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第十二章 帝都ルベニア

皇太子ルードリック

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「余がこのルバドール帝国の皇太子、ルードリックと申す。祖父たる皇帝ではなくて済まぬが、祖父は寝たまま起きることもほとんどないのでな。余で勘弁頂きたい」

謁見の間。

驚いたことに、皇太子の座る玉座は階の下にあり、勇者一行六名分のイスも、皇太子に向かい合う形で並べられていた。

両脇に貴族が大勢いる中、リィカはいいのかなと思いつつ、言われた席に座る。
そしてルードリックが名乗り、その後唯一見知った顔であるトラヴィスが勇者一行の紹介を始めた。

「おお」とか「ほお」とか、紹介されるたびに貴族らしい人たちが何やら感心の声を上げているが、最後にリィカが紹介されたとき向けられた視線は、どこか疑わしいものだった。

「うむ。最終防衛線を救って下さったと伺った。同時に、我が弟ルベルトスも助けて下さったこと、感謝する」

ルードリックが頭を下げた。
それをアレクは驚きをもって見つめる。
皇太子と呼ばれて、皇帝の代わりに帝国を治めている人間が、頭を下げたのは意外だった。

「……とんでもありません。失礼とは存じますが、防衛線を救ったのも、ルベルトス殿を助けたのも、ついででしかございませんから」

アレクが答える。
言葉遣いは悩んだが、事実上の皇帝と変わらないという所に配慮し、敬語で話す。

答えた内容に両脇にいる貴族たちが少しざわついたが、アレクは気にしない。
目的はジャダーカだったのだ。他は本当に、ただのついでだ。

「承知している。それでも、救って頂いたことに変わりはないからな。礼くらいは言わせてくれ」

再度重ねられた言葉に、アレクは黙って頭を下げた。
それでこの話題は終わりだ。

ルードリックは、別の話に入った。

「さて、ケルー少将より話は聞いているだろうが、夏の初めに降るべきはずの雨は、結局降ることはなかった」

元々頼まれていた、夏の始まりにある雨季に雨が降らなかった事に対しての調査。
結局、それから雨季が来ることはなかったようだ。

ちなみに、帝都ルベニアに到着するとほぼ同時くらいに、夏の季節が終わった。
空に出ていた月が三日月になり、段々と細くなり、ついには出なくなったのだ。
秋の季節だ。

何とか夏は乗り切った。
だが、これから三ヶ月後、冬の始まりに降るべき雨が降らなかったら、今度こそ帝都は深刻な水不足に陥る。

「そちらの調査をして頂けると報告にはあったが、違いはないだろうか」
「ええ」

ルードリックの改めての確認に、アレクが頷いた。
だが、アレクの返答に被さるような声が、貴族から上がった。

「皇太子殿下、確認する必要はございますまい。勇者様ご一行とて、水がなければ困るのは道理」

「リーチェン公爵、伝達してあったはずだが、知らぬのか? 調査は完全に勇者様ご一行のご好意によるもの。ご一行は魔法で水が賄えるから、オアシスがなくなっていようと困る事はない」

ルードリックの厳しい言葉に、リーチェン公爵と呼ばれた男は、グッと押し黙る。
だが、そこで黙っては負けだとでも言いたげに、すぐにまた口を開いた。

「も、もちろん存じておりますとも。ですが、皇太子殿下。勇者様のご一行を疑うわけではございませんが、なぜ平民の女が紛れているのか、疑問でございます」

その言葉にリィカが体を硬くする。
アレクが言い返そうとするが、それよりもルードリックの方が早かった。

「ケルー少将が素晴らしい魔法使いだと紹介していたのを、聞いていなかったのか? 性別や出身、見た目だけで判断すると、痛い目を見るのはそなただぞ」

「で、ですが……!」

「黙れ。今は水の問題を話しているのだ」

ルードリックの表情と言葉に、怒りが見て取れる。
それを察したのか、リーチェン公爵はそれ以上踏み込むのを諦めたようだ。

「リィカについて不満があるなら言って。オレたち、出てくから」

しかし、それで終わらせなかったのは暁斗だった。
不機嫌を隠そうともせずに、リーチェン公爵と呼ばれた男を睨む。

そんな暁斗を泰基は止めようとせず、アレクが援護するように言葉を続ける。

「ケルー少将から聞いてないのか? 俺たちが力を貸すのを当然と思っているのなら、協力するつもりはない」
「なっ……!」

リーチェン公爵と呼ばれた男の顔が、怒りで真っ赤に染まる。
何かを叫ぼうとしたとき、制止が入った。

「リーチェン公爵、下がれ! 今後、貴様は勇者様ご一行の接触を禁じる」
「は?」

制止は、もちろんルードリックだ。
なおも何かを言いたそうなリーチェン公爵に、ルードリックはさらに告げる。

「ここにいることは許可するが、決して口は開くな。良いな」
「……は。かしこまりました」

さすがにそれ以上はマズいと思ったのか、リーチェン公爵は渋々引き下がる。
その様子を見て、ぐるっと両脇に並ぶ貴族たちの顔を見る。
そして、最後に勇者一行に視線を持っていく。

