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第十章 カトリーズの悪夢

魔封陣

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――魔法が出ない。

リィカのその言葉に、一同が愕然とする。

「僕もやってみます! 《輪光リング・ライト》!」

ユーリが宣言して、唱える。が、やはり何も起こらない。

「《水鉄砲アクアガン》!」
「《火炎光線ファイヤーレイ》!」

泰基が、暁斗が、続けて唱える。
だが、やはり欠片も魔法が発動する気配がなかった。

「初級魔法だったら!? 《火球ファイヤーボール》!」

暁斗が中級魔法で駄目なら初級魔法だ、と唱えるが、やはり発動はしない。

「なんで……まさか……」

リィカが震える声でつぶやいた。
その視線は、上空の紫色のドームに向いていた。


そうこうしているうちに、魔物が勇者一行に向かってくる。

Cランクの魔物、エアレーだ。二本の角を持つ、ヤギに似た魔物だが、ヤギの魔物化ではなく、魔王によって生み出された魔物だ。

アレクは、顔をしかめた。

「……剣技は使えるのか? 【隼一閃しゅんいっせん】!」

風の、横に薙ぐ剣技。

――普通に発動した。

エアレーが真っ二つになる。

「剣技は使えるのか。だったら……」

アレクは言いかけて、言葉を止めた。
体ごと、向きを変える。

「勇者諸君。私からのプレゼントはどうだ? 気に入って頂けたかな?」
「魔族!!」

掛けられた声に、アレクが叫び、剣を構える。
暁斗が、泰基が、剣を構える。

バルも剣を構えるが、その視線は声を掛けてきた魔族ではなく、その魔族より一歩後ろにいる魔族に向いている。

その他に魔族は四体。合わせて、六体いた。
先頭にいる、声を掛けてきた魔族が愉快そうに口を歪めた。

「――魔法は、使えたかな?」

「「「「「――――――!!」」」」」

「何をしたんだよ!?」

一行がその魔族を睨み付ける中、暁斗が噛み付くようにその魔族に問いかけるが、笑っただけで、その問いには答えない。

「我が名はカストル。勇者諸君、勝負と行こうか」
「カストル!? ヘイストが言っていた!?」

暁斗が再度叫ぶが、やはりカストルは答えない。

代わりに前に出てきたのは、後方にいた四体の魔族だ。

「あの武器はなんだ……?」

アレクが驚愕とともに漏らす。
魔族が持っている武器、そのどれも見たことのない武器だった。

「 斧槍ハルバード 、 戦斧バトルアックス 、 戦槌ウォーハンマー 、 星球武器モーニングスター ……?」

その一方で、その武器の名前をスラスラ言ったのは、暁斗だ。
だが、その顔も恐怖と驚愕に彩られている。

「なんで……! この世界に来て、武器なんか剣しか見てない! なんで、そんな武器があるんだよ!?」

「作ったからだ」

暁斗の叫びを、カストルは嘲るかのようだった。
その嘲る口調そのままに、さらに告げた。

「さて、貴様らにもう一つプレゼントだ」

その時初めて、前に出た四人が武器以外にも手に持っているものがあることに気付く。

「……黒い……卵……?」

リィカがつぶやく。
人の頭大にまで大きくなった、黒の卵。
その卵が、不気味に光った。

「――孵化させちゃダメ!!」

直感というのすら遅い。気が付けば、リィカは叫んでいた。
その叫びに、アレクが、バルが、暁斗が、泰基が走り出す。

「――遅い」

カストルが言った瞬間。
卵から凄まじい魔力が噴き出し、アレクたちを跳ね飛ばした。

「みんな……!」

リィカが、ユーリが皆に駆け寄ろうとして……動きを止めた。

四つの黒い卵が孵った。
その凄まじい魔力に、足が止まったのだ。

そこにいたのは、四体の馬のような魔物。
一体ずつ毛色が違っている。赤・青・緑・黄だ。

だが、どの魔物も、馬というには大きく、その姿は凶悪な姿だった。

「こいつらは、私が作った特別な馬だ。人食い馬マンイート・ホースと言う。Aランクなどより、よほど強いぞ? では、始めよう」

カストルが言った瞬間、四体の魔族と四体の魔物が、一斉に勇者一行に攻撃を仕掛けてきた。


泰基が叫ぶ。

「気をつけろ! どの武器も重量のある、威力がある武器だ。まともに剣で受けると、破壊されるかもしれないぞ!」

続けて叫ぶ。

星球武器モーニングスターは、鎖の長さだけ伸びてくる! どこから攻撃がくるか分からないからな!」

使い手がどこまで自在に操れるのか分からないが、こうして持ってきている以上、全く使えないと言うことはないだろう。

アレクやバルが見たことのない武器に戸惑いながらも、向かい打つため、剣を構えた。
泰基は、後方にいる二人にも叫ぶ。

「リィカ! ユーリ! 二人は下がれ! バスティアンさんたちと一緒に、街の人たちの避難誘導してろ!」

理由は分からないが、魔法は使えない。
