転生ヒロインと人魔大戦物語 ~召喚された勇者は前世の夫と息子でした~

田尾風香

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第十章 カトリーズの悪夢

雨を呼ぶゾウ

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再び、一行は建物の中に入っていった。
今度こそ、そのお願い事とやらを聞かせてもらえるらしい。

「まず、現在の我が国の状況をお伝えしておきます」

話は、こう始まった。
現在、第三防衛線が何とか持ち堪えて、魔族を押さえ込んでいる。
聖地で聞いたとおりだ。
だが、おそらくそれももう、一月と保たないだろう。

「つまり、その防衛線での戦いに参加してほしい、ということか?」

「いえ、違います。そちらに参加してもらって、その力を頼りにしてしまえば、本当に皆様方を魔国に送り出せなくなってしまいます」

先ほどもトラヴィスが言っていた、「勇者を魔国に送り出す」という言葉。
それはつまり。

「魔族がいても、そこを抜けて魔国へ行く方法があるのか?」
「はい。順を追ってご説明します」

トラヴィスの言葉に、一行の全員が居住まいを正した。


※ ※ ※


ルバドール帝国は、東西に長く、南北に短い国だ。とは言っても、巨大な帝国。短いと言っても、それでもそこらの国よりは余程長いのだが。

「魔族の侵攻を食い止めるなら、南北に長い方が良いのですが、うまく行かないものです」

トラヴィスが苦笑しながら言った。


帝国の領土は、二分されている。
東は砂漠地帯。西は肥沃な大地が広がる。

東の砂漠地帯は、その越えた先に険しい山脈があるため、魔族が侵略してくるときに、そちらを通ることはない。魔族が来るのは中央から西側にかけてだ。

そのため、魔王が誕生するたびに侵略を受けるルバドール帝国だが、東の砂漠地帯は安全とされていて、ルバドール帝国の帝都ルベニアがあるのも、その砂漠地帯だ。

だが、砂漠地帯であるから、一つとても重要な要素がある。
それが、水の確保だ。

「ルベニアは、大きなオアシスの元で発展していった街です。水も潤沢で、少なくともそれに困ったことは一度もなかったのです。……今までは」

最後に足された言葉に、アレクが顔をしかめた。

「つまり、今は困っている?」

「今はまだ足りています。年によっては雨期にふる雨の量が少ないこともありますから、そういうときのために、水は確保しています。ですが、今年は少ないどころか、まだ雨期が来ないのです」

「……………………」

確かにそれは大変だろうが、だからどうしろというのだろうか。天候を操れるはずもない。

そんなアレクの疑問が顔に出ていたのだろう。
トラヴィスは苦笑いして、さらに続けた。


砂漠地帯では、雨期は一年に二度来る。

一度目が、夏の始まり。二度目が冬の始まり。
夏と冬の季節の、最初の一ヶ月くらいにまとまった雨が降る。

昨年の冬の季節には、例年通りに雨が降った。
しかし、今年の夏は雨期が来ないまま、雨期の時期を越してしまったのだ。

今は何とかなっても、このままでは水が足りなくなる。
足りない分は魔法で補う、という案もあった。ないよりは全然ましだ。だが、それでも圧倒的に足りない。

何とか、他のオアシスからも水を集めようとしたが、どこも水不足。
いよいよ万策尽きたか、と言うときに、入ってきた情報に眉をひそめた。


『雨期に入るとき、砂漠のどこかから、何かが叫ぶ声がする』

砂漠で暮らす人々に言い伝えられている話だ。
実際に、その声を聞いた者も多い。

言い伝えが本当か否かを知るために、その声が聞こえるという街に行って、実際に聞いた皇族もいる。

他には、砂漠の奥深くに迷い込んでしまった旅人が、七色に輝くゾウを見た、という報告事例がある。

こちらの事例は数が少ないが、目撃されたという場所を確認すると、声が聞こえる街からそこまで離れてはいないようだ。

そのため、声はその七色に輝くゾウが出しているのではないか。そのゾウが、雨を呼んでいるのではないかと、噂されているのだ。

だが、今年はその声を聞いていない。
その情報が、いくつも寄せられたのだった。

そのゾウが、叫び声や雨期と本当に関係があるのかどうかは不明だ。だが、叫び声があると雨期に入る、というのは間違いない。

その声がなかった、と言うことは、つまりこれまでその声を出していた存在が、何らかの要因でいなくなったか、雨期を呼べなくなったのか。

「魔族との戦いで苦戦していることもあり、そちらの調査がほぼ全くできていないのです」

トラヴィスは言う。

「さらに言いますと、その砂漠地帯に、勇者一行を魔国へ送り出すための道があるのです。魔族が来ないが故に、勇者を送り出すのに最適なのですが……」

その道の途中途中にあるオアシスも、消えかかっているそうだ。

「…………なるほど」

アレクは、口の中で小さくつぶやく。

砂漠地帯にある道を通って、魔国へと行ける。
だが、その道を行ったら行ったで、オアシスがない。つまり、水の補給ができなくなる、ということだ。

ルバドール帝国側からの「お願い」の話が見えてきた。

「つまり、お願いというのは、そのゾウを……雨期を呼んでいる存在を見つけるなり何なりしてほしい、という事か?」

「はい。有り体に言って、そういうことになります。魔族の侵攻は世界の大事。そう判断し、そちらの対処を主にしていますが、水の問題の方が大事だと、自分たちの命に関わる問題だ。魔族は後回しでいい。そういう意見も出ているくらいです」

確かにそうだろう。水がなければ生きていけない。
その状況で、よく魔族を優先していられるものだ、とアレクは思ったのだが。

「西側では、水は普通にありますからね。魔族と戦っている軍は、水に困っていません。水の問題を優先しろと言っているのが、帝都から離れたくない、危険な場所に行きたくない、という貴族連中がほとんどなものですから」

「…………………」

何となく、アレクは話の先が読めた。
どこの国でも、同じような貴族はいるということだろう。

「……軍としては、そんなに水が心配なら、私兵でも率いて前線に来い、と。その方が砂漠地帯に無駄な人員がいなくなるから、水も長持ちするだろうよ、とまあ、そんな意見がほとんどでして」

やはり、ありがちな話だ。
前線で体を張って戦う軍人は、安全な後方からとやかく言うだけの貴族を、とにかく嫌う傾向がある。

「ですが、確かに水の問題も放ってはおけません。雨期を呼ぶ存在がいなくなり、今後雨が降らなくなるとしたら、砂漠の帝都を放棄する決断をする必要も出てきますから」

軍は動けない。魔族を放置できない。
だから、勇者一行に話をしてみたらどうなのだ、という話が上がった。

勇者達とて、オアシスがなければ困るだろうから、力を貸さざるを得ないだろうという話となり、頼むだけ頼んでみることになった、と言うことだった。

話を聞いて、アレクは考える。
正直な所、自分たちだけなら、必要な水くらい魔法で十分確保できるのだ。オアシスがなくても問題はない。その入り口さえ教えてもらえれば、今すぐにでも行ける。

「どうする?」

それを踏まえた上で、アレクは仲間に話を振った。

「……まあ、受けていいんじゃねぇの? 聖地でも頼み事聞いてきたわけだしな」

「そうですね。魔族対応を優先してくれているからこそ、起こっている問題ですしね」

バルとユーリが反応する。
概ね、アレクの意見も二人と同様だ。

暁斗に視線を送るが、「うーん?」と首を傾げているので抜かすことにして、泰基を見る。

「そうだな……。水がない、というのは確かに怖いよな」

つまり話を受けていい、と言うことだろう。
最後、リィカを見る。
何かを考え込んでいた。

「リィカ、どうした?」
「――あ、ううん。なんでもない。わたしも、話を受けていいと思う」

前半のごまかしは気になったが、後半の言葉に頷いた。

「トラヴィス殿。その話、受けましょう」
「――感謝致します」

トラヴィスは頭を下げた。
だが、アレクは一言付け加えた。

「ただ、我々はオアシスがなくても水には困らない。魔法で十分に賄えるからな。だから、『力を貸すのが当然』といった態度で我々に接してくる者がいれば、その時点で協力は破棄させてもらう」

その言葉に、トラヴィスは眉間にしわを寄せた。

「…………………………承知致しました」

たっぷりと間を開けて返答したトラヴィスの頭には、帝都にいる面倒な貴族の顔が、脳裏によぎっていたのかもしれない。

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