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第十章 カトリーズの悪夢

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「失礼! 皆様方、いらっしゃるでしょうか!?」

天幕の外からした声は、バスティアンだ。
リィカが、慌てる。

「アレク、離して!」

自分を抱き締めたままだったアレクに慌てて言えば、不満そうな顔だったが、手を離してくれた。

ユーリが立ち上がって天幕を開ける。
いたのは、トラヴィスとバスティアンだった。

(どうしよう。サルマさんたちの事、何て言えばいいの?)

どこまで素直に答えてしまっていいのか分からない。
中に入ってきた二人に、リィカは半ばパニックになる。

「何か、あったのか?」
「え?」

横にいるアレクの言葉に、反応してしまったが、アレクが視線を向けていたのは、トラヴィスたちだった。

つられてリィカも見れば、二人ともずいぶんと追い詰められた表情をしていた。

「リィカ嬢、体調はどうだ?」
「え、あ、はい。大丈夫です」

アレクには答えず、リィカに質問してきたトラヴィスに、戸惑いながらも答える。

「魔法による診断では、異常はありません。ですが、今日一日くらいは休ませたいのですが」

ユーリが、神官としてそこは譲れない、とばかりに口を挟んできた。
体調が問題ないことと、長距離の旅に支障がないことでは、大きく異なるのだ。

「そうか……」

トラヴィスがつぶやいて目を瞑る。
重苦しい雰囲気だ。

「では、明日出発いたします。水の問題の解決をお願い致しましたが、そちらは取り下げます。真っ直ぐ、魔国へ向かって下さい」

「何があった?」

驚く一行を代表して、アレクが再び問いかける。
水の問題も、無視できないはずだ。だからこそ、わざわざ自分たちに頼んできたのだろう。
それを取り下げるとは、どういうことだろうか。

「第三防衛線が、陥落しました。残るは最終防衛線だけですが、それもいつまで持つか分からない、と前線からの連絡が来たのです」

「どういう、ことだ? 落ちるのが早くないか?」

驚きを押し隠して、アレクは問いかける。

第三防衛線は、一月ほどは持つ、という話だったはずだ。
あの話をされてから、まだ五日だ。
いくら何でも早すぎる。

「四天王のジャダーカ、と名乗る男が放った魔法で、砦が崩されたそうです。たった一発の魔法で、それまで魔族の攻撃に耐えてきた砦が壊されました」

「ジャダーカ……」

リィカが、小さくその名前をつぶやく。
トラヴィスは、一瞬リィカに視線を向けたが、それ以上何もリィカが言わない事を確認すると、続きを話し始める。

「最終防衛線でも、同じ魔法を使われれば、耐えきれずに落ちる可能性が高い。だから、一刻も早く、勇者たちを魔国へ送れ、との指示が来たのです」

「その指示は、誰からだ? 軍からの指示であって、国からの指示ではないんだろう?」

水の問題の解決は、国からの指示であるはず。
それを軍からの指示で取り下げてしまえば、問題が起こることは目に見えている。

それを心配してのアレクの質問だったが、トラヴィスの返答は明快だった。

「仰る通りですが、指示は第二王子であり、元帥でもあるルベルトス殿下からです。国へは自分が説明する、とありましたので、心配は無用です」

「そうか……………」

最終防衛線が破られれば、ルバドール帝国とて危ない。
このカトリーズの街も含め、魔族に蹂躙されて、それこそ国ごと落とされかねない。
だから、早く魔国へ行って魔王を倒せ、ということだろう。

(そうしろというのなら、そうするべきだろう)

ルバドール帝国には、防衛線を守るために、自分たちの力を頼りにする、という方法だってある。
だが、それをするつもりがないのであれば、希望通りにするべきだ。

アレクが結論を出して、それを言おうと口を開きかけた……。

「わたし、行きます」

だが、それより早く、言ったのはリィカだった。

「行く、とは?」
「おい、リィカ……」

トラヴィスが訝しげに聞き返し、アレクは一瞬でリィカの言いたいことを理解した。

「最終防衛線に行きます。ジャダーカは、わたしが倒します」
「待ってくれ、リィカ嬢。我々はそれを望んでいない。それよりも、魔王を倒して欲しい」

リィカの目が、強い決意に満ちていた。
トラヴィスは言い返しているが、どこかリィカに怯んでいるようにも見えた。

「すいません。わたしは、最終防衛線を守りたいんじゃないんです。ジャダーカと戦って、倒したいんです」

貴族に見せる怯えも何もなく、リィカはトラヴィスを見て、しっかりと話をしていた。

「ここに至るまでに遭遇した魔族から、何度もジャダーカの名を聞きました。そして、わたしじゃジャダーカに勝てないと、そう言われてきました」

モントルビアの王都モルタナで戦った魔族から。
デトナ王国の王都テルフレイラで、ユーリが戦ったアルテミという魔族から。
聖地でヤクシャとヤクシニーから。
そして、ここでもカストルから似たような事を言われた。

「わたしの目の前に現れるかと思っていたのに、違って驚きました。でも、来るなら来い、というメッセージに思えるんです。だから、行きます。行って、わたしが倒します」

翻すことはないだろう、決然としたリィカの宣言が、天幕の中に響き渡った。

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