転生ヒロインと人魔大戦物語 ~召喚された勇者は前世の夫と息子でした~

田尾風香

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第八章 世界樹ユグドラシル

お礼に願う物

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「……………ん……」

リィカは目を開ける。

辺りは暗い。
みんなが寝ているのが見える。

「……あれ、えっと……」

状況が思い出せない。思い出そうと考え出して……。

『目を覚ましたのか、娘よ』

声を掛けたのは、ユグドラシルだった。

『皆は寝たぞ。そなたは、気を失うようにして先に寝てしまっていたがな』

どこか楽しそうなユグドラシルの口調に、リィカは気を失う前のことを思い出した。顔が赤くなるのを感じる。

『この姿を取ってはいるが、私の本体はこの樹だ。いかに木の陰に隠れようと、私には筒抜けだ。睦言を交わすなら場所はもう少し考えろ、と男の方に言っておけ』

「――むつ……! ち、ちがうー!」

リィカは真っ赤になって否定する。そんなリィカを見るユグドラシルは、どこか優しい。

『納得の上で召喚されたのは確かだし、この地に根を下ろすことを決めたのも私だが……、時々こうして人と触れ合うと、人の側で、人の営みを見ていたかった、とも思う。
 いいものだ。男女が出会い、恋をして愛し合い、やがて結ばれて子が生まれる。私にはないものだ』

ユグドラシルのその言葉に、リィカは僅かに笑う。
その笑みは、どこか悲しげだった。

「わたしがアレクと一緒にいられるの、魔王を倒す旅の間だけですよ。それが分かってるから、一度はアレクを突っぱねたのに、結局ダメでした。……旅が終わるまでに、ちゃんとアレクと別れる覚悟、決めとかないとなぁ」

『何故だ?』

訊ねるユグドラシルは、心の底から不思議そうだった。

「人の営みの中に、身分制度があるからです。わたしとアレクじゃ、身分が合わない。身分があわなきゃ、結ばれません。だからどんなに好きでも、取れる道は別れることだけです」

どこかの家でアレクに囲われて、いつ来るか分からないアレクをただ待つだけの、愛人という立場はあるのかもしれない、と考えたことはある。でも、それは絶対にイヤだった。

日本人の、凪沙の価値観だけじゃない。リィカの育った平民の価値観だって、一夫一妻だ。愛人などとんでもない事だ。

『……そなたがそう言うなら、きっとそうなのだろう。だが、私はそなたに幸せになって欲しい。そなただけでなく、他の皆もだ。皆がどうか、幸せになれる道を取って欲しいと願う』

「……ありがとうございます」

仄かに笑ったリィカは、やはりどこか悲しそうだった。


※ ※ ※


次の日の朝。
リィカは、起きるなりアレクに抱き締められた。

「良かった。昨日全然目を覚まさないから、心配したんだぞ」

「――分かったから、離してよ!」

言っても離してくれず、誰も止めてくれず、結局アレクが満足するまでそのままだった。

(……人の気も知らないで)

リィカは、自分を抱き締めるアレクに、そんな事を思う。アレクは、身分差のことをどう思っているんだろうか。



朝食時。
やはりバナスパティが口から大量の果物を吐き出した。

微妙な気はするが、さすがに慣れた。
三食続けて果物だけは味気ないので、取っておいた肉も焼いて食べる。


その様子を眺めていたユグドラシルが、リィカに声をかけた。

『娘よ。昨日話していた森の魔女についてだが。……やはり、居場所は分からない』

暁斗と泰基が、不思議そうにリィカを見る。
この話は二人が席を外したときにした話だ。

視線を感じながらも、リィカはユグドラシルに頷いた。

「分かりました。調べてくれて、ありがとうございます」

『済まないな。ただ、森の魔女は“転移陣”を使って、稀に森の外との行き来をしているらしい。その陣がどこにあるかも分からないが、それを見つけるのも、一つの手かもしれない』

「……転移陣?」

聞き慣れない言葉に、リィカが首を傾げる。

『正確には、転移の魔方陣、というべきだろうと思う。私も詳しくは分からない。ただ、かの森の魔女は、転移をするのに魔方陣を用いている、という事だ』

「……そう、ですか」

森の魔女の話には、魔方陣が関わってくる。そういう陣を作る能力でもあるんだろうか。



『それで、礼は何がいい?』

一行が食事を終えると、ユグドラシルに切り出された。

「……………」

何のことだと言いたそうな一行の視線を向けられ、ユグドラシルこそ疑問をぶつける。

『昨日言ったであろう。私たちにできることであれば礼をしたい、と。何かないのか?』

そういえば言われたような気がする。
そう思いながら一行は顔を見合わせ、まずアレクがユグドラシルに視線を移した。

「……果物もたくさん頂いたし、夜も魔物の心配なくゆっくり休ませて頂いた。十分なくらいだと思うが」

次いで、バルが口を開く。

「でけぇ魔石も頂いたしな」

次いで、ユーリ。

「僕は服がほしいですけどね。……何かないのか、と聞かれても、なかなか難しいです」

毛布を被ったまま、服がないユーリの台詞には、なかなかの悲壮感が漂っている。

「……………うーん……?」

暁斗は、と言えば、首を傾げて考え込んでいるが、それだけだ。

『欲がないな、そなたらは。果物は礼にもなるものではないし、キリムを倒したのはそなたらなのだから、魔石も礼にはならない。……娘は?』

聞かれてリィカは口ごもる。

欲しいものは、確かにある。もしかしたら、もらったキリムの魔石(朝起きて、見て大きさに驚いた)でも代用は可能かもしれない。
けれど、今後何かに使えるかもしれない事を考えると、使ってしまうのはもったいない。

「んー、ムリならムリでいいんですけど……、Bランクの魔石が五個欲しいです」

悩んだが、結局素直に欲しいものを口にした。

「そんなに、何に使うんだ?」

アレクに聞かれたリィカは素直に答える。

「アイテムボックス、一人一個ずつあった方がいいのかなって」

その言葉に反応したのは、ユグドラシルと、側で黙って話を聞いていたバナスパティだった。

『なるほど。バナスパティ、頼めるか?』

『任せてもらおう。Bランク五体程度、たいした手間ではない。娘よ、狩ってくるので、少し待て』

「……は? 狩って……?」

リィカが疑問を呈したときには、すでにバナスパティの姿は海の上にあり、沖に向かって疾走していた。

『そなたらのいる陸は知らぬが、海でBランクは珍しくも何ともないからな。そう経たずに戻ってくるだろう』

ユグドラシルは何と言うこともないように言ったが、どこか申し訳ない気持ちになったリィカだった。



『そなたは、何かないのか?』

ユグドラシルが視線を向けたのは、残った一人、泰基だ。
泰基は、一瞬悩む様子を見せたが、すぐに口を開く。

「世界樹の葉が欲しい」

その言葉に、一同が、あっ、と言いたげな顔を作る。
リィカの回復で、その効果は証明されている。

だが、ユグドラシルは、どこか躊躇していた。少し長めの沈黙の後に、口を開く。

『…………そうだな。それが一番の礼になるな』

それはユグドラシルも分かっていた。
分かっていても、言い出せなかったのには、理由がある。

『力が足りないのだ。葉なら何でもいいわけではない。世界樹の葉、と呼ばれる回復能力を宿すものができるのには、力も時間も足りない』

ユグドラシルは、泰基に頭を下げて、続ける。

『誠に申し訳ない。……そなたらがどこにいようと、できたらお渡しする。私は動けないから、バナスパティに届けさせる。それで勘弁願えないか?』

泰基は、フッと笑った。
駄目だと、渡せないと言われる可能性すら考えていたのだ。

「頭を下げてもらうことはありません。……それでいいです。ぜひお願いします」

『必ず』

ユグドラシルが、しっかりと頷いた。

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