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第九章 聖地イエルザム

遭遇

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「おや?」

「どうしたんだろうね?」

ユーリとダランが不思議そうにした。
それまで断続的に襲ってきていた不死アンデッドが突然途絶えたのだ。

「来るぞ」

バルが告げた。

「あの女の霊、そしてもう一体、知らない気配がする」

その言葉に、ユーリとダランの表情が一変して真剣なものに変わる。

『逃ゲテ……!』

突然現れた女の霊の言葉は、反射的に剣を振るおうとしたバルの動きを止めた。
ハッとして、視線を霊の背後に向ける。

『ギッ! ギギッ!!』

叫びながら現れたのは、紅い目をした黒く大きい犬のような不死《アンデッド》。その体のあちこちから、黒い霧のようなものが立ち上っている。

イグナシオの話が、間違いなくこれに当てはまるとしたら、こいつは元々はDランクの魔物、ヘルハウンドのはずだ。

「ダラン、あんた、ヘルハウンドを見たことあっか?」

バルの問いに、ダランはすぐにその意図が分かったようだ。

「あるよ。――紅い目とか黒い犬のような感じは、ヘルハウンドだと思う。でも、ヘルハウンドはこんなに大きくない。それに体から出ている黒いのも、ヘルハウンドにはなかった」

「なるほ……っ!」

言いかけ、バルは咄嗟に剣を振るった。
ヘルハウンドもどきが、まさに一瞬でバルの前に移動して、その前足の爪を振り下ろしたのだ。

「早ぇぞ! 気をつけろよ!」

バルが叫ぶ。

ヘルハウンドもどきと対峙する三人の脇で、女の霊はどうしていいか分からずに、オロオロしているような様子だった。


※ ※ ※


暁斗がハッと顔を上げた。

「――来る」

一言つぶやいただけの声は、明らかに震えている。

同時に、アレクもハッとする。
抱き締めていたリィカを放す。

「……リィカ、大丈夫か? 敵が来る」

その言葉に、リィカの顔が一気に真っ青になった。これまでとは違う、別種の恐怖に襲われる。

「だだだ、だ、大丈夫」

ちっとも大丈夫ではなさそうだったが、不死アンデッドへの恐怖は、自分で何とかしてもらうしかない。


アレクは目を細める。

この気配には覚えがあった。
一瞬で消えた、何かが入ってきたような気配。その気配だった。


教会の入り口である扉。
その扉から少しだけ中に入った場所の床の一部が、音もなく開いた。

驚く一行の前に、そこから出てきたのは、紅い目をした斧を持った老人だった。

「あっ……!」

「あいつだ……!」

リィカと暁斗が叫ぶ。それだけで、アレクと泰基にも分かった。これが二人が遭遇した不死アンデッドらしい存在。

イグナシオの話が間違いなく当てはまるなら、元は人間の、木こりの老人だ。

「キハハハハハ、ハハハハハ!」

老人が高らかに笑いを上げる。不気味にも感じる笑い方だ。



斧を振り上げ、向かったのはアレクだ。
その早さは、とんでもなく早い。

剣で受け止めようとしたアレクだが、一瞬でその判断を変える。
正面から受け止めず、巻き込むようにして斧を落とそうとしたのだ。

しかし、物が斧のせいなのか、上手くいかず、アレクは距離を開けた。

「正面から受け止めたら、剣が折られそうだ」

「斧だからな。剣よりも一撃の力はあるだろうな」

泰基は答えつつ、目の前の老人を探る。

確かに、気配は魔物だ。だが、不死アンデッドではない気もする。何か違和感があるが、それが何かが分からない。


今度は、アレクから老人との距離を詰める。
剣を振り下ろしつつ、炎の剣技を発動させる。

「【金鶏陽王斬きんけいようおうざん】!」

炎の、直接攻撃の剣技。
だが、相手の体に届く前に、斧によって遮られる。

「…………ちっ……」

舌打ちしたアレクに、老人は横から斧を振るってきた。
アレクは難なく躱す。


短い攻防で分かった。
確かに老人は早い。斧を振るう威力も速度も申し分ない。

けれど、それだけだ。
ただ早いだけの攻撃なら、慣れれば躱すのも難しくない。


振るわれる斧を避け続ける。

簡単に隙ができた。
がら空きになった体に、アレクは剣技を撃とうとして……。

「――アレク! その人、まだ生きてる!」

リィカの声に、アレクの動きが止まった。


動きの止まったアレクに、斧が容赦なく襲いかかる。

「――しまっ……!」

慌てて回避しようとするが、間に合わない。

「《火炎光線ファイヤーレイ》!」

しかし、リィカの唱えた魔法が、老人に、その心臓部分に放たれる。

「――キハッ!」

その魔法を躱した老人だが、何かを恐れるように後ろに下がる。

開いた床に潜り込むと、そのまま床が閉まる。
気配が、消えた。

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