上 下
406 / 629
第十二章 帝都ルベニア

VSバシリスク

しおりを挟む
アレクが急に手綱を引いて、ラクダを止めた。
同時に、バルと暁斗も止まる。

「どうしたの?」

リィカが振り返って聞けば、アレクがある一方向を指さした。

「あちらに大きな気配がある。おそらくBランクの魔物だ」

その言葉に、ザワッとしたのはトラヴィスを始めとするルバドール帝国側だ。
砂漠にいるBランクの魔物と言われれば、一種類だけだ。

「どうする? 距離はあるから、このまま進んでも遭遇しない可能性の方が高い」

アレクがトラヴィスに聞いた。
聞かれたトラヴィスは、ラクダの上に布をかけて括り付けてある物に手を触れる。
リィカが作った鏡だ。二つともトラヴィスが持っているのだ。

「……いえ、バシリスクは遠くからでも震動を感じ取れます。距離があっても、近寄ってくる可能性が高いでしょう」

そう言うと、鏡を手に取る。
アレクの指さした方向に、進み始めた。
それを確認して、アレクも後を追う。

「少将閣下、鏡をお預かりします。お下がり下さい」

前を進むトラヴィスに、バスティアンが声を掛ける。
だが、不機嫌そうな顔をされた。

「なぜだ」
「……まさか、少将閣下ご本人が、鏡を持ってバシリスクの前に立つつもりではございませんよね?」
「そのつもりだが」
「……お願いですので、お止め下さい。そのような危険な行動を行うのは、我々部下の役目です」

この場合、バスティアンの方の言い分が正しい。
それはトラヴィスも分かる。
分かるが、鏡を持つ手に力が入る。

「……いやだが、この鏡を他の者に渡すわけには……!」
「かしこまりました。用が済めば閣下にお戻し致します。それでよろしいですね?」

これ以上は付き合いきれない。そう言わんばかりに、バスティアンは素っ気なく言って、鏡を奪い取る。

無理に引っ張り合いをして壊れることを恐れたのか、あっさりと手を離したトラヴィスは、恨めしそうに自分の副官を見ていた。


※ ※ ※


「来ました! バシリスクです!」

そう叫んだのは、護衛の一人だ。
バスティアンがトラヴィスから預かった鏡は、護衛の手に渡っている。

正面から走って向かってくるのは、確かにデカいトカゲという表現が良く合う魔物である。
事前に言われていた通りに、鏡を持った二人を除き、バシリスクの正面から退避する。

鏡を前に掲げた。


※ ※ ※


「……あ」

リィカは小さくつぶやいた。

石化の視線対策のための鏡。
石化対策でしかないから、毒を吐くなり、あるいはその鋭い爪で攻撃してくる場合、逃げるように声を掛ける事になっている。

けれど、横から見ていて分かった。
今、バシリスクの目から、何か魔力が放出された。

そしてそれが鏡に当たると、たちまちバシリスクは石化していく。

「やったっ……」
「よぉし!!」
「やりましたね!!」
「これで、厄介なバシリスクの対策ができた!!」
「鏡、バンザイ!」
「リィカ様、バンザイ!」

小さなリィカのつぶやきは、トラヴィスやバスティアン、護衛たちの大きな声にかき消された。
その喜びように、よほどに苦労していたことが伺えてしまう。

「リィカ嬢、感謝する。本当に、ありがとう……!」

トラヴィスに泣き出さんばかりに頭を下げられた。

感謝してくれるのは良いのだが、いささか大げさすぎる気がする。
だが、何か言わなければトラヴィスは頭を上げないだろう。

(どういたしまして……? いや、でもなんか違うよね?)

困って後ろを振り向けば、アレクが苦笑していた。
リィカの肩に手を置いて、トラヴィスへ答えてくれた。

「ケルー少将、リィカが困っている。頭を上げろ。――役に立ったのなら良かった」
「はい。心より感謝いたします」

アレクの言葉に従って顔を上げたトラヴィスは、もう一度だけ頭を下げた。

「ところで殿下、鏡の件でご相談があるのですが……」
「相談? なんだ……いや、待て。またバシリスクだな。二体……いや、三体か? まとめてくる」
「なっ!?」

何やら話を持ちかけたトラヴィスだが、アレクの言葉に一瞬呆けた後に驚きの声を上げる。

「……あ、この魔力がそうかな?」

同時にリィカも、バシリスクらしい魔力を見つける。
Bランクの魔物。魔力も強いから見つけやすい。

ほとんど一瞬で、凝縮した魔法八発を自らの周囲に生み出す。
それらを、感じる魔力に向けて放った。

その発動の早さに、ユーリを筆頭に周囲が唖然としたが、すぐアレクがつぶやいた。

「当たってないな」
「え」

リィカが、濁点が付きそうな声で呻く。

「一体だけは倒してるよ」
「まぐれ当たりじゃねぇ? 躱すそぶりすらしてなさそうだったぞ」
「………………」

続いて暁斗とバルにも言われて、リィカは黙って落ち込む。
魔力の気配だけを頼りに放ったのだが、ちゃんと読めていないのか、遠方まで命中させられるほどの精度がないのか。

