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第九章 聖地イエルザム

バルと泰基

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「副隊長のシダー、参りました。今お時間よろしいでしょうか?」

イグナシオとウリックの元に、ウリックの部下でもある、副隊長のシダーが訪れた。


「光の教会の神官長、レイフェルと、その他数名、捕らえて牢に入れてあります」

その報告に、イグナシオとウリックが、目を細めた。

「リィカ様に、近づいたか」

言ったのは、ウリックだ。

「はい。……近づく前に捕らえてしまいましたが、問題なかったでしょうか? リィカ様を見て、気色悪く笑っていましたので」

「心配ない。何も問題ないよ」

イグナシオが、薄く笑っている。

「全く。こうも予想通りだと笑えてくるね。……お二人には、気付かれてないな?」

問いただされたシダーは、僅かに目を泳がせる。
イグナシオが笑うのをやめて、厳しい目で見てきたので、諦めて素直に答えた。

「リィカ様には気付かれていませんが……」
「アレクシス殿下に、気付かれたのか」

厳しく詰問されて、シダーは肩を落とす。

「レイフェルや我々が動く前、ただ視線を送っただけで、殿下に気付かれました。あの時点で気付かれてしまえば、どうすることもできません」

「そうか…………」

イグナシオは、厳しい口調を緩めた。

あちらの方が一段も二段も上手だった、という事だろう。さすが、勇者の一行だというべきか。リィカに気付かれなかっただけで、満足するべきだろう。

「悪かった。厳しく言い過ぎた」

シダーに謝罪する。シダーは少し笑って、黙って一礼した。

「ところで、街は騒ぎになっていないか?」

ガラッと口調と表情を変えて、シダーに質問する。
イグナシオとしては、こちらも気がかりだった。

「騒ぎ……でございますか?」

シダーの反問に、ホッと胸をなで下ろす。そういう反応ということは、問題は起こってないのだろう。

「リィカ様を見ただろう? 男がわんさか引っかかって、何か騒ぎが起こるんじゃないか、と心配になってな」

「ああ、確かに」

シダーも、疑問が氷解する。
確かに、彼女を見れば、その心配も理解できる。

「問題ないと思いますよ? 確かに男の視線は集めていましたが、アレクシス殿下が睨みをきかせていましたから」

「……………………そうか。殿下も大変だな」

イグナシオは、たっぷりと間を置いてから、しみじみつぶやいた。

「そこまで言われると、私も見てみたいですね」

「隊長」

ウリックが、率直な感想を漏らすと、シダーに大真面目な顔で呼ばれた。

「なんだ?」

「お二方のいちゃつきぶりを見せられて、恋人もいない若い奴らが落ち込んでいます。今後このような仕事を行うときには、そういったことまで考えて、仕事を割り振られた方がよろしいかと」

