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第十章 カトリーズの悪夢
第二幕章
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「バル、大丈夫か!?」
アレクが駆け寄ってきた。
バルは、ふーっと息を吐く。
「……ああ。痛みは薄れてきた」
それでも、まだ頭はクラクラするが。
「血が流れすぎたな。本当なら休めと言いたいが……」
泰基がバルを心配そうに見る。
まだ敵がそのままである以上、もう少しがんばってもらわないといけない。
「悪いが、アレクは待ってくれ。次、暁斗の回復をする」
「俺は大丈夫だ。元々、回復してきていたからな。あの空から降ってきた魔法で回復した」
そこまで言って、少しためらいつつ続けた。
「タイキさん。あの回復魔法は……」
「間違いなく、ユーリの《範囲回復》だ」
泰基が言い切る。
「魔封陣を壊したのは、リィカとユーリ?」
近づいてきた暁斗が、泰基に聞く。
「……まふうじん?」
訝しげに泰基に聞き返されて、暁斗は一瞬キョトンとするが、すぐに合点がいったようだ。
「あ、そっか。グラム……聖剣から聞いたんだった。さっきの魔法を封じてたの、魔封陣って言うんだって」
自分たちの知らない知識を聖剣から教えられていたらしい。
複雑な心境になりながら、泰基は頷いた。
「おそらく、そうだろうな。壊れてすぐユーリの魔法が飛んできた。タイミングからして、間違いなくあの二人だろう。戻ってこなかったのは、壊しに行っていたからか」
泰基の言葉に、他の三人は何とも言えない表情を浮かべた。
「……ありがてぇっちゃ、ありがてぇんだが」
壊してくれなければ、こうして回復もできなかった。
そういう意味では、確かに壊してくれたことは有り難い、とバルは思う。
「……壊してくれるまで、こっちが保ったから良かったけどな」
ギリギリだった、とアレクは思う。
壊してくれて助かったが、早く戻ってきて欲しかった、というのも本音だ。
「どうやって壊したんだろうなぁ」
暁斗は、と言えば、それが純粋に疑問らしい。
だが、話はここまでのようだった。
アレクが、バルが、暁斗が、《氷の剣林》の向こう側を睨むように見つめる。
「タイキさん、おれの回復はもういい。アキトを頼む」
バルが立ち上がる。
傷は塞がっているようだから、大丈夫だろう。
「……分かった」
泰基は、苦しそうな表情ながらもそれに頷く。
魔族が、手をこまめいているはずがない。
完治するまでの回復は難しいだろう。
「《全快》」
暁斗の回復を始めた。
心配そうにバルを見たが、暁斗も何も言わない。
言ったのは別のことだ。
「父さん、ちゃんと自分の回復もしてね」
「ああ」
泰基は頷いた。
余裕があったらな、と内心で付け足して。
※ ※ ※
人食い馬のピュールが、《氷の剣林》に炎を吐いていた。
ザッと足音がして、カストルがその場に現れると、魔族たちが一斉に頭を下げる。
カストルは手を上げた。
「よい。――すまないな。魔封陣を壊されたのは、私のミスだ。魔法を封じたと、あの二人を自由にさせてしまったのが、失敗だった」
「そんな、カストル様……」
ハルバードを持つポタルゴスが困ったように言葉を返すが、それ以上は何も言えない。
「それより、カストル様はお下がり下さい。魔王様より、勇者一行との戦闘は禁止されているはずです」
「分かっている」
クサントスの言葉に、カストルは苦笑する。
自分は、四人に何も言わなかった。それなのにしっかり知られている。魔王が直々に伝えていたのだろうと想像するのは難しくない。
「《氷の剣林》を攻撃するくらい、良いだろう。せめて、その程度はしなければな」
言って、右手を前に出す。
「《灼熱の業火》」
長く残る炎の上級魔法を唱えた。
《氷の剣林》が溶け始めた。
おそらく今、勇者一行は回復しているだろう。
せっかくダメージを与えたというのに、回復されては意味がない。
(このメンバーでは勝てないだろうな)
さすがに声には出さずに、内心だけでつぶやく。
魔封陣があって、魔法が使えない前提の上で考えたメンバーだ。
この四人は、最初から魔法が不得手だ。その代わりに、武器の扱いを学ばせた。
勇者一行が魔法を使ってくれば、重量武器にも対応してくるだろう。
状況が変わる。
そして、魔封陣を壊した二人が戻れば、数の優位も意味をなさない。
「状況次第だが、決着を付けずに引くことも考える。良いな」
要するに逃げることと同意だが、四人はためらわずに頷く。
これに頷いてくれる四人だからこそ、カストルは彼らを失いたくないのだ。
氷が溶けて、勇者一行の姿が見えた。
※ ※ ※
「ユーリッヒ殿、リィカ嬢!」
呼ばれたユーリとリィカは、立ち止まり、一礼する。
名前を呼んだのはトラヴィスだった。
