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第十三章 魔国への道

問われる資質

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「洞窟だ……」

 目の前のそれを見て、リィカがつぶやく。隣にいるアレクの手を、無意識に掴む。そうしたら、その手を引っ張られた。

「え?」
「行くぞ」

 戸惑うリィカを余所に、アレクは洞窟の中へと足を進めたのだった。


※ ※ ※


「暗いですね」

 言って、ユーリが《ライト》を唱える。

 洞窟は、地面も壁も岩で出来ているようだ。どことなくジメッとした感じがする。暗さも相まって、何となく怖さも感じる。
 そんな中を、アレクは一切迷うことなくどんどん進んでいく。途中途中、分岐も見られるのだが、アレクの足取りに迷いはない。

 その様子に誰も口を開くことなく、アレクの後について歩く。

やがて、アレクが足を止めた。その視線の先には、台座がある。そして、その上には一本の、新品と見間違うかのような剣が置かれていた。

「剣、だ」

 リィカがつぶやき、それが合図になったかのようにアレクが足を前に踏み出す。繋いでいた手は、気付けば外れていた。

 アレクが台座のすぐ前に立つ。
 手を伸ばして、剣の柄に触れて……そのまま動かなくなった。

「アレク!?」
「どうしたんですか!?」

 リィカとユーリが叫ぶが、アレクは反応を示さない。
 止めたのは、他の三人だった。

「ちょっと様子を見ようよ」
「ああ。きっと、あの魔剣と話をしているんだ」
「心配すんな。アレクなら大丈夫だ」

 聖剣を持つ暁斗、そして魔剣を持つ泰基やバルの言葉には、説得力があった。リィカとユーリは顔を見合わせ、黙ってアレクを見守る姿勢に入ったのだった。


※ ※ ※


(魔剣だ)

 それを一目見て、アレクはそう思った。なぜかは分からない。けれど、確信した。
 引き寄せられるように、目の前の剣に手を伸ばす。柄に手を触れた。

(お前が、俺を呼んだのか?)

 樹林を散策中に、何かに呼ばれたような気がした。その声を頼りに、ここまでたどり着いた。
 アレクがそう目の前に剣に話しかけた瞬間、意識がどこかに引っ張られる感覚が襲った。

(なんだ……?)

 違和感がある中、耳に声が届く。
 疑問に思って目を開けた瞬間、アレクは目を見開いた。

『アーク、遊ぼう!』
『また来たの、アレク。疲れるから嫌だよ』
『でも、先生が今日は熱ないからいいよって』
『えー……』
『行こう、アーク!』

 見えたのは、小さい頃の自分と兄。まだ何も知らず、何も考えず、兄をアークと呼んでいた頃の自分たちだ。

 画面が、変わる。

『……アークに、婚約者か』

 一人でポツンと、寂しそうにつぶやいている自分がいた。
 そしてまた、画面が変わる。

『毒が盛られた!? アークに!?』
『はい。現在、治療中ですが、まだ予断は許しません。アレクシス殿下には大変申し訳ありませんが、犯人が捕まるまでは部屋にいるよう、国王陛下からのご命令でございます』

 ドクン、と心臓がなった。
 自分をずっと蝕んでいた事件。すでに乗り越えたはずなのに……傷が、痛む。

 父に事件の真相を聞かされた。兄を初めて「兄上」と呼んだ。そして、逃げるように城を飛び出して、行った冒険者ギルドでバルとユーリに出会った。

 楽しい……そう、今だから認められる。三人で冒険者をやっていた、楽しい時間。
 でも、その時間の裏で、兄は苦しんでいた。

『魔力病……?』
『そのようです。それでアークバルト殿下のご婚約者様が倒れてしまわれたそうです。魔道具ができるまでは、料理人の作った食事を召し上がると……』

 兄の婚約者、レーナニアが作った食事しか食べられなくなっていた兄。
 しかし、そのレーナニアが倒れてしまって、魔道具が出来上がるまでの一週間、兄は料理人が作った食事を食べることにしたらしい。

