転生ヒロインと人魔大戦物語 ~召喚された勇者は前世の夫と息子でした~

田尾風香

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第十章 カトリーズの悪夢

隷属の首輪

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「起きなさい」

静かな男の声に、リィカは強制的に眠りから目覚めさせられた。

見えた天井に、何度もまばたきをする。
知らない天井だ。
状況が掴めない。

「立ちなさい」

聞こえた男の声に、リィカの体が勝手に動く。

(えっ!?)

驚愕しても、声も出せなかった。

立ったリィカの目に飛び込んできた男の姿に、リィカはようやく思い出す。
ステラの手紙に呼び出されて、その場所にいた男だ。

「いいでしょう。そのまま動いては駄目ですよ」

正面に立つ、その男の言葉に、リィカは指一本動かせない事を悟った。


※ ※ ※


小国群の北東に、かつて存在していたマルーランド国。
冒険者だったマルーという男が大成功を収めて、その名声と金銭で興した国。

だが、冒険者だった男に国を治めるなどできず、あっという間に衰退するかと思われた時、「神の使徒」を名乗る男が現れた。

「その男が、教主と呼ばれるようになる男、デウス・アポストルスです」

デウス・アポストルス、という名前自体、神の使徒、という意味がある。
だから、おそらく本名ではないでしょうと、トラヴィスが吐き捨てるように言った。

デウスは、国を立て直していった。
マルーが、彼に国を任せるようになるのも、そんなに時間は掛からなかった。

ほとんどの事において、マルーがデウスに逆らうこともなくなっていったが、一つだけマルーが煩わしく思っていた事がある。

それが、魔法の詠唱だった。

元冒険者の彼は、詠唱するとき、可能な限り早口で詠唱する。
当たり前だ。
戦いの中で、のんびり詠唱などしていられない。

それを、デウスが激しく怒るのだ。

「詠唱は、神への感謝を捧げる言葉! それを、そんな早口で済ませるなど! もっとゆっくりと、朗々と歌うように、神に届くように、詠唱しなさい!」

馬鹿な事を。
マルーはそう思った。戦いの最中にそんな事をしていたら、あっという間に敵に殺されるだけだ。

だが、マルーは奇跡を見た。
デウスが詠唱しているとき、敵に攻撃されても、その攻撃が一切通らないのだ。

「私には、神のご加護がありますから」

デウスはそう言って笑ったという。

マルーはその言葉を信じた。
デウスに「教主」の称号を与えて、傾倒していった。

ある日、マルーの耳に飛び込んできたのは、「無詠唱で」魔法を使う家族の話だ。
魔道具、とその家族が呼んでいる、便利な道具を作っているらしい。

だが、どんなものも作っていようと関係ない。
詠唱をしないなど、それは神を、デウスを、冒涜していることと同じだ。

マルーからデウスにそれが伝えられ、父親が捕らえられた。
一家を捕らえるつもりだったのに、子供達には逃げられた。

その後も子供達を指名手配して探すが、見つからない。
見つからないままに、気付けば他国の侵略を受けて、マルーランド国は滅ぼされていた。


※ ※ ※


「小国群の国の衰退など、珍しくもないだろう。ずいぶんと詳しいな?」

アレクがトラヴィスに質問を投げかけた。

動揺していないと言えば、嘘になる。

トルバゴ共和国の国主から聞いた、無詠唱を「悪」とする国があった、という話。
すっかり忘れきっていた話を、ここでまた聞くことになるとは思わなかった。

その一方で、トラヴィスやバスティアンの態度に疑問を覚えるのも確かだ。

言ってしまえば、たかが小国群の一国を統治していた一人の人間。
存在すら知らなくても不思議ではないのに、彼らは明らかに嫌悪感を抱いている。

「砂漠にある帝都では、夜、火が欠かせません。夜は一気に冷え込みますから。ですが、砂漠なだけに、木の枝を確保するのも一苦労です」

帝国の西側から東側へ枝を運んでいたそうだが、そのための作業も人件費も、運搬費用も大変なものだった。

だが、もたらされた魔道具が、その状況を改善した。
枝がなくても、魔石一つで火を燃やし続ける道具。

その魔石を一分ほど手に持って、それから暖炉に魔石を置くと、その魔石自体から火が燃え上がるのだという。
その道具が帝都に普及したことで、枝の問題は大幅に改善された。

