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第十一章 四天王ジャダーカ
告白の裏側で
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「殿下! ルベルトス殿下! ご無事で!?」
《水蒸気爆発》の爆発で弾き飛ばされたルベルトスは、呆然とジャダーカと相対する少女を見ていた。
だが、声を掛けられて、ハッとしてそちらを見る。
「……ケルー少将か」
その名前をつぶやく。
勇者一行を出迎えるために国境地帯へ向かい、そして勇者を連れて行く、と連絡を寄越した男がそこにいた。
それはつまり。
「あの少女は、勇者一行の、一人か」
「……え、はい。仰る通りです。リィカ嬢と仰り、素晴らしい魔法の使い手です」
「そうか」
ルベルトスは、ボンヤリとリィカの姿を眺めた。
一方のトラヴィスは、突然のルベルトスの言葉に、一瞬言葉に詰まりつつも、返答する。
いきなりリィカのことを聞かれたのは、予想外だった。
だが、ルベルトスの放心しているような様子が気になる。
「トラヴィス殿、戻ったか」
かけられた声に振り向けば、いたのはリヒトーフェン公爵だ。
トラヴィスの上司で、若者が多い将の中にあっては、比較的年配に当たる。
「はっ、大将閣下。ただいま戻りました。ところで、殿下はいかがして……」
リヒトーフェンを軍の地位で呼んで挨拶する。
敬礼し、気になるルベルトスの話を振る。
リヒトーフェンは、ルベルトスの様子を見て、半眼になった。
が、口に出しては何も言わず、言ったのは別のことだ。
「一度軍を引いて立て直す。トラヴィス殿、勇者様ご一行を紹介してくれ」
勇者一行が現れて、魔族側も動きが止まっている。
軍の再編をするなら今のうちだ。
リヒトーフェンが指示を出し、それを見て、トラヴィスは勇者一行の元へと向かった。
※ ※ ※
リィカとアレクがジャダーカと相対している。
それを見るルベルトスの顔色が悪い。
「あの……………」
「お気になさらず」
気になって泰基が声を掛けようとするが、大将の地位にある、クラーク・フォン・リヒトーフェンと名乗った男がズバッと遮った。
「彼女の顔立ちが、まさに殿下の好みですからね。ただの恋煩いです。恋人がいると聞いて、ショックを受けているだけです。一時的なものですから、そのうち戻ります」
声を潜めるわけでもなく、淡々と語るリヒトーフェンに、泰基は反応に迷う。
ルベルトスがギロッとリヒトーフェンを睨んだ。
「お前、そういうことをオレに聞こえるように言うな」
「おや、聞こえていたんですね」
リヒトーフェンは、わざとらしく驚いてみせる。
「申し訳ございませんが、もう慣れました。少し可愛い子を見かけては、ボーッとするお姿を何度も拝見しておりますので」
「少しじゃない! 今までの中で、間違いなく一番だ!」
「左様でございますか。ようございましたね」
面倒そうに返答すると、勇者一行を振り返る。
「こんな殿下で申し訳ありませんが、一応、軍のトップ、元帥として相応しい面もありますので、ご了承下さいませ」
「…………………」
こんな、とか、一応とか、言いたい放題のリヒトーフェンに、泰基は苦笑いを隠せない。
ルベルトスは面白くなさそうな表情をしているが、何も言わないところを見ると普段からこんな感じなのか。
「ですが確認だけさせて下さい。一体あのジャダーカという魔族の男と、どんな関係ですか? 何か因縁があるようだ、とはトラヴィス殿から報告は受けておりますが」
ちょうど、アレクがジャダーカに戦いを仕掛けていた。
それを横目で見ながら、リヒトーフェンの視線は鋭い。
泰基は別の意味で苦笑した。
そう言いたくなる気持ちも分かる。
好きだの恋人だのと話をしているのだ。
魔族と通じている、とまでは思われてはいないだろうが、それに近しい程度には疑われている可能性はある。
「以前戦った魔族が言っていた話ですが。ジャダーカがリィカに一目惚れしたらしいんです」
「は?」
