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第九章 聖地イエルザム

ヤクシャ、ヤクシニー

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「今のは……」

アレクがつぶやく。周囲の気配を探るが、あの女の霊の気配はしない。

「来ないで。帰って。これ以上刺激しないで……? どういう意味?」

ダランが霊の言葉を繰り返す。

「ちょっと待って下さい。何で不死アンデッドがしゃべるんですか?」

ユーリは、言葉の意味よりも、そちらが気になる。
人の言葉を話す魔物などいない。

「……そうだな、確かに」

「どういうことだ?」

アレクとバルが、それに同意する。

「あー……、内容が気になり過ぎてぶっ飛んでた。確かにおかしいよね」

ダランも頷いた。



(――まあ、確かにそうだよな)

不死アンデッドがしゃべった事に疑問を持たなかった事に、泰基は密かにショックを受けていた。

小説なんかでは、ああいう人型の霊が何か話すことなど、珍しくもない。

つまり、何かしら過去に事件なりなんなりが起きた。

それで霊なのか不死アンデッドなのかは知らないが、何か後悔なり心残りがあるなりで、死んでもなおこの世界に留まっている。

ということなのだろうか?

あの女の霊の言った事を考えるに、その定番が起こっているのではないだろうか。
いや、あくまでも予想。そんな気がする、という程度だが。


果たして、そんな小説からの知識を当てにするのはいいものなのか。

泰基は悩んだが手がかりもないので、駄目元で風の手紙エア・レターに魔力を流した。


※ ※ ※


外。

天気が悪くなってきた。

雲が広がる。まだ昼間だというのに、辺りは暗い。
風が冷たくなってきた。

ゴロゴロゴロ。
雷まで鳴り出した。

つい先ほどまでいい天気だったのに、なぜこんな急変するのか。
目に見える古い教会の雰囲気も相まって、怖いことしか思い浮かばない。


「……ねぇ、リィカ。雨宿りしたほうが良くない?」

「……どこでするのよ」

古い教会の近く……だが、微妙に離れた場所で暁斗とリィカは座り込んでいた。

暁斗の提案にリィカはそれをはね除けた……つもりで、どことなく泣きが入っている。

近くに建物はない。
あるのは、アレクたちの入っていった古い教会だけだ。
間違っても入れない。

だが、外にいても怖い。
一体何なんだろう。
いかにも、これから何か出てきそうな天気だ。


――リーン


耳元で何か音がした。
何の音? と思う間もなく、耳元から声がした。

『暁斗、リィカ。聞こえるか?』

「――泰基!?」

「――父さん!?」

「「……びっくりした」」

暁斗とリィカの声が、ぴったり重なる。

それを聞いて、泰基がどう思ったのか、少し沈黙した。
が、すぐに声が聞こえた。

『二人にちょっと頼みたい。今から教会に戻って、イグナシオさんに聞いてきて欲しい。昔、この教会で何か事件が……、正確には人が亡くなるような事件が何かなかったか、聞いてきてくれ』

暁斗とリィカが顔を見合わせる。

「何かあったの?」

問いかけたのはリィカだ。

『何というほどでもないが……。女の霊が現れて言ったんだ。来ないで、帰って、これ以上刺激しないで、とな。それで、もしかして昔何かあったんじゃないかと思ってな。頼んでいいか?』

「分かった、父さん。聞いてくる」

暁斗が答えると、返答までに一瞬間があいた。

『ちゃんと聞いてこいよ。聞いてきたら、俺たちに分かるように説明しろよ』

暁斗が言葉に詰まる。
泰基は分からないだろうが、リィカには暁斗が目を泳がせているのがはっきり分かった。

「分かった。聞いてくる。――リィカが」

暁斗の返答に、リィカは噴き出しかけた。

『――お前なぁ』

泰基は呆れているのが分かる。

『まあいい。悪いが、リィカ頼む。暁斗もリィカと一緒に行けよ』

リィカは苦笑する。
噴き出しかけていたのを悟られないように、一度コホンと咳をして喉の調子を整えてから、泰基に答えた。

「分かった。聞いてくるね。――話を聞くとき、風の手紙エア・レターつなげたままにしとくよ。そうしたら、みんなも一緒に聞けるでしょ」

「あ、リィカ。頭いい。それだったら、オレもできる」

『……まあ何でもいい。頼んだ』

泰基の声は、どこか呆れていた。



暁斗とリィカが立ち上がる。

イグナシオのいる教会に向けて走り出そうとしたところで……暁斗の動きが止まった。

次いで、視線を向けたのは古い教会の屋根部分だ。

「暁斗、どうしたの?」

「……誰か……いや、何かいる」

「えっ!?」

暁斗の言葉に、リィカの心臓が跳ね上がる。

(何かって何!? お化け!?)

