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第十章 カトリーズの悪夢

リィカを見つけるまで①

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デウスは、二人の部下とリィカを伴って、外に出ていた。
まだ外は明るい。
夕方の一歩手前、といった所だ。

「私に仕える以上、無詠唱などというものは許しません」

デウスの言葉に、抵抗一つ無くリィカは従っていた。
その目に意思は感じられない。虚ろな目をしている。

隷属の首輪を付けられ、さらには、その心を失ったリィカに対して、デウスは大真面目に語る。

「詠唱を行うときには、ゆっくり朗々と歌うように、神に届くように詠唱するのです。よろしいですね?」

リィカがコクンと頷く。

「ではやってみましょう。まず、両手を上に大きく広げて、唱えるのです。『火よ!』」

同じようにリィカが両手を上に上げた。
口を開きかける。

「リィカ!!」
「見つけた! アイツだ!!」

響いた声に、デウスと部下二人が視線を向ける。
リィカはまったく反応を見せなかった。

「勇者…………!?」

驚きの声を上げたのは、部下の一人だった。
ステラからの手紙を届けた際に、暁斗の顔を見ている。

「あいつがそうか?」
「うん。手紙を持ってきた奴、間違いなくアイツだよ」

その仲間たちも姿を見せる。

「間違いありません。あの男が、デウス・アポストルスです」

やっと見つけた。
そう言ったのは、トラヴィスだ。

「なぜ、ここが…………」

デウスは、現れた勇者一行と軍人に、わずかに顔をしかめた。


※ ※ ※


少し時は遡る。

リィカの魔力を探す。

――言うは易く行うは難し。

そんな言葉が泰基の脳裏に浮かぶ。

何となく分かったのは、それが魔法ではなく、暁斗達がやっている気配察知のような技術である、ということだ。

技術である以上、一朝一夕には身につかない。
長い研鑽が必要だ。

けれど、今探すのは、慣れ親しんだリィカの魔力だ。
分かるはずだ。
降ってきた《範囲回復エリアヒール》の魔法が、ユーリが放った魔法だとすぐ分かったように、リィカの魔力だって、分かるはずだった。