街に入れなかったはずだが、魔封陣が破壊されたおかげで、中に入れたのだろう。
「魔法を封じていたという魔方陣を壊したのは、お二方が?」
「ええ、そうです。正確にはリィカが一人で壊しましたが」
ユーリが言うと、トラヴィスが驚いたようにリィカを見た。
リィカは困った顔をする。
「一人と言えば一人ですけど、ユーリに手伝ってもらわなきゃ、壊せませんでした」
その手伝ってもらった内容を思い出せば、顔が赤くなる。
なぜあの時は、平然とそれを受け入れてしまったのか。
「詳細は後ほど。申し訳ありませんが、まだ仲間たちが魔族と戦っています。僕たちはそちらに向かいますので、街中の魔物の討伐をお願い致します」
顔が赤くなったリィカに、ユーリが物言いたげな視線を向けたものの、すぐトラヴィスに向き直る。
ここでゆっくり話をしている暇はない。
トラヴィスも頷いた。
「ええ、分かっています。応援もいますし、魔法も使える。街にいる冒険者たちも討伐に動き始めましたから、魔物については心配いりません。魔族を、どうかよろしくお願い致します」
ユーリとリィカが頷いた。
トラヴィスに背を向けて、走り出した。
トラヴィスから十分距離を取ってから、リィカが言った。
「……ユーリ、あの、あの時のアレ、アレクには内緒にしてほしいです」
「僕も全く同じ事をお願いしようと思っていました。絶対、アレクには言わないで下さい」
必要な事だったとは言え、キスしてしまったことに変わりない。
この程度の内容であっても、口裏合わせは必須だった。
※ ※ ※
溶けた《氷の剣林》の向こう側に、魔族がいた。
後ろに下がっていたカストルが、まず姿を見せる。
アレク、バル、暁斗が剣を構える。
「見事だ」
カストルが先制するかのように放った言葉に、三人が虚を突かれた顔をした。
「魔封陣を壊した小娘と神官の小僧も見事。初級魔法のみでヒドラを倒してのけた事も見事。そして、二人を信じ続けて、大きなダメージを負いながら、生き残った貴様らもまた見事」
「ヒドラ……!?」
アレクが驚いて声を上げる。
構わずカストルは続けた。
「さて、もう一度名乗ろうか。我が名はカストル。貴様らが倒さんとする魔王様の兄だ。ここでただ引くだけでは、我が名が廃る。最後のあがきをさせて頂こう」
「魔王の……!!」
「…………兄……?」
暁斗が驚愕して叫ぶ。
アレクは、訝しげにつぶやいた。
「《爆発の轟火》」
カストルが炎の上級魔法を唱えた。
凄まじい爆発が、一行を包む。
「《結界》!」
泰基がそれを防ぐ。
戦いの第二幕章が始まった。
アレクが駆け寄ってきた。
バルは、ふーっと息を吐く。
「……ああ。痛みは薄れてきた」
それでも、まだ頭はクラクラするが。
「血が流れすぎたな。本当なら休めと言いたいが……」
泰基がバルを心配そうに見る。
まだ敵がそのままである以上、もう少しがんばってもらわないといけない。
「悪いが、アレクは待ってくれ。次、暁斗の回復をする」
「俺は大丈夫だ。元々、回復してきていたからな。あの空から降ってきた魔法で回復した」
そこまで言って、少しためらいつつ続けた。
「タイキさん。あの回復魔法は……」
「間違いなく、ユーリの《範囲回復》だ」
泰基が言い切る。
「魔封陣を壊したのは、リィカとユーリ?」
近づいてきた暁斗が、泰基に聞く。
「……まふうじん?」
訝しげに泰基に聞き返されて、暁斗は一瞬キョトンとするが、すぐに合点がいったようだ。
「あ、そっか。グラム……聖剣から聞いたんだった。さっきの魔法を封じてたの、魔封陣って言うんだって」
自分たちの知らない知識を聖剣から教えられていたらしい。
複雑な心境になりながら、泰基は頷いた。
「おそらく、そうだろうな。壊れてすぐユーリの魔法が飛んできた。タイミングからして、間違いなくあの二人だろう。戻ってこなかったのは、壊しに行っていたからか」
泰基の言葉に、他の三人は何とも言えない表情を浮かべた。
「……ありがてぇっちゃ、ありがてぇんだが」
壊してくれなければ、こうして回復もできなかった。
そういう意味では、確かに壊してくれたことは有り難い、とバルは思う。
「……壊してくれるまで、こっちが保ったから良かったけどな」
ギリギリだった、とアレクは思う。
壊してくれて助かったが、早く戻ってきて欲しかった、というのも本音だ。
「どうやって壊したんだろうなぁ」
暁斗は、と言えば、それが純粋に疑問らしい。
だが、話はここまでのようだった。
アレクが、バルが、暁斗が、《氷の剣林》の向こう側を睨むように見つめる。
「タイキさん、おれの回復はもういい。アキトを頼む」
バルが立ち上がる。
傷は塞がっているようだから、大丈夫だろう。
「……分かった」
泰基は、苦しそうな表情ながらもそれに頷く。
魔族が、手をこまめいているはずがない。
完治するまでの回復は難しいだろう。
「《全快》」
暁斗の回復を始めた。
心配そうにバルを見たが、暁斗も何も言わない。
