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第九章 聖地イエルザム
魔国にて①
しおりを挟む主人公サイドから離れます。
魔族サイドのお話しです。
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「勇者たちが、聖地に現れたのか」
魔王の兄、カストルがその報告を聞いて、僅かに驚く様子を見せた。
だが、すぐにその表情も消え失せる。
「だが、なぜそれを知った?」
突然カストルの目の前に現れた老人に、鋭く問いかける。
他の者なら怯むだろう言葉の鋭さに、しかし老人は飄々としたままだ。
「なぁに。聖地に眠る不死たちに、ちょっと魔力をプレゼントしたんで様子を見とったら、勇者どもが現れた、というだけじゃよ」
「…………待て、フロストック。お前、何をしている?」
「お茶目な老人の可愛いいたずらじゃよ。そう目くじら立てるでないわ」
ヒョッヒョッヒョッ、といつものように笑われ、カストルの目は半眼になっていた。
「…………だれがお茶目で、何が可愛いと?」
「細かいこと気にしとると、ハゲるぞ?」
「…………禿げたら、間違いなくお前のせいだな」
「ヒョッ?」
フロストックと呼ばれた老人は、不思議そうな顔をする。
「なぁんで、ワッシのせいじゃ。負けたアシュラと、落ち込んだジャダーカのせいじゃろうに。――というか、ジャダーカはまだ落ちこんどんのか?」
「………………」
カストルは無言で視線をそらせた。
それが、何よりの答えだ。
「しょうがないのう。たかだか失恋の一つや二つで。大体、思い人に恋人がいることを、わざわざ教えてやる必要もなかろうに。決闘に勝って奴隷にしてしまえば、結果は変わらんだろう」
「…………決闘に頼らず、娘を手に入れたいと考えていたようだったんだ。いざ対戦したときに、相手から教えられるよりはいいと思った……のだが」
カストルはボソボソとしゃべる。まるで言い訳しているかのような話し方だ。
それを聞いて、フロストックは、またもヒョッヒョッヒョッと笑った。
「そういう言い訳がましい話し方は、魔王様そっくりじゃな。頭いいとか言われとっても、やはり兄弟。よく似とる」
カストルは不満そうにフロストックを見た。
「……魔王様は、こんな話し方はされないと思うが」
「お主の目は節穴か? ああ、弟のことになると、確認するまでもなく節穴じゃったな」
もはや不満を通り越して、不機嫌な顔になっているカストルをまるで気にしない。
だが、笑っていたフロストックの目が、真面目なものに変わる。
「カストルよ、お主はホルクスを甘やかしすぎじゃ。少しは突き放せ。お主が全部采配するものじゃから、本当にホルクスは勇者が来るのを待つ以外、何もしとらんではないか」
「魔王様を呼び捨てにするな。それに、別にいいだろう。それが魔王様の役目だ。他の些事は我々がすれば良い」
それだけ言うと、カストルが立ち上がる。
その目が真剣になり、フロストックを見据える。
「……聖地の不死を、たたき起こしたのか?」
話が最初に戻った。
フロストックは慌てることなく、返事を返す。
「たたき起こす、とまではいかぬな。元々、魔王様の魔力をあびて、起きかけていた所じゃ。ワッシはそこで単に声をかけて起こしただけじゃ」
「勇者たちは、その不死と戦うのか? お前はどうするつもりだ?」
「勇者がどうするかは知らぬが、おそらくそうなるじゃろうな。あの地の神官どもは、手も足も出ておらなんだ」
その様子を思い出したのか、ヒョッヒョッヒョッ、とまたも笑い、続ける。
「さきほども言うたが、ワッシとしては、単なるいたずらのつもりじゃった。勇者が出てきたこと自体、予想外。
無論、戦え、とご命令あれば、この四天王が一人、フロストック、それに従い戦わせて頂きますが、いかがですかな。カストル様?」
カストルは眉をひそめた。
「お前に様を付けて呼ばれると、違和感しかない。いたずらで、昔の強力な不死を起こされるとは、人間どもも大変だな」
カストルの口調は淡々としている。その口調のまま、フロストックに告げた。
「戦いたければ戦え。好きにしろ。とはいっても、お前は戦わぬだろうが」
フロストックが黙って口の端をあげて、一礼する。
だが、次に出たカストルの一言に、その表情が驚きに変わった。
「次は、私が出る」
「――カストル!? 何を言うておる!?」
「魔王様にはこれから了承をもらう。ジャダーカには悪いが、娘が死んだら諦めてもらおう。勇者たちが聖地で多少なりとも足止めされるなら、準備するにも余裕ある。好都合だ」
「準備……? 何をするつもりじゃ?」
カストルは不敵に笑った。
「それで勇者一行の力を半減できる。あとは、純粋な力と力の勝負だな。あちらに魔剣が渡ってしまったのは、正直痛いが……」
フン、とカストルは笑う。
「まあよい。この作戦は、お前とジャダーカはいても逆効果だ。四天王は連れて行かないから、好きにしていろ」
それでカストルは話を終わらせるつもりだったが、思わぬ質問が来た。
「ジャダーカが喚いたら、どうすりゃいいんじゃい」
勝手にさせろ、と言いたかったが、そう言うと、自分の作戦など関係なしに乗り込んできそうだった。思考を巡らせ、思い付いたことを口にしておく。
「――新しい魔法ができたら、ルバドールへ行ってその威力を試してこい、と言っておけ」
「いつできるんじゃ? ジャダーカにしては、ずいぶん手間取っておるではないか。じゃが、できたとしても、その他大勢に対して使うとは思えんぞ?」
どうしてジャダーカが新しい魔法を覚えようとしているのか。そのしょうもない理由を考えれば、十分にあり得そうだった。
だが、そこで思考は停止した。
「……その辺は、お前の年の功で上手く言っておいてくれ」
「ヒョッ!?」
とりあえず、目の前の老人に問題をぶん投げる。悲鳴っぽく叫ばれた気がしたが、まあいいだろう。
カストルは、部屋の隅に目を向ける。
そこには、カストルがフロストックと話をしているときも、一切音を立てずにずっとたたずんでいた影があった。
「……頼みがある。聖地に行ってくれ」
その影は、黙って頭を下げた。
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