転生ヒロインと人魔大戦物語 ~召喚された勇者は前世の夫と息子でした~

田尾風香

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第八章 世界樹ユグドラシル

ユーリとアレク

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「泰基! ユーリは!?」

一足早く戻ったリィカが泰基に声を掛ける。

もう泰基は魔法を発動させていなかった。
うつ伏せのユーリの身体には、毛布がかけられている。

「治った。まだ目は覚まさないが、じきに起きると思う」
「……そっか。……良かった」

泰基の言葉にリィカがその場に座り込む。

「ユーリ、もう大丈夫なの?」

暁斗が泰基に聞いているが、それにも泰基はしっかり頷いていた。


リィカが、唯一毛布から出ている、ユーリの頭にそっと触れる。

「……髪も焼けちゃったね」

綺麗な金髪の髪が、チリチリだ。全部燃えて無くならなかっただけ、マシなのだろうか。

「さすがに、髪は回復魔法でも治らない。切るしかないさ。そのうち伸びるだろ」

泰基は苦笑いだ。
こればかりはどうすることもできない。


※ ※ ※


ユーリは、意識が浮上するのを感じた。
なぜ寝ていたのか、それを思い出せずにいると、リィカの声が聞こえた。

「――ユーリ!?」

思いの外近い距離から聞こえて目を開ければ、すぐ目の前にリィカの顔がある。

「……リィカ? ……僕は、ええと……」

未だに思い出せないまま、軽く上半身を起こすと、リィカはしがみつかれた。
動揺する間もなく、その目から涙が零れたのが見えた。

「良かった、ユーリ。良かったよぉ……」
「……………ええと……?」

リィカの様子に戸惑う。しばし考えて、ようやくリィカを庇って覆い被さったことを思い出した。

「ああ、そうでしたね。――リィカ、心配掛けてすいません。僕は大丈夫ですよ」

しがみついているリィカの背中に手を回して、安心させるように背中をポンポン叩く。
しかし、涙をこぼしながら睨んできたリィカに、僅かに怯んだ。

「大丈夫じゃない! ほんとにひどい状態だったんだよ!? ……なんで、わたしなんかを庇ったの?」

(リィカまで、わたしなんか、と言うんですね)

テルフレイラでアレクも「俺なんか」と何度も言っていた。思い出したその事実に悲しくなる。そんなに自分を卑下することは、どこにもないのだ。

そう思ったが、口から出たのは全く関係ない言葉だった。

「そんなに怒らないで下さい。……エブラ村でアレクが庇ったときは、そんなに怒らなかったんでしょう?」

かつて、モントルビア王国の最南端の村、エブラ村でパールと戦って、アレクがリィカを庇って川に落ちた。

その時の話を持ち出せば、リィカの目がつり上がった。リィカが口を開こうとする。

「そういう問題じゃないよ! なんであんなことしたんだよ!?」

横から暁斗が口を挟んできた。

リィカと暁斗と、二人に睨まれ目を泳がせてしまう。
泰基と目があうが、助けてくれる気配はなかった。


ふと、アレクとバルが走って近づいてきたのが見えて、気付く。

「バル、無事だったんですね……」

あえて言うなら、ユーリに話を逸らすつもりは全くなかった。純粋にバルの無事を喜んだだけだ。

「「……ユーリ?」」

地を這うようなリィカと暁斗の声に、冷や汗が流れる。
諦めて素直に話すしかないか、と悟った。

「すいません。リィカがいなくなったらアレクが悲しむかな、と思ったら、本当につい体が動いてました」

言ったら、リィカの目から更に大粒の涙が零れる。
それに怯んでいたら、さらにアレクに声を掛けられた。

「……ユーリ、今の本当か?」

どうやらアレクにも聞こえてしまったらしい、と気付いて、自分の配慮のなさにため息をつく。
どう考えても、アレクに言っていい内容ではなかった。

(――さて、どうしましょうかね)

そんな事を考えていたら、アレクが怖い形相をしているのが目に入る。

――ボキッ!

