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第十章 カトリーズの悪夢

暁斗の想い、泰基の願い

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暁斗は苦戦を強いられていた。
四対一の戦い。

接近戦で常に張り付いているポタルゴス。

人食い馬マンイート・ホース二体、ピュールとアネモスは、ヒットアンドアウェイ戦法を取ってくる。

近づいてきたときは、突進による体当たりか、噛み付き、蹴り、踏みつけ。離れれば、ピュールは炎で、アネモスは風で攻撃してくる。

ディーノスのモーニングスターでの攻撃は、暁斗にとって嫌なタイミングで仕掛けてくる。

何とか隙を作って、攻勢に移ろうとするタイミングか。それか、攻撃を受けてしまって、動きの止まったタイミングか。

前者は、攻撃を諦めざるを得ないし、後者は何とか聖剣で防御するか、しきれずに攻撃を受けてしまうか。

暁斗は、満身創痍になっていた。
体のあちこちを切られ、モーニングスターをぶつけられてトゲに刺されて。炎に焼かれ、風に刻まれている。

ズキンズキンズキンズキン

身体中のあちこちが痛い。
どこがどう痛いのかも分からない。

それでも、暁斗は立っていた。
後ろにいる、父のために。

そして。

(――母さん)

こんな時なのに、夢の中の母を思い出す。

刃物に刺されていた母。
あの時の母も、こんな痛みを抱えていたんだろうか。こんな痛みを抱えながら、それでも自分を守ってくれたんだろうか。

ドクン、と心臓が高鳴る。
母のことを考えると、苦しいだけだった。
夢を見るのは辛かった。

今も、苦しい。辛い。
でも、それだけじゃない。泣きたくなるくらいに切なくて、それでいて暖かい気持ちが、暁斗の中に生まれていた。


※ ※ ※


泰基は、叫びたくなるのを堪えながら、暁斗の戦いを見ていた。

駄目だと、必死に言い聞かせる。
碌に動けない状態で戦いに参加したところで、足手まといになるだけ。かえって、暁斗に負担を掛ける。

今自分のすべきは、回復だけだ。

魔道具に光の魔力を込め続ける。
自動回復の早さが、わずかに上がっている。

炎に焼かれた痕が、風に切り刻まれた痕が、その治る早さが増している。
指を少し動かすだけでも全身に走っていた痛みが、和らいできた。

魔族も人食い馬マンイート・ホースも、自分を見ていない。どうせもう戦えない、と思われているのか。

トドメを刺して欲しいわけではないが、あと少しで殺せただろう自分を放置して、暁斗だけに集中している魔族たちを笑いたくなる。

(まだだ。まだ、我慢だ)

痛みがもう少し薄れなければ、戦えない。
泰基は、必死に自分に言い聞かせた。


※ ※ ※


暁斗は、ふらつく体に力を入れて、何とか立つ。

ポタルゴスが正面に、人食い馬マンイート・ホース二体が、左右にそれぞれいる。
モーニングスターを持つディーノスは、少し離れた場所にいる。

自分が全身傷だらけなのに対して、魔族側が負っている傷は、暁斗がピュールに加えた【百舌衝鳴閃もずしょうめいせん】の一撃による傷のみ。

泰基を守って戦いだしてからは、ただの一太刀も入れられていない。
それでも、暁斗は剣を構えた。

「まだ粘るか」

ポタルゴスに揶揄するように言われるが、それに対する暁斗の返答は一つだ。

「当たり前だ」

その返答に、ポタルゴスはつまらなそうな表情を浮かべる。
代わりに、離れた場所にいるディーノスが、暁斗をあざ笑ってきた。

「さっさと降参したら? 別に結界使ってるわけじゃないんだから、奴隷にはならないよ?」
「…………」

だが、暁斗はディーノスを一瞥しただけで、無言のままだ。
そういや結界は使わないんだな、とは思ったが、それだけだ。

結界を使えば、一対一だ。こんな戦いにはならないから、あれを使う事に拘り過ぎると、魔族たち自身の足を引っ張る事もあるのかもしれない。

「オレは、負けないよ」

一言言って、暁斗は足に力を込める。
狙いは、モーニングスターを持つディーノスだ。


※ ※ ※


「………………っ!?」

ポタルゴスは、目を疑った。
暁斗の動きを、捉えられなかった。

ハッとして、体ごと視線を移す。
暁斗が一瞬の間に、ディーノスの前に移動していた。

「……へっ?」

ディーノスは間抜けな声を漏らす。
突然、目の前に勇者が現れた。
その事実を、理解できなかった。

「【冠鷹飛鉤閃かんようひくうせん】」

暁斗が低い声で、剣技を発動させる。
風の、突きの剣技。
通常の剣技よりも、さらに大きく、そして鋭く尖る。

ボケッとした顔を晒したままのディーノスの胸に、剣が届いた。届こうと、した。

「――ぐっ……!?」

うめき声を発したのは、暁斗だった。

剣は、届いていない。
届く前に、緑の毛色を持つアネモスが突進してきて、暁斗に体当たりしたのだ。

倒れる暁斗を見て、ディーノスがようやく状況を理解する。
勇者が自分を殺そうと狙ってきたのだ。

「お前! おまえぇぇぇぇえぇぇぇ!!」

怒りのままに、勢いよく振るわれたモーニングスターは、暁斗を直撃した。

「――がっ……はっ……!!」

体をびくつかせて痛みに叫ぶ暁斗を見て、ディーノスはハハッ、と笑う。

「いい気味だ。――アネモス、良くやった」

自分を救ったアネモスの頭を撫でると、アネモスはグルグルと甘えるような声を出した。


※ ※ ※


痛い。
なんで。
上手くいくと思ったのに。
痛い。
痛い。

(――なんで、こんな目に合わなきゃいけないの?)


