑な線が混み合っているのに、その空白部分だけ違和感があると言われれば、おかしい気はする。
泰基は、リィカがその手に何かを持っている事に気付く。それは、何かが書かれた紙だ。
「この魔方陣もそうなの。複雑に色々描かれているのに、一箇所だけ空白になってる」
「そ、れは……」
リィカの持っている紙。それは、かつてたどり着いた教会でリィカが手に入れたものだ。
前回の勇者パーティーの一員だった神官が、勇者を帰還させるために建てたという教会。
その教会の地下に描かれていた魔方陣と同じものが書かれた紙を、教会に通うフロイドという神官から、リィカはもらっていたのだ。
「……どこかの森に住む、森の魔女。あちこちに転移の魔方陣がある……」
それはユグドラシルが、森の魔女の情報を求めたリィカに教えてくれたことだ。
泰基と暁斗を帰せるかも知れないこの魔方陣の、元となる魔方陣を作った森の魔女。リィカが、旅が終わったらその居場所を探し出そうと思っていた、森の魔女。
「もしかして、これが……」
リィカも足を進め、魔方陣に手を触れる。どうやったら魔方陣は発動するのか。
とりあえず魔力を流してみるかと思ったが、そこで思いとどまった。今の自分は、それすら危うい状況だ。
「ユーリ、この魔方陣に……」
「俺がやる」
リィカの言葉を遮り、泰基が魔方陣に触れて、魔力を流す。魔方陣の輝きが増した……が、空白の部分で光が弾け、消える。
「この空白を埋めなきゃ、ダメなんだ……」
考えたリィカが、横に書かれた歌詞を見る。
これが意味があるものならば。
「泰基、魔力を流しながら『ふるさと』って言ってみて」
泰基は何も言わず、リィカの指示に従って魔力を流す。
「『ふるさと』」
紡いだ言葉に、魔方陣の空白が何か反応した……ように見えて、すぐ何かに打ち消されたように反応がなくなる。
「言うだけじゃダメなのかな……」
「いや、間違いなく反応してただろう。まったく違うと言う事は、ないはずだ」
そのままリィカと泰基が考え込む。代わりに、ユーリが魔方陣に触れて、魔力を流す。
「なるほど。確かに、空白のところで魔力も切れますね。――『ふるさと』……って、おや?」
ユーリが首を傾げる。リィカと泰基も同様だ。
さきほど泰基が言ったときには僅かでも反応があったのに、今はまったく反応しなかったのだ。
「ふむ、となると……。アキト、僕が魔力を流したら言ってもらっていいですか?」
言うやいなや魔力を流したユーリに、暁斗は慌てた。
「ふ、『ふるさと』……あっ!」
「反応しましたね。すぐ消えちゃいますが。ですが、これで確定ですね」
ユーリは、泰基と暁斗を見て、さらに続ける。
「タイキさんもアキトも、言葉は普通に故郷の言葉で話しているんでしょう? それが何らかの現象で翻訳されているだけで。つまり、歌詞が勇者たちの国の言語で書かれているなら、言葉もそうでなくてはならない、ということです」
「でもじゃあ何ですぐに消えちゃうの?」
「……そこなんですよねぇ」
暁斗の疑問にユーリが悩ましげにつぶやく。反応を示す以上、考え方としては間違っていないはずだが、なぜ途中で消えてしまうのか。
「もしかしたら、だが……」
泰基が口を開く。
「ユーリの言う何らかの現象。それはおそらく俺たちを召喚した魔方陣の影響だろう。俺たちの話す言葉には、魔方陣の力が込められている。魔方陣同士の力が打ち消し合ってしまうとか、そういう可能性はないか?」
「なくはないかもしれません。僕も魔方陣に詳しいわけではないので、はっきりとは言えませんが。ですが、そうするとこの魔方陣を発動させるのは、無理ではないですか?」
「まあな……」
魔方陣の力が込められている、かもしれない自分たちの言葉。
その力をキャンセルして言葉を発しなければならない、ということになるが、そもそも力が込められている感覚も何もないのに、どうキャンセルするのか想像もつかない。
「とりあえず、引き返しませんか。ここで悩んでも仕方がありません。もしかしたら、森の魔女へ通じる道を見つけたかもしれない、というところで満足しましょう。リィカも、それでいいですか?」
元々奥に行きたいと言ったのは、リィカだ。
こんなものがある事を知っていたはずもないのに、その勘はすごいが、これ以上はどうすることもできない。
けれど、リィカは答えない。
黙ったまま、しかし唇が動いている。
「リィカ? どうした?」
「アレク……。うん、その……ごめんなさい。もう一回だけ試したいの。いい?」
「……ああ、それは別に構わないが」
良いのかと問われたところで、アレクには魔方陣のことは良く分かっていない以上、やりたければやればいいとしか言えない。
だが、リィカにはその返答で十分だった。
「泰基、魔方陣に魔力を流して」
「リィカ……」
「やって」
「……分かった」
おそらく、この場でリィカの考えが分かったのは、泰基だけだろう。躊躇いつつも、リィカの言葉を受け入れる。
そして、魔方陣に魔力を流した。
「『ふ る さ と』」
一音一音、ゆっくりとリィカが言葉を口にした。
アレクとバル、ユーリが疑問を浮かべる。
暁斗がはっきり驚愕した。
「分かる。日本語、だ……」
歌詞が強く光る。
魔方陣の空白部分が反応し、そこに文字が浮かび出る。『ふるさと』と平仮名で書かれた文字だ。
そして、魔方陣の線が延び文字と繋がると、まばゆい光を発して、一行を包み込んだ。
リィカは、眩しさに目を閉じた。
※ ※ ※
リィカが風を感じて目をあけると、そこは外だった。
木々に囲まれた空間。だが、いる場所は広場のように開けた空間になっていて、目の前には一軒の家があった。
「永らく使っていなかった転移陣が作動したと思ったら……。あんたたちは、誰?」
その家から出てきた人物に、リィカは目を見張った。
二十代くらいに見える女性。腰まで伸びる黒い髪、黒い瞳。
――日本人だ。
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