250 / 596
第八章 世界樹ユグドラシル
手の平へのキス
しおりを挟む
バルがアシュラの所へ行ってくる、と言って出かけていった。
魔剣の鞘が必要だ、というのがその一番の理由だ。
アシュラから託されて、抜き身のまま持ってきてしまっている。
一緒について行ったのが、バナスパティだ。島で亡くなった者は、それが何者であれ土に埋めて土に還してきたから、と。
ちなみに、バルが今まで使っていた剣は、リィカの持つアイテムボックスに入れてある。
二つに折れてしまっても「捨てられない」とバルは言っていた。
キリムを倒すのを押しつけられた、とバルに言われた時には怒りを覚えた一行だが、魔剣には興味津々だった。
「バルが、魔剣持ちか」
アレクは、どこか羨ましそうだ。
「つっても、これから使いこなせるようにならねぇとな」
剣の刀身を眺めながら、バルは真剣な顔をしていた。
※ ※ ※
「リィカ、少しだけいいか?」
バルとバナスパティの姿が見えなくなるのを見届けたように、アレクがリィカに声をかけた。
「……え? うん、いいけど……どうしたの?」
「ちょっと来てくれ」
手を引かれて立ち上がる。引かれるままに、リィカはアレクの後をついて行った。
木の陰に入り、残ったユーリたちの姿が見えなくなると、リィカはアレクにグッと腕を引かれた。
驚く間もなく、アレクに抱き締められた。
「――アレク!?」
身じろぎしようとするが、アレクの腕の力が強く、ほとんど動けない。
それでもなおも動こうとしていると、アレクの声が聞こえた。
「……体が暖かい。ちゃんと動いている。……生きているよな、リィカ」
「……へ? 当たり前でしょ?」
さっきから動いているし、しゃべっている。今さら何を。
そうリィカは思ったが、アレクの腕の力がさらに強くなった。
「悪い。守るって言ったのに、何もできなかった。お前を守ったのは……守ってくれたのはユーリだ。――俺は、何もしなかった」
「……アレク?」
アレクの、沈んだ声にリィカの動きが止まった。
「どうして、俺はこうなんだろうな。いつも、守りたい人を守れない。それで傷つけて苦しめて……それなのに、手を放せない。失いたくない」
「アレク、どうしたの……?」
「前もそうだった。俺のせいで兄上が毒殺されかかって……。それなのに誰も責めない。逆に俺のことを心配してくれて、笑いかけてくれて、でも俺は何もできない。そのくせ、完全に離れることもできない。本当に、何で俺は……」
アレクの体が震えている。
泣いているんだろうか、泣きたいんだろうか。
押さえ込まれていてあまり動かないが、何とかリィカは自分の腕をアレクの背中に回す。
すると、アレクの体が動揺したように動くのを感じる。
「……リィカ、本当に悪い。それでも俺は、お前と一緒にいたいんだ」
絞り出すような辛そうな声に、リィカはアレクの背中を撫でる。
アレクは、いつも強かった。
剣だけじゃなく、心だって強かった。だから、リィカはつい甘えてしまっていた。
でも、そうじゃないこと知っていたはずだ。時々見せていた、暗い、辛そうな顔。
詳しい事は分からないけれど、確かにアレクにも辛い過去が存在しているのだ。
「いつも守ってくれてるよ。アレクが側にいてくれて、こんなに安心できることなんてない」
リィカは、背中に回した手に力を入れる。
「わたしも、アレクと一緒にいたい。だから、わたし頑張るね。アレクに守ってもらってばかり、甘えてばかりじゃなくて、ちゃんとわたしもアレクを守りたいから」
「…………お前は、本当に」
アレクがつぶやいて、少し腕の力を緩める。
リィカと視線が合った。
アレクの顔は、今にも泣きそうだった。
「本当に、俺なんかでいいのか? 俺は、何もできないぞ」
リィカは、その言葉を聞いたのが初めてではない気がして、戸惑う。