厄介なのは、ディーノスだ。ディーノスの振るうモーニングスターだ。
それをどうにかしなければ、勝ち目はない。
どうにかして、ディーノスを倒すのが先だ。

暁斗の頭に浮かんだのは、魔族の行う身体強化。
リィカが試してやっていたとき、暁斗もやってみたが、魔力が足りない。お互いに「無理」という結論を出した。

暁斗は、ちょっと悔しかった。

身体強化なんて、異世界もののファンタジーじゃ珍しくもなんともないのに、この世界じゃそれが出来ない。
そんな事を言えば、父に「小説と一緒にするな」と怒られるだけだろうけど。

でも、と思ったのだ。
全身の強化は無理でも、一部ならできるんじゃないか、と。

練習はできない。ぶっつけ本番でやるしかない。
魔力を足に集める。
一気に足を蹴り出した。

――上手くいった。

一足飛びにディーノスの前に移動できた。

剣技を発動させる。
付与できるだけの魔力を付与する。

やった、と思った。倒せると思った。
突進してくるアネモスの気配に、全く気付かなかったのは、大失敗だった。


痛い。
痛い痛い痛い痛い。

それだけが、暁斗の頭を占める。

「――ぐっ!?」

お腹に衝撃を感じた。
視界が変わる。
お腹を蹴られたのだと分かる。

「暁斗!!!」

声が、した。
父の声。父が、自分を呼んでいる。

父はガンだった。
あと一年も生きられたかどうか分からない、末期ガン。

でも、この世界に召喚された。……誘拐と何も変わらない召喚だった。
嫌な奴らも多いけれど、誠意を見せてくれた人たちもいて、その人たちが父の病気を治してくれた。治らないはずの病気が治った。

本当に嬉しかった。だから、それをしてくれた人たちに、何かお返しをしたかった。

彼らが望んでいるのは、魔王討伐だ。だから、それがお返しになると思って引き受けて、そしてここまで来た。

アレク、バル、ユーリ。……そして、リィカ。
大切な仲間たち。

ほとんど人と変わらない魔族に動揺して。
自分を庇ったリィカに、リィカを庇ったアレクに動揺して。自分の心がグチャグチャに荒れた。

リィカがどこまでも優しくて。甘えたら甘やかしてくれた。母親みたいだと思った、大切な人。

でも、その人は絶対に強いわけじゃない。すごく弱くて脆い部分も持っている。テルフレイラで見せた、心を失った虚ろな目。

甘えるしかできない自分は、何の力にもなれない。それが悔しかった。

そんな中、魔族と戦いになって、魔族の使う結界に閉じ込められた。負ければ死ぬか、奴隷になるかの二択の戦い。

やると決めた。魔王を倒すと決めた以上は、戦いは避けられない。
倒したくない。……殺したくない、なんて言っていられない。

ためらったのは、一瞬だった。倒した……殺した後に後悔することもなかったし、気持ちが苦しくなることもなかった。

その時はなぜ、なんて考えもしなかったけれど、後になって考えて思ったのは、あの時はリィカが不安定だったからだ。

リィカの事が心配だった。自分が人とよく似た魔族の命を奪ってしまったことよりも、リィカの事が気になってどうしようもなかった。

そして、今はもう、魔族との戦いに躊躇いも何も感じていないのだから、慣れって怖いと思う。

(――みんな、ごめんね)

力が入らない。
何でこんな目に合ってるのか、なんて分かってる。

みんなのことが好きだからだ。大切だからだ。

この世界に興味はない。泰基ほどではなくても、暁斗にもそういう気持ちはある。

別に、この世界が魔族に支配されたって、暁斗は何も思わない。大変だね、と一言で済ませてしまうだろう。

でも、みんなだけは別だった。
旅は、楽しい。みんなと一緒に、食べて飲んで、寝て、笑って。みんなと一緒にこうしていられるなら、この世界も悪くない、と思えるほどに。

だから、みんなの望む世界を、守りたいと思った。

アレク。
バル。
ユーリ。
……リィカ。

最後に浮かんだ名前に、涙が零れた。
間違いなく、前世は日本人だ。日本人の記憶を持っている。自分たちを理解してくれる人。

母親みたいな人。優しい手で、自分を包んでくれる人。甘えたいと思った。甘やかしてほしい、と願った。

でも、今は違う気持ちも芽生えていた。自分が守りたい。自分を頼って欲しい。

相反する気持ちだけれど、確かにどっちの気持ちもあって。でも後から生まれた気持ちが何なのか、その答えを見つけたいとは思わなかった。

だって、リィカがその気持ちを向けているのは、自分じゃない。アレクだから。

(こういうのも走馬灯って言うのかな)

何か、すごく長い間考え事をしていた気がするのに、実際には全然時間が経っていないのか。

「ここまでだな、勇者。今、トドメを刺してやる」

今さらポタルゴスがこんなことを言ってきたのだから。
仰向けになった暁斗には、ポタルゴスがハルバードを振り下ろさんとしているのが、よく見えた。

目を瞑った。

(――ごめんなさい)

最後に謝罪する。
誰に対してなのか。

守るつもりで結局守れなかった父に対してか。
仲間たちに対してか。
リィカに対してか。
それとも、自分の命を守ってくれた母に対してか。

もう暁斗にも分からなかった。
ただ、ハルバードが振り下ろされるのを待った。


※ ※ ※


――リィン

耳元でその音が鳴ったとき、泰基はその音が何だったか、思い出せなかった。

『泰基、聞こえる!? 泰基!?』

聞こえた声に、一瞬ビクッとして、すぐに合点した。風の手紙エア・レターだ。

「……リィカ!?」

一体何があったのか。リィカの声が、興奮している。

『あのね、初級魔法なら使える。魔法名を唱えずに使えば、魔法が使えるから!』
「………………は?」

何のことだ。話が唐突すぎて分からない。
だが、あちらも説明をしている余裕がないのか何なのか、話は強引だった。

『そういうことだから! いいから、使って!』
「………………分かった」

何も分かっていないが、勢いに押されて返事をしてしまった。

使う? 何を。
魔法を? しかし、魔法は使えない。実際に使ってみて、使えなかったじゃないか。

「――がっ……はっ……!!」

暁斗の悲鳴が聞こえた。
さらに、魔族に蹴り飛ばされている。

「暁斗!!!」

その名を呼ぶ。叫ぶ。
凪沙が遺してくれた、唯一無二の自分たちの子供。
その子の目から、涙が流れていた。

「ここまでだな、勇者。今、トドメを刺してやる」

――ドクン

嫌だ。
そんなのを、認めるわけにはいかない。
どうする。どうすれば。

『初級魔法なら使える。魔法名を唱えずに使えば、魔法が使えるから!』

凪沙が転生したリィカ。
凪沙の、記憶と感情を持っているリィカ。

(魔法が……使える……?)

体が痛い。
剣を振るうのは無理だ。
でも魔法なら、痛くてもどうにでもなる。

右手を前に出す。
走った痛みは無視した。

水球アクアボール》を唱える。

生まれ出た水球は、ハルバードを振り下ろそうとしていたポタルゴスに命中した。


※ ※ ※


暁斗は、目を開けた。
来ると思っていた衝撃が、来ない。

ポタルゴスが、動きを止めている。
その視線の方向に暁斗も目を移せば、そこにいたのは、父だった。

「……貴様、今、何を……」

ポタルゴスの言葉には、問いただす、というほどの強さはない。
純粋に、ただ驚いて、呆然として、思わず出た言葉。そんな感じだ。

「……父さん?」

一体何をしたのか。分からないままに呼ぶ。

「暁斗、そこから離れろ」

父の言葉に、体に力を入れる。
魔族が逃してくれるはずがない。
でも、どうしてか、素直に従って大丈夫だと、そう思った。

ただ、さすがに父が水球を生み出したのを見た時には、絶句した。
魔族の側から離れようとしていた動きが止まる。

「なんで……」
「いいから、早く離れろ!」

さっきから、泰基が使っているのは《水球アクアボール》だけだ。それを連発している。

突然の事態に、魔族も混乱しているんだろう。
上手く対応できないでいる。
今がチャンスなのは、確かだった。

痛む体を何とか動かして、父の元まで移動する。
泰基は、《水球アクアボール》で魔族たちの牽制を続けていた。

「回復は、できない。使えるのは、初級魔法だけだ。――魔法名を、唱えずに発動させることが、条件らしい」

泰基の話す内容に、暁斗は目を見開く。

「分かった」

それが魔法が使える条件なら、自分には無理だ。



暁斗は、口元を緩めた。
泰基の言い方からして、誰かから聞いた条件なんだろう。そして、それはリィカかユーリでしかあり得ない。

(すごいなぁ)

何がどうなって、そんな条件を見つけ出したのか。

立ち上がる。
深呼吸をした。

体が痛い。力が入らない。
でも、だから何だ。
負けていられない。駆け付けてくるだろう、リィカとユーリのためにも。

「暁斗。俺はアレクやバルのフォローにも入るからな。油断するな」

早口の父の台詞に、黙って頷いた。
剣を構える。

先ほど、バルの悲鳴が聞こえた。
バルが、倒れているのが見える。

父が、ポタルゴスたちへの牽制をやめて、バルが戦っている相手へと魔法を放った。
それと同時に、暁斗は魔族たちへ、剣技を放った。

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