「リィカではジャダーカに勝てない、と言われ続けてきたことも確かですが、それと同時に一目惚れの話もあったんですよね」
勝てないと言われていた方ばかりを気にしていて、一目惚れの方はすっかり忘れていたんだろうな、と泰基は思う。
あんぐりと口を開けているリヒトーフェンの反応は、予想通りだ。
泰基は、僅かに眉をひそめる。
暁斗が予想したとおりに、本当にカストルがリィカと同じく日本人が転生した姿だとしたら、“どうやって一目惚れしたのか”という疑問に、一つの答えが出る。
ビデオや動画撮影。日本ではそれらが当たり前のように存在しているのだ。ドローンなんて代物だってある。
それを思い付くなど、難しくもなんともない。魔道具でそれらを作ろうと考えても、おかしくないだろう。
モントルビアの王都、モルタナでBランクの魔物と戦ったとき、近くに魔族がいたのだから、撮影しようと思えばできただろう。
そして、その映像を見れば遠い魔国での“一目惚れ”が完成するのだ。
※ ※ ※
うつむいたアレクが、自分たちの所に戻ってくる。
その向こうに見えるのは、黒い結界。魔族の張った、決闘の結界。
その中にいるのは、リィカとジャダーカだ。
「アレク、回復しますね」
ユーリが声を掛けて、《回復》をかけている。
リィカが助けたとは言っても、ジャダーカの混成魔法を正面から食らったのだ。無傷ではないだろう。
「アレク、顔を上げろ」
泰基も近寄って声を掛ける。
うつむいたままだったアレクと、視線が交わる。
「こっちだって、のんびりできないぞ。魔族と魔物を多数相手にしなきゃならない。うつむいてて負けたりしたら、リィカに笑われるぞ」
一時休戦のような状態になっていたが、ジャダーカが決闘の結界を発動した後、明らかに魔族の動きが変わった。
正面からのぶつかり合いが始まるだろう。
アレクが戦力にならないのは、困るのだ。
「分かっている、タイキさん」
答えるアレクの声は、弱い。目が揺れている。
だが、その目はまぶたの奥に隠される。アレクの指が左手の薬指に、そこの指輪に触れる。
そしてアレクが目を開けたとき、その目から迷いは消えていた。
《水蒸気爆発》の爆発で弾き飛ばされたルベルトスは、呆然とジャダーカと相対する少女を見ていた。
だが、声を掛けられて、ハッとしてそちらを見る。
「……ケルー少将か」
その名前をつぶやく。
勇者一行を出迎えるために国境地帯へ向かい、そして勇者を連れて行く、と連絡を寄越した男がそこにいた。
それはつまり。
「あの少女は、勇者一行の、一人か」
「……え、はい。仰る通りです。リィカ嬢と仰り、素晴らしい魔法の使い手です」
「そうか」
ルベルトスは、ボンヤリとリィカの姿を眺めた。
一方のトラヴィスは、突然のルベルトスの言葉に、一瞬言葉に詰まりつつも、返答する。
いきなりリィカのことを聞かれたのは、予想外だった。
だが、ルベルトスの放心しているような様子が気になる。
「トラヴィス殿、戻ったか」
かけられた声に振り向けば、いたのはリヒトーフェン公爵だ。
トラヴィスの上司で、若者が多い将の中にあっては、比較的年配に当たる。
「はっ、大将閣下。ただいま戻りました。ところで、殿下はいかがして……」
リヒトーフェンを軍の地位で呼んで挨拶する。
敬礼し、気になるルベルトスの話を振る。
リヒトーフェンは、ルベルトスの様子を見て、半眼になった。
が、口に出しては何も言わず、言ったのは別のことだ。
「一度軍を引いて立て直す。トラヴィス殿、勇者様ご一行を紹介してくれ」
勇者一行が現れて、魔族側も動きが止まっている。
軍の再編をするなら今のうちだ。
リヒトーフェンが指示を出し、それを見て、トラヴィスは勇者一行の元へと向かった。
※ ※ ※
リィカとアレクがジャダーカと相対している。
それを見るルベルトスの顔色が悪い。
「あの……………」
「お気になさらず」
気になって泰基が声を掛けようとするが、大将の地位にある、クラーク・フォン・リヒトーフェンと名乗った男がズバッと遮った。