しかし、すぐに戸惑いを振り切って、背中に回していた手をアレクの頬に添える。
「アレクがいい、って何度も言ったでしょ? 何もできなくなんかない。アレクが離れてったら、わたしずっと泣いて過ごすからね」
「……それは困る」
「だったら一緒にいて。ね?」
リィカはアレクに笑いかける。
そして、少し考えて、付け加えた。
「わたしは王族とか貴族のこととか分かんないし、アレクの抱えていることも分かんない。でもね、アルカトルのお城にいるとき、思ってたよ。アレクもお兄さんも、お互いのことが大好きなんだなぁって」
驚いているアレクを見て、さらにリィカは言葉を繋ぐ。
「大好きだから、アレクのことが心配だったんだよ。アレクに、近くにいてほしかったんだと思う。だから、守れなかったなんて思うことないし、何もできなかったなんてことない。アレクが側で笑っていてくれれば良かったんだよ」
ふと、リィカが思い出したのは、アレクの兄アークバルトの婚約者、レーナニアのことだった。
旅立ち前日のパーティーが終わって、ドレスを脱ぐのを手伝ってくれていた時、レーナニアがぼやいたのだ。
『……リィカさんが羨ましいです。アレクシス殿下に、あんな風に綺麗だと言ってもらえて。アーク様は、何も仰って下さらない』
どこかふて腐れたようにも聞こえた、その言葉。
正確には、何も言ってくれないわけではないらしいが、形式に則ったような「綺麗」しか言ってくれないらしい。
『分かってはいるのです。アーク様の目は、まずアレクシス殿下を追いますから。それでも、わたくしのことも大切にして下さいますし、決してアーク様に不満があるわけではありません』
そう言いつつも、唇を尖らせたその表情は、不満だと顔に書いてある。
『……でも、こう、たまには、あんな風に、我を忘れたように褒められてみたいじゃないですか。わたくしだけを追い掛けてほしいじゃないですか』
その時、リィカは、どう返事をしていいか分からなくて、曖昧に笑って終わりにしてしまった。
でも、婚約者にさえそう思われるくらい、アークバルトはアレクのことを大切に思っている。
「ね、アレク。だから、自信持って」
「……それで、いいのかな」
アレクの手が、リィカの手に添えられる。
それに恥ずかしさを感じながら、リィカは頷いた。
「もちろんだよ。……わたしも、アレクには元気で笑顔でいてほしい」
「……ああ」
アレクの目から、一粒涙が落ちる。
それに何となく見入っていたら、アレクが笑った。
添えられていただけの手を握られて、アレクの頬から剥がされた。
「……………!?」
リィカの手の平に、アレクがキスを落とす。
慌てて手を引こうとしても、アレクが離さない。
「……あ……な……」
リィカは何かを言おうとするが、言葉が出ない。そんなリィカを見るアレクは嬉しそうだった。
「顔真っ赤だぞ、リィカ。……手の甲へのキスは挨拶。指先へのキスは、あなたが好きです。手の平へのキスは、何だと思う?」
そんなの知らないし、知りたくない。
が、言葉が出てこないリィカは、ただ首を横に振るしかできない。
「基本的には、あなたが好きですって意味だけどな。指先よりも、もっと深いかな。突き詰めると、あなたのすべてを知りたい、あなたが欲しいって意味にもなるんだが」
耳まで真っ赤にさせたリィカは、やはり何も言葉が出せずにいるままだ。
「指先へのキスじゃ、押さえられなかった。突き詰めた所まで考えたわけじゃないが……リィカ、愛している。絶対、離さない」
混乱したままのリィカの後頭部に、アレクが手を回す。
そのまま口付けられて……リィカが限界を迎えた。
意識が遠ざかる。
気を失って崩れ落ちる寸前、
「……おい、リィカ?」
戸惑ったアレクの声と、体を支える手を感じて……リィカの意識は暗転した。
魔剣の鞘が必要だ、というのがその一番の理由だ。
アシュラから託されて、抜き身のまま持ってきてしまっている。
一緒について行ったのが、バナスパティだ。島で亡くなった者は、それが何者であれ土に埋めて土に還してきたから、と。
ちなみに、バルが今まで使っていた剣は、リィカの持つアイテムボックスに入れてある。
二つに折れてしまっても「捨てられない」とバルは言っていた。
キリムを倒すのを押しつけられた、とバルに言われた時には怒りを覚えた一行だが、魔剣には興味津々だった。
「バルが、魔剣持ちか」
アレクは、どこか羨ましそうだ。
「つっても、これから使いこなせるようにならねぇとな」
剣の刀身を眺めながら、バルは真剣な顔をしていた。
※ ※ ※
「リィカ、少しだけいいか?」
バルとバナスパティの姿が見えなくなるのを見届けたように、アレクがリィカに声をかけた。
「……え? うん、いいけど……どうしたの?」
「ちょっと来てくれ」
手を引かれて立ち上がる。引かれるままに、リィカはアレクの後をついて行った。
木の陰に入り、残ったユーリたちの姿が見えなくなると、リィカはアレクにグッと腕を引かれた。
驚く間もなく、アレクに抱き締められた。
「――アレク!?」
身じろぎしようとするが、アレクの腕の力が強く、ほとんど動けない。
それでもなおも動こうとしていると、アレクの声が聞こえた。
「……体が暖かい。ちゃんと動いている。……生きているよな、リィカ」
「……へ? 当たり前でしょ?」
さっきから動いているし、しゃべっている。今さら何を。
そうリィカは思ったが、アレクの腕の力がさらに強くなった。
「悪い。守るって言ったのに、何もできなかった。お前を守ったのは……守ってくれたのはユーリだ。――俺は、何もしなかった」
「……アレク?」
アレクの、沈んだ声にリィカの動きが止まった。
「どうして、俺はこうなんだろうな。いつも、守りたい人を守れない。それで傷つけて苦しめて……それなのに、手を放せない。失いたくない」
「アレク、どうしたの……?」
「前もそうだった。俺のせいで兄上が毒殺されかかって……。それなのに誰も責めない。逆に俺のことを心配してくれて、笑いかけてくれて、でも俺は何もできない。そのくせ、完全に離れることもできない。本当に、何で俺は……」
アレクの体が震えている。
泣いているんだろうか、泣きたいんだろうか。
押さえ込まれていてあまり動かないが、何とかリィカは自分の腕をアレクの背中に回す。
すると、アレクの体が動揺したように動くのを感じる。
「……リィカ、本当に悪い。それでも俺は、お前と一緒にいたいんだ」
絞り出すような辛そうな声に、リィカはアレクの背中を撫でる。
アレクは、いつも強かった。
剣だけじゃなく、心だって強かった。だから、リィカはつい甘えてしまっていた。
でも、そうじゃないこと知っていたはずだ。時々見せていた、暗い、辛そうな顔。
詳しい事は分からないけれど、確かにアレクにも辛い過去が存在しているのだ。
「いつも守ってくれてるよ。アレクが側にいてくれて、こんなに安心できることなんてない」
リィカは、背中に回した手に力を入れる。
「わたしも、アレクと一緒にいたい。だから、わたし頑張るね。アレクに守ってもらってばかり、甘えてばかりじゃなくて、ちゃんとわたしもアレクを守りたいから」
「…………お前は、本当に」
アレクがつぶやいて、少し腕の力を緩める。
リィカと視線が合った。
アレクの顔は、今にも泣きそうだった。
「本当に、俺なんかでいいのか? 俺は、何もできないぞ」
リィカは、その言葉を聞いたのが初めてではない気がして、戸惑う。
しかし、すぐに戸惑いを振り切って、背中に回していた手をアレクの頬に添える。
「アレクがいい、って何度も言ったでしょ? 何もできなくなんかない。アレクが離れてったら、わたしずっと泣いて過ごすからね」
