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第十章 カトリーズの悪夢

軍議

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軍議の場に到着したアレクたちは、トラヴィスの出迎えを受けた。

暁斗とリィカがいないことを聞かれて、バスティアンが答えていた。二人は天幕に残っていること。暁斗が全権をアレクと泰基に託したことを伝えた。

「勇者様はいらっしゃらないのか」
「可憐だという魔法使いの少女も見てみたかったが」

その場にいた、他の軍人からそんな声が上がったが、後半の発言をした軍人はアレクに睨まれていた。


※ ※ ※


軍議は特にこれと言った問題もなく、進んでいた。

カトリーズの街の被害状況の確認。

怪我人は多い。
死者もそれなりに多いが、街中にCランクの魔物が放たれて、魔法が使えないという状況だった割には、少ない。

「魔法を封じていた……魔封陣、と言いましたか。あれが壊れた直後、空から降ってきた回復魔法のおかげで助かった、という者が大勢おりました」

バスティアンの話に、ホッとしたのはユーリだった。
範囲回復エリアヒール》は、範囲こそ広いが、回復能力は《回復ヒール》程度しかない。

それでも、助かる人がいる事を願って放った魔法だ。
それが効果があったと聞かされれば、やはり安心する。

安堵の表情を浮かべたユーリを、バスティアンは見逃さなかった。

「あの魔法は、ユーリッヒ様が?」
「ええ。役に立ったようで、良かったです」

あっさり頷いたユーリだが、バスティアンはやや困った様子だった。

「……聞いた話をまとめますと、街中全体に回復魔法が放たれたようですが」
「ええ。使ったのは《範囲回復エリアヒール》ですから」
「………………」

やはり、ユーリにあっさり頷かれて、バスティアンは言葉に詰まる。
代わりに言ったのは、トラヴィスだった。

「いくら《範囲回復エリアヒール》でも、街中に一度に放つほどの範囲はなかったはずですが」

魔力量が増えていけばいくほどにその範囲は広がるが、それでもせいぜいが、術者を中心に半径五メートル程度だと言われている。

過去には、十メートルを超えた人もいる、という話もあるが、それでも街中に届くほどではない。

「魔法の、魔力の使い方を覚えてくると、そういうこともできるようになるんですよ。その分、多く魔力を消耗しますけどね」

「……………左様でございますか」

トラヴィスは、頭を左右に振った。

使い方も何も、魔法は詠唱をすれば使えるものだ。覚えるも何もない。
魔族は詠唱なしで魔法を使ってくるが、魔族に常識が当てはまるはずもないから、気にしたことはなかった。

(――だが、彼女は詠唱していなかったな)

リィカが《落雷ライトニング・ストライク》を使ってみせた時、詠唱していた様子はなかった。

(それに……)

さらに考えそうになって、そこでトラヴィスは思考を止めた。
今考えるべき事ではない。

バスティアンからの話では、魔法が使えないあの空間で、ユーリとリィカが魔法を使っていたらしい。

自分たちにはできない何かを、彼らはきっと出来るのだろう。
詳細はまた後で聞こうと決めて、話を次に進めるのだった。


トラヴィスが、入り口付近に立っている兵士に指示を出す。
運ばれてきたのは、人の頭大くらいの大きさのもの。

「ヒドラの魔石です」

ああ、と声を出したのは、やはりユーリだった。

ヒドラの肉は、提供を求められた。
街の住民に配る分。そして、応援として呼んだ軍の食料として。

強制ではなく、もしよろしければ、と低姿勢での要請に、自分たちにも一回分頂ければ、という条件で承諾していたのだ。

その時に、解体後に魔石はお渡しします、と言われていた。

「申し訳ありませんが、魔石の浄化はできておりません」
「構いませんよ。自分でできますから」

ユーリは頷いて、受け取ったのだった。


※ ※ ※


攻めてきた魔族の話を求められて、アレクが説明する。

話し終わると、軍人が各々に発言をし始めた。

「うむ。勇者様ご一行を狙ってきたことは、確かか」
「だが、こんな前例はなかったはずだぞ」
「それを言えば、軍の内部に魔族が入り込んでいた事とて、初めてではないか」
「魔王の兄、か。魔王に兄弟がおるとはな」

