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第十一章 四天王ジャダーカ

出来上がった鏡

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あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

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「できた!!」

翌朝、朝食の準備中にリィカの明るい声が響いた。


急ぐ都合上、かなり夜遅くまで馬を走らせた。
野営をして、今ようやく明るくなってきた。
休む時間は少ないが、勇者一行は夜番をしなくていいと言われ、ゆっくり休んだので、疲れは取れている。

食事の準備も護衛の軍人たちがしてくれているので、一行は思い思いに過ごしていたのだが。

「できた! 鏡だ!! ちょっと暗いけど、できた!!」

リィカが嬉しそうに叫んだ。

水がタプタプしている状態から、土属性の付与をしてみた所、水が固まった。
最初はやり過ぎてしまったのか、姿を映し出せず。

どこまで土の付与をすればいいのか、その加減が難しかったが、ようやく成功した。
ただ、映す鏡面が暗い。

「うーん……。でもこのくらいはやらないと水が固まらないし、しょうがないか。日の当たるところで見れば問題ないかな」

一人つぶやいて、首のスカーフを取る。
鏡の大きさは、手の平を大きく広げたサイズ。日本で言うなら、コンパクトミラーのような感じだ。

首が見えるように鏡に映し出せば……、映し出されたそれに、リィカは顔をしかめた。

「……うわぁー」

二本の赤い濃い線がくっきり。
これが、隷属の首輪の痕だろう。
そして、その周囲に、首輪の痕よりは薄いが、赤くなっている部分が広がっている。
痛々しい、と言われるのが、よく分かる。

「…………………」

リィカは鏡を地面に無造作に置いて、スカーフを巻き直す。
そして、改めて鏡でスカーフを巻いた所を見てみれば、少なくとも首輪の痕の濃い赤は隠れている。

「うん」

満足そうに頷いた。
首輪の痕を隠せただけではなく、鏡の出来具合にも満足だ。思った以上にはっきり映し出せている。

満足して、周囲を見渡して……凝視されていることに気付いた。
仲間たちだけではなく、トラヴィスやバスティアンも、リィカを唖然と見ている。

「え? あの……?」

戸惑い、オロオロするリィカに、まず声をかけたのは泰基だ。

「お前さ、首だけじゃなく、自分の顔を見てみろ」
「かお……?」

なんで? と疑問のリィカだが、周囲も同じである。
なぜ顔だと、全員が泰基に疑問の視線を投げかけている。

言われた通りに、リィカは鏡で自分の顔を見る。

(考えてみれば、初めてかも)

小さい頃、川をのぞき込んで自分の顔を映して見た事はあったが、しみじみ見たわけじゃないし、そもそも水面が動くからはっきり見えなかった。

そう考えると、自分の顔をマジマジ見るのは初めてだ。

「あ、お母さんと同じ顔だ」

似てる似てるとよく言われたが、社交辞令でも何でもなかったようだ。本当に母親そっくりだ。

ツキン、と僅かに心が痛む。
この顔が、母親からの遺伝だけで出来ていることに本当に感謝だ。

「…………………リィカ、感想、それだけか?」
「え、うん。他になんかある?」

泰基に聞かれ、リィカは心の痛みを押し隠して答える。
総合すれば、母親とそっくりだという感想でしかないから、嘘ではない。

「そうか」

泰基は残念そうに、諦めたように、頷いた。


※ ※ ※


(まぁ、自分の見た目に無頓着だった凪沙の転生だもんな)