「……それは困る」
「だったら一緒にいて。ね?」
リィカはアレクに笑いかける。
そして、少し考えて、付け加えた。
「わたしは王族とか貴族のこととか分かんないし、アレクの抱えていることも分かんない。でもね、アルカトルのお城にいるとき、思ってたよ。アレクもお兄さんも、お互いのことが大好きなんだなぁって」
驚いているアレクを見て、さらにリィカは言葉を繋ぐ。
「大好きだから、アレクのことが心配だったんだよ。アレクに、近くにいてほしかったんだと思う。だから、守れなかったなんて思うことないし、何もできなかったなんてことない。アレクが側で笑っていてくれれば良かったんだよ」
ふと、リィカが思い出したのは、アレクの兄アークバルトの婚約者、レーナニアのことだった。
旅立ち前日のパーティーが終わって、ドレスを脱ぐのを手伝ってくれていた時、レーナニアがぼやいたのだ。
『……リィカさんが羨ましいです。アレクシス殿下に、あんな風に綺麗だと言ってもらえて。アーク様は、何も仰って下さらない』
どこかふて腐れたようにも聞こえた、その言葉。
正確には、何も言ってくれないわけではないらしいが、形式に則ったような「綺麗」しか言ってくれないらしい。
『分かってはいるのです。アーク様の目は、まずアレクシス殿下を追いますから。それでも、わたくしのことも大切にして下さいますし、決してアーク様に不満があるわけではありません』
そう言いつつも、唇を尖らせたその表情は、不満だと顔に書いてある。
『……でも、こう、たまには、あんな風に、我を忘れたように褒められてみたいじゃないですか。わたくしだけを追い掛けてほしいじゃないですか』
その時、リィカは、どう返事をしていいか分からなくて、曖昧に笑って終わりにしてしまった。
でも、婚約者にさえそう思われるくらい、アークバルトはアレクのことを大切に思っている。
「ね、アレク。だから、自信持って」
「……それで、いいのかな」
アレクの手が、リィカの手に添えられる。
それに恥ずかしさを感じながら、リィカは頷いた。
「もちろんだよ。……わたしも、アレクには元気で笑顔でいてほしい」
「……ああ」
アレクの目から、一粒涙が落ちる。
それに何となく見入っていたら、アレクが笑った。
添えられていただけの手を握られて、アレクの頬から剥がされた。
「……………!?」
リィカの手の平に、アレクがキスを落とす。
慌てて手を引こうとしても、アレクが離さない。
「……あ……な……」
リィカは何かを言おうとするが、言葉が出ない。そんなリィカを見るアレクは嬉しそうだった。
「顔真っ赤だぞ、リィカ。……手の甲へのキスは挨拶。指先へのキスは、あなたが好きです。手の平へのキスは、何だと思う?」
そんなの知らないし、知りたくない。
が、言葉が出てこないリィカは、ただ首を横に振るしかできない。
「基本的には、あなたが好きですって意味だけどな。指先よりも、もっと深いかな。突き詰めると、あなたのすべてを知りたい、あなたが欲しいって意味にもなるんだが」
耳まで真っ赤にさせたリィカは、やはり何も言葉が出せずにいるままだ。
「指先へのキスじゃ、押さえられなかった。突き詰めた所まで考えたわけじゃないが……リィカ、愛している。絶対、離さない」
混乱したままのリィカの後頭部に、アレクが手を回す。
そのまま口付けられて……リィカが限界を迎えた。
意識が遠ざかる。
気を失って崩れ落ちる寸前、
「……おい、リィカ?」
戸惑ったアレクの声と、体を支える手を感じて……リィカの意識は暗転した。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
70
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる