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第十三章 魔国への道
アレク、バルVSヤクシャ、ヤクシニー⑤
しおりを挟む「………………っ……」
ヤクシニーは悲鳴すら上げなかった。だが、その顔には脂汗が浮いて、相当に痛いのだろうという事が想像がつく。
左手で支えるように触れている右の拳は、指が五本ともあらぬ方向に曲がっているし、その拳も出血し、手首から力なく垂れ下がっている。
もう右手は使えないだろう。
「さあ、どうする」
それでも油断することなく、バルは剣を構える。
ヤクシニーは悔しそうに唇を噛みしめている。
「……ったく、アシュラの奴。敵にこんな剣を渡すんじゃないわよ」
「…………………」
そう言いたくなる気持ちは分からなくはないが、この場では何の意味もない。
再びバルは、剣技の発動準備に入る。
それを見たヤクシニーは、なぜか構えを解いた。
「……何の真似だ」
「左手だけじゃ対抗できないもの。降参するつもりはないから、トドメを刺して頂戴」
「…………………」
バルは目を細めた。
(何を企んでやがる? それとも、本当に諦めたってのか?)
相手の意図するところが分からない。
判断がつかず、バルの動きが完全に止まる。
――それが、失敗だった。
「今よ、ヤクシャ!」
「うらあああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
その声と同時に、バルの背中にドンっと強い衝撃が走る。
「――なっ!?」
アレクの剣に貫かれたはずのヤクシャが、体を起こしている。その腹部は大きく傷がつき、出血したままだ。
(あの状態で、攻撃してきたってのか?)
バルが、目を見開く。
それだけしか、反応ができない。
「ヤクシニー! やれ……がっ!?」
叫んだヤクシャだが、そこで大きく血を吐いた。
そのまま倒れる。
「……ええ。見てて、ヤクシャ」
応えるヤクシニーの左拳に、魔力が集まっている。
先ほどよりずっと強い。
「くらえっ!」
バルがハッとしたときには遅かった。
心臓に向かって、真っ直ぐに拳が放たれる。
「くっ……!」
辛うじて体を少し横にずらし、心臓への直撃は避けた。だが、それでも胸を強打され、息が詰まる。呼吸ができない。
ヤクシニーの拳に、もう一度魔力が集まる。
(くそ、どうなってやがる。しっかりしろ、呼吸しろ。じゃねぇと、おれだけじゃねぇ、アレクまで……)
必死に言い聞かせても、呼吸は回復しない。
「無駄なあがきね。でも、次でお終いよ」
ヤクシニーの言葉が、バルの耳に届く。どうにか顔を上げた。それが限界だった。
しかし、同時にバルの耳に声が届く。
聞き慣れた声。しかし、聞き慣れない言葉。
「か……を………と成せ。――《火球》」
「え? って、えっ!?」
「は?」
突然ヤクシニーに向かって、火の初級魔法が放たれた。ヤクシニーが驚きながらも、それを避ける。バルは、呆然と魔法が飛んできた方に視線を向ける。
「バル……! 今の、うちに……!」
「アレ、ク……?」
アレクが腹部を押さえながら、体を起こしている。先ほどは、アレクの魔法詠唱だったのだ。どうりで聞き慣れないはずだ。
「無茶、しやがって……」
バルがつぶやいて、つぶやいたことで呼吸が復活していることに気付く。
「邪魔、するな! 死ねっ!」
ヤクシニーが再び拳を振るってきた。左手には、強い魔力の光が見て取れる。
もう、魔法も剣技も間に合わない。であるならば、残った手段は一つだ。
「フォルテュード!」
再びその銘を叫ぶ。そして、魔剣は拳を避けて、ヤクシニーの体をたたき割ったのだった。
※ ※ ※
「……悔しいわね、もう」
ヤクシニーが小さくつぶやいて、目だけ動かす。その視線の先、アレクは何とか体を起こしたものの座り込んでいる。
そしてヤクシャは……すでに事切れていた。ヤクシニーを援護した攻撃が、文字通り最期の力だったのだろう。
「進みなさい、先へ。……進める、ものならね」
嘲笑するように、ヤクシニーは己を倒したバルへと告げる。
そして、目を閉じた。
黒い結界に罅が入り、壊れた。
「どういう意味だよ」
バルは、ヤクシニーの最期の言葉に言い返すが、返答があるはずもない。
ふう、と息を吐く。
胸の辺りがズキズキして痛い。アレクも心配だ。そう思って、アレクの方へと足を一歩進めたときだった。
「リィカに近づくな、ダラン!」
響いたのは暁斗の声。
暁斗とダランを囲んでいたはずの、魔族の結界がない。
なぜかリィカが地面に倒れ、暁斗とダランが対峙していた。
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