こっちに向かってくる二体の魔物の魔力は感じるから、おそらく後者だろう。

「……もっと練習しないと、ダメだぁ」
「それはそうだが、とりあえずバシリスクを何とかするのが先だぞ」

アレクに言われて、リィカも目の前の問題に集中する。
感じる気配に、視線を向ける。

「鏡を前に出せ! 勇者様方を守れ!」

トラヴィスがようやく叫び、それで鏡を持つ二人も我に返ったように動き出すが、もう遅かった。

バシリスクが二体、姿を見せる。
一番近くにいるのは、泰基だった。

「父さん!」
「泰基!」

暁斗とリィカの声を聞きながら、泰基はバシリスクの目から魔力が放たれたのが分かった。
その瞬間、頭に浮かんだもの・・に苦笑する。

「《反射鏡リフレクター》!」

その魔法を唱えてみると、泰基の前に透明のガラスのような物が出現した。
一見《結界バリア》に似ているようで、違う。

バシリスクの視線の魔力が《反射鏡リフレクター》に当たり、たちまち一体のバシリスクが石化していった。
残りは一体。

「泰基、すごい!」
「よし、オレも!」

リィカが歓声をあげ、暁斗は意気込んでラクダを蹴って、バシリスクへ向かって空中に飛び出した。

「アキト! 無茶するな!」

アレクが叫ぶ。
同時に、バシリスクが口を大きく開く。

「毒です! 毒の息を吐きます! お気を付けて!」

トラヴィスが叫んだ。紫色のいかにも体に悪そうな霧が、暁斗に襲いかかる。

「《竜巻トルネード》!」

暁斗が魔法を唱えた。風の中級魔法だ。
その竜巻に紫色の霧は巻き込まれ、消えていく。

暁斗の持つ聖剣が輝く。
横に振り抜かれた聖剣は、見事にバシリスクの首を断ち切っていた。

砂の上に綺麗に着地を決めると、暁斗は剣を高々上げる。

「へへっ、やったっ!」
「やったじゃない。たまたま上手くいっただけだ」

Bランクの魔物を、苦戦することなく一人で倒したのだ。
喜んでいる暁斗に水を差すように言ったのは、泰基だった。

「たまたまじゃないよ。できると思って、やったんだ……」

褒められるわけじゃなく、言われた言葉に不満そうに言い返した暁斗だったが、途中で言葉が止まる。
泰基は怒っていなかった。だが、表情は何かに恐怖するように強張っていた。

「もし石化の視線をかけられたら、どうにもできなかっただろう? 回復できるからといって、何をしてもいいわけじゃない。他にも方法はあるんだ。危険な事はするな」

「……うん、ごめんなさい」

大丈夫だと思った。倒せると思ったから飛び出した。
それは間違いのない事実だけれど、泰基の目にはそう見えなかったんだろう。

泰基に心配を掛けたいわけではないのだ。暁斗は素直に謝った。


※ ※ ※


それからの砂漠の旅も、色々な魔物と遭遇した。

普通の動物から魔物化したのは、スコーピオンの他に、蜥蜴リザード、そして毒蛇ヴァイパー。もちろん全て毒持ちだ。

ラクダも魔物化して現れる。
途中で何らかの理由で乗り手を失ったラクダが、砂漠を彷徨う内に魔物化してしまうのだろう。

魔王が生み出したとされる魔物の最たるものはバシリスクだが、もちろんそれ以外にもいる。

まずは、リィカが魔力を読み損なったEランクのヤクルス。
ちなみに、この砂漠の移動中、結局リィカはヤクルスの魔力を読み切れなかった。

ステュムパーリデスという怪鳥の群れ。群れでCランク扱いされている。
吐く息で毒をまき散らしてくる。それが群れでやってくるのだから、正直たまらない。

群れなので発見も難しくないので、軍が対応するときはできるだけ早く発見し、遠方から魔法で処理する、という対応を取っているということだ。
同じように対応した。

毒ではないが、眠らせてくるサンドマンという魔物。
姿が見えない魔物なので、気付けずに眠らされてしまう。眠らされるだけで攻撃はされないのだが、眠っている間に他の魔物に襲われる危険はある。

厄介だったが、気配が読めれば何ということはなく切り抜けられた。
トラヴィスが、本気で気配を読む訓練をするかどうかを悩んでいた。

そして、この砂漠では異彩を放つ、石でできた馬、セキバホウ。
文字通り全身が石の塊で、毒も何も使ってこないが、とにかく硬い。「なんで石が動くのかな?」というリィカの問いは、全員が疑問に思う事だった。

「砂漠に出てくる魔物全てに出会いましたね」

トラヴィスの、有り難くもなんともない発言もあるくらいに魔物と遭遇しながら、一行は帝都ルベニアへと到着した。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

召喚魔法使いの旅

ゴロヒロ
ファンタジー
転生する事になった俺は転生の時の役目である瘴気溢れる大陸にある大神殿を目指して頼れる仲間の召喚獣たちと共に旅をする カクヨムでも投稿してます

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

追放された陰陽師は、漂着した異世界のような地でのんびり暮らすつもりが最強の大魔術師へと成り上がる

うみ
ファンタジー
 友人のサムライと共に妖魔討伐で名を馳せた陰陽師「榊晴斗」は、魔王ノブ・ナガの誕生を目の当たりにする。  奥義を使っても倒せぬ魔王へ、彼は最後の手段である禁忌を使いこれを滅した。  しかし、禁忌を犯した彼は追放されることになり、大海原へ放り出される。  当ても無く彷徨い辿り着いた先は、見たことの無いものばかりでまるで異世界とも言える村だった。  MP、魔術、モンスターを初め食事から家の作りまで何から何まで違うことに戸惑う彼であったが、村の子供リュートを魔物デュラハンの手から救ったことで次第に村へ溶け込んでいくことに。  村へ襲い掛かる災禍を払っているうちに、いつしか彼は国一番のスレイヤー「大魔術師ハルト」と呼ばれるようになっていった。  次第に明らかになっていく魔王の影に、彼は仲間たちと共にこれを滅しようと動く。 ※カクヨムでも連載しています。

処理中です...