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第十章 カトリーズの悪夢
悪夢の始まり
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その日の朝。アレクはご機嫌だった。
今日からラクダに乗って、帝都ルベニアに向かう。
そのラクダには、リィカが同乗する。
つまり、ルベニアに到着するまでは、リィカを一人占めできるのだ。
これが嬉しくないわけがない。
断じて、呪いはかけていない。リィカがラクダに乗れませんように、と願っていたわけではない。
ラクダに乗れずにいるのを見て、内心で喜んでいただけだ。断じて呪ってなどいない。
ステラの余計な言葉には腹が立ったが、何を言われても無視すれば良いのだ。
一人占めできることに、変わりはない。
「おい。顔がニマニマして気持ち悪ぃぞ」
バルに言われたことも、気にならなかった。
※ ※ ※
その異変に気付いたのは、アレクとバル、同時だった。
朝食前。
二人で外に出て、軽く剣の手合わせをしていたが、二人同時にその手を止めた。
「なんだ……?」
「――誰か……いや、何かいるな?」
お互いのつぶやきを耳にして、同時に警戒を強める。
アレクが、風の手紙に手をやった。
「みんな、外に来てくれ! 様子がおかしい!」
それだけ叫んで切る。
すぐに来るだろうから、説明はそれからでいい。
「魔物……じゃねぇな」
「となると、魔族か? ここにも入り込んでいたのか」
二人の顔が険しくなる。
バタバタと走ってくる音は仲間たちだ。
それに、バスティアンも一緒にいる。
「あの、何が……」
「おそらく、魔族だ。魔族がいる」
言いかけたバスティアンの言葉を最後まで待たず、アレクが告げる。
「そんな、まさか!」
バスティアンは驚きの声を上げるが、仲間たちの顔が真剣なものに変わった。
「街の北側辺りにいるようだ。俺たちが行ってくる。住民の避難をしてくれ」
「かしこまりました」
バスティアンが頷くのを確認し、アレクは駆け出し、全員が後に続いた。
※ ※ ※
「カストル様、準備が整いました」
頭を下げたのは、オルフだ。
かつて、モントルビア王国を滅ぼすために王都モルタナにいて、その後勇者一行がBランクの魔物と戦っている間に姿を消した魔族。
オルフの言葉を受けて、カストルは鷹揚に頷いた。
「うむ。――では、始めようか」
カストルは、右手を高く上げた。
握られた拳が、紫の光を帯びた。
※ ※ ※
「…………えっ……?」
「…………これは……?」
「…………なんだ?」
違和感に気付いたのは、リィカ、ユーリ、泰基がほとんど同時だった。
足が止まる。
「どうした?」
「…………なんか、魔力がおかしいの」
リィカの答えに、アレクが質問を重ねようとした、その瞬間。
――地面に、紫色の光が一直線に走った。
「なんだっ!?」
アレクが叫ぶ。
「みんな、見て!」
暁斗が、一方向を指さす。
その方向を見て、皆が息を呑んだ。
そこには、地面に走った紫色の光と、同じ色の光の柱が立ち上っていた。
「一つだけじゃありません! 他にも……!」
ユーリの言葉に周囲を見てみれば、確かに他にも同様の光の柱がある。
全部で五本。
「……これ……なに……?」
リィカが唇を震わせる。
その時、地面の光の線と、光の柱の輝きが一瞬増したと思えば、またすぐ輝きが落ち着く。
「なんなんだ?」
「これは何だ?」
アレクとバルのつぶやきを聞きながら、リィカは体が震えた。
違和感がひどい。
何かに突き動かされるように、頭上を見上げた。
「―――――っ……!!」
大きく目を見開いた。
リィカの様子を見て、全員が頭上を見る。
そして、皆が驚愕した。
カトリーズの街を覆うように、紫色の光のドームが出来ていた。
「キャアアアアアァァァァァァ!」
「魔物だぁぁぁぁ!」
聞こえた悲鳴に、一行が我に返る。
先ほどまで、魔物の気配などまるでなかったのに、その視界に魔物が入った。
リィカは咄嗟に魔法を唱えた。
「《炎の槍》!」
