上 下
276 / 596
第九章 聖地イエルザム

乱戦

しおりを挟む
誰かが息を呑む。

扉を開けた先は、真っ暗だ。
そこに、四つの赤い光だけが見える。

そのうち二つが迫ってきて、アレクは気配だけで、それを剣で弾き飛ばす。



その瞬間、辺りが明るくなった。

すぐに理由は分かった。
天井付近に《ライト》が二つ浮かんでいる。ユーリと泰基が魔法を使ったのだ。


見えたのは、老人と、黒く大きい犬のような魔物。

そして、入ってきた扉とは反対側。広場のようになっている倉庫の向こう側に、黒々と見える通路だった。

「……何ですか、あの通路は」

ユーリがつぶやいた。
ここは倉庫のはず。自分たちが通ってきた以外の通路は、存在しないはずだった。

『最初カラアッタヨ?』

この通路を通って、教会内部を自由に動いていた。
パムに言われて、ユーリは僅かに眉をひそめる。

(後で聞いてみましょうか)

難しく考えたユーリだが、その真相は単純だった。


百年前、放棄せざるを得なかった教会だが、倉庫にある備蓄食料を捨て置くのはもったいない。

老人たちが動かなくなったのを確認した後、教会の別の場所に強引に入り口を作り、強引に倉庫と道を繋げた。

食料を運び出した後、教会の壁を壊して作った入り口は塞いだものの、通路は塞ぐのが大変なので、そのままにした、というのが真相だ。

パムが老人たちと一緒に寝ていた百年は、教会の入り口にある広間である。
地下に降りたのは、今回起きてからだ。


問題は、なぜ通路があるのか、ではない。その通路から、次々に不死アンデッドが現れてきたことだった。


※ ※ ※


元倉庫である広場は、混迷を極めていた。

「《火の付与フレイム・エンチャント》!」

アレクがエンチャントを唱える。
そのまま剣を振るい、不死アンデッドを倒す。

大量の不死アンデッドが沸いてくるせいで、老人もヘルハウンドもどきも、まともに身動きが取れていないのは不幸中の幸いだが、とにかく敵の数が多すぎだ。


※ ※ ※


バルも、魔剣に魔力を纏わせつつ、不死アンデッドを葬っていく。

老人たちが不死アンデッドを操っているとか、そういう訳では全くないらしい。

これだけの数を操られていたら厄介だが、逆に言うと、いくら老人を倒した所で不死アンデッドはこのままだ、という事になる。

「くそっ、面倒くせぇ!」

毒づきながら、バルは剣を振るい続けた。


※ ※ ※


「こんな乱戦にならなければ、上級魔法を使えたんですけどね」

「そんなこと言ってないで、魔法使ってよ」

ユーリのぼやきに、ダランもぼやきを返す。
何の因果か、二人で背中合わせで戦っている。

「《太陽光線ソーラーレイ》!」

ユーリの放った魔法は、本来であれば一体にしか効果がない。

だが、一体を葬ると軌道を変えてもう一体に。さらにもう一体、合わせて三体を倒してから魔法が消える。

「へえ、やるねぇ」

それを見ていたダランが驚き、少し面白そうな顔をする。

「ボクもできるかなぁ? 《極光線オーロラレーザー》!」

緑色の光線が放たれた。一体を倒し……微妙に軌道を変えかけたが、そこで消滅する。

「――もうちょっと! もっかい《極光線オーロラレーザー》!」

再び緑色の光線が放たれる。一体を倒し、そして軌道が変わってもう一体を倒して、魔法が消える。

「よし、できたっ!」

ダランはガッツポーズだ。

ユーリが三体倒したのに対して、ダランは二体だが、弱点である光魔法に対し、効果の薄い闇魔法だ。だからダランも、そこまではこだわるつもりがない。

「……簡単にできるようになるとか、腹が立ちますね」

「ふふん、すごいだろ。何だったらユーリの代わりに、パーティーに入ってあげようか?」

「お断りしますよ!」

背中越しに二人はにらみ合い、魔法の張り合いは続いた。


※ ※ ※


「うわぁ……」

暁斗が嫌そうにつぶやき、その隣で泰基も顔をしかめた。

パカパカと音がして現れたのは、首なし騎士デュラハン。Cランクのお出ましだった。

騎士の方が、自らの頭を左腕に抱えているのだが、見た目がかなりシュールだ。ファンタジーものでは、さして珍しい存在ではないのだが、現実として見たくなかった。
それが、暁斗と泰基の偽らざる本音だった。

「《太陽柱サンピラー》!」

泰基が光の中級魔法を使う。

弱点の魔法であれば、中級魔法で倒せると言われていた通り、それで首なし騎士デュラハンは消滅していく。

「暁斗、やるぞ」

「……はぁい」

逃げたい気持ちを抑えて、暁斗は返事をする。が……。

「――ヒヒヒヒヒヒヒ」

突如後ろから響いた不気味な声と、感じた気配に暁斗は身をすくめる。
レイスと似たような声。けれど、すぐに違うと判断する。

「スペクター……?」

言う声はどことなく泣きが入っている。

「《太陽光線ソーラーレイ》!」

また泰基が魔法を唱えて、スペクターを倒す。

「暁斗、しっかりしろよ」

「分かってる。分かってるけど……、もうやだ……」

今までDランクだけだったのに、何でいきなりCランクが出てくるのか。それも二体連続で。

「怖いんだから、出てこないでよぉ」

暁斗は情けない文句を、心の底からつぶやいた。


※ ※ ※


リィカは、混乱して乱戦になっている周囲を見ながら、探していたのは老人だった。

リィカは《火防御フレイム・シールド》を唱えて、自分の周りを守っている。

不死アンデッドは怖いが、自分から突っ込んできて火だるまになっているだけだから、大丈夫だと言い聞かせる。そのうち、防御シールドの効果がなくなるだろうが、当分は問題ない。

老人は、自分が倒すつもりでいた。

他のみんなには、特に泰基と暁斗の二人には、人を殺して欲しくなかった。
だから、誰かが手にかけざるを得なくなる前に、自分が倒す。

リィカは、一歩動く。《火防御フレイム・シールド》が、自分の動きに合わせて一緒に動く。

(――これなら、行ける)

リィカは老人に向かっていった。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

漆黒と遊泳

歴史・時代 / 完結 24h.ポイント:3,173pt お気に入り:29

転生料理人の異世界探求記(旧 転生料理人の異世界グルメ旅)

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,399pt お気に入り:563

まぼろしの恋

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:5

記憶喪失と恐怖から始まった平和への道

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

【完結】刺客の私が、生き別れた姉姫の替え玉として王宮に入る

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:55

銃弾と攻撃魔法・無頼の少女

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:71

魔物の森のハイジ

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:32

処理中です...