転生したからといって、そうそう中身が変わるわけじゃない、ということだろう。

鏡を見て、自分の見た目の可愛さを理解してほしかった。
なぜ男が寄ってくるのかを分かった上で、男を躱す術を覚えて欲しかったのだが、最初の段階で躓いた。

諦めるしかないだろう。
後は周囲がどうにかするしかない。

大変なのはアレクで、ついでに暁斗だろうが、きっと二人が好きな女のためにどうにかするんだろう。

後は頼んだ、と泰基は無責任に問題を二人にぶん投げたのだった。


※ ※ ※


黙ってしまった泰基を見て、リィカは首を傾げる。
が、ふと思い付いた。
暗いのなら、明るくすればいいのだ。

「泰基、これに光の魔法を付与したら、明るくなるかな?」
「なるほど、そうだな。確かに暗いからな。」

日本でも、鏡台にはライトが付いていた。
結婚後、一応鏡台は家にあったが、凪沙が鏡台に座る事はほとんどなく、ただの置物と化していたが。

「待ってくれ、タイキさん! リィカも! これ以上、何をどうする気だ!?」

泰基がリィカから鏡を受け取ろうと手を伸ばした。
――が、それより先に、半ばパニックになったアレクの声が、動きを止めた。

「ど、どうしたの、アレク……」
「どうしたじゃない! そんなもの、あっさり作るな!」

そんなにあっさりでもないけど、と返そうとしたリィカだが、アレクの切羽詰まった表情が、口を開くのを躊躇わせた。

「タイキさんもだ! 鏡はとんでもない高級品だと言っただろう! 今リィカが持っているのでも、王妃様の部屋にあった鏡より、よほど綺麗に映っているんだぞ! それだけでもとんでもない大騒ぎに……」

「リィカ嬢! 売ってくれないか!」

アレクの忠告は遅かった。というか無駄だった。
トラヴィスが、リィカに詰め寄った。

「金はいくらでも出す。あ、いや、いくらでも、とはいかないが。今の私が出せるのは、このくらいだが」

どこから取り出したのか、さらさらと金額を書き記した紙をリィカに渡す。
何のことか分からず受け取ったリィカは、書かれた金額に目をむいた。

「その程度の金額では、とても足りないことは分かっている。とりあえずの前金ということで、譲って頂けないだろうか。残りは必ずお支払いする」
「…………………………………………」

これまでにも、様々に理解できない話に直面してきたが、これはその中でも最大な気がする。

紙に記されている金額は、思わず気絶したくなるような金額だ。
詳しくは分からないが、これだけあれば家一つ買えると思う。
だというのに、その程度だとか足りないだとか、どういう事だろう。

鏡は、試行錯誤を繰り返して、いくつか魔石を無駄にしたが、それでも所詮はDランクの魔石である。
無駄にした分の魔石代金を含めたとしても、こんなとんでもない金額にはならない。

「やはり、こんなはした金では駄目か。申し訳ない、今は諦めよう。もっと金を集めてもう一度交渉するので、それまで売らずに待っていて頂けると有り難い」

無言のリィカに、それを否定と取ったらしいトラヴィスが、勝手に話をまとめていた。
だが、やはりリィカは理解できず、まばたきすらせずに呆然としていた。


※ ※ ※


「……ああもうだから、大騒ぎになると言っただろう」

アレクが頭をガシガシかいて、口を出してきた。
トラヴィスが諦めてくれるなら、口出しせずとも良かったが、もう一度交渉すると言ってきた以上、このまま放置はできない。

「リィカ、確認するぞ」

声を掛けるとリィカはアレクを見るが、ポカンと口を開けたままの表情から、事態を何も理解していないことが分かる。

「その鏡、作ろうと思えば、いくらでも作れるのか?」

リィカがまばたきをした。
止まっていた思考能力が、動き出したのだろうか。

「Dランクの魔石があれば、作れるよ」

あっさりとした返事の内容は、アレクの予想通りだ。できれば頷いて欲しくなかったが。
トラヴィスとバスティアンの、驚愕の表情は見ない振りをして、アレクは質問を続ける。