そんな中、トラヴィスに一番近い席に座っている男が、手を上げた。

「アレクシス殿下、ご質問、よろしいかな」
「ああ、構わない。なんだ?」

確か、チャングス大佐と名乗っていた男だ。

同じ佐官でも、少佐のバスティアンより、二つ階級が上。そして、少将であるトラヴィスの、一つ下の階級。

年齢はトラヴィスよりも上。老齢に差し掛かっているような年齢にも見える。

「此度の魔法封じ。皆様方はどの程度、力を封じられることになったのでしょうか?」

なぜそんな事を聞かれるのか、分からなかった。
だが、隠す事でもないので、アレクは素直に答える。

「俺とバル……バルムートは、まだ影響は少なかったな。魔法といっても、エンチャント程度しか使わない。勇者様のお二人は、戦力半減か、あるいはそれ以上かもしれない」

そして、完全に戦力を封じられたのが、ユーリとリィカだ。
思わぬ偶然で魔法が使えると判明したが、そうでなければ、無力だっただろう。

「なるほど。つまりご一行の総合として考えれば、戦力を六割ないし七割、減らされたと考えるべきですな」

チャングス大佐は顎を撫でながら、アレクの話を聞いて、そう評価する。

「さすが、勇者様ご一行というべきですな。これが普通の冒険者パーティーであれば、そこまで戦力減にはなりませぬ」

さらに感心したように頷く。
意図する所は分からないが、言いたいことは分かる。

魔力量が豊富にあって、魔法をガンガン使うような魔法使いは、基本的には貴族がほとんどだ。

危険と隣り合わせの冒険者になりたがる貴族は、ほとんどいない。同じ危険なら、収入の安定している軍への入隊を考える。

だから、冒険者の中に、魔力量が豊富にある者は少ない。魔封じを仕掛けられて、パーティー全体で三割も戦力が減れば、多い方だろう。

チャングス大佐が、トラヴィスに視線を向けた。

「ケルー少将閣下。水の問題の解決など頼まず、勇者様のご一行を魔国に送り出す事を、提案いたします」
「なぜだ?」

チャングスの提案に、トラヴィスは警戒を露わにしている。
「何を言うつもりだ」と、表情にありありと出ている。

チャングスも、それは分かっているだろうに、表情も言葉も、まるで変化がない。

「魔族が軍の内部に入り込んでいた事からも、これまでの魔族との戦いとは大きく違うことは、すでに分かっている事です。
 此度の魔封じに関しても、勇者様ご一行の力を、正確に分析しての結果。魔王の兄とやらが、それらの知力を働かせていることに違いないでしょう」

「……だから、なんだ」

「また同じ事が起きかねない、ということです。勇者様ご一行を狙って、街がまるごと巻き込まれるくらいなら、早急に魔国へ送ってしまった方がいい。そうは思いませんか?」

巻き込まれる時は、勇者一行の力が封じられている可能性が高い。
そうである以上、被害は今回以上に大きくなるかもしれない。

チャングスが淡々と語るのに、トラヴィスは苦々しい表情をしていた。
聞いていたアレクも、昨日のステラの叫びを思い出してしまう。

「……お前の意見は分かった。だが、さすがに私一人で判断できることではない」

「承知しております。そういう考え方もある、と言うことを、皇太子殿下にお知らせいただければ幸いでございます」

チャングスは一礼した。
意見を押し通すつもりはないらしい。

アレクは、何となく意外な気持ちでチャングスを見た。
あのような言い方をするのだから、自分たちに対して、何か含むものがあるのかと思ったが、そうではないのだろうか。

そんなアレクの視線に気付いたのだろう。
チャングスは、面白そうに口の端を上げた。

「若い者は、とかく考えが偏りがちですからな。あえて、嫌われそうな意見を出すのも、年寄りの役目です」

飄々と。
そんな表現が似合いそうな口調で、話を続ける。

「今は、帝国を治めているのも若い皇太子殿下ですし、軍も元帥である第二皇子殿下を始め、将も若い者がほとんど。
 この情勢で、若い者の向こう見ずのパワフルさは有り難いですが、時にはブレーキをかけてやらねばならぬときも、ありますゆえ」

「…………………あー……」

アレクはそれしか言えなかった。
何となく、トラヴィスの苦々しい表情の意味が分かった。

有能だし、よく考えてくれているのだが、それを理屈というか、説教で表現してくる、とにかく口うるさい年寄りたち。

有り難いのだが、同時に口を出すなと言いたくなる。
このチャングスという人も、そういう人なのだろう。

(――よし、関わらないようにしよう)

アレクは、かつて自分たちの教師をしていた、今はモントルビア王国に大使として在住しているマルティン伯爵を思い出す。

自分に嬉々として説教をしてくるのは、あの人一人で十分だ。


※ ※ ※


最後に、今後の予定についての話があった。

水の問題、というか雨の問題の解決云々は、今この場では判断できない。

帝都へ今回の件について、すでに一報は出したが、返答が来るまで待てない。帝都へ向かうにしても、魔国への通路に向かうにしても、どちらにしても砂漠地帯へ出る必要がある。

「街の住民の救助、及び支援態勢が整えば、出発できます。数日中には出発できると思いますが、よろしいでしょうか」

トラヴィスの確認に、アレクと泰基が頷く。
それを確認して、トラヴィスはチャングスに向き直った。

「私たちが出発して以降、ここの責任はチャングス大佐に任せる」
「承知致しました」

チャングスが黙って頭を下げた。
それを見て、アレクは思う。

(信頼は、しているんだよな)

自分が、なんだかんだ言いつつも、マルティン伯爵を信頼しているように。
ただ、口うるさいのだけは、どうしても嫌なのだが。

――リィン

その時、風の手紙エア・レターが繋がった音がした。

アレクは驚いた。
リィカか暁斗か知らないが、軍議中と分かっていて連絡してくるとは。

さすがに、後にしてもらおうと思ったら、暁斗の声がした。

『みんな、ゴメン』

その出だしに、嫌な予感がした。
暁斗の声が、落ち込んでいる。

『リィカが浚われた』

ガタン、と音がした。
その音が、アレク自身が勢いよく立ち上がった時の椅子の音だと気付かないまま、叫んでいた。

「どういうことだ! 何があった!?」

突然叫んだアレクに、トラヴィスたち軍人たちの視線が集中した。

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