転生ヒロインと人魔大戦物語 ~召喚された勇者は前世の夫と息子でした~

田尾風香

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第九章 聖地イエルザム

イグナシオへの話

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リィカと暁斗は闇の教会に着いた。

先ほどまで悪かった天気は、今はまた良くなっている。
魔族と不死アンデッドを強調するかのように悪くなった天気に、二人は物申したかった。


だが、おかげでリィカは一つ思い付いていた。

そう。雷だ。

魔法と言えば雷だ。電撃だ。
なぜ今まで思い浮かばなかったのか。

落ち着いたら雷の魔法を使ってみよう、とワクワクしてきたリィカだった。


※ ※ ※


「……暁斗、ごめんなさい。よろしくお願いします」

イグナシオに話を聞こうという段になって、リィカが暁斗の背中に隠れた。

「………………」

正直言えば、暁斗は自信がなかった。リィカに話をしてほしい、というのが掛け値のない本音だ。

だが、背中に触れるリィカの手が震えている。それを思えば、リィカに頼むなどできない。



リィカは優しい。
暁斗にとっての、母親のような存在。甘えられる存在。それがリィカだ。

今でもその気持ちはある。甘えたい。自分にだけ優しくして欲しい。

でも、最近のリィカは弱さも見せる。

リィカの弱さは、自分の勇者という立場で守ることができる。その事実をはっきり認識したのは、トルバゴ共和国でリィカを診てくれたペトラの言葉を聞いたときだ。

暁斗の気持ちは、とても複雑だ。

リィカを守るという立場に立つことが怖い。甘えられなくなるのが怖い。

それなのに、弱さを見せるリィカを庇うことができる立場があることを、嬉しくも感じるのだ。


「リィカ、一緒には来てくれる? どう言えばいいか分かんなくなったら、こっそりフォローして」

「……ん。分かった」

暁斗の頼みに、リィカは頷いた。


※ ※ ※


教会の前にいた神官兵に、イグナシオに話を伺いたいと伝えると、すぐ中に通された。

バタバタと慌てた様子の足音がして、イグナシオが姿を見せる。その後ろにはウリックもいる。

「お待たせ致しました。何かございましたでしょうか?」

イグナシオは丁寧に二人に頭を下げる。
表情は、何があったのかとひどく不安そうだ。

「……えっと」

暁斗は何をどう言えばいいのかと悩む。
色々な事の説明を、全部父に押しつけてきたのが仇になった。


耳元で、リーンと音がした。

何だろう、と思って、すぐに風の手紙エア・レターが繋がった音だと思い出す。

そうだ。リィカが言ってたのだ。風の手紙エア・レターを繋ぐと。
それを思い出したら、父の話も思い出してきた。

「あの古い教会で昔誰か人が死んだとか、そういう事件があったとか、何かなかったですか?」

「…………は? あの、それはどういう……?」

イグナシオに聞き返されて、暁斗はさらに話を思い出そうとした。

「教会の中で、女の霊と遭遇して、言われたんだけど……何だっけ……?」

話を振られて、リィカが若干体を硬くした。
うつむいたまま顔を上げることなく、答えを返す。

「……来ないでって、これ以上刺激しないでと言っていたと。――あと、ほら、わたしたちが遭遇した、あれも……」

後半は暁斗に言ったが、囁くような声だ。
暁斗もすぐに、リィカの言う“あれ”が何かは分かったが、説明しようと思うと難しい。

「……オレたち外にいたんですけど、そこで二体の魔族に会って……、あ、それは別にいいか。その魔族と話してる途中で、出てきたんです。紅い……」

「――待って下さい。魔族ですか!? 二体も!?」

イグナシオに話を遮られた。後ろにいるウリックも、驚いたのか身を乗り出している。

ついでに言うと、風の手紙エア・レターからも「魔族!?」と驚きの声が聞こえてきた。

暁斗はまずはそっちの話かと思って、頑張って頭を切り替える。

「はい。オレたちが会ったのは二体の魔族です。今回の、不死アンデッドを起こした? のが魔族だったみたいですけど、オレたちが会った奴じゃない奴がやったみたいです。
 オレたちが会った奴らは、ただ見てるだけ、みたいなことを言ってました」

