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第十二章 帝都ルベニア

ルシアと会話①

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入浴を済ませたら、リィカはルシアの部屋に案内された。
夜着を着ているが、途中で誰かと遭遇することはなく、着ているものも昨日のような薄いものではなく、露出も控えめでスカートも長い。

恐怖はないが緊張してルシアの部屋に入ったら、出迎えてくれたのはルシア本人だった。

「いらっしゃいませ、リィカさん。この度は私の我が儘に応じて下さり、ありがとうございます」

カーテシーを披露したルシアに、リィカは昔を思い出す。
いや、半年前の事を昔というのもおかしいが、魔王が誕生して、魔物の群れからアレクの兄の婚約者であるレーナニアを守り切ったときのことだ。

あの時、レーナニアがカーテシーを見せてくれたとき、綺麗だと思ったものだが、ルシアのもとても綺麗だ。

「どうかしたの、リィカさん?」

よほどボーッとしていたのか、ルシアの不思議そうな声に我に返る。
見れば、今は普通に立っている。

「あ、いえ、その、カーテシーって言うんですよね。前にも見た事あるんですけど、キレイだなぁって思いまして」
「あら、それは嬉しいわ」

ルシアは朗らかに笑うと、ふと何かを思いついた顔をした。

「リィカさんもやってみる?」
「ええっ!?」
「カーテシーは女性のみが行う挨拶だから、いくら王族や貴族であっても男性から習うことはできないの。せっかくだもの。やってみましょうよ」

やってどうするの!? というリィカの内心が表に出ることはなく、そのままカーテシー練習会へと突入した。


※ ※ ※


「……お上手ですね、リィカさん」
「そ、そうですか?」

憮然としたルシアに、リィカは困った様子で相づちを打った。

どちらの足でもいいので、片足を斜め後ろの内側に引く。
背筋は伸ばしたままで、反対の足の膝を軽く曲げる。

というのが、一番簡単で略式なカーテシーだ。
ちょこっと膝を曲げるだけの挨拶。

説明を受けつつリィカが思ったのは、要するに日本で言う会釈程度かな、という認識だ。

一般的には、この膝を曲げるタイミングでスカートの裾をつまんで持ち上げて、頭を下げる。
リィカが見たレーナニアやルシアのカーテシーはこれだった。

さらに、これが例えば皇族ひいては皇帝や国王などに拝謁するときは、さらに膝を深く曲げて、頭も深く下げる。
やってみたが、これがキツかった。フラフラして倒れそうになった。

が、それで倒れなかったことがルシアの不満らしい。

「倒れないようにできるようになるまで、大変だったのよ!? 私なんか、何回も何回も転んで痛くて大変だったのに、なんですぐできてしまうの!?」

ものすごく理不尽だ。
やってみようと誘ってきたのはルシアの方だ。
それでできたからと言って、なぜ文句を言われなければいけないのか。
でも言い返せないリィカの代わりに言い返したのは、なぜか様子を見に来たケイトリンだった。

「あのね、あなたができなくてできなくて散々失敗したからって、リィカさんに当たるのは間違いじゃないかしら?」

「できなくてできなくて散々失敗して、悪かったわね!」

「怒らないの。今はできるようになったんだから、いいじゃないの」

「良くないっ! 自分の出来の悪さを、突きつけられたみたい……」

「しょうがない子ねぇ」

落ち込むルシアに、困ったように笑うケイトリン。
そんな母娘の様子に、リィカは少し懐かしくなる。

(お母さん、今どうしてるかな)

旅に出る前に母と交わした会話を思い出しても、母の”今”を気にしたことなどなかったな、と思う。

「でもリィカさんのカーテシー、初めてとは思えないほどきちんとできていたわ。今すぐにでもルードリックに披露してもいいくらい」

「――え、い、いえ、その、そんな、皇女殿下が丁寧に教えてくれたので」

そんな事を考えていたからか、ケイトリンに話しかけられて、返事が遅れた。
アタフタしたリィカの返事を聞いて、ケイトリンが首を傾げた。

「五十点ね」
「……え?」
「後半、皇女殿下が丁寧に教えてくれた、とつけたのは良かったわ。問題はその前」

リィカが何のことか理解できないまま、ケイトリンは話を続ける。

「あんな狼狽えて返事をしなくていいの。謙遜するなら、『恐縮です』とか『滅相もありません』とか言えばいいの」
「……え」

目を見開いているリィカに、ケイトリンは軽く笑いかけただけで、踵を返した。

「お邪魔しちゃって悪かったわね。リィカさん、ゆっくりして下さいね。ルシア、リィカさんをいじめちゃ駄目よ」

何も言えずにケイトリンを見送るリィカに、ルシアから声がかかった。

「リィカさん、母様のことはいいわ。このままじゃ冷えてしまうから、ベッドに入りましょう?」

「……え……って、えっ!? ベッドって、同じベッドに入るんですか!? わたし、床とかソファとかで……」

「ベッド大きいんだから、二人入っても何も問題ないわ」

(そりゃそうだろうけど)

突っ込みは口には出せなかった。
確かにベッドは大きい。二人どころか、三人でも四人でも寝れる。

だが、皇族の寝ているベッドに自分が入って良いものなのか。
当然別だろうと思っていた。こんな展開は、まったく考えていなかった。

戸惑ううちに、しびれを切らしたルシアがリィカの手を引けば、リィカも引かれるままに動かざるを得ない。
結局、ルシアと一緒にベッドに入ることになってしまった。

「リィカさん、ちょっと悔しいですけど、本当にカーテシーお上手だったわ」
「あ、その……」

言いかけて、先ほどのケイトリンの話を思い出す。

「……えと、恐縮です?」

言っていた言葉をそのまま口にしてみるが、言い慣れないので違和感がすごい。
自分でもぎこちないと思う言い方に、ルシアは苦笑した。

「平民の方々は、こんな言葉は使わないものね。でも、恐縮ですって言葉、結構色々な場面で使えるから、覚えておくといいわよ」

ルシアはクスクス笑うが、ふと表情が真剣になった。

「カーテシーも言葉遣いも、この皇宮で生きていくためには必要不可欠なものなの。例え皇族が相手であっても、あげつらってくる貴族もいるから。そうした相手と戦うための、必要な武器なの」

