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第十二章 帝都ルベニア
過去を思い返して
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食事を終えて、リィカたちはサムの家に戻った。
「おう、お帰り」
「……え、だれ?」
出迎えてくれた男性に見覚えがなくて、リィカがつぶやく。
「おい、お嬢ちゃん、それはひどいだろ。食事している間に忘れたのか?」
「……サムさん?」
「他に誰がいるって言うんだ」
「いや、だって……」
目の前の男性は、髪はしっかり整えられ、髭も剃られている。
声だけ聞けば確かにサムだが、目の前の渋くてカッコいいオジサマと、あの髪と髭でグシャグシャの年齢不詳の男性とは、どうしても結びつかない。
「だから、普段からきちんと身だしなみくらい整えなさい」
「そうよ。父様のさっきの姿と今の姿、完全に別人だからね?」
「……そーかぁ?」
ケイトリンとルシアの言葉で、ようやくリィカは理解した。
自分たちが出かけている間に、身だしなみを整えただけなのだ。
「ごめんね、リィカさん。驚いたでしょ」
「はい。すっごく驚きました。ちゃんとしてるとカッコいいですね」
ルシアに聞かれて素直に答えたら、ルシアの目が「我が意を得たり」というようにキラッと光った。
「ほら父様、聞いたでしょ。カッコいいって」
「……娘より年下の女の子に言われてもなぁ」
「もうっ!」
ルシアがプンスカ怒る側で、ケイトリンがため息をついた。
「面倒となったら、それを押し通す人でしたからね。皇城にいるときは、それでも我慢してやっていたんでしょうけど」
今は街で一人暮らしだ。
面倒な事を我慢してやる必要もなくなった、というわけだ。
「そんで? どんな剣にするか、決めたのか?」
そんな女性陣を完全に置いてきぼりにして、サムは泰基に話しかける。
目が興奮してキラキラしている。
だが、そう聞かれても、泰基は答えようがない。
「……あ、いや、まだ……」
「まだかよ。しょうがねぇなぁ。じゃあとりあえず、魔石に手を触れながら、今までのことでも思い返しとけ」
「今までのこと?」
「ああ。今までのあんたがどう生きてきたのか。何を思ってきたのか。その中から、答えが出るかもしれないだろう」
そんな事を急に言われても、と思いつつ、体を押されて魔石に触れる。
目を瞑って言われたとおりに思い返してみれば、簡単に意識は過去へと戻った。
※ ※ ※
泰基の前半の人生において、その大半を占めるのは、幼なじみの女の子。
伊藤凪沙。
隣の家の、自分と同じ歳の女の子だ。
小学生の頃は、いつも一緒に遊んでいた気がする。
中学生になってから、お互いに男・女を気にするようになった。
けれど、そこで凪沙と疎遠になってしまうのは嫌で、凪沙に告白した。
「付き合ってくれ」という言葉に「どこに?」と返された時点で、何も通じていないのは分かったが、次の日から彼女扱いしても何も言わないものだから、なし崩し的に自分たちは付き合いだしたのだ。
ちゃんと「好きだ」と言ったのは、高校生になってから。
プロポーズは大学三年。
モテる凪沙に焦りがなかったと言えば、嘘になる。
一度は断られたが、強引に押し進めた。最終的にはOKをもらって、大学卒業と同時に結婚した。
そして、暁斗が生まれた。
この辺りが、幸せの絶頂期だった。
そこから、一気に突き落とされた。
連絡をもらって駆けつけたとき、凪沙はただ眠っているように見えた。
しかし、触れた肌は冷たくて、いくら声をかけても答えが返ってくることはなかった。
何が起こったのかを聞いて、凪沙を殺した犯人もすでに捕まっていると聞いた。犯人を捕まえたのが凪沙自身だと聞いたときには、さすがだと思った。バカだと思った。
――暁斗のことなんかいいから、逃げて欲しかった。
そう思ってハッとした。
そして自嘲するように笑う。
それが紛れもない本心だと、自分にとっての一番は凪沙なのだと、それが分かってしまった。
自分のふがいなさを嘆く。
何もできなかったのは自分なのに。
凪沙を守れなかったのは、自分なのに。