「今までの魔道具って、俺たち専用っぽい所があるだろう。魔力を流す必要があるとかで。鏡はその必要はないのか?」

「うん。別に何も……魔力も何も必要ないけど」

つまりは、誰であろうと使えてしまう、と言うことだ。
こんなものが作れてしまう、と世間に知られたら、本当に大騒ぎだ。

「そもそも、なぜ鏡なんか作ろうと思ったんだ?」

アレクは質問を重ねる。
アレクからすると、突然リィカが鏡を作り始めたようにしか感じないのだ。

「だって、首がどうなってるか見たかったから。暑いのにスカーフ巻いてるの、大変なんだよ? でも、見て本当にヒドかったら、我慢できるかなって」

頭を抱えたくなるような個人的な理由だ。
そんな理由で超高級品を作るな、と文句を言いたいが、我慢する。

「……よく鏡なんて知ってたな」

王宮にすら一つしか無い代物だ。
貴族が、せいぜい噂で聞いたことがある程度だろう。
平民のリィカが知っていた事が不思議だ。

「え、あ、その……」
「……………?」

純粋に疑問に思って聞いた質問だが、リィカが動揺したように目を泳がせた。

「アレク、俺が教えたんだ。日本じゃ、鏡なんて珍しくもないから」
「……………そうなのか……」

泰基の言葉に、曖昧に頷いた。

だったらそう言えばいいだろうに。
自分の知らない内に話をしていたくらいで、機嫌を悪くしたりしない。多分。

「……で、どうするんだ、リィカ。それ売るのか?」

何となく釈然としないものを感じながらも、目下の問題に話を移す。

「売る!? これ!? 売るの!?」

金額の書かれた紙を差し出しながら、リィカは泡食った反応を見せる。

紙を見ると、確かに額だけ見ればとんでもないが、鏡の料金……しかもかなり性能の良い鏡の代金としては、前金としてみれば、ギリギリ足りるか足りないか、といった金額だろう。

「鏡は高級品だ。しかも、かなり綺麗に映る。この金額ではまるで足りない。前金として、リィカがいいと思えば売れば良いし、不満なら断っていい」

「いや、おかしいでしょ、それ!?」

リィカが悲鳴を上げた。

「これ作るのに、全然お金かかってないよ!? 魔石だって、自分たちで倒して解体したものだし! 確かに作るのに多少は失敗もしたけど、また作れって言われれば、もう失敗しないと思う。欲しいんだったら、売るとかじゃなくて、あげても全然……」

「タダであげたら、お前、今後一生、鏡作りから抜け出せなくなるぞ」

「へ?」

「アイツにあげたんなら自分にも寄越せ、と貴族どもが集まってくる。次から次へと、キリが無くなるだろうな。それだけ鏡は価値が高いんだ。取るべき金をしっかり取るのは、身を守ることにも繋がる」

少し厳しめにアレクが言うと、リィカの顔が何とも情けないものになった。
今にも泣き出しそうだ。

「……分かんないよ。こんな金額示されたって、よく分かんない。自分が使いたくて作っただけなのに」

「そうだな」

アレクはリィカの頭に手を置いた。
慰めるように、頭を撫でる。

「ケルー少将。申し訳ないが、取引はなしにしてくれ」
「そうですな。こちらこそ申し訳ありません。つい興奮してしまいました」

トラヴィスは苦笑した。
悪気があったわけではないが、平民の少女に対してする話ではなかっただろう。

リィカにも謝罪する。
が、それだけでトラヴィスは終わらなかった。

「ですが、せっかくの技術がもったいないことは確かです。魔石さえあれば作れると言うのであれば、もし良ければ一つ作って皇家に献上するおつもりはございませんか?」

「皇家? ルバドール帝国の皇帝に、ということか? なぜ?」

「皇家への献上品という形を取れば、自分にも寄越せ、という貴族はおりますまい。そんな高級品を差し出せる勇者一行に敬意を払うでしょうし、それを作ったのがリィカ嬢だと言う事が分かれば、彼女を蔑ろにできる者もいなくなる」

悪いことはないが、どうだろうか、と言われ、アレクはため息をつく。

水の問題の解決を頼まれたときに付けた条件。
あれの解決を狙った提案でもあるのだろうが、確かに悪いことはない。

問題は、そんなものを献上すれば、自分たちが、特にリィカが皇帝と面会して会話する状況になるのを避けられない、ということだ。

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