集中した泰基は、すぐ顔を上げた。
ユーリも同じ方向を向いている。
その視線の先にいたのは、アレクだ。

「なんだ?」

泰基とユーリに凝視されて、アレクが居心地悪そうに聞いた。

「お前から、リィカの魔力を感じるんだが……」

泰基が言えば、ユーリも頷く。
勘違いではなかったことに泰基は安堵しつつ、アレクを見る。

アレクが聞かれて不思議そうな顔をしたのは一瞬。
すぐ、合点がいったようだった。

「ああ、ちょっとな」

その顔は、どこか照れくさそうな、嬉しそうな顔だ。
その右手が、左手の薬指にある指輪に触れている。

その様子に、それ以上泰基は聞くのを止めた。
ユーリも何かに勘付いたようで、それ以上は何も言わない。

けれど、リィカの魔力を感じられるのは分かった。
あとは、探すだけだ。


※ ※ ※


「駄目だな……」
「見つからないですね……」

泰基とユーリ、同時につぶやいた。
ずっと探し続けて、頭がズキズキする。

色々と魔力は感じる。
でも、その中にリィカの魔力は感じない。
かなり広範囲に、カトリーズの街中全体は探したはずだ。それなのに、見つけられない。

「この街にいないのかな……」

暁斗達も、諦めきれずに気配を探していたが、やはり見つからない。

「街にはいると思ったんですけどね」

ユーリがつぶやく。
自分たちに接触するつもりなのだから、遠くには行っていない。そう推測したのは、ユーリ自身だ。

「あるいは、何らかの方法で、リィカの気配や魔力を外に漏れないようにした、とかか?」

泰基の言葉に、一行が沈む。
そうであるなら、あとはしらみつぶしに探すしか、方法はない。

「……あ、いや。タイキさんもユーリも、俺からリィカの魔力を感じたんだよな?」

アレクの言葉に、泰基とユーリが頷く。
アレクの目に、僅かに期待が点った。
左手を前に出す。

「リィカも同じ指輪を持っている。俺の指輪にはリィカが魔力付与をした。感じた魔力は、多分これだろう」

ユーリが、暁斗が反応した。
聖地での休日。街で、二人はそれを目撃していた。
アレクが続ける。

「リィカの指輪には、俺が魔力付与をしたんだ。だから、俺の魔力を感じる場所に、きっとリィカがいる」

アレクが力強く、ユーリと泰基を見る。
それに答えて、二人は頷く。

「アレク、生活魔法でいいので、魔法を唱えて下さい」
「…………………は?」

後は、ユーリか泰基がアレクの魔力を見つけるだけ。
そう思った場面で、ユーリからの指示に、アレクは間抜けな声を上げてしまった。

「リィカの魔力ほどに、アレクの魔力に慣れ親しんでないんですよ。だから、魔法を使って下さい」

「……あのな、お前と何年の付き合いになると思っているんだ」

ユーリの言葉は、あまりといえばあまりだった。
十二の頃から一緒に冒険者をしているのだ。丸々三年以上の付き合いだ。

だというのに、まだ半年ほどの付き合いであるはずのリィカの魔力の方が慣れているとは、どういうことだ。

「しょうがないでしょう。昔は魔力を感じるなんて、やっていなかったんですから。それをやり出したのは、旅に出てからですよ」

当たり前だが、ガンガン魔法を使うリィカに比べて、アレクは最近になってやっと、エンチャントの魔法を使う機会が増えてきた程度。

当然、どちらの魔力に慣れているかと言われれば、リィカの方が慣れている。

「……エンチャントで良いか?」

説明をされれば、釈然としなくても納得するしかない。
だが、アレクは生活魔法といえど、使える自信がない。慣れた魔法を使いたかった。

「僕たちが見つけられるまで、魔法を発動し続けてもらう事になりますから、魔力がもったいないです」

「無詠唱でやれ、とは言わないから。すまないが、頼む」

泰基にまで言われれば、否とは言えない。
見つけた先で、戦いになる可能性も考えれば、確かに魔力も無駄にはできない。

無詠唱は、やれと言われても無理だ。
エンチャント以外で、成功する自信は欠片も無い。

「……………………えー、と……」

思い出すように考え込んだアレクに、ユーリが冷たい視線を向けた。

「もしかして、詠唱、覚えていないんですか?」
「話しかけるな。使わないのに、覚えているはずないだろう。今、思い出すから……」

再び考え込んだアレクを、ユーリがジトッと見る。

「使わなくても、詠唱くらい覚えておいて下さいよ」

自分たちみたいに、無詠唱で使えるわけじゃないんだから。
ツッコミを入れたが、それでも一応アレクに配慮したのか、小声だった。


※ ※ ※


「『火よ。我が指先に点れ』――《ファイア》」

やがて思い出したのか、火の生活魔法を唱えれば、指先に火が点った。

「おおー」
「何だよ」

なぜか感嘆の声を上げた暁斗を、アレクが不満そうに睨む。

「いや、だって、何となく……、詠唱って新鮮だなぁ、とか。アレクがエンチャント以外の魔法使うの初めて見たなぁ、とか……」

「悪かったな」

アレク自身も、エンチャント以外の魔法を使ったのがいつだったか、思い出せない。

ククノチとの戦いの時に、中級魔法で唯一使える《炎の槍フレイムランス》を発動させようとしたのが最後と言えば最後だが、あれだって詠唱途中で終わって、発動までに至っていない。

それに、詠唱が新鮮だという考え自体、おかしい。
普通は、詠唱して使うのが魔法だ。
無詠唱で使えるほうがおかしいのだ。

「……………………」

そう。おかしい。
少なくとも、無詠唱は一般的じゃない。
だが、だからといって、こんな誘拐されるような事では、ないはずだ。

表情の沈んだアレクに、暁斗の表情も暗くなる。
ユーリと泰基は、アレクの魔力を探し始めた。


ややあって。

「――これ、ですかね……?」

何度か、アレクが魔法を唱え直した後、ユーリがつぶやいた。
かなり疲れた顔をしている。

「見つけたの!?」

叫ぶ暁斗に構わず、ユーリは泰基を振り返る。

「タイキさん、あちらの方向です。確認していただけませんか?」

同じように疲れた顔の泰基に、話を振った。
慣れないことだし、微少の魔力でしかないため、自信がない。

泰基は、ユーリが指さした方向に意識を集中させる。
時間をおいて、頷いた。

「そうだな。おそらく、これがアレクの魔力だ。だが、この魔力はなんだ?」

泰基の表情が険しい。

アレクらしい魔力は見つけた。
だが、同じ場所に感じる魔力は、ずいぶんと禍々しい。

ユーリも頷いて、口を開こうとしたが、暁斗の方が早かった。

「こっちだね!? 行こう!!」

言うより早く、暁斗が駆け出した。
それを、アレクが抑える。

「待て、アキト。気持ちは分かるが、ケルー少将に知らせるのが先だ」
「なんで!?」

切羽詰まった表情で聞かれて、アレクは一瞬口ごもる。
暁斗がそれを望むなら、知らせず突っ走ってしまっても、トラヴィスたちは文句を言えない。

けれど、アレクはその考えを飲み込んだ。
彼らは自分たちにできる限りの配慮をしてくれている。
それなのに、勇者の名前を盾に好き勝手するような、恩知らずな真似はしたくなかった。

「ケルー少将が、ルバドール帝国が、デウスを追っているからだ。俺たちは、リィカを助けることが優先で、デウスを捕らえることは、二の次になってしまうだろう?」

ここで逃してしまえば、またいつ捕縛のチャンスが巡ってくるか分からない。
ルバドール帝国からしたら、今回の件は簡単に見逃せることではない。

「それに、無詠唱を使う俺たちからしても、捕らえてもらうに越したことはないし、それはサルマたちの安全にも繋がる。だから、連絡は絶対に必要だ」

自分たちに魔道具作りを教えてくれた、サルマたちの名前を出せば、暁斗はグッと唇を引き締めた。

「……分かった」

静かに頷く。が、その次言い出したことは、ある意味暁斗らしく、らしくなかった。

「じゃあ、オレ、走って行って知らせてくる!」
「……………………おい?」

今度は、暁斗が駆け出したのを止められなかった。
確かに、ここは街中で、トラヴィスたちは街近くの駐屯所だ。誰かが行って説明するしかないのだが。

「待て! 俺も行くぞ! 大体、お前に説明できるのか!!」

もっともなことを叫んで、アレクも暁斗の後を追って駆け出した。
残されたユーリと泰基、バルは顔を見合わせた。要するに、二人ともジッとしていられないだけなのだろう。

「追い掛けっか?」
「いや、休む」
「ええ。ちょうど良いですから、少しだけ休ませて下さい」

疲労をにじませた泰基とユーリは、そのまま地面に座り込んだ。
その二人を守るように、バルは周囲の警戒に当たっていた。

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