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第九章 聖地イエルザム
魔国にて②
しおりを挟む時は、リィカ達が村に向かって馬車で移動している頃のことだ。
「ただいま戻りました」
ダランは、ヤクシャとヤクシニーと一緒に、転移の魔道具を使って魔国へ戻ってきていた。
「おかえり。早速だが、話を聞かせてくれ」
カストルに言われて、ダランは「はい」と嬉しそうに返事をした。
※ ※ ※
一通り話し終える。
途中途中、カストルからの質問も挟んだので、時間は結構かかった。
「やっぱり、風の魔道具を持っていった方が良かったと思いますけど」
そうすれば、会話はカストルに通じる。
話もスムーズだ。
だが、今回、ダランはカストルから言われて、持っていかなかったのだ。
「あちらも魔道具を使っている以上、何かの拍子に気付かれるかもしれないだろう。そうなったら、お前と我らの繋がりが露見しかねない」
ダランは人間だ。だから、何の問題もなく人間の社会に自然に溶け込める。
闇の教会での祝福もそうだし、冒険者の資格もそうだ。
これ以上なく、自然に情報を集められる。
だからこそ、魔族との繋がりが分かりかねない物は、持たせるべきではないのだ。
「それにしても、勇者一行と教会に向かうお前を見て、ヤクシャたちがずいぶん楽しそうにしているようだ、と言っていたが……、本当に楽しかったか」
「あははは……。まあ、その……申し訳ありません」
同席しているヤクシャたちを見て、ダランは困ったように笑いながらも謝罪する。
楽しんでいたのは事実だ。ごまかさずに伝えたが、申し訳なさは拭えない。
「構わない。――ダラン、何度も言っているが、お前は人間だ。魔国ではなく、人間の地で暮らしたいなら、そう言え。さすがに、勇者一行に加わっていい、とは言えないが」
ダランは姿勢を正して、カストルを見る。
「ボクも何度も言ってますが、そのつもりはありません。必要があれば、いくらでも行きますが、ボクの故郷はこの魔国です。育ててくれたカストル様の力になりたいです。
それに……まあ、頭のおバカなホルクス様も見捨てられないですし」
言って、やはり同席している魔王をチラッと見る。
その視線を敏感に感じ取って、魔王はダランを睨んだ。
「様はいらない。オレにとって、お前は弟も同然だ」
「え、弟ですか? ボク的には兄のつもりなんですけど」
「お前の方が年下だ。それに、オレの兄は一人だけだ」
「左様で」
というか、頭がおバカと言った事は、どうでもいいのか。
魔王は強い。戦えば、手も足も出ずに負ける。
ダランは、それが分かっていても、なぜこいつが魔王なんだろう、と未だに思ってしまう。
「それより、アレクと言ったな。王子だという男だ」
「ええ」
魔王に聞かれてダランは頷く。
ジャダーカがご執心の、リィカの恋人だということで名前を出したが、王子だという方を聞かれるのは予想外だ。
「王子ということは、王の子供という事だよな? そいつが、次の王になるのか?」
「さて、そこまでは聞いていないので分かりませんが」
「調べろ」
間髪入れずに言われた、その命令にダランは息を呑む。
カストルをチラッと見るが、何も言わない。
「アレクのことが、気になるんですか? 勇者よりも?」
「ああ」
ダランは魔王を見るが、珍しくその表情からは何を考えているのかが読めなかった。
「…………分かりました」
逡巡の末、ダランは頷く。どちらにしても、従わないという選択肢はない。カストルを見る。
「カストル様、アルカトル王国に飛びます。転移の魔道具を頂いてよろしいでしょうか」
どこの国の王子、とは聞かなかったが、勇者一行はアルカトル王国から旅立つのだ。ほぼ間違いなく、アレクもアルカトル王国の人間だろう。
「ああ、使え。気をつけろ。アルカトルに送り込んだ三人、全部殺された。勇者に付けた供以外にも、まだ国に強者が残っているのだろう」
「大丈夫ですよ。仮に遭遇したとしても、敵対はしません」
