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第十二章 帝都ルベニア

バシリスクの対策

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「明日から砂漠かぁ」

リィカは目の前に広がる砂漠を見て、大きく伸びをしながらつぶやいた。

最終防衛線を出発して、およそ六日。
勇者一行は、砂漠地帯との境界線までやってきた。

ここまでは、特に大きな出来事はなかった。
ちょいちょい魔物は出現するが、トラヴィスを始めとする護衛たちの対応で済んでいて、リィカたちの出番はなかった。


※ ※ ※


「明日から砂漠地帯を進みます。よって、移動手段も馬車からラクダになりますので、ご承知願います」

明日からの移動に備えての話し合い、とトラヴィスに言われて参加したが、その移動手段にリィカは顔を青くした。

(――すっかり忘れてた)

もともと、砂漠を移動するためにラクダに乗る練習をしていたのだ。
結局自分だけ、乗ることができなかった。

その後カストルの襲撃があり、ジャダーカの事を知って最終防衛線に行っていたので、頭から完全に抜けていた。

ズキンと心が痛む。
思い出されるのは、ステラのことだ。

と同時に、アレクから「一緒に乗せてやる」と言われたことも思い出す。
チラッと横にいるアレクを見ると、視線があった。
嬉しそうに笑顔を見せられて、リィカはなんか恥ずかしくなって視線を逸らす。

なんで嬉しそうなのかはよく分からないけど、アレクも覚えているんだろう。乗せてくれるはずだ。
だが、なぜこんなに落ち着かないのかが、リィカにはよくわからなかった。

そんなやり取りの合間も、トラヴィスの話……というか注意事項は続いている。

「砂漠地帯に出る魔物ですが、毒持ちが非常に多いです。オアシスには薬草に似た毒消し草が生えていますので、そちらを採取していきます。光魔法の《聖なる光セイクリッド・キュア》も有効です」

最後の言葉に、ユーリと泰基が頷く。

聖なる光セイクリッド・キュア》は、いわゆる状態異常を回復するための魔法だ。
滅多に遭遇しないものの、魔物の中には毒持ちがいたり、麻痺毒を注入してくるものがいたりする。
そういったものを、回復することができる魔法だ。

「砂漠の魔物で一番厄介なのは、Bランクのバシリスクです。大きいトカゲと思って頂ければいいですが、厄介なのはその能力です」

一つが、毒の息を吐くこと。
まともに浴びて吸い込んでしまえば、即死するほどの強い毒を吐く。

もう一つが、石化する視線だ。目と目が合うと、たちまち体が石化してしまう。

「どちらも厄介ですが、石化能力の方がより厄介ですね。目が合うだけで石となってしまいますから」

もちろん石化状態になったとしても、《聖なる光セイクリッド・キュア》での治療は可能だが、自分では動けなくなってしまうし、光魔法を使う神官が石状態になってしまえば、そもそも治療が出来なくなる。

「タイキ様とユーリッヒ殿のどちらかお一方は、できましたら戦わずに奥に下がっていて頂きたい」

指名された泰基とユーリは、顔を見合わせる。
言いたい事は分かる。万が一を考えればもっともだ。

トラヴィス側の人員に神官はいないので、《聖なる光セイクリッド・キュア》を使えるのは、泰基とユーリだけだ。

「僕が前に出ますので、タイキさんは下がっていて下さい」

「言うと思ったよ。だが、その役割は逆の方がいいな。ユーリは今までに多くの人を治療してきたんだろ? 同じ魔法を使うなら、経験を重ねているユーリの方がいい」

「…………………いや、それは……いえ、はい、分かりました。そうします」

泰基の言葉に、反論しようとして失敗したユーリは、渋々頷いていた。
そのやり取りを、大真面目な顔で見ていたトラヴィスは、ユーリに頭を下げた。

「助かります。遭遇率は低いのですが、魔王誕生後はその確率が上がっております。これといった対策がなく、遭遇した場合には石化状態になる者が出る前提での戦いとなるため、治療手段はなんとしても確保したいのです」

「……対策がないんですか」

泰基はつぶやいた。
ふと浮かんだことはあるが、それを言っていいのかどうか悩む。

「鏡! 鏡だよ! 鏡で跳ね返しちゃえばいいんだ!」
「……暁斗」

悩んだことをあっさり暁斗に言われて、泰基はため息をついた。
疑問の視線が暁斗に集まり、暁斗が居心地悪そうに泰基を見る。

「アレクにも言われただろ。お前が言い出したんだ。お前が説明しろ」
「ムリだよぉ……。父さん、お願い」

大きくため息をつく。
トラヴィスの、どっちでもいいから早く言え、という無言の圧力を感じる。
鏡が超がつく高級品だという話を散々聞いたので言いにくかったのだが、こうなっては言うしかないだろう。