途中、自信なさげに疑問形になったり、あまり説明も上手ではないが、それでもイグナシオには何とか通じたようだ。

イグナシオは焦りの表情を隠そうともせずに、さらに問いかける。

「それで、その魔族は? 勇者様方が倒して下さったのですか!?」

「……あ、いや、逃げた? のかな? 多分? その、途中で不死アンデッドらしい奴が乱入してきて、それから見てないです」

言いつつ、暁斗は「失敗した」ということに気付いた。
魔族がいたというのに、完全に放置してしまったのだ。

責められるかな、と思ったが、責めてはこなかった。

「……魔族は、見ているだけ、ですか? この聖地を滅ぼそうとか、民に危害を加えようとかは……?」

「たぶん、ないです……。だよね?」

暁斗が振り返り、リィカにも意見を求めれば、リィカも黙ったまま頷く。
それを確認して、暁斗がまたイグナシオに告げた。

「オレたちと戦う気はない、とか言ってましたし、たぶん本当に何もしないと思います。不死アンデッドを起こした、とかいうこと以外は」

不死アンデッドを起こした、というのはどのように? その目的は何なのでしょうか?」

イグナシオの質問が止まらない。
えっと……、と考えつつ、暁斗が答えた。

「起こしたのは……よく分かんないです。魔王の魔力をあびて起きかけてた、とか言ってました。目的は……」

暁斗は言葉に詰まる。
どう答えていいか分からないのではなく、その理由を言うことに躊躇いがある。

しかし、答えないわけにはいかず、結局はそのまま答えた。

「……起こした奴が、いたずら好きだとか言ってたから……たぶん面白半分に起こしたのかなぁって……」

言いながら、暁斗は思う。これはないよなぁ、と。

面白半分で起こされた不死アンデッドに、聖地はたくさんの犠牲を出していて、今もこうして振り回されているのだ。

「……………………………」

イグナシオは絶句している。

いや、違った。
絶句しているのではなく、思い切り叫びたい……というか、魔族を罵りたいのを我慢しているのだ。

暁斗は何も言わず、イグナシオが落ち着くのを待つことにした。
その程度の判断はできる。

やがて、少しは落ち着いたのか、イグナシオが口を開いた。

「……お話しありがとうございます。――申し訳ありません、勇者様のお話が途中でした。続きをお願い致します」

言われて暁斗は目をパチパチさせた。

「……えっと、なんだっけ……?」

「魔族と話している途中に、何かが出てきたというお話しでした」

笑うでもなく、イグナシオは真面目に暁斗に話を告げる。

暁斗は、「あ、そうだった」と言って、続きを話し始めた。

「紅い目をして、斧を持ったおじいさんが出てきて、追い掛けられたんです。炎の魔法……中級魔法を直撃させてもほとんどダメージ受けてなくて、ホントに不死アンデッドなのかなって思ったんですけど」

その言葉に、イグナシオが考え込む。
それを暁斗が眺めていたら、リィカに服を引かれた。

「……暁斗、ほら、最後に……」

「リィカ様、何かございますか?」

言いかけたリィカに、イグナシオが直接声を掛けた。
大げさなくらいに、リィカが動揺を示したのが暁斗にも分かった。

服を掴むリィカの手に暁斗が手を添える。リィカが口元に力を入れて、イグナシオに顔を向けた。

「……あの……あのまま追い掛けられたら、こちらに来られなかったので……、《紅炎プロミネンス》で炎の壁を作ったんです。そうしたら、古い教会の方に入っていったので……関係あると思うんです」

多少震えているが、最後までリィカは話し終えた。

「なるほど……」

イグナシオは再び考え込むが、すぐに顔を上げる。
視線をウリックに向けた。

「ウリック、レイフェルを呼んできて下さい。百年前の事件について、勇者様方に説明するよう伝えて下さい」

「承知致しました」

一礼してウリックが出て行く。
それを見送って、イグナシオが口を開いた。

「レイフェルは、光の教会の神官長です。彼に説明させますが……、三体の不死アンデッドの目撃情報を聞いた時点で気付くべきでした。百年前に起こった事件の被害者と、その目撃情報との類似点があるのです」

重々しいイグナシオの言葉に、暁斗とリィカは顔を見合わせた。

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