 心配になって覗きにいった。「うっ!?」と呻いて口を押さえながら、それでも何とか飲み込んでいる兄の姿に、見てしまったことを後悔した。

 移りゆく画面を見ながら、アレクは手を握りしめる。

「何なんだ! こんなものを見せて、何をしたいんだ!」

 こんなものを見たくない。こんな辛い記憶、思い出したくないというのに。
 そうしたら、また画面が変わった。

『リィカ!!』

 そう叫んだのは、自分だ。
 見えるのは、リィカ。そして……最初に戦った魔族、パール。硬直しているリィカを守るために、自分が身を投げ出したのだ。

 そこで画面は暗転し、次に映ったのは。

『そなた、平民ではないのか? なぜ平民ごときがこの場におる? 今すぐ出て行け!』
『――申し訳、ございません』

 アレクは息を呑んだ。
 デトナ王国の王宮での出来事だ。国王の言葉に、真っ青になったリィカが走り去っていくのを見送る。

「やめろっ!!」

 その次に来るものを察して、アレクが叫ぶ。けれど、容赦なく、それが映る。

 リィカが、虚ろな目をしている。
 その目に光がなく、ただただ涙だけを流している。貴族の男たちに犯されそうになった。ギリギリで未遂で済んだが、リィカは心に深い傷を負った。

 何もできなかった。リィカのことが好きなのに、守りたかったのに、ただ自分が無力である事を突きつけられた。

 画面は変わる。

 何とかその目に光を取り戻したリィカ。けれど、浮かべる笑顔は明らかに無理していることが分かる。
 そして……。

『アレクのことは好きだけど、男性としてじゃないの。そういう意味では好きになれない。……だから、ごめんなさい』

 襲撃してきた魔族を倒した後の、リィカからの言葉。

 今は知っている。これはリィカの本心じゃない。それでも心がズキズキするのは、あの時の痛みを思い出したからだろうか。

 画面が変わる。
 映ったのは、空に浮かぶ満月。巨大な木と、そこから伸びる枝に捕らわれたリィカ。

『――ごめん、なさい。アレクが来てくれて、うれしいの。ひどいこと言っちゃったのに、わたし、なにもアレクにできることがないの』
 
『だから、アレクの好きにしていい。アレクはこわくない。アレクのこと、好きだから、だいじょうぶ。だから、お願いします。今だけそばにいて下さい』

 木に捕らわれて、魔力も何もかも失って初めて、本心を打ち明けてくれたリィカと気持ちが通じたのだ。

 その瞬間、画面が消えた。
 次には何も映らず、ただ暗い空間が広がる。

『問おう』

 唐突に声が聞こえた。

『汝にとって兄とは、そしてこの娘は、どんな存在だ?』
「……どんな存在と聞かれてもな。難しいことを聞いてくる」

 アレクは苦笑した。この声の主がなのか、想像するのは難しいことではなかった。

「兄上は……小さい頃の俺には、兄しかいなかった。周囲にたくさんの人はいたが、それでも俺の世界は兄で占められていた。ずっと一緒にいるんだと、小さい頃は信じて疑っていなかった」

 今から思えば不思議だ。一緒にいる時間はそんなに多くなかったはずだ。

 自分は元気に動き回って走り回って、城の中を探検して。兄は体が弱くて、よく熱を出しては寝込んでいた。
 それなのに、兄と常に共にいたように感じている。

 アレクは静かに目を瞑る。
 兄とずっと一緒にはいられない。たぶん、それを最初に悟ったのは、兄に婚約者ができたときだ。兄は自分だけの人ではないのだと、その時初めて気付いたのだ。

「リィカは、やっと見つけた、俺だけの人だ。他の誰のものにもならない、俺とずっと一緒にいてくれる人。それが、リィカだ」
『良かろう』

 その声に目を開ける。

『何者にも代えられない、大切な存在をその胸に抱く人間は嫌いではない。大切な存在を守るために、傷ついても立ち上がって強くなれる人間は尊い。――汝、名を名乗れ』

「――アレク。アレクシス・フォン・アルカトルだ」

『我が名はアクートゥスだ。アレクシスよ、今より汝の力になろう』

 暗い空間に光が溢れ、アレクを包み込む。思わず目を瞑ったアレクは、すぐハッとして目を開ける。

 そこは元々いた洞窟だ。
 そして、アレクの右手には新品と見間違うかのような剣が握られていた。


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