「結婚の有無はともかく、恋人がいるかどうかなど、把握してないぞ」

そんな面倒な事、誰がするか。

ウリックはそう考えて、そう言えばシダーが「恋人もいない若い奴」に該当することに気付いたのだった。


※ ※ ※


「ここか?」
「ここだな」

泰基は、バルと一緒に街に繰り出していた。


イグナシオにお礼を、と言われた時、泰基は「新しい剣が欲しい」とお願いした。

泰基の持つ剣は、アルカトル王国で用意された剣だ。
もちろん、悪いものであるはずもなく、一級品と呼べる代物だ。

だが、だからといって、アレクやかつてバルが持っていた剣のような特注品というわけでもない。
値段は高いが、店で買おうと思えば買える物だ。

ここまでは問題なく使ってこられたが、刃こぼれなども目立つようになり、買い換えを考えたのだ。


それを言ったところ、イグナシオに渡されたのは紹介状だった。

この聖地で一番の鍛冶士を紹介された。腕は確かだが、偏屈な爺さんだから気をつけてくれ、という注意と一緒だったが。

剣と言われても分からないから、自分で選んでくれ、ということなのだろう。

だが、泰基とて、剣の善し悪しを見分けるのは無理だ。それで、バルに頼んで一緒に来てもらった、というわけだった。


イグナシオに渡された地図を見れば、ここで間違いない。
あくまで鍛冶士であるから、店ではないのは分かるが、入り組んでいて非常に分かりにくかった。


泰基が、何となく入りづらさを感じていると、バルがさっさとドアをノックしていた。
遠慮なく、ドアを開ける。

すると、奥から声が聞こえた。

「なんだ。用があんなら、勝手に入ってこい!」

その声に、バルと泰基は顔を見合わせて、奥へ入っていく。

(日本じゃ、まずあり得ないな)

泰基は、そんなことを思う。変なところで世界の違いを感じた。



たどり着いた場所は、非常に暑かった。
まだまだ夏の盛りだというのに、炉に火が燃えていれば、暑くて当然だろう。

そこにいたのは、老人が一人。
入ってきた二人をギロッと睨む。

「何の用じゃ」

偏屈な爺さんだと言った、イグナシオの言葉がまざまざと思い出された。



「あの坊主の紹介か」

イグナシオからの紹介状を渡して、事情を説明すると、老人が言ったのがその一言だった。

(……坊主……)

おそらく、泰基とバルの内心は、一緒だっただろう。

間違いなくイグナシオのことを指すのだろう。聖地の代表まで務めていながら、坊主呼ばわりされてしまうことに、同情を禁じ得ない。

「手を出せ」

何の前触れもなく、老人は泰基に言う。

こっちは自己紹介したが、老人は名乗ろうともしない。
そういえば、イグナシオからも名前は聞いていない。

しかし、何となく聞きにくく、素直に泰基は右手を出す。

「フン。明日には出発するんだな?」

泰基の右手を一瞥すると、つまらなそうに聞いてきた。
その理由は分からないが、泰基は頷いた。

「時間がありゃ、一から作ってやるんだがな。つまらん。明日朝、出発前に来い。今ある剣を調整しておいてやる」

老人はそれだけ告げると、用は済んだとばかりに泰基とバルから視線を外して、何やら作業を始める。

完全に無視されて、またも顔を見合わせる。
どうすることもできないので、そのままその場を立ち去ったのだった。


「なんつうか、すげぇ爺様だな」

「悪かったな、バル。わざわざ一緒に来てもらったのに。まさか剣を見せてもらえすらしないとは思わなかった」

「気にすんな。ま、おれも意外だったが」

建物から出た二人は、思い思いに感想をぶちまけた。


泰基はもちろんだが、バルも鍛冶士に会ったことはない。

旅に出る前までは、店売りの武器で済ませていた。旅に持ってきた剣は、父が鍛冶士に作ってもらった剣だろうが、バル自身がその鍛冶士に会ったわけではない。

「鍛冶士って、皆あんななのかねぇ」

バルは、つぶやく。
泰基の右手を一瞥しただけで何が分かって、何を調整するのかさっぱりだ。

「明日剣を受け取ったときに、本当に腕がいいかどうか、分かんのかな」

バルの、その言葉に泰基は頷いた。

「そうなるだろうな。――さて、せっかく街に出たんだ。どこかで食事でもしていくか?」

「いいな。タイキさん達が作ってくれるのも上手いが、たまにはな」

バルも、その誘いに乗った。


※ ※ ※


「なあなあ、さっきの女の子、見たか?」

「ああ、見た見た! メッチャ可愛かったなぁ……」

「隣にいた奴、彼氏か? 怖ぇ目つきでニラんできやがった」

美味しそうな食事場所を求めて街を歩いていると、こんな会話が聞こえてきた。

すれ違う男三人組を、バルと泰基は何となく立ち止まって見送る。
また歩き出して、どちらからともなく言った。

「もしかして、リィカのことか?」
「怖ぇ目つきは、多分アレクだな」

近くにいるのかもしれないが、わざわざ探す気も起きない。
何となくそのまま歩いていたら、今度は女性たちの声が聞こえてきた。

「さっきの男の人、格好良かったね」

「うん、とっても素敵だった」

「隣にいた子、悔しいけど可愛かったなぁ」

「でもいいよね、ああいうの。男の人の目、すっごい優しかったよ」

「うん、羨ましい。私もあんな風に守ってくれる男性に巡り会いたいなぁ」

「そんじょそこらの男じゃ、無理だよ。狙うなら神官兵じゃない? ほら、副隊長のシダー様とか、狙い目だよ?」

「あの人、競争率高いよ? 鈍感だから全然気付いてもらえないらしいし」

キャイキャイ話をしながら、女子集団が通り過ぎていく。

「アレクとリィカの話か?」

泰基は何となくそう思う。
だが、バルから猛反論を食らった。

「んなわけねぇだろ。聞いただろ? 優しい目をした素敵な男性の、どこがアレクだ」

「リィカに対するときのアレクは、そんな感じじゃないか?」

「怖ぇ目をして周りを威嚇してるか、独占欲丸出しにしてるか、どっちかだろうが」

「…………………まあ、それも間違ってはいないだろうが」

間違ってはいないが、それでもおそらくアレクの事だろうな、と思う。

周囲を一切抜きにして、リィカだけに対した時のアレクを見ると、本当にリィカを大切に思っていることが分かる。

自分がリィカに凪沙を重ねながらも、それ以上の感情をリィカに持たないのは、単に似ているだけの別人だと思っているからだけではない。アレクのその態度が、目があるからだ。

アレクになら、安心してリィカを任せられる。自分の大切な凪沙が生まれ変わったリィカを、アレクになら託せる。

泰基は、心からそう思っていた。



美味しそうな匂いが流れてきた。
その店に入ることにして、席に座る。

泰基が話を切り出した。

「……実際の所、アレクとリィカってどうなんだ? 旅の間はいいんだろうが、旅が終わったら、どうなる?」

「何もしなきゃ、旅が終わった時点でサヨナラだろうな」

バルは全く間を置くことなく、泰基の問いに答えた。
改めて考える必要もない。バルも何度も考えたことだ。

「平民の身分から貴族の身分に上がることが不可能な訳じゃねぇ。一番可能性があんのは、どこか貴族家の養女になることか。でも、それも無条件じゃできねぇ」

それに相応しい実績や手柄を上げていること。
その貴族家にとって、それが必要であること。
それを、国王に認められること。

「あるいは、魔王討伐がその手柄になんのかもしれねぇが」

だが、リィカにそれをすれば、一緒に旅をした自分たちにもそれ相応の報償が必要になる。
すでに貴族位にある自分たちには、さらに上の貴族位が与えられるだろうか。

「だが、じゃあアレクはどうするって話になるし。おれやユーリにしたって、父親の跡を継ぐ気でいるから、もらっても困る。陛下にしても、親父や神官長の跡取りを、取り上げるような真似はできねぇだろ」

貴族位をもらう、ということは、今の家を出て新しい家を興す事と同じだ。だから、父親の跡を取ることはできなくなる。

それをすれば、困るのは国王自身だ。跡取りを取り上げられたバルとユーリの父親に、恨まれる可能性もある。

そうなる可能性があると分かっているのに、国王がその方法を取ることはないだろう。

「アレクが王族の身分を捨てて平民になるって方法もあるが……。あいつはその方法だけは取らないだろうな。それをすれば、王太子殿下の……兄貴の側にいられなくなる」

「そうか……。簡単にはいかないんだな……」

今は旅に出ているが、バルにもユーリにも、アレクにも、今までの生活があって、人間関係があって。やりたいこと、なりたいものがあるのだ。

「確かに簡単じゃねぇが……それでも、アレクにリィカを諦めさせたくねぇ。だから、考えてんだ。全部が丸く収まる方法をな」

旅があとどのくらい続くのか、など分からない。
確実に進んできている。けれど、まだ魔国に到着すらしていない。

時間は、まだある。

絶対にその方法を見つけてやる、とバルは強く語った。

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