「大変失礼な真似を、申し訳ありません。水の問題については話を後に回します。その前にするべき話があったのに、飛ばしてしまったことを謝罪致します」

ルードリックは、軽く頭を上げて謝罪する。
そして、本題を切り出した。

「勇者様ご一行より、我が帝国に献上して頂ける品があると、伺ったのですが」

その言葉に、リィカの肩が跳ね上がった。
トラヴィスが指示を出して、それを運んできたのはバスティアンと、ここまで護衛として一緒に来た二名。

布が掛けられたそれを手にした三人は、謁見の間に入ってすぐのところで跪くと、布を取り払った。

「「「「「なっ!?」」」」」

驚きの声が謁見の間を席巻する。
手に持ったそれが、謁見の間を映し出している。

「……鏡か」

トラヴィスから話があり、一度実物を見たルードリックでも、やはり驚きが隠せなかった。
なのだから、貴族たちの驚きももっともだ。

「皇太子殿下。そちらの鏡は、仲間の魔法使いであるリィカが作成したものとなります」

アレクが声を張り上げた。
周囲にいる貴族にも聞こえるように。

「この帝都にたどり着く途中、鏡がBランクの魔物、バシリスクの石化攻撃への対策となる事が判明致しました。リィカより人命を守ることに繋がるなら、帝国へ差し上げたいと話があり、我ら一同同意の上で、帝国へ献上させて頂こうと考えた次第です」

さらに、ざわめきが大きくなる。

「作っただと!?」
「バシリスクの対策!?」
「どういうことだ!」

色々な声が飛び交うが、ルードリックが片手を上げるとそれだけで場が静まる。

「ケルー少将。そなたは勇者様のご一行とここまで共に来たな?」

「はっ。リィカ嬢がCランクの魔石で鏡を作成したこと。その鏡がバシリスクへの対策になると勇者様より助言を頂き、実際に試し、絶大な効果を発揮したこと。すべて確認しております」

その言葉でまたもざわめきそうになるが、その前にルードリックが言葉を発した。

「ふむ。献上の品、こちらへ持って参れ」

バスティアンがその言葉を受けて立ち上がり、恭しくルードリックへと渡す。
受け取ったルードリックは、演技でも何でもなく、感嘆の声を上げた。

「素晴らしい鏡だ。有り難く頂戴しよう。リィカ嬢、何よりも人の命を重んじてくれたこと、感謝する」

リィカの肩がビクッとなったが、感謝の言葉を告げられることは想定内だ。
必死に教わった通りに言葉を紡いだ。

「い、いえ、とんでもありません。その鏡が帝国の皆様方の役に立つことを祈っております」

言って頭を下げる。
何とか噛まずに言えた。きっとこれなら、合格圏内だろう。

ホッと胸をなで下ろすリィカだったが、次に告げられたルードリックの言葉に固まることになる。

「ちなみに、今この場で鏡を作れと言えば、作れるのか?」
「……え?」

目を大きく見開いたリィカに、ルードリックはさらに続けた。

「素晴らしい鏡だ。その感想に嘘はない。だが、作ったと言われてそう簡単に納得できることでもないのは、理解頂きたいのだ。どうなんだ、作れるのか?」

こんな事を言われるなど、想定していなかった。
どう答えれば正解なのか、分からない。

「リィカ、そのまま素直に答えればいい」

掛けられた声は、アレクだ。
その顔を見て、頷いた。動揺が少し治まる。
大丈夫だ。何かあれば、アレクがフォローしてくれる。

「Cランクの魔石があれば作れます。けれど、それなりに時間はかかります」
「最低でも数時間は必要です。作れと仰るのであれば構いませんが、その時間は待って頂くことになります」

リィカの期待通りに、アレクがフォローを入れる。

最初に鏡を作った頃より、作成時間は短くなってはいるのだが、それでも一瞬で作れるわけではない。それは理解してもらわなければ困るのだ。

「なるほど、承知した。魔石は用意する。完成までいくらでも待とう。ぜひ、作って頂きたい。だが、時間がかかるとなると、この場では不都合だな」

ルードリックは少し考える様子を見せる。

「では、場所をここから会議室へと移そう。興味のある者はついてこい。勇者様の皆様方には大変申し訳ありませんが、移動をお願いしてよろしいでしょうか」

前半は周囲にいる貴族に、後半は勇者一行へと向ける。
こうして、場を謁見の間から会議室へと移すことになった。


※ ※ ※


「……どう考えても、最初からこうするつもりだったな」

アレクが小さくつぶやいた。
会議室にはCランクの魔石が用意されており、ついでに簡単につまめるような軽食や飲み物まで用意されている。

今さっき決まったのなら、こんな用意ができるはずもない。
トラヴィスが事前に報告していたのだろうから、その時からこの方向に話を持っていくつもりだったんだろう。

ゾロゾロと入ってきて、下座に腰掛ける貴族たちをアレクは冷たい目で見る。
魔族が侵攻してきているというのに、まるで危機感が見られない貴族たちだ。

先ほど水の問題で文句を言ってきたのは一人だけだったが、結構な数の人間がそれに頷いていたのを、アレクは確認していた。

リィカは魔石が置かれている席に座り、アレクは案内を無視してリィカの隣に座った。
緊張を少しでも解してあげたかった。

だが、その気遣いは余計だったかもしれない。
アレクと目が合うと、リィカは一つ頷いて魔石に視線を移す。手を伸ばして目を瞑り、集中し始めた。

アレクは口元が綻ぶ。
緊張はしているようだが、それが鏡作成に影響を及ぼすことはなさそうだった。


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