だが、その道具をもたらしていた一家の父親が殺されたことで、また問題は復活してしまった。
希望は、子供達は掴まっていないらしい、ということだけ。

「平たく言ってしまえば、彼の国を滅ぼしたのは、我が帝国です。我が国の事情を鑑みて、あの国は邪魔でしかなかった」

無論、魔道具だって安くはないし、枝だって全く必要なくなったわけではない。
それでも、魔道具がもたらした恩恵は大きかった。

国王であるマルーは見つかったが、一番の問題である教主は見つけられなかった。

密かに探していたのだが、ついに発見できず、そうこうしているうちに魔王が誕生してしまい、それどころではなくなってしまったのだ。


※ ※ ※


「まったく、忌々しい。国が滅んだせいで、無詠唱などを使う神への反逆者を見つけられないままです」

デウスが静かに語る。
忌々しいと言いながら、その表情はほとんど変わらない。

魔王が誕生して、どの国も混乱した。
その混乱に乗じて、ルバドール帝国内に入り込み、堂々と街に住み始めたが、そこでまさかの事態が起こった。

「まったく、驚きでしたよ。勇者様のご一行ともあろう方々が、無詠唱で魔法を使うなど。あの一家以外にも、神への感謝を忘れた反逆者がいようとは」

言い返したくても、リィカの口は動かない。
どこも何も動かせないまま、できるのはまばたきだけだ。

「そこで、ステラという娘に目を付けました。復讐心に駆られた彼女は、実に協力的です。彼女の復讐と、私の反逆者への処罰。どちらの利害も一致した上での、今回の一件となったわけです」

素晴らしいでしょう? と言われたが、リィカは動けない。
動けたとしても、それに同意することなど、なかっただろう。

「一行の皆様方に処罰が必要ですが、まずはあなたからです」

デウスは笑った。
醜悪な顔だった。

「あなたの首についている首輪。それは隷属の首輪、と言われる物です」

その言葉に、リィカは目を見開いた。

「かつて、奴隷に付けられていた首輪。主人の指示に従わないと、装着者に痛みを与える首輪です。ですが、ご存じでしたか? 隷属の首輪を二つ付けると、装着者は主人の言うとおりにしか動けなくなるんですよ」

それを聞いて、リィカは自分に起こっていることをやっと理解できた。

動くなと言われて全く動けなくなり、立てと言われて勝手に体が動いたのは、そういうことだったのか。

リィカは、唯一動く目で、デウスを睨む。

「反抗的な目ですねぇ。ですが、残念。こういうこともできるんですよ」

その言葉と同時に、リィカの首から全身に、痛みが走った。

「………………!!」

口だけでも動けば、大きく悲鳴を上げていただろう。
しかし、実際には何一つ体を動かせず、ただ全身を襲う痛みに、耐えるしかできなかった。

デウスが、クスクスと笑った。

「私の意思で、いつでも自由に痛みを発生させられますからね。無論、私の指示に反抗しようとしても同じです」

そこで、ようやくリィカを襲う痛みが止まった。
だが、止まったからといって、痛みがすぐ消えるわけじゃない。

リィカの目から涙が零れる。
それを拭うこともできず、デウスの笑う顔だけが見える。

「あなたは、そのまま動かずに立っていてもらいましょうか。今回の件は突然だったので、勇者一行へどのように罰を与えるべきか、まだ考えていないんですよ。考えがまとまるまで、そうしていなさい」

全く動けないまま、去っていくデウスの笑い声だけがリィカの耳に残った。

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