炎の槍が、その魔物を焼き尽くす、はずだった。
「――えっ……?」
リィカは、呆然と自分の右手を見る。
「――魔法が、出ない……?」
その手からは、炎どころか、煙の一筋さえ、立ち上らなかった。
※ ※ ※
カストルが、ガクッと膝をついた。
はぁはぁ、と荒く息をついている。
「カストル様!」
オルフがカストルに手を伸ばすが、それより早くカストルは指示を出す。
「不要だ。……それより、魔物を、孵せ」
「……はっ」
オルフは心配そうな様子を見せるが、指示に従い、持っていた荷物を開ける。
そこにあったのは、手の平で包み込めそうなくらいに小さく丸い卵のようなもの。
そこにオルフが魔力を注ぐと、あっという間にその大きさを増していく。そして、人の頭大くらいの大きさになると、卵が光り、魔物が産まれる。
次々と魔物が孵り、あっという間に百体を超えた。
「行け」
オルフの一言で、魔物達が走り出して散開する。
「カストル様」
残った卵は、オルフがカストルに差し出す。それらの卵は、他の白い卵と違い、黒い。
それを受け取ったカストルは、魔力を注ぎだした。
(――やはり、キツかったな)
決して狭くない街一つを、陣の中に閉じ込めたのだ。
その陣を発動させたカストルにも、それ相応の負担はくる。
そこにさらに魔力を注ぐのは辛いが、それでも魔王である弟を思えば、たいしたことはない。
『分かった。その策が有効なのは認める。でも、兄者は戦うな。兄者が死ぬことは、絶対に許さない』
勇者一行と戦うと、罠を仕掛けると言った時の、弟の言葉を思い出した。
唇をフッと緩める。
魔王の兄が勇者の前に立ちはだかって、それで戦うな、とは無茶なことを言うものだ。
だが、結局は弟の我が儘を叶えるために、自分が戦わずとも済むように作戦を考えてしまうのだから、どうしようもない。
「さて、勇者たちは気付いたかな」
周囲の紫色の光を見て、口の端を上げた。
ここからは見えないが、もし上空から見たならば、カトリーズの街全体に、五芒星の形の光があるのが見えるだろう。
さらに五つの頂点を結ぶ円形の輪が結ばれ、街全部を覆うドームが見えるはずだった。
今日からラクダに乗って、帝都ルベニアに向かう。
そのラクダには、リィカが同乗する。
つまり、ルベニアに到着するまでは、リィカを一人占めできるのだ。
これが嬉しくないわけがない。
断じて、呪いはかけていない。リィカがラクダに乗れませんように、と願っていたわけではない。
ラクダに乗れずにいるのを見て、内心で喜んでいただけだ。断じて呪ってなどいない。
ステラの余計な言葉には腹が立ったが、何を言われても無視すれば良いのだ。
一人占めできることに、変わりはない。
「おい。顔がニマニマして気持ち悪ぃぞ」
バルに言われたことも、気にならなかった。
※ ※ ※
その異変に気付いたのは、アレクとバル、同時だった。
朝食前。
二人で外に出て、軽く剣の手合わせをしていたが、二人同時にその手を止めた。
「なんだ……?」
「――誰か……いや、何かいるな?」
お互いのつぶやきを耳にして、同時に警戒を強める。
アレクが、風の手紙に手をやった。
「みんな、外に来てくれ! 様子がおかしい!」
それだけ叫んで切る。
すぐに来るだろうから、説明はそれからでいい。
「魔物……じゃねぇな」
「となると、魔族か? ここにも入り込んでいたのか」
二人の顔が険しくなる。
バタバタと走ってくる音は仲間たちだ。
それに、バスティアンも一緒にいる。
「あの、何が……」
「おそらく、魔族だ。魔族がいる」
言いかけたバスティアンの言葉を最後まで待たず、アレクが告げる。
「そんな、まさか!」
バスティアンは驚きの声を上げるが、仲間たちの顔が真剣なものに変わった。
「街の北側辺りにいるようだ。俺たちが行ってくる。住民の避難をしてくれ」
「かしこまりました」
バスティアンが頷くのを確認し、アレクは駆け出し、全員が後に続いた。
※ ※ ※
「カストル様、準備が整いました」
頭を下げたのは、オルフだ。