魔族がそれを仕掛けてきた事に間違いない。魔法が使えない以上は、二人にできることなどほとんどない。

「――でも……!」

リィカが叫びかけるが、それ以上は言葉が続かない。
ユーリが、リィカの肩に手を置いた。

「リィカ、言うとおりにしましょう。僕たちは、足手まといです」
「……うん」

ユーリの顔は、苦渋に満ちていた。
どんな気持ちで言ったのかが分かって、リィカも頷くしかなかった。


※ ※ ※


「おそらく、これは魔法封じの陣……、魔封陣まふうじんと呼ばれるものだと思います」

ユーリが、たった今思い出した、と言って、そうリィカに語った。
二人はバスティアンを探して、街の中を走っていた。

「魔封じの枷、は知っていますよね?」

リィカは頷く。
魔法を使う罪人に付ける枷。それを付けられると、魔法が使えなくなるという枷だ。



魔封じの枷は、現代では制作が不可能な代物だ。
昔作られた物を今も使っている。

現在では、少なくとも公には「奴隷」は存在していない。奴隷に付けていた「隷属の首輪」の代わりに作られたのが、「魔封じの枷」だと言われている。


「実際の所は、ずっと昔から魔封じの枷は存在していた、と言われています。単に、魔封じの枷よりも隷属の首輪の方が使い勝手が良かったから、使われていなかっただけだと」

奴隷制度がなくなったのは、450年前、勇者アベルがアルカトル王国を建国した時からだ。
アベルがしたのは、アルカトル王国内での奴隷制度を廃止しただけ。他国には干渉していない。

しかし、それでも当時魔王を倒したばかりの勇者が行った事が他国に伝わると、各国でも奴隷制度反対の機運が高まり、その結果、どの国も奴隷制度の廃止に追い込まれた。

そうなったときに困ったのが、罪人の扱いだ。
これまでは、罪人は奴隷にしてしまえ、という風潮があったが、それができなくなった。

奴隷制度が廃止となった事で、隷属の首輪を使う事もできなくなった。だが、罪人を自由にさせるわけにはいかない。特に魔法を使える相手なら、なおさらだ。

そこで、持ち出してきたのが、魔封じの枷なのだ。

隷属の首輪にしても、魔封じの枷にしても、いつ、どのようにして作られたのか、伝えられていない。
ただ、魔封じの枷については、ある仮説が立てられている。

「大昔、戦う相手の魔法に苦戦したある人物が、その魔法を封じるための陣を開発した。それが、魔封陣です。魔封じの枷は、その魔封陣を参考にして……あるいは、その魔封陣を開発した者が作ったのではないか。そう言われています」

魔封陣が発動すれば、閉じ込められた人は、出ることができず、中に入ることもできない。それを解除できるのは、発動させた者だけだ。

「……本当に、何も魔法は使えないの?」

「……そのはずです。どんなに力のある魔法使いでも神官でも、魔封じの枷を付ければ、魔法は使えない。だから、魔封陣も同じでしょう」

ユーリは、悔しそうに言った。
リィカも、唇を引き締める。魔法を封じられてしまえば、本当に自分たちは無力だ。

いや、自分たちだけじゃない。
泰基や暁斗だって、剣だけじゃなく魔法を織り交ぜて戦うのに、それができなくなった。

アレクやバルは、まだ影響は薄いが、それでもせっかく無詠唱で使えるようになった、エンチャントの魔法が使えない。

魔法を封じられた。それだけで、自分たちの力は半減、いやそれ以上に減っただろう。


「カストル……。あいつが、もしかして……」

つぶやいたリィカの言葉を、ユーリが引き継いだ。

「ええ。あいつが、魔族の知恵者である可能性は、高いでしょうね……」

知恵ある者が、自分たちの情報を集め分析し、罠を張った。
大昔に使われた事のある魔封陣を見つけて、使ってきた。

これ以上なく、有効な策をたてて、実行してきたのだ。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「なんで……、なんで、《回復ヒール》が発動しないの!?」
「こ、こっちに来るな……!」
「出られない!? なんで!? お願い、出して!!」

街のあちこちから、悲鳴が聞こえた。

リィカとユーリは足を止める。
そうだった。普通の魔物も、街中に放たれていた。

そして、重要なことに気付く。
魔法が使えない、ということは、魔法での回復ができない、ということなのだ。

リィカとユーリは、ほとんど同時に剣を抜いた。

つい最近、ようやく二人がかりでEランクの魔物、ゴブリンを倒したばかりだ。
街中にいる魔物は、おそらくCランクばかりだ。普通に考えて、勝負になるはずがない。

――けれど、それがどうした。

住民が逃げるための時間を稼ぐくらいはできる。

リィカとユーリは、近くで住民を襲っている魔物に、向かっていった。

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