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第九章 聖地イエルザム

アンデッドの巣くう教会

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「「「「「……………………」」」」」

ドアを開けて教会に一歩も入らないうちから、五人は絶句した。
中は、不死アンデッドだらけだった。


教会の中の構造は、大抵どこも似たり寄ったりだ。
正面のドアを開けると、まず広間がある。

その広間にギッシリと、不死アンデッドがまさに詰め込まれていた。


何とも言えない強烈な匂いがして、アレクは我に返った。

不死アンデッドも、あまりに詰め込まれているのでかえって身動きが取れないのだろう。ほとんど動きを見せなかったのをいいことに、アレクはそのままドアを閉めた。

「「「「「……………はあ」」」」」

誰からともなく、ため息をついた。

「……いや、さすがにあの数は予想外だった」

アレクがぼやく。
それには、全員が頷く。よくあそこまで詰め込んだと、むしろ感心してしまう。

「噂には聞いてましたが、匂いもキツそうですね。あれがゾンビの匂いですよね、きっと」

続いて、ユーリもぼやく。

何せ、ゾンビは腐った死体である。その匂いも推して知るべし。だが、やはり実際に経験してみないと想像もできない匂いだった。

「さて、どうする?」

「あの広間の敵は、僕が上級魔法で倒しちゃいますよ」

アレクの問いにユーリが答える。

だが、上級魔法は派手な魔法が多い。建物の中で使えるような魔法ではない。
確かに、光魔法の上級魔法には静かな魔法はあるが、泰基が疑問をぶつけた。

「《光の雨ライト・シャワー》か? あれって、室内でも使える魔法なのか?」

文字通り、空から光の雨が降ってくる魔法だ。だから、外じゃないと駄目だと泰基は思っていたのだが。

「使えますよ。上から降ってくる、というだけで、空から降ってくるわけじゃないですよ。一見、そんな風に見えるのは確かですが」

「そうだったのか……」

室内で上級魔法を使う場面などそうそうないだろうが、どの魔法なら使えるのかを、きちんと把握する必要はあるかもしれなかった。

「残念。ボクの出番なしか」

「闇魔法は効果薄いでしょう。下がってて下さい」

ダランに対してユーリの当たりがきついのは、散々貴族の文句を言っていたせいなのか。

そのダランはと言えば、ユーリの態度に怖がるような様子を見せるが、そのように見せているだけ、に見える。

(少なくとも、リィカみたいな本気の怖がり様ではないよな。本人の態度が軽いせいもあって、おちょくってるようにも見える)

泰基は、やれやれ、と思いながら、様子を見ていた。
チームワークは期待できなさそうだ、と思いながら。


※ ※ ※


広間は、ユーリの上級魔法一発で終了した。

そして、一行はさらに奥に足を踏み込んでいるのだが。

(――結構、怖いな)

泰基にそんな思いが生まれている。
正直、外に残った暁斗とリィカが羨ましくなってきた。

過去に凪沙と暁斗に泣かれたお化け屋敷は全然平気だったが、やはり現実になると違う。

出てくる不死アンデッドは、現在Dランクばかり。
泰基も何度か魔法を使ったが、初級魔法で一発退場だ。ほとんどの魔物は、それでいいのだが。

「――タイキさん、後ろだ!」
「――ヒヒヒヒヒ」

アレクの声と共に背後から不気味な声が聞こえて、身がすくむ。

レイスだ。

泰基が思うのと、レイスに魔法が命中するのは同時だった。
光矢ライトアロー》。光の初級魔法だ。使ったのは、泰基ではない。

「……助かった、ユーリ」

「いえ、とんでもありません。――タイキさんも、レイスだけは駄目ですね。他の不死アンデッドは平気そうなのに」

泰基は引き攣った笑いを浮かべた。

そう。問題はレイスだった。霊体の、まさしく幽霊のような不死アンデッドの魔物。
神出鬼没で、上から下から、前から後ろから、どこから出てくるか分からない。

アレクやバルも、直前にならないとその気配を掴めないらしい。

今回のように警告と共に不気味な声が響き、それにすっかり過敏に反応するようになってしまった。

「……俺、外に出ようか」

思わず、というか、割と本気でつぶやいた泰基だったが、かえってきたのは不満そうな声だった。

「ええーっ!? やめてよ。タイキさんまでいなくなったら、ボクどうすればいいの!?」

言ったのはダランだ。
言外に、貴族や王子だけと一緒になるのが嫌だ、と言っているのが分かる。

泰基から見れば、別にアレクたちと一緒でも何も問題なさそうなのだが、一応誘ってみる。

「……一緒に外に出るか?」

「…………それはそれで、イグナシオ様に申し訳が立たない」

(――面倒だな、おい)

思いはしても、口に出すのだけは避けた泰基だ。

「ダランは別にどうでもいいが、タイキさんまでいなくなるのはやめて欲しい」

アレクが本気で、切実そうに訴えてきた。

「ああ。レイスはおれたちでどうにかすっから。これ以上の戦力減はキツい」

バルにも続けて言われた。
正直、そこまで言うほどのキツさはないだろう、と泰基は思うが、アレクやバルの意見は違うらしい。

「そうですよ。タイキさんまでいなくなるとか、勘弁して下さい」

ユーリまでもが真剣に言ってきた。
あまりにも三人が本気なので、思わず泰基も聞いてしまう。

「……そこまでか? 少なくとも現時点で、そんな大変な感じはしないが」

「アキトもリィカも、いて当たり前になっているんだ」

アレクの言葉に、バルも続く。

「アキトが、時々魔法を織り交ぜつつ前衛で聖剣を振ってんのを見てっと、心強ぇし」

「リィカの魔法に、これ以上ないくらいに助けられてますしね」

「タイキさんだって、状況に応じて前衛と後衛と判断して戦ってくれているだろう? 本当に助かっているんだ」

ユーリも続き、最後にまたアレクが締める。

打てば響くように続けられた三人の言葉に、泰基は反応に迷う。
迷っているうちに、さらにアレクに言葉を掛けられた。

「いて当たり前だから、いないとこう……不安になっている、かもしれない。どうしても無理だというならしょうがないが、できればいて欲しい」

つまりは、実際の戦力云々ではなく、精神的な所か。
それを理解して、泰基は笑う。

「分かった」

怖いことは変わりないが、息子よりも年下の子に不安と言われては放置もできない。

(全く。お前たちも、怖いとか言ってないで来い)

外にいる二人は、きっとそんなアレクたちの不安など、考えてもいないだろう。


※ ※ ※


(――仲、いいんだなぁ)

四人を見て、ダランは思う。
勇者とか、王子とか、平民とか、関係なく。

考えてみれば、王子のアレクと、平民のリィカが恋人同士とか、身分を気にしていたらなれない。

四人の連携はさすがだ。

(できれば、六人で戦うところも見てみたかったなぁ)

ダランは、少し残念だった。


※ ※ ※


「ううぅぅ……。ねぇ、リィカ。やっぱり怖いよぉ」

「だから、暁斗は教会に戻っててもいいって」

「ガクガク手を震わせて、真っ青な顔したリィカを、置いてけない」

「手を震わせて真っ青なのは、暁斗でしょ!?」


リィカと暁斗は、中でのやり取りなど知らず、しょうもない言い合いを繰り広げていた。

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