カストルが頷いた。
それを確認して、ダランが動こうとすると、魔王から声が掛かった。
「ダラン、調べろとは言ったが、今日は休んでいいからな」
「……今すぐにでも行けと言わんばかりだったじゃないですか」
「そう思ったが、お前、帰ってきたばかりだったじゃないか」
「そういう所は気が回るんですね」
「……何か問題か?」
本気で魔王が疑問そうに聞き返す。
(そういう所がおバカなんだよね)
ダランはクスリと笑う。
勇者の一行を思い出す。
(本当の魔王様は、こんなんだよ。敵対なんかしなくたって、話せば仲良くなれそうなのに)
最も、そんなことは魔王が望まないことは知っている。
どんなにバカであっても、魔王は魔王だ。この魔国の王であり、魔国の未来を憂いている王なのだ。
(ボクも焼きが回ったかな)
勇者一行は、皆いい奴だった。お世辞でも何でもなく、そう思う。
だからこそ、思う。話せば分かってくれる。仲良くなれる。魔国のために力になってくれる。
(――でも、カストル様は人間には期待していない)
結局、人間は力になってくれない。ここまでの長い歴史が、それを証明している。
唯一の例外が、先代勇者だったけれど、勇者が一人力になってくれた所で、限定的な効果しかなかった。
魔王は、今までの歴史を繰り返すつもりなのだろう。それでいい、と考えている。
けれど、カストルはそれを認めたくない。諦めたくないのだろう。
だから、今までの歴史にはない事をやって、何とか違う未来を手に入れたいと考えている。
ダランは、カストルの力になりたかった。
やれるだけのことはやりたい。諦めるのは、いつでもできるから。
コンコン
ノックがあった。
入ってきたのは、二人の魔族だ。
「邪魔するぞい。……戻ってきておったか、ダラン」
「うん、ただいま。フロスの爺ちゃん」
「じゃぁから、ワッシの名前はフロストックじゃと言うてるだろう。勝手に縮めるでないわ」
そのうちの一人は、四天王の一人、フロストックだった。
フロストックは、ヤクシャとヤクシニーに目を向ける。
「ったく。主らは主らで、勝手にいなくなりおって。ワッシが不死どもを起こしたんじゃから、ワッシが行くのが筋であったろう?」
「いやいや、年寄りに遠出させるもんじゃないって」
「そうそう。そういうのは若いのに任せて。ほら、経験豊かなご老人にしか出来ないこともあるじゃない?」
ヤクシャもヤクシニーも、文句を言われるのが分かっていたようだ。慌てることなく、言い訳を口にしている。
「なーにが経験豊かなご老人じゃ。面倒を押しつけただけじゃろう」
そんな二人をギロッと睨み、さらに、カストルのことも睨んだ。
「お主も戻っているんなら、少しはジャダーカの所に顔を出さんか。皆そろって、ワッシに押しつけよって」
「……ああ、うん、まあ、助かったぞ、フロストック」
カストルは微妙に視線を逸らせている。
分かっていながら、おそらくわざとジャダーカの所に行こうとしなかったのだろう。
「――リィカがジャダーカに靡くことは、まずなさそうだけど」
ダランは、アレクとリィカの様子を思い出す。無理だよなぁ、という感想しか出てこない。
「やはり、ダランは彼女と会ったんですね」
声を掛けられ、そっちを見る。
フロストックと一緒に入ってきた、もう一人。
ジャダーカの腹心の部下、というか、補佐をやっている男だ。
「うん、会ったし話もしたし、仲良くもなったよ。もしかしてクナムが来たのって、リィカの話を聞きたかったから?」
クナムと呼ばれた男は、顔をしかめた。
「誤解のないように言っておきますが、私が聞きたいのではなく、聞いてこいと命令されただけですからね」
「大変だなぁ。ジャダーカは、今どうしてるの?」
「……また魔法の練習に戻りましたよ。もうそろそろ、形になりそうだと言っていました」
クナムは大分疲れた表情だ。
魔国で一番不憫な人は誰だ、と聞かれれば、大体の人がクナムの名前を挙げる。それだけ、上司に振り回されているのだ。
「何を聞きたい? アレクとのイチャイチャぶりでも教えようか?」
「せっかく落ち着いたんですから、そういう、火に油を注ぐような情報は勘弁して下さい。相手の男性が魔法使いならジャダーカ様も情報を欲しがったかもしれませんが、剣士でしょう?」
「うん、まあね」
結局の所、ジャダーカの魔法好きはぶれていないらしい。
好きな人の恋人をどうにかするつもりは全くなく、あくまでもリィカと、リィカの魔法を気にしているところが、ジャダーカらしいと思う。
「ボクが見たリィカの混成魔法は三つ。《火防御》と《水防御》は、ジャダーカも使ってるのを見たことあるけど」
「ええ、そうですね。その二つが使えるなら《風防御》も使いそうですね。あと一つは?」
クナムが頷き、さらに話を促す。
ダランは、居住まいを正した。
「《氷柱の棺》って魔法だけど、知ってる?」
「……いえ、どんな魔法ですか?」
「《氷柱》って魔法があるだろ? 見た目はあんな感じ。その氷の柱の中に、生き物でもただの物でも、何でも閉じ込める魔法だよ」
「……聞いた事ないですね。ジャダーカ様は、攻撃系に偏りがちですから。そういった魔法は練習されないのでしょう」
クナムの言葉に、ダランは目を細めた。
思った通りだ。
だからこそ、ダランはリィカのことを危険だと思う。
「リィカも、多分練習なんかしてないよ」
「――どういうことですか?」
「リィカがそれを使った時、ユーリ……勇者一行の神官が言ったんだよ。『あの魔法を使うのは初めてだ』ってね。練習してたんなら、違う言い方になるはずだろ?」
クナムの表情が険しくなる。
魔王もカストルも、そしてヤクシャやヤクシニー、フロストックまでダランを凝視している。
まさか、という顔を浮かべている。
その予想を裏付けるように、ダランはそれを言った。
「多分、あの場で思い付いたんだよ。倒せない相手なら、閉じ込めるしかないってね。思い付いて、その場で成功させたんだ。ユーリの言い方だと、そうやって成功させたのは、今回が初めてってわけでもなさそうだった」
ダランは、一度言葉を切る。
驚愕している周囲に、さらに告げた。
「ジャダーカは混成魔法を使うのに、結構練習するだろ? リィカにはそれがない。……才能は、明らかにリィカの方があるよ」
「……ジャダーカ様が、負けると?」
「そこまでは言わないよ。まだジャダーカの方が強い。――今、どんな魔法を練習してるのか知らないけどさ。リィカに見せようなんて、考えない方がいいかもよ?」
「……忠告、感謝します。伝えておきましょう。ジャダーカ様がそれに従うかは分かりませんが」
クナムは、魔王とカストルに一礼し、この場を去る。
早速、ジャダーカに話をするつもりだろう。
「とんでもない娘なのだな」
クナムが退室すると、カストルが口を開く。
ダランは苦笑した。
「ええ、本当に。ボクも驚きました。ジャダーカだけじゃなくて、ボクも混成魔法を使えるようになるまで、大変だったのに」
まさか、その場で思い付いて、その場で成功させるという荒技ができるとは、想像もしていなかった。
「カストル様、この後戦うおつもりなんですよね。本当に気をつけて下さい」
ダランが言うと、魔王があからさまに不機嫌そうな顔をした。
カストルもそれに気付いているだろうが、あえて見ない振りをしている。
「ああ。だが心配するな。娘に……奴らに魔法は使わせない。だからこそ、娘が死んでしまう可能性があるのだが……」
カストルの口の端があがった。
もう罠は仕掛け終わっている。
ジャダーカの魔法の仕上がりを待ってはいられない。
ここで勇者一行を倒すことが出来るかどうか。勝負の舞台は整っている。
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これで九章は終わりになります。
明日はお休みします。
明後日から、十章『カトリーズの悪夢』更新します。
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