かつて、モントルビア王国を滅ぼすために王都モルタナにいて、その後勇者一行がBランクの魔物と戦っている間に姿を消した魔族。
オルフの言葉を受けて、カストルは鷹揚に頷いた。
「うむ。――では、始めようか」
カストルは、右手を高く上げた。
握られた拳が、紫の光を帯びた。
※ ※ ※
「…………えっ……?」
「…………これは……?」
「…………なんだ?」
違和感に気付いたのは、リィカ、ユーリ、泰基がほとんど同時だった。
足が止まる。
「どうした?」
「…………なんか、魔力がおかしいの」
リィカの答えに、アレクが質問を重ねようとした、その瞬間。
――地面に、紫色の光が一直線に走った。
「なんだっ!?」
アレクが叫ぶ。
「みんな、見て!」
暁斗が、一方向を指さす。
その方向を見て、皆が息を呑んだ。
そこには、地面に走った紫色の光と、同じ色の光の柱が立ち上っていた。
「一つだけじゃありません! 他にも……!」
ユーリの言葉に周囲を見てみれば、確かに他にも同様の光の柱がある。
全部で五本。
「……これ……なに……?」
リィカが唇を震わせる。
その時、地面の光の線と、光の柱の輝きが一瞬増したと思えば、またすぐ輝きが落ち着く。
「なんなんだ?」
「これは何だ?」
アレクとバルのつぶやきを聞きながら、リィカは体が震えた。
違和感がひどい。
何かに突き動かされるように、頭上を見上げた。
「―――――っ……!!」
大きく目を見開いた。
リィカの様子を見て、全員が頭上を見る。
そして、皆が驚愕した。
カトリーズの街を覆うように、紫色の光のドームが出来ていた。
「キャアアアアアァァァァァァ!」
「魔物だぁぁぁぁ!」
聞こえた悲鳴に、一行が我に返る。
先ほどまで、魔物の気配などまるでなかったのに、その視界に魔物が入った。
リィカは咄嗟に魔法を唱えた。
「《炎の槍》!」
炎の槍が、その魔物を焼き尽くす、はずだった。
「――えっ……?」
リィカは、呆然と自分の右手を見る。
「――魔法が、出ない……?」
その手からは、炎どころか、煙の一筋さえ、立ち上らなかった。
※ ※ ※
カストルが、ガクッと膝をついた。
はぁはぁ、と荒く息をついている。
「カストル様!」
オルフがカストルに手を伸ばすが、それより早くカストルは指示を出す。
「不要だ。……それより、魔物を、孵せ」
「……はっ」
オルフは心配そうな様子を見せるが、指示に従い、持っていた荷物を開ける。
そこにあったのは、手の平で包み込めそうなくらいに小さく丸い卵のようなもの。
そこにオルフが魔力を注ぐと、あっという間にその大きさを増していく。そして、人の頭大くらいの大きさになると、卵が光り、魔物が産まれる。
次々と魔物が孵り、あっという間に百体を超えた。
「行け」
オルフの一言で、魔物達が走り出して散開する。
「カストル様」
残った卵は、オルフがカストルに差し出す。それらの卵は、他の白い卵と違い、黒い。
それを受け取ったカストルは、魔力を注ぎだした。
(――やはり、キツかったな)
決して狭くない街一つを、陣の中に閉じ込めたのだ。
その陣を発動させたカストルにも、それ相応の負担はくる。
そこにさらに魔力を注ぐのは辛いが、それでも魔王である弟を思えば、たいしたことはない。
『分かった。その策が有効なのは認める。でも、兄者は戦うな。兄者が死ぬことは、絶対に許さない』
勇者一行と戦うと、罠を仕掛けると言った時の、弟の言葉を思い出した。
唇をフッと緩める。
魔王の兄が勇者の前に立ちはだかって、それで戦うな、とは無茶なことを言うものだ。
だが、結局は弟の我が儘を叶えるために、自分が戦わずとも済むように作戦を考えてしまうのだから、どうしようもない。
「さて、勇者たちは気付いたかな」
周囲の紫色の光を見て、口の端を上げた。
ここからは見えないが、もし上空から見たならば、カトリーズの街全体に、五芒星の形の光があるのが見えるだろう。
さらに五つの頂点を結ぶ円形の輪が結ばれ、街全部を覆うドームが見えるはずだった。
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