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第九章 聖地イエルザム

ワンピース

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朝。
リィカが目覚めて真っ先に思い出したのは、昨晩のことだった。

『リィカ、明日、デートしよう』

『……………………………はい?』

『よし、決まりな』

あっさりデートが決まった。

頷いたんだじゃなくて、驚いて疑問に思っただけなのだが、アレクが上機嫌なので言いにくい。
言えないまま、リィカも受け入れたのだ。


「洋服がなぁ……」

いつも着ている旅の衣装しかないのだ。
当然、デートに相応しい服などもっていない。

「どうせなら、可愛い洋服とか着たいなぁ」

そんな事を考える辺り、リィカもデートを楽しみにしているのだろう。

コンコン

扉をノックされて、リィカは飛び上がらんばかりに驚いた。

「は、はい!」

答える声も、裏返っている。
失礼します、と言って入ってきたのは、二人の女性の神官だった。何やら、大きな箱を抱えている。

「こちら、教会からのお礼になります」

「……え?」

その箱を差し出され、受け取る。
二人の目が、箱を開けろと言っている気がして、リィカが開けて、驚いた。

「よろしければ、お召し替えを手伝いますが」

リィカの顔を見て、してやったり、という顔だ。
笑顔で言われて、リィカが逆に慌てた。

「い、いえ、自分で着られますので……」

「そうですか、それでは」

「失礼致します」

二人が一礼して、部屋を出て行く。



箱の中にあったのは、白色をベースにした、フリルの付いた可愛いワンピースだ。

そう言えば、昨日のデートの話は、イグナシオの前でされたのだ。もしかして、教会中に話が伝わっているのだろうか。

先ほどの二人の神官の笑みを思い出して、リィカは顔が赤くなる。

改めて、服を手に取る。

「すっごく可愛い服だけど……わたしに、似合うかな」

着る人を選びそうな服だ。
期待と、少しの不安が混ざる。

お礼ということは、古い教会での騒ぎを静めた事に対してのものだろう。
可愛い服に気を取られて、何も考えず受け取ってしまった。

(あとで、お礼を伝えればいいよね?)

遠慮するには、可愛い服への誘惑が強かった。
リィカは着替えを始めた。


※ ※ ※


着替えを終えて、リィカは部屋から出る。
一人一つずつ部屋を与えられたが、他の皆はどうしているのか。

とりあえず、食事をしている部屋に行こうと思ったら、ガチャッと音がしてドアが開いた。

「アレク、おはよう」

「ああ、リィカ。おはよ……」

挨拶をいいかけて、アレクの言葉が止まる。
それだけではなく、アレクが固まったように、リィカを凝視したまま動かない。

(…………う……)

リィカが、ワンピースのスカートを掴んで手を握りしめる。
文句なく服は可愛い。だが、それが自分に似合っているかどうか、と言われると自信がない。

(……やっぱり、こんな可愛いの、似合わないかな)

動かないアレクを見て、リィカはうつむいた。高揚していた気分が下がる。

「あ、あの、ごめんね。お礼に、って言われて受け取っちゃったんだけど、似合わないよね。着替えてくるから……」

早口に言って、部屋に戻ろうと翻す。
いや、翻そうとして、腕を取られた。

「わ、悪い、リィカ。待ってくれ」

そのままアレクに抱き締められた。

「……アレク、その、わたし……」

「悪い。その、びっくりした」

そのアレクの言葉に、リィカは動揺した。

「……だから、ごめんなさい。着替えるから、離して……」

沈む気分を押さえられない。声が暗くなるのが分かっても、どうすることもできなかった。

「そうじゃない! 着替えなくていいから!」

大音量で言い募るアレクに、リィカはモゾモゾしつつ顔を上げた。
アレクの顔が赤い。

「……ああもう、何なんだよ。何でそんなに可愛いんだ。見惚れて動けなかったじゃないか」

「……………………え?」

「着替える必要はないが……他の男に見せたくない。出かけるのはやめて、俺の部屋で一日過ごそう」

「……………………?」

言われた事を理解できない。
頭が混乱しているリィカに、別の声が突き刺さった。

「何バカなことを言ってるんですか、アレクは」

「朝飯ができたのに来ねぇから呼びに来てみりゃ、何やってやがる」

ユーリとバルだ。
リィカが慌ててアレクから離れようとするが、腕の力が緩まない。

「――アレク、離してってば……!」

「朝食は、部屋で二人で食べる」

「ちょっと、アレク……ぶっ!?」

リィカが抗議するが、後頭部を押さえられて、強引にアレクに胸にダイブさせられる。そのまま押しつけられて、呼吸すら苦しい。

「リィカは部屋で待っていろよ。食事を持ってくるから」

(――息が、できないってば!)

アレクの言葉は、聞こえてはいるが頭に入らない。

何とか離れようとするが、がっちり押さえられていて、抵抗らしい抵抗にならない。
分かってはいたが、力の差がありすぎる。

抵抗が全く意味をなさないまま、アレクに抱え上げられそうになった。

「アレク、さすがに部屋に一日中閉じこめんのはやめとけ」

「何をするにしろ、しないにしろ、後で好奇の目で見られるのはリィカの方ですよ」

バルとユーリの言葉が聞こえると、アレクの腕の力が緩んだ。
押しつけられていたのを解放されて、リィカの呼吸が回復する。

「……分かったよ」

頭上でのアレクの言葉が、ひどく落ち込んでいるように聞こえて、リィカは顔を上げる。

「……アレク?」

その目は、ひどく悲しそうだった。

疑問に思ってバルとユーリを見れば、二人は真剣な顔をしていた。
だが、リィカと目が合うと、二人とも笑顔になる。

「なるほどな。何でいきなり、アレクがあんな事を言い出したのかと思ったが……」

「よくお似合いですよ、リィカ。これじゃあ、閉じ込めたくもなりますか」

笑う二人に、リィカは首を傾げる。

「……似合ってる?」

「ええ、とても。アレクは言ってくれなかったんですか?」

言われて、リィカは少し考える。

「……えっと、そう言えば……何だっけ?」

まだ頭が混乱している。
肩に手を置かれて、引き寄せられた。

「二人とも、あまりリィカをジロジロ見るな。……リィカ、すごく似合っている。見惚れて動けなくなるくらいに、可愛い」

そうだった。そんな感じのことを言われた。

リィカは、顔が赤くなるのが分かった。恥ずかしくてアレクの方を見られなかった。

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