言ったのは別のことだ。
「父さん、ちゃんと自分の回復もしてね」
「ああ」
泰基は頷いた。
余裕があったらな、と内心で付け足して。
※ ※ ※
人食い馬のピュールが、《氷の剣林》に炎を吐いていた。
ザッと足音がして、カストルがその場に現れると、魔族たちが一斉に頭を下げる。
カストルは手を上げた。
「よい。――すまないな。魔封陣を壊されたのは、私のミスだ。魔法を封じたと、あの二人を自由にさせてしまったのが、失敗だった」
「そんな、カストル様……」
ハルバードを持つポタルゴスが困ったように言葉を返すが、それ以上は何も言えない。
「それより、カストル様はお下がり下さい。魔王様より、勇者一行との戦闘は禁止されているはずです」
「分かっている」
クサントスの言葉に、カストルは苦笑する。
自分は、四人に何も言わなかった。それなのにしっかり知られている。魔王が直々に伝えていたのだろうと想像するのは難しくない。
「《氷の剣林》を攻撃するくらい、良いだろう。せめて、その程度はしなければな」
言って、右手を前に出す。
「《灼熱の業火》」
長く残る炎の上級魔法を唱えた。
《氷の剣林》が溶け始めた。
おそらく今、勇者一行は回復しているだろう。
せっかくダメージを与えたというのに、回復されては意味がない。
(このメンバーでは勝てないだろうな)
さすがに声には出さずに、内心だけでつぶやく。
魔封陣があって、魔法が使えない前提の上で考えたメンバーだ。
この四人は、最初から魔法が不得手だ。その代わりに、武器の扱いを学ばせた。
勇者一行が魔法を使ってくれば、重量武器にも対応してくるだろう。
状況が変わる。
そして、魔封陣を壊した二人が戻れば、数の優位も意味をなさない。
「状況次第だが、決着を付けずに引くことも考える。良いな」
要するに逃げることと同意だが、四人はためらわずに頷く。
これに頷いてくれる四人だからこそ、カストルは彼らを失いたくないのだ。
氷が溶けて、勇者一行の姿が見えた。
※ ※ ※
「ユーリッヒ殿、リィカ嬢!」
呼ばれたユーリとリィカは、立ち止まり、一礼する。
名前を呼んだのはトラヴィスだった。
街に入れなかったはずだが、魔封陣が破壊されたおかげで、中に入れたのだろう。
「魔法を封じていたという魔方陣を壊したのは、お二方が?」
「ええ、そうです。正確にはリィカが一人で壊しましたが」
ユーリが言うと、トラヴィスが驚いたようにリィカを見た。
リィカは困った顔をする。
「一人と言えば一人ですけど、ユーリに手伝ってもらわなきゃ、壊せませんでした」
その手伝ってもらった内容を思い出せば、顔が赤くなる。
なぜあの時は、平然とそれを受け入れてしまったのか。
「詳細は後ほど。申し訳ありませんが、まだ仲間たちが魔族と戦っています。僕たちはそちらに向かいますので、街中の魔物の討伐をお願い致します」
顔が赤くなったリィカに、ユーリが物言いたげな視線を向けたものの、すぐトラヴィスに向き直る。
ここでゆっくり話をしている暇はない。
トラヴィスも頷いた。
「ええ、分かっています。応援もいますし、魔法も使える。街にいる冒険者たちも討伐に動き始めましたから、魔物については心配いりません。魔族を、どうかよろしくお願い致します」
ユーリとリィカが頷いた。
トラヴィスに背を向けて、走り出した。
トラヴィスから十分距離を取ってから、リィカが言った。
「……ユーリ、あの、あの時のアレ、アレクには内緒にしてほしいです」
「僕も全く同じ事をお願いしようと思っていました。絶対、アレクには言わないで下さい」
必要な事だったとは言え、キスしてしまったことに変わりない。
この程度の内容であっても、口裏合わせは必須だった。
※ ※ ※
溶けた《氷の剣林》の向こう側に、魔族がいた。
後ろに下がっていたカストルが、まず姿を見せる。
アレク、バル、暁斗が剣を構える。
「見事だ」
カストルが先制するかのように放った言葉に、三人が虚を突かれた顔をした。
「魔封陣を壊した小娘と神官の小僧も見事。初級魔法のみでヒドラを倒してのけた事も見事。そして、二人を信じ続けて、大きなダメージを負いながら、生き残った貴様らもまた見事」
「ヒドラ……!?」
アレクが驚いて声を上げる。
構わずカストルは続けた。
「さて、もう一度名乗ろうか。我が名はカストル。貴様らが倒さんとする魔王様の兄だ。ここでただ引くだけでは、我が名が廃る。最後のあがきをさせて頂こう」
「魔王の……!!」
「…………兄……?」
暁斗が驚愕して叫ぶ。
アレクは、訝しげにつぶやいた。
「《爆発の轟火》」
カストルが炎の上級魔法を唱えた。
凄まじい爆発が、一行を包む。
「《結界》!」
泰基がそれを防ぐ。
戦いの第二幕章が始まった。
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