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第九章 聖地イエルザム

雷の魔法①

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ガタゴトと馬車が揺れている。

暁斗とリィカは、話そびれていた、自分たちが出会った二体の魔族について、詳しい話を伝えていた。

その後は、会話が途切れた。


――のだが。

リィカが右手を上に向けている。
唸ったり首を傾げたりをずっとしているので、アレクは我慢できずに聞いた。

「リィカ、どうしたんだ?」

「…………ん?」

アレクの質問に、リィカが不思議そうに首を傾げる。
その反応にアレクの方が困るが、さらに言葉を重ねた。

「何か考え事か? 相談に乗るぞ?」

「……ん? あれ? なんで、考え事って分かるの?」

「そりゃ、分かるだろう……」

あれだけ唸って首を傾げているのだ。分からない方がおかしい。
そう言ってやれば、リィカの顔が赤くなった。

「うわ、わたし、そんなことしてた?」

完全に無意識だったようだ。

アレクだけではなく、他の皆も一様に苦笑している。
それを見て、リィカが「えへへ」とごまかすように笑った。


「それで、何を考えていたんだ?」

改めてアレクが聞くと、リィカが「うーん」と唸った。

「ちょっと思い付いた事があって……。ほら、雷って鳴るでしょ?」

「……は? ……雷?」

唐突過ぎる話に、アレクの頭は疑問で占められる。
それはバルもユーリも一緒だったが、暁斗が「あ!」と声を上げた。

「分かった! 雷の魔法!?」

暁斗が興奮して身を乗り出す。それだけで分かる暁斗がすごい。

「雷の魔法……?」

やはりアレクは疑問だらけだったが、リィカは頷いていた。

「うん、やってみたいって考えてたの。イメージするんだけど、全くできそうにないんだよね……」

リィカが、ため息をついた。



雷の魔法というのは、日本ではポピュラーだ。

だが、この世界には残念ながら雷の属性というのは存在せず、当然ながら雷の魔法も存在しない。

しかし混成魔法があるのだから、それでどうにかできるんじゃないか、とリィカは考えたのだが、全くできる気配がないのだ。


「雷って、なんで鳴るのかなあ……」

リィカの漏らした疑問に、一同考え込む様子を見せるが、泰基だけは違った。

(何で知らないんだ。雷の仕組みなんて、日本じゃ当たり前に分かってることだろ)

わざわざ、凪沙に雷の仕組みを知っているか、など聞く機会があったはずもない。
つまりは、凪沙は知らなかった、と言うことか。

凪沙は知っていても、リィカがその凪沙の記憶を怖がっている、という可能性もなくはない。
いつか言っていた「わたしがわたしじゃなくなる」という言葉は、忘れられない。

だが、この世界で生きてきたリィカは、雷の魔法など思い付かないだろう。つまりは、凪沙の影響だ。
となれば、純粋に凪沙にその知識がなかった、と思った方がスムーズだ。


そして、もう一人。

(暁斗も、一緒になって考え込むな。そのくらい、知っておけ)

暁斗の成績はすでに諦めてしまっているのだが、それでもため息をつきたかった。



泰基がため息を堪えつつ説明してやると、ポカンとした顔を向けられた。

「泰基、すごいね……」
「父さん、すごい……」

リィカと暁斗に言われたが、あまり嬉しくない。

「ええっと、つまり……」

リィカが考え込むように、泰基の説明を繰り返す。

「雲の中の氷の粒がぶつかり合って静電気を起こして、それが繰り返されて雷になる、でいいんだよね?」

「ああ」

「氷になって重くなって下に落ちていくのと、上昇気流に舞い上げられた氷がぶつかり合う……」

今度は独り言のようにリィカがつぶやいたので、今度は泰基も相づちを入れない。
やがて、リィカがハッとした顔をした。

「そっか。風と水……氷の混成魔法で、雷の魔法ができる、かもしれない……?」

リィカがそわそわし出した。

「早く休憩にならないかなぁ」

小窓から外を見つつ、つぶやいている。

試してみたくて、しょうがないのだろう。
馬車の中でやろうとしないだけ、まだ理性は働いているようだ。

(だが、できるのか?)

今までの混成魔法とは違うのだ。

雷という、全く別の属性の魔法を作り出そうというのだ。光属性と四属性を組み合わせて、空間魔法を作り出したように。

あれは、魔道具という形で、魔石に一つずつ属性を付与していけたからできたことだ。
それを、魔石という媒介を使わずにできるのか。

(――リィカなら、できそうな気もするけどな)

魔法で、リィカにできないことがある、という事を想像する方が難しい。
泰基は、そう結論づけた。


※ ※ ※


昼食の休憩。

泰基とユーリが、食事の用意はするから試してみろ、と言って、リィカを食事の準備から解放する。

「ほんと!? いいの!?」

驚きつつも、泰基とユーリに向けた笑顔に、アレクがひどく不満そうな顔をしていた。



(風と、氷……。風で、氷同士をぶつけ合う……)

リィカは、脳裏でそれをイメージする。

しかし、考え込んだ。

イメージしたことをそのままやろうとすれば、それは二つの魔法を同時に使うようなものだ。それが無理であることは、リィカが一番よく分かっている。


デトナ王国で、大量の魔物を目の前に、リィカが《炎の竜巻ファイヤートルネード》を使った時は、《灼熱の業火フレイムヘル》に《竜巻トルネード》を組み合わせた。

しかし、《灼熱の業火フレイムヘル》は元々その場に長く残る魔法だ。だからこそ、できた。

「長く、残る……。氷だったら、残るよね……」

その場に残る氷の魔法は。

「《氷柱アイシクル》」

混成魔法もあるが、そちらは使わない。逆に氷が強すぎてしまう。

できた氷柱を見て、さらにリィカが考える。
この氷を砕いて、氷同士をぶつけ合わせる必要がある。

「《竜巻トルネード》」

魔力を少し強めに込める。
確かに氷柱は砕けた。しかし、竜巻に巻き込まれただけで、氷は消えてしまう。


「うーん、あっちかなぁ……」

もう一度《氷柱アイシクル》を唱える。

「《暴風ハリケーン》」

別の、風の中級魔法を唱える。

さっきよりは上手くいった。バチッと光が走ったように見えたのだ。だが、それだけで消えてしまう。

つまりは、中級魔法同士だと弱いのか。


※ ※ ※


少し離れた所で、リィカが何やら魔法を唱えているのを、ウリックは不思議そうに見ていた。

「ウリックさん、リィカは放っといていいですよ。新しい魔法を、色々試しているだけですから」

泰基が声を掛けると、ウリックは困った顔をした。

「新しい、魔法ですか?」

「ええ」

その困惑が、どこか懐かしい。泰基もかつては困惑していたはずだが、今はもう慣れてしまった。

「……そうですか」

納得したのかどうなのか、またウリックはリィカに視線を向けた。


「タイキさんは、ずいぶん詳しいですね。あちらでは、どんな事をしていたんですか?」

ユーリが食事を作っているが、ちょうど手が空いたのだろう。
視線を泰基に向けている。

「どんな事?」

「剣を教えている、とは聞いた事がありますが。雷の仕組みとか他にも色々詳しくご存じですし。よほどの教育を受けてこられたのかな、と思ったのですが」

「あー……」

さて、どうしたものか。
泰基は言葉に詰まる。よほど、と言われる事ではないのだ。

「……暁斗が知らないから信じてもらえないだろうが、日本じゃ別に珍しい知識でも何でもないんだ。誰でも……とまでは言わないが、知ってる奴は多いと思う」

「……………………」

ユーリは沈黙した。そのまま、リィカを眺めている暁斗の背中に視線を向ける。

「なるほど。納得しました」

いつだったか、暁斗の成績が悪い、という話をしたことを思い出したのだろう。
ユーリはしみじみ頷いた。


※ ※ ※


「ごめーん、もうちょっと離れるね!」

リィカが一行に声を掛けて、さらに距離を置く。
アレクと暁斗が慌てて追い掛けようとしたが、すぐにその足は止まった。

「《氷の剣林ペニテンテ》!」

リィカが上級魔法を使ったからだ。
前に行こうとしていた足が、逆に後ろに下がる。

そんなアレクと暁斗の様子を気にもせず、リィカはさらに魔法を唱えた。

「《狂乱の風フォリーウインド》!」

風の上級魔法だ。



氷の剣林ペニテンテ》に《狂乱の風フォリーウインド》がぶつかり、その氷を削り取っていく。

風に巻かれ、氷同士がぶつかり合う。

バチバチと、風の中に光が走るのが見える。それが、一つ二つと数を増して、やがて風の中に沢山の光が走る。

「――――――!!」

リィカが、ハッと上を見る。
右手を上に上げる。人差し指で空高く指す。

「《落雷ライトニング・ストライク》!」

右手を振り下ろす動作と同時に、凄まじい雷が地面に落ちた。


――ドォォォォォォン!!!


氷の剣林ペニテンテ》と《狂乱の風フォリーウインド》で作り出されていた静電気の空間を吹き飛ばし、辺りに凄まじい衝撃が走った。


「うわっ!」
「――ぐっ!」

見ていた暁斗とアレクが呻く。


「……………」
魔剣を振っていたバルは驚き、その場で立ちすくむ。


「――なんと!」
ウリックが、顔を腕で守りつつも、驚きと感動の声を上げる。


「できちゃったか……」
「これまた、とんでもない魔法ですね……」

泰基とユーリは、作り途中の食事を衝撃から死守することに、何とか成功した。

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