状況が状況だけにそう思ってもおかしくない。
だが、暁斗の厳しい視線にリィカも気を引き締めた。


「どうすんの、ヤクシャ。気付かれてるよ?」

「気付かれちゃったなぁ。どうしようか、ヤクシニー」

暁斗が視線を向けた先、屋根のちょうど死角になっている場所から、二人の声が聞こえた。
姿を見せたのは、男女二体の魔族だった。


「やっぱり、魔族……!」

暁斗が聖剣に手を掛ける。

「魔族がここにもいたんだね。この不死アンデッドもあんたたちの仕業なの?」

リィカが厳しく問いかける。
魔族は、緊張感なく「んー?」と考え込む様子を見せた。

「こういう場合、どうなの、ヤクシニー。オレらの仕業なの?」

「バカ言わないでよ、ヤクシャ。アタシら何もしてないじゃない。やったの、フロストックの爺さんでしょ? アタシらは単に見に来ただけ」

「おお、確かに! おい、そういうことだ、分かったか?」

言葉の後半は、暁斗たちに投げかけられた言葉だが、暁斗は思いきり怒鳴り返した。

「分かるか! フロストックって誰? あんたたちの仲間なんだろ!」

「そりゃそうだが。けど、あの爺さんのやったことを、オレらのせいにされてもなぁ」

「そうよ。あの爺さん、いたずら好きなの。単に、魔王様の魔力で起きかけてたから、ちょっと起こしてみた、ってだけみたいよ? それをアタシらに文句言われてもねぇ」

そんな事言われたって困る、と言わんばかりの魔族二体に、暁斗の聖剣を持つ手が震える。
その手に、リィカが手を添えた。

「(落ち着いて、暁斗)」

「(……分かってるけど! でも!)」

「(落ち着いて、ね?)」

リィカが添えた手に力を込めて笑顔を見せる。
そして魔族の方を見た。その目は厳しくなっている。

「あんたたちは何しに来たの? そのフロストックとかいうのはどこなの?」

すると、ヤクシャと呼ばれた魔族の男の方が、興味深げにリィカを見た。

「へえ、あんたがリィカだな。そんな怖い目してないで、笑った方が可愛いぜ?」

「答えて」

リィカの目がさらに鋭くなる。

「おっかないねぇ。だから見に来ただけだって言っただろ? 爺さんがあんたのせいで落ち込んだジャダーカを慰めてて手一杯だから、代わりにオレらが様子を見に来たってわけ」

「……………」

リィカは無言だ。
どこをどう突っ込めばいいか、分からなかったというのもある。

「あんたに恋人がいるって分かったら、ジャダーカの奴、失恋のショックで落ち込んでさ。面倒なんだよ」

「まあそういう事。だからアタシら別に、今はあんたらと戦うつもりないのよね。どうしてもっていうなら受けて立つけど、間違ってあんた殺したら、さらにジャダーカ面倒になるし」

「………………………ねえ、ジャダーカのこと、呼び捨てなの?」

話の内容は全部すっ飛ばした。深く突っ込みたくもない。
代わりに、気になった所を尋ねた。

これまでの魔族は様をつけて呼んでいた。同じ四天王の一人であるアシュラは呼び捨てだった。
だったら、この二人ももしかして。

ヤクシニーと呼ばれている女の魔族が笑った。

「ええ、その通りよ。アタシたちも四天王だもの。アタシはヤクシニー、そしてあっちの男がヤクシャ。よろしくね?」

「………………」

よろしくするつもりはないリィカは、黙って相手を睨む。

「これで、四天王全員が分かったね」

暁斗が言った。
確かに名前だけではあるが、これで全員だ。

リィカが頷こうとしたら、否定の言葉が魔族からかかった。

「あら、違うわよ?」

「そうそう。フロストックの爺さんも四天王だぜ?」

「…………え?」

「……いや、だって四天王でしょ。四人じゃないの?」

「残念ながら、五人いまぁす」

「正確には、アタシら二人合わせて四天王の一人勘定だけどね?」

その言葉の意味を考えて、リィカが相手を挑発するように言った。

「つまり、あんたたち一人の実力は大したことないっていう事?」

「確かにそういうことだよね。一対一なら弱いんだ?」

暁斗もリィカの言葉に乗っかる。
だが、魔族は二体ともフン、と鼻で笑っただけだ。

「その手の事、言われ慣れてるからな。挑発には乗らないぜ?」

「そうよ。――ちなみに、それを言った奴の中で、アタシらに勝った奴、いないわよ?」

魔族が不敵に笑う。
お互いの間に、緊張感が高まる。

一触即発の空気。


――ドガアアァァァァァァァァァン!!!


雷が大きく鳴った。
その大きな音に、一触即発の空気が霧散する。


暁斗とリィカの背中に、何かゾクッとした感じが走る。

視線を向ければ、そこには紅い目をして、斧を持った老爺がいた。

「「……………っ……!」」

悲鳴が声にならない暁斗とリィカだが、屋根の上にいる魔族はのんきに会話を交わしていた。

「あっちゃあ、出てきちゃったか。オレらどうする?」

「帰る……と、ジャダーカどうかしら? もうちょっと離れたところで見学してる?」

「そうするか。んじゃあまたな。――リィカ、どうせあんたジャダーカには勝てないだろうから、今のうちに恋人と別れとけよ」

「そうね、それがいいわ。ジャダーカと会った時、素直にアイツのモノになったら、わざわざ戦って傷つくこともないしね。大丈夫よ、魔法バカだけど悪い奴じゃないから。じゃあね」

まさに好き勝手なことを言って、魔族は去っていった。

それを気にする余裕は、暁斗にもリィカにもない。

紅い目をした老爺は、ニタァと笑う。
持っていた斧を、大きく振り上げた。

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