上 下
424 / 629
第十二章 帝都ルベニア

過去を思い返して

しおりを挟む
食事を終えて、リィカたちはサムの家に戻った。

「おう、お帰り」
「……え、だれ?」

出迎えてくれた男性に見覚えがなくて、リィカがつぶやく。

「おい、お嬢ちゃん、それはひどいだろ。食事している間に忘れたのか?」
「……サムさん?」
「他に誰がいるって言うんだ」
「いや、だって……」

目の前の男性は、髪はしっかり整えられ、髭も剃られている。
声だけ聞けば確かにサムだが、目の前の渋くてカッコいいオジサマと、あの髪と髭でグシャグシャの年齢不詳の男性とは、どうしても結びつかない。

「だから、普段からきちんと身だしなみくらい整えなさい」
「そうよ。父様のさっきの姿と今の姿、完全に別人だからね?」
「……そーかぁ?」

ケイトリンとルシアの言葉で、ようやくリィカは理解した。
自分たちが出かけている間に、身だしなみを整えただけなのだ。

「ごめんね、リィカさん。驚いたでしょ」
「はい。すっごく驚きました。ちゃんとしてるとカッコいいですね」

ルシアに聞かれて素直に答えたら、ルシアの目が「我が意を得たり」というようにキラッと光った。

「ほら父様、聞いたでしょ。カッコいいって」
「……娘より年下の女の子に言われてもなぁ」
「もうっ!」

ルシアがプンスカ怒る側で、ケイトリンがため息をついた。

「面倒となったら、それを押し通す人でしたからね。皇城にいるときは、それでも我慢してやっていたんでしょうけど」

今は街で一人暮らしだ。
面倒な事を我慢してやる必要もなくなった、というわけだ。

「そんで? どんな剣にするか、決めたのか?」

そんな女性陣を完全に置いてきぼりにして、サムは泰基に話しかける。
目が興奮してキラキラしている。

だが、そう聞かれても、泰基は答えようがない。

「……あ、いや、まだ……」
「まだかよ。しょうがねぇなぁ。じゃあとりあえず、魔石に手を触れながら、今までのことでも思い返しとけ」
「今までのこと?」
「ああ。今までのあんたがどう生きてきたのか。何を思ってきたのか。その中から、答えが出るかもしれないだろう」

そんな事を急に言われても、と思いつつ、体を押されて魔石に触れる。
目を瞑って言われたとおりに思い返してみれば、簡単に意識は過去へと戻った。


※ ※ ※


泰基の前半の人生において、その大半を占めるのは、幼なじみの女の子。
伊藤凪沙いとうなぎさ
隣の家の、自分と同じ歳の女の子だ。

小学生の頃は、いつも一緒に遊んでいた気がする。
中学生になってから、お互いに男・女を気にするようになった。
けれど、そこで凪沙と疎遠になってしまうのは嫌で、凪沙に告白した。

「付き合ってくれ」という言葉に「どこに?」と返された時点で、何も通じていないのは分かったが、次の日から彼女扱いしても何も言わないものだから、なし崩し的に自分たちは付き合いだしたのだ。

ちゃんと「好きだ」と言ったのは、高校生になってから。
プロポーズは大学三年。
モテる凪沙に焦りがなかったと言えば、嘘になる。
一度は断られたが、強引に押し進めた。最終的にはOKをもらって、大学卒業と同時に結婚した。
そして、暁斗が生まれた。

この辺りが、幸せの絶頂期だった。

そこから、一気に突き落とされた。
連絡をもらって駆けつけたとき、凪沙はただ眠っているように見えた。
しかし、触れた肌は冷たくて、いくら声をかけても答えが返ってくることはなかった。