「武器……?」

「ええ。魔物と戦うための武器が剣や魔法であるならば、皇宮で貴族たちと戦う武器は所作や作法、言葉遣いだから」

特にルシアたちは、父親が皇位継承権を放棄し野に下ったことを「皇室の恥だ」とする貴族が多かったらしい。
それを真正面から跳ね返せるよう、ルードリックもルシアも、必死に沢山のことを学んだ。
そのおかげで、若輩ではあっても今のルードリックとルシアの発言力は強い。

「ルビーがちょっと羨ましかったかな。あの子は強力なユニーク魔法を持って魔力を持って、それを鍛えていくだけで、軍部での立場を確立させていったのだから」

今は、魔族との戦いの最前線にいる弟のルベルトス。
もちろん、弟がそれだけで軍部の人たちに認められたわけではないことくらいは分かっている。ルベルトスなりに大変だったことも努力したこともあると思う。
それでも、生まれ持った武器があることを、羨ましいと思うのだ。

「リィカさんは、おそらく皇族とか貴族とか、特権階級に位置する人の事が苦手よね」
「……はい、すいません」
「謝ることではないわ。そうね、でも謝罪するならすいませんではなくて、申し訳ありませんの方がいいかもね」

またも言葉遣いを訂正されて、リィカは口ごもる。

「ケルー少将が兄様に言ってたそうなの。苦手意識は強いようだけど、戦う方法を知らないだけじゃないかって」
「え?」

ケルー少将とは、つまりは自分たちとここまで一緒に来る中、色々気遣ってくれたトラヴィスだ。
そういえば、帝都に着いてから会っていない。

「魔族を相手にするとき、リィカさんは一歩も引かなかったんでしょ? すごい気迫だったって、少将が言っていたそうよ。だからきっと、戦う術を知って武器を持てば、リィカさんは貴族社会でもくぐり抜けて勝ち抜けられるんじゃないかって」

想像もしなかった話に、リィカは目を泳がせる。
ルシアの言いたいことは分かった。
けれど、それは無理だ。

「……戦う術を知っても、武器を持っても、それでもわたしは平民です。貴族の方たちには逆らえません」

その大前提がある以上、貴族社会の中に入ったところで、最底辺で押さえ込まれて、苦しい思いをするだけだ。

「それは違うわ、リィカさん。確かにあなたは平民かもしれない。でもそれだけじゃないでしょ?」

だから、ルシアの言葉は意外だった。

「それだけじゃない……?」
「ええ。あなたは勇者一行の一人で、そして他に並ぶもののいない類い希な魔法使い。あなたのその強大な魔力は、あなたをただの一人の平民に留めない」

リィカは呆然としながら、ルシアの言葉を聞く。

「あなたの膨大な魔力と強力な魔法。そして、鏡を作ってしまうような技術を欲しがる国は多いと思う。実際にあなたの戦いを見たルビーたちは、あなたに帝国に来て欲しいと思っているようだし」

「え?」

「あなたは勇者一行の一人で、類い希な魔法使いでありながら平民だから、あなたは自由なの。あなたの意思で、どこにでも行こうと思えば行ける。だから逆にね、周囲があなたにいて欲しいと願うなら、あなたのご機嫌取りをしなければならないのよ」

「……え」

「今のリィカさんはオドオドしちゃってるから、貴族たちも横柄な態度を取っちゃうだけよ。あなたがその武器を持って堂々と振る舞えば、皆がその事実を悟るわ。だからリィカさん、ちょっと習ってみる気はない?」

考えたこともない話だった。
魔力や魔法や魔道具作りが、戦い以外でも武器になるなど。

強くならなきゃ、とずっと思っていた。
でも、いつまでたっても、強くなれなかった。
怖くて怯えて、結局はアレクたちに守られるだけだった。
それらを知れば、少しは強くなれるんだろうか。

「皇女殿下、お願いしてよろしいですか?」
「もちろんよ。偉そうに誰かにものを教えられるのが、楽しみだわ」

ルシアの言い様にリィカは笑った。
笑いながら、リィカは気付いた。

「その話をするのに、わたしを誘ってくれたんですね。ありがとうございます」

が、リィカのその言葉に、ルシアは目を泳がせた。
その反応に、リィカは首を傾げる。

「……違うんですか?」
「ええ、その、最初はこんな話をするつもりは全くなかったの」

それはこんな話じゃなくても、別の話をする予定はあったということだろうか。
なおも目が泳いでいるルシアだが、その顔がほんのり赤い。

「そ、そのね、私そろそろ結婚の予定なの。……というか、魔王の誕生がなければ、もう結婚しているはずだったんだけど」

「そ、そうなんですか。それはその……」

おめでとうございます、というべきか。それとも結婚が延期になっていることに残念ですね、というべきか。

悩むリィカだったが、ルシアが求めているのはもっとだった。

「だ、だからね、リィカさんに聞いてみたくって。その、お、男の人と、ベッドを共にするって、どんな感じかなって……」

「ち、ちがいますっ!」

真っ赤な顔をしたルシアの言葉に、リィカは絶叫したのだった。


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