「彼女の顔立ちが、まさに殿下の好みですからね。ただの恋煩いです。恋人がいると聞いて、ショックを受けているだけです。一時的なものですから、そのうち戻ります」
声を潜めるわけでもなく、淡々と語るリヒトーフェンに、泰基は反応に迷う。
ルベルトスがギロッとリヒトーフェンを睨んだ。
「お前、そういうことをオレに聞こえるように言うな」
「おや、聞こえていたんですね」
リヒトーフェンは、わざとらしく驚いてみせる。
「申し訳ございませんが、もう慣れました。少し可愛い子を見かけては、ボーッとするお姿を何度も拝見しておりますので」
「少しじゃない! 今までの中で、間違いなく一番だ!」
「左様でございますか。ようございましたね」
面倒そうに返答すると、勇者一行を振り返る。
「こんな殿下で申し訳ありませんが、一応、軍のトップ、元帥として相応しい面もありますので、ご了承下さいませ」
「…………………」
こんな、とか、一応とか、言いたい放題のリヒトーフェンに、泰基は苦笑いを隠せない。
ルベルトスは面白くなさそうな表情をしているが、何も言わないところを見ると普段からこんな感じなのか。
「ですが確認だけさせて下さい。一体あのジャダーカという魔族の男と、どんな関係ですか? 何か因縁があるようだ、とはトラヴィス殿から報告は受けておりますが」
ちょうど、アレクがジャダーカに戦いを仕掛けていた。
それを横目で見ながら、リヒトーフェンの視線は鋭い。
泰基は別の意味で苦笑した。
そう言いたくなる気持ちも分かる。
好きだの恋人だのと話をしているのだ。
魔族と通じている、とまでは思われてはいないだろうが、それに近しい程度には疑われている可能性はある。
「以前戦った魔族が言っていた話ですが。ジャダーカがリィカに一目惚れしたらしいんです」
「は?」
「リィカではジャダーカに勝てない、と言われ続けてきたことも確かですが、それと同時に一目惚れの話もあったんですよね」
勝てないと言われていた方ばかりを気にしていて、一目惚れの方はすっかり忘れていたんだろうな、と泰基は思う。
あんぐりと口を開けているリヒトーフェンの反応は、予想通りだ。
泰基は、僅かに眉をひそめる。
暁斗が予想したとおりに、本当にカストルがリィカと同じく日本人が転生した姿だとしたら、“どうやって一目惚れしたのか”という疑問に、一つの答えが出る。
ビデオや動画撮影。日本ではそれらが当たり前のように存在しているのだ。ドローンなんて代物だってある。
それを思い付くなど、難しくもなんともない。魔道具でそれらを作ろうと考えても、おかしくないだろう。
モントルビアの王都、モルタナでBランクの魔物と戦ったとき、近くに魔族がいたのだから、撮影しようと思えばできただろう。
そして、その映像を見れば遠い魔国での“一目惚れ”が完成するのだ。
※ ※ ※
うつむいたアレクが、自分たちの所に戻ってくる。
その向こうに見えるのは、黒い結界。魔族の張った、決闘の結界。
その中にいるのは、リィカとジャダーカだ。
「アレク、回復しますね」
ユーリが声を掛けて、《回復》をかけている。
リィカが助けたとは言っても、ジャダーカの混成魔法を正面から食らったのだ。無傷ではないだろう。
「アレク、顔を上げろ」
泰基も近寄って声を掛ける。
うつむいたままだったアレクと、視線が交わる。
「こっちだって、のんびりできないぞ。魔族と魔物を多数相手にしなきゃならない。うつむいてて負けたりしたら、リィカに笑われるぞ」
一時休戦のような状態になっていたが、ジャダーカが決闘の結界を発動した後、明らかに魔族の動きが変わった。
正面からのぶつかり合いが始まるだろう。
アレクが戦力にならないのは、困るのだ。
「分かっている、タイキさん」
答えるアレクの声は、弱い。目が揺れている。
だが、その目はまぶたの奥に隠される。アレクの指が左手の薬指に、そこの指輪に触れる。
そしてアレクが目を開けたとき、その目から迷いは消えていた。
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