何が起こったのかを聞いて、凪沙を殺した犯人もすでに捕まっていると聞いた。犯人を捕まえたのが凪沙自身だと聞いたときには、さすがだと思った。バカだと思った。

――暁斗のことなんかいいから、逃げて欲しかった。

そう思ってハッとした。
そして自嘲するように笑う。
それが紛れもない本心だと、自分にとっての一番は凪沙なのだと、それが分かってしまった。

自分のふがいなさを嘆く。
何もできなかったのは自分なのに。
凪沙を守れなかったのは、自分なのに。

それなのに、暁斗さえいなければ良かったのに、なんて考えてしまうなんて。

けれど、その時暁斗の泣き声がした。
その泣き声が、泰基の嘆きを吹き飛ばした。
何をどう考えたところで、もう凪沙はいなくて、ここにいるのは暁斗なのだ。

そして、そこからはがむしゃらだった。
自らの両親にも、凪沙の両親にも、頼ろうと思えばきっと頼れたのだろうが、泰基はそれをしなかった。
自分一人で必死に暁斗を育てた。
凪沙を失った喪失感を埋めてくれるのは、暁斗しかいなかった。

時間がたてば、どんなに悲しいことも辛い事も、少しずつ思い出に変わっていく。
そうして、泰基は少しずつ喪失感から立ち直っていったが、それと引き換えるように暁斗が母親の夢に囚われていった。
それを泰基はどうすることもできずに、見守るしかできなかった。

やはり自分は何もできないのか。
そんな無力感に苛まれる中、判明した自分の癌。

治療し治ったと思ったのに、再発してとうとう余命宣告まで受けた。
暁斗の高校卒業まで持つかどうか。

この時、初めて泰基は暁斗のことで両親を頼ったかもしれない。
両親は何も言わなかった。
ただその時が来たら、暁斗を引き取ることを了承してくれた。

そして、暁斗が夏休みに入ってすぐに起こった、とんでもない事態。
まさかの、異世界に召喚されるという、何の小説だと言いたくなるような事態に巻き込まれた。

そこで、泰基はリィカに、凪沙の転生した人に出会う事になったのだ……。

「おい、もういいぞ」

声を掛けられて、肩を掴まれて、泰基はハッとする。
意識が現実に戻る。
夢から覚めたような気分で目を開ければ、目の前にいたのはサムだった。

ようやくそこで、自分が魔石に触れていた事を思い出す。

「本当はあんたは、剣を振るのは向いてないのかもしれないな。剣の持つ意味とは真逆の願いを込めやがって」
「……は?」

願いを込めたとは、何だろうか。
自分はただ、過去を思い返していただけだ。

「だがそれでも、間違いなくあんたが望んだ剣だ。後は任せてくれ」

魔石を見ると、何かが違った。
浄化してあるはずの魔石に、何かが染みついている。

それが、自分の願いとか思いとか、そういうものなのだと、何の根拠もなく泰基は察した。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

【完結】王甥殿下の幼な妻

花鶏
ファンタジー
 領地経営の傾いた公爵家と、援助を申し出た王弟家。領地の権利移譲を円滑に進めるため、王弟の長男マティアスは公爵令嬢リリアと結婚させられた。しかしマティアスにはまだ独身でいたい理由があってーーー  生真面目不器用なマティアスと、ちょっと変わり者のリリアの歳の差結婚譚。  なんちゃって西洋風ファンタジー。  ※ 小説家になろうでも掲載してます。

Sランク冒険者の受付嬢

おすし
ファンタジー
王都の中心街にある冒険者ギルド《ラウト・ハーヴ》は、王国最大のギルドで登録冒険者数も依頼数もNo.1と実績のあるギルドだ。 だがそんなギルドには1つの噂があった。それは、『あのギルドにはとてつもなく強い受付嬢』がいる、と。 そんな噂を耳にしてギルドに行けば、受付には1人の綺麗な銀髪をもつ受付嬢がいてー。 「こんにちは、ご用件は何でしょうか?」 その受付嬢は、今日もギルドで静かに仕事をこなしているようです。 これは、最強冒険者でもあるギルドの受付嬢の物語。 ※ほのぼので、日常:バトル=2:1くらいにするつもりです。 ※前のやつの改訂版です ※一章あたり約10話です。文字数は1話につき1500〜2500くらい。

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

処理中です...