それなのに、暁斗さえいなければ良かったのに、なんて考えてしまうなんて。
けれど、その時暁斗の泣き声がした。
その泣き声が、泰基の嘆きを吹き飛ばした。
何をどう考えたところで、もう凪沙はいなくて、ここにいるのは暁斗なのだ。
そして、そこからはがむしゃらだった。
自らの両親にも、凪沙の両親にも、頼ろうと思えばきっと頼れたのだろうが、泰基はそれをしなかった。
自分一人で必死に暁斗を育てた。
凪沙を失った喪失感を埋めてくれるのは、暁斗しかいなかった。
時間がたてば、どんなに悲しいことも辛い事も、少しずつ思い出に変わっていく。
そうして、泰基は少しずつ喪失感から立ち直っていったが、それと引き換えるように暁斗が母親の夢に囚われていった。
それを泰基はどうすることもできずに、見守るしかできなかった。
やはり自分は何もできないのか。
そんな無力感に苛まれる中、判明した自分の癌。
治療し治ったと思ったのに、再発してとうとう余命宣告まで受けた。
暁斗の高校卒業まで持つかどうか。
この時、初めて泰基は暁斗のことで両親を頼ったかもしれない。
両親は何も言わなかった。
ただその時が来たら、暁斗を引き取ることを了承してくれた。
そして、暁斗が夏休みに入ってすぐに起こった、とんでもない事態。
まさかの、異世界に召喚されるという、何の小説だと言いたくなるような事態に巻き込まれた。
そこで、泰基はリィカに、凪沙の転生した人に出会う事になったのだ……。
「おい、もういいぞ」
声を掛けられて、肩を掴まれて、泰基はハッとする。
意識が現実に戻る。
夢から覚めたような気分で目を開ければ、目の前にいたのはサムだった。
ようやくそこで、自分が魔石に触れていた事を思い出す。
「本当はあんたは、剣を振るのは向いてないのかもしれないな。剣の持つ意味とは真逆の願いを込めやがって」
「……は?」
願いを込めたとは、何だろうか。
自分はただ、過去を思い返していただけだ。
「だがそれでも、間違いなくあんたが望んだ剣だ。後は任せてくれ」
魔石を見ると、何かが違った。
浄化してあるはずの魔石に、何かが染みついている。
それが、自分の願いとか思いとか、そういうものなのだと、何の根拠もなく泰基は察した。
「おう、お帰り」
「……え、だれ?」
出迎えてくれた男性に見覚えがなくて、リィカがつぶやく。
「おい、お嬢ちゃん、それはひどいだろ。食事している間に忘れたのか?」
「……サムさん?」
「他に誰がいるって言うんだ」
「いや、だって……」
目の前の男性は、髪はしっかり整えられ、髭も剃られている。
声だけ聞けば確かにサムだが、目の前の渋くてカッコいいオジサマと、あの髪と髭でグシャグシャの年齢不詳の男性とは、どうしても結びつかない。
「だから、普段からきちんと身だしなみくらい整えなさい」
「そうよ。父様のさっきの姿と今の姿、完全に別人だからね?」
「……そーかぁ?」
ケイトリンとルシアの言葉で、ようやくリィカは理解した。
自分たちが出かけている間に、身だしなみを整えただけなのだ。
「ごめんね、リィカさん。驚いたでしょ」
「はい。すっごく驚きました。ちゃんとしてるとカッコいいですね」
ルシアに聞かれて素直に答えたら、ルシアの目が「我が意を得たり」というようにキラッと光った。
「ほら父様、聞いたでしょ。カッコいいって」
「……娘より年下の女の子に言われてもなぁ」
「もうっ!」
ルシアがプンスカ怒る側で、ケイトリンがため息をついた。
「面倒となったら、それを押し通す人でしたからね。皇城にいるときは、それでも我慢してやっていたんでしょうけど」
今は街で一人暮らしだ。
面倒な事を我慢してやる必要もなくなった、というわけだ。
「そんで? どんな剣にするか、決めたのか?」
そんな女性陣を完全に置いてきぼりにして、サムは泰基に話しかける。
目が興奮してキラキラしている。
だが、そう聞かれても、泰基は答えようがない。
「……あ、いや、まだ……」
「まだかよ。しょうがねぇなぁ。じゃあとりあえず、魔石に手を触れながら、今までのことでも思い返しとけ」
「今までのこと?」
「ああ。今までのあんたがどう生きてきたのか。何を思ってきたのか。その中から、答えが出るかもしれないだろう」
そんな事を急に言われても、と思いつつ、体を押されて魔石に触れる。
目を瞑って言われたとおりに思い返してみれば、簡単に意識は過去へと戻った。
※ ※ ※
泰基の前半の人生において、その大半を占めるのは、幼なじみの女の子。
伊藤凪沙。
隣の家の、自分と同じ歳の女の子だ。
小学生の頃は、いつも一緒に遊んでいた気がする。
中学生になってから、お互いに男・女を気にするようになった。
けれど、そこで凪沙と疎遠になってしまうのは嫌で、凪沙に告白した。
「付き合ってくれ」という言葉に「どこに?」と返された時点で、何も通じていないのは分かったが、次の日から彼女扱いしても何も言わないものだから、なし崩し的に自分たちは付き合いだしたのだ。
ちゃんと「好きだ」と言ったのは、高校生になってから。
プロポーズは大学三年。
モテる凪沙に焦りがなかったと言えば、嘘になる。
一度は断られたが、強引に押し進めた。最終的にはOKをもらって、大学卒業と同時に結婚した。
そして、暁斗が生まれた。
この辺りが、幸せの絶頂期だった。
そこから、一気に突き落とされた。
連絡をもらって駆けつけたとき、凪沙はただ眠っているように見えた。
しかし、触れた肌は冷たくて、いくら声をかけても答えが返ってくることはなかった。
何が起こったのかを聞いて、凪沙を殺した犯人もすでに捕まっていると聞いた。犯人を捕まえたのが凪沙自身だと聞いたときには、さすがだと思った。バカだと思った。
――暁斗のことなんかいいから、逃げて欲しかった。
そう思ってハッとした。
そして自嘲するように笑う。
それが紛れもない本心だと、自分にとっての一番は凪沙なのだと、それが分かってしまった。
自分のふがいなさを嘆く。
何もできなかったのは自分なのに。
凪沙を守れなかったのは、自分なのに。
それなのに、暁斗さえいなければ良かったのに、なんて考えてしまうなんて。
けれど、その時暁斗の泣き声がした。
その泣き声が、泰基の嘆きを吹き飛ばした。
何をどう考えたところで、もう凪沙はいなくて、ここにいるのは暁斗なのだ。
そして、そこからはがむしゃらだった。
自らの両親にも、凪沙の両親にも、頼ろうと思えばきっと頼れたのだろうが、泰基はそれをしなかった。
自分一人で必死に暁斗を育てた。
凪沙を失った喪失感を埋めてくれるのは、暁斗しかいなかった。
時間がたてば、どんなに悲しいことも辛い事も、少しずつ思い出に変わっていく。
そうして、泰基は少しずつ喪失感から立ち直っていったが、それと引き換えるように暁斗が母親の夢に囚われていった。
それを泰基はどうすることもできずに、見守るしかできなかった。
やはり自分は何もできないのか。
そんな無力感に苛まれる中、判明した自分の癌。
治療し治ったと思ったのに、再発してとうとう余命宣告まで受けた。
暁斗の高校卒業まで持つかどうか。
この時、初めて泰基は暁斗のことで両親を頼ったかもしれない。
両親は何も言わなかった。
ただその時が来たら、暁斗を引き取ることを了承してくれた。
そして、暁斗が夏休みに入ってすぐに起こった、とんでもない事態。
まさかの、異世界に召喚されるという、何の小説だと言いたくなるような事態に巻き込まれた。
そこで、泰基はリィカに、凪沙の転生した人に出会う事になったのだ……。
「おい、もういいぞ」
声を掛けられて、肩を掴まれて、泰基はハッとする。
意識が現実に戻る。
夢から覚めたような気分で目を開ければ、目の前にいたのはサムだった。
ようやくそこで、自分が魔石に触れていた事を思い出す。
「本当はあんたは、剣を振るのは向いてないのかもしれないな。剣の持つ意味とは真逆の願いを込めやがって」
「……は?」
願いを込めたとは、何だろうか。
自分はただ、過去を思い返していただけだ。
「だがそれでも、間違いなくあんたが望んだ剣だ。後は任せてくれ」
魔石を見ると、何かが違った。
浄化してあるはずの魔石に、何かが染みついている。
それが、自分の願いとか思いとか、そういうものなのだと、何の根拠もなく泰基は察した。
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