「……簡単に言いますと、視線での石化能力を持つ相手に鏡を見せる事で、鏡に映った自分の視線によって自分自身が石になる、という話が、俺たちの世界にはあるんです」

「………………………………」

「実際にそれが可能かどうかは分かりませんが。鏡を見せる前に、目が合ってしまう可能性の方が高いとは思いますけどね」

トラヴィスが目を大きく見開いたままで口を開かないため、泰基は自分が思うところも付け加える。
が、みるみるうちにトラヴィスの顔が青ざめていった。

「駄目です! タイキ様、何ということを! 鏡をそんな危険な目に合わせるなど! そんな神をも恐れぬ所業を出来るはずがございません!」

「あー……」

言ったのは暁斗だが、とは言えなかった。
だがまさか、神をも恐れぬ所業とまで言われるとは。

「あの、役に立つようでしたら作ります。どんな高級な物でも、人の命には代えられません」

リィカが口を出した。
今までは、こんな話し合いで口を出してくることなどなかったのに、少しずつかもしれないが、言うべき事があれば言うようになっている。

「……ぅぐっ……! いや、金言だな。金言だが……」
「少将閣下。まず、タイキ様のご提案が実現可能かどうかを検討してはいかがでしょうか」

何やら悩んでいるトラヴィスに、副官であるバスティアンが少々呆れ気味に言った。

バスティアンは、トラヴィスほどに鏡へのこだわりはない。純粋に手が届く代物ではないから、というだけだが。

なまじ届かそうと思えば手が届いてしまうだけに、諦めきれないトラヴィスの気持ちも分かる。
だが、厄介なバシリスクへの対抗策ができるかもしれない期待の方が強い。

「……可能に決まっているだろう。犠牲者をゼロにできるとまでは言わないが、確実に減らせる」

トラヴィスが断言した。しかし、どこか泣きが混ざっているような声だ。

「だがっ! バシリスクと戦っている時、まかり間違って鏡が壊れでもしたらどうするつもりだっ!」

「確かに壊れる可能性はあると思いますが、それこそリィカ様の仰ったように、道具と人の命、どちらが大切かという話になるのでは?」

バスティアンが冷静に言い返す。
しかし、トラヴィスは悔しそうに唇を噛んでいる。

買う買わない以前の問題で、そもそも品さえなかった鏡。
その鏡が、手が届くところにある。

人の命と比べられないのは分かる。
だが、石化されたところで治療手段を確保してあるのだ。命の危険はない。

「やはりここは、鏡様のご無事を最優先に……!」
「ついに、鏡に敬称までつけてしまわれたのですね。では、冗談はこのくらいにして話を先に進めましょう」

自分の発言をさらりと流した部下を睨むトラヴィスだが、バスティアンはどこ吹く風だ。

冗談なんかではなく、どこまでも本気なのだが、確かにこのままでは話が進まない。
はあ、と大きく息を吐いて、鏡への執着を一時忘れる。

「バシリスクと目が合えば、石化する。それは確かですが、石化する能力は自動で発動するわけではなく、そこにバシリスクの意思が必要となります」

バシリスクに攻撃する意図がなければ、石化能力は発動しない。鏡を向ける程度の余裕はあるだろう。

これまで戦うときは、誰かが囮となってバシリスクの正面に出る。
その囮となった者は石化してしまうが、他の者が背後から回って攻撃する。
そうやって戦って倒してきたのだが、囮となる者が鏡を持てば、それだけで倒せるかもしれない。

仮にバシリスクが警戒して、石化能力を発動しないならしないでいい。
他の者も石化する危険が減るのだから。

「本当に鏡でバシリスクの石化能力を跳ね返せるかどうかは、実際に検証するしかございませんが、やってみる価値はございます」

デメリットがあるとするなら、鏡を持つ者がバシリスクの姿を見れなくなることだ。見てしまえば、鏡の意味がない。
だから、石化能力以外の攻撃、毒の息を吐いてきた時は、他の者のフォローが必要だろう。

「リィカ嬢、鏡の作成を頼みたい。……できれば、献上の品と同等の大きさの物がいいのだが」
「分かりました。作ります。……えっと、いくつ必要でしょうか?」

例えばここで十とか二十とか言ったら、作れるんだろうか。
トラヴィスの脳裏にそんな考えがよぎるが、それでもし頷かれてしまったら立ち直れない気がする。

「とりあえず、二つほど」
「分かりました」

何てことないように頷いたリィカを見ると、三十でも四十でも作れると言われそうな気がした。


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