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第十章 カトリーズの悪夢

リィカとユーリの戦い

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「想像以上に粘るな」

カストルは戦いの様子を見ながら、ポツッとつぶやいた。

カストルは、魔法が使えなくなることを前提として、それに合った戦力を備えた。
そのおかげだろう、戦いは完全にこちらのペースだ。

だがそれでも、まだ一人も倒し切れていない。

「剣技と魔力付与を封じられなかったのは、残念だったな」

それがあるから、抵抗を許している。

「この魔封陣がどこまで効果があるのか、未知数ですからね」

オルフが苦笑しながらも追随する。カストルと共に実験をしたのだ。分かったこともあるが、分からなかったことも多い。

「ただ魔力付与が使えることは、想定内ですよ。そうでなければ、我々が魔物の卵を孵化させることもできませんでした」

「分かってるから、いちいち突っ込むな」

余計な一言を足してきた部下を一瞥し、視線を勇者たちから逸らして、遠くを見る。

「さて、あの娘と神官の小僧はどうしているか」

去っていくのを追わなかった。
追わなくて良い、と伝えていた。

街中にはCランクの魔物が百体以上いるのだ。魔法も使えない二人が、戦っていけるはずもない。
一つ懸念はあるが、その対策も取ってある。

視線を、眼下の戦いに戻す。
万に一つの取り逃しもない。後は時間の問題だ。


※ ※ ※


「きゃあぁぁぁぁぁ!」

リィカが剣ごと投げ飛ばされた。
ユーリが一瞬、リィカに気を取られた瞬間、先ほどリィカを投げ飛ばした方の頭がユーリに噛み付く。

「――うぐっ!」

呻いてユーリが下がった。

今、二人が戦っているのは、オルトロス。黒い、双頭の犬。
まさに食われそうになっていた街の人を助けに入って戦いになったが、碌な戦いになっていない。

住民は逃げてくれた。
助けることができたら、後は隙を見て逃げよう、とリィカとユーリは話をしていたのだが、その隙が見当たらない。

リィカの、ユーリの振るう剣は、オルトロスの牙で受け止められる。当たる前に噛み付かれる。あるいは頭突きをされ、爪を振るわれる。

こちらの剣はほとんど当たらず、当たっても与えられる傷は、毛筋ほどだ。

そんな状態でも戦えている理由は、防御の魔道具のおかげだ。
オルトロスの攻撃を受けても、痛みはひどいが、傷は受けない。痛みさえ堪えれば、何とか戦えるのだ。

だが。

「……どうしよ、ユーリ」
「どうしましょう……」

リィカとユーリは、息を切らしながら、背中合わせに立っていた。

オルトロスを倒せないでいるうちに、気が付けば他の魔物も集まってしまい、Cランクの魔物に、二人は囲まれてしまったのだ。

こっちの攻撃は通らない。
魔物の攻撃は、怪我をしないだけで痛みはあるのだ。そのうち限界が来るだろう。

魔物たちは、まるで舌なめずりするように、二人を見ている。
矮小ながらも抵抗を示す二人を、どういたぶってやろうか。そう考えているように見えて、仕方なかった。

――絶体絶命。

そんな言葉が、リィカの脳裏に浮かぶ。

「放て!」

二人を囲む魔物の外から、声が響いた。

「「「「「【青鮫剣破せいこうけんぱ】!」」」」」

一斉に剣技が放たれた。
ぐるりと囲んでいた魔物の一角が崩れる。

「ユーリッヒ様! リィカ様! 早くこちらへ!」

声を掛けられ、ユーリとリィカは全力で走った。

魔物の囲みを抜けると、そこには軍服を着た男性が六名いた。そのまま足を緩めず走り続け、六名もそれに追随する。

やがて、魔物の影がなくなったところで、足を止めた。

「ブラウン少佐。助けて頂いてありがとうございました」

ユーリが貴族式の礼で、相手に感謝を示す。
そこにいたのは、トラヴィスの副官、バスティアンだった。

ユーリが家名に軍隊の地位を付けて呼ぶと、バスティアンは軍隊式に、挙手の答礼を持って答えた。

「とんでもありません。お二人らしき人物に助けて頂いた、という住民を保護致しまして、それで慌てて駆け付けた所です。ご無事で何よりです」

ここまではお互いににこやかに言葉を交わしたが、ここから顔が真剣なものに変わる。

「ところで、魔族がいると仰っていましたよね。この状況は……」

バスティアンの言葉に、ユーリが頷いた。

「魔族が仕掛けた事です。今、勇者たちが四人で魔族と戦っています。僕とリィカは、魔法を封じられてしまって戦えないものですから、それでブラウン少佐に合流させて頂こうかと思っていたところでした」

若干、悔しそうな表情をにじませながら、ユーリが説明する。
リィカも唇を引き締めて、悔しそうにしていた。

「そうでしたか。やはりお二方も、魔法が使えないのですね」

バスティアンが苦悩の表情を浮かべつつ、街の状況を説明してくれた。

街が紫色の光に包まれ、それからほとんど間を置かず、魔物が現れた。

魔法が使えなくなっていること。剣技は使えること。
この二点の確認は、すぐにできた。

そして、この紫色の光の外に出ることができず、外から中に入ることもできない。

昨晩は国境の地に泊まったトラヴィスがちょうど到着したところで、街に入る前にこの事態が発生したので、この確認もすぐにできた。

トラヴィスが近くの軍の駐留所に応援要請を出したらしいが、中には入れない点の対策は、今のところないらしい。

「この街の中にいる軍人は、私の他にここにいる五名と、魔法使いが二名です。魔法使い二名は住民の保護をしてもらっていますが、実質戦力になりません」

魔法が封じられているのだから、それも当然だろう。

軍は、街の中に泊まったりしない。泊まるのはごく少数で、他は近くに拠点を築いてそこで生活するのが基本だ。そうでなければ、街は軍人だけで溢れかえってしまう。

だから、それだけでも人数がいたことは、まだしも幸運だっただろう。
本日帝都に向けて出発するはずだった勇者一行に、護衛として付き添う予定だった軍人たちだ。

そこまでバスティアンは説明して、その後言いにくそうに告げた。

「ユーリッヒ様とリィカ様も、その魔法使い二名と一緒に、住民の保護をして頂いてよろしいでしょうか」

戦力にならないと言った魔法使い二名と一緒に、と言うことは、つまり、ユーリとリィカも戦力外だと告げることと同意だ。

だが、それは二人も分かっている。悔しそうにしながらも、黙って頷いた。


※ ※ ※


住民を保護している、という場所まで、ユーリとリィカは走っていた。
バスティアンたち六名が、そこまでは送る、と言って一緒にきている。

その場所は安全なのか、という問いに、バスティアンは言葉を濁した。

比較的建物が密集している場所の、その真ん中あたりらしい。周囲に建物がある分、多少は違うだろう、と言った。
つまり、決して安全ではない、ということだ。

バスティアンたち六名が、そこの護衛に徹してしまえば、街中で助けを求めている住民を助けられない。

かといって、六名を半分ずつにわけてしまうと、Cランクの魔物に対処できない。一体ならともかく、数が多いからなおさらだ。

そのため、効率は悪いが、六人で移動して住民を助けたら六人で戻り、魔物の状況を確認して問題なさそうであれば、また街に繰り出す、という形を繰り返しているそうだ。


「きゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「来るなぁぁぁぁぁぁぁ!」

響いた悲鳴に、一行の足が止まる。
そこに、人影が二つある。街の住人だろう。

バスティアンが目で合図をすると、五名が一斉にそちらに走り出す。

そこにいたのは、ペリュトンの群れだ。
鹿の体に鷲の翼がついている魔物。いつも群れで襲ってくる魔物で、群れ単位でCランクとされている。

そのため、一体一体はたいしたことはない。五名の軍人は巧みに連携を取って、確実に倒している。

その様子を見て、大丈夫かとホッと息を吐いたリィカだったが、さらに現れた影に呼吸を忘れた。

オルトロス。

同じ個体かは分からないが、先ほどまでリィカとユーリが二人がかりで戦っていた、双頭の犬の魔物。

「……い、いや……」
「…………………」

街の住人と思われる二人は、もはや悲鳴も出ないのか、その顔に、恐怖を浮かべるだけ。
五人の軍人はオルトロスに気付きつつも、ペリュトンに邪魔されて近づけない。

「御免!」

バスティアンも気付いたのだろう。ユーリとリィカの二人に断り、オルトロスに向かう。
剣技は使わない。オルトロスのすぐ側に、守るべき住民がいる。間違って当たってしまいかねないからだ。

けれど、それでは間に合わない。

オルトロスが、双頭の口を大きく開ける。
その鋭い歯で二人に噛み付こうとした。

「――だめっ!」

リィカが叫んだ。
叫んで、ほとんど意識しないままに、魔法を放った。
ドォン、と生まれた火の玉がオルトロスに命中する。

「「――えっ!?」」

リィカとユーリの声が重なった。

魔法は封じられている。
実際に、唱えて使えなかったのだ。

今リィカが魔法を使ったのは、本当に条件反射だ。
封じられているのを忘れて、思わず放ってしまった《火球ファイヤーボール》。

放ったところで、使えるはずがない。
魔法が発動するはずがない。

――だというのに、今、それが発動した。

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