大きな音が聞こえて、頬に痛みが走る。
アレクに殴られた、と気付いた時には、ユーリの体は投げ出されていた。


「――アレク!?」
「ちょっと、アレク……!」
「おい、落ち着け!」

先ほどまでユーリを責めていたリィカと暁斗。そして、泰基が慌ててアレクに声を掛けているのが聞こえる。

「……お前がいなくなっても俺は悲しむからな、ユーリ。覚えておけ」

アレクの低い声が聞こえる。確かに、自分がいなくなればアレクは悲しむだろう。

(……でも、アレク、あなたが言ったんじゃないですか)

じんじん痛む頬を押さえつつ、起き上がる。
話をしようとするが、痛みで上手く声がでない。

おそらく、この場で唯一同じ事を思っているだろうバルに、視線を向けた。


※ ※ ※


ユーリに視線を向けられたバルは、一つ息をついた。
こっちに投げるな、と思うが、ユーリの腫れ上がった頬を見れば、諦めるしかない。


「ユーリのしたことがいいとは言わねぇよ。でもアレク、お前が言ったんだよ。そのうち立ち直ってくれるだろうってな」

「……………え……?」

アレクの、どこか泣きそうな顔を見る。

あれは、パールとの戦いで川に落ちたアレクとリィカを見つけた後、レソントの街に逗留しているとき。

暁斗の過去の話を聞いた直後の話だ。暁斗は部屋を飛び出してしまったから聞いていないだろうが、他の面子は聞いていたはずだ。


『助けられて最初は辛くても、それこそ時間が解決してくれるだろうし、周りに支えられてもっと早くに立ち直ってくれるかもしれない。そう思えば、そんなに命をかけることも気にならない』

アレク自身が言った言葉だ。


「ユーリは、リィカが側にいれば、お前は立ち直ってくれると思ったんだろうよ。一瞬でそこまで考えたかどうかは知らねぇが、それでもお前にはリィカが必要だと思ったんだろうな」

「俺は…………!」

アレクが何やら言いかけるが、言葉が見つからなかったようで、そのまま唇を噛みしめていた。

「とりあえず、ユーリに謝っとけ。お前がぶん殴っていい問題じゃねぇよ」

アレクがうつむく。握りしめた拳が、震えているのが見えた。
ユーリに向かって、足を踏み出していた。


※ ※ ※


リィカは、暁斗と顔を見合わせる。

横からアレクにすっかり掻っ攫われてしまった。怒りは消えたが、何とも言えない消化不良な感じだけが残る。

次いで、ユーリの方に視線を向ける。

「……………ぁ……」

暁斗が小さくつぶやいた。

リィカもそれに気付いて、顔が一気に真っ赤になる。体ごと視線を逸らした。

リィカのその行動を不思議そうに見た泰基とバルが、ユーリの方を見て気付く。
アレクに殴られて投げ出されたせいで、ユーリにかけてあった毛布が取れていた。


※ ※ ※


アレクはユーリの側まで来ると、そのまま片膝をつく。
懺悔するように頭を下げた。

「……殴って悪かった、ユーリ」

ユーリは話そうとしたが、やはり頬が痛い。

自分で治すか、と手を持っていこうとしたら、体にバサッと何かを掛けられた。
次いで、後ろから頬に手が当てられる。

「《回復ヒール》」

その声で誰だか分かった。泰基だ。
ある程度良くなってきたな、という所で、泰基の手に触れる。

「もう大丈夫です、タイキさん。ありがとうございます」

「ああ。……ユーリ、きちんと毛布被っとけよ」

「毛布……?」

その言葉で自分に掛けられたのが毛布であることに気付く。続いて、なぜ、と思って、さらに大変な事に気付いた。

「えっ……!? 僕、服……なんでですか!?」

慌てて毛布をかき集めて、体を隠す。
泰基には気の毒そうな視線を向けられた。

「キリムの炎で燃えた。それだけだ」

理由は分かった。理解した。納得するしかない。

だが、問題はそこじゃない。
こちらに背中を向けているリィカに視線を向ける。

「……リィカ、見ました?」

あえて、何を、とは聞かない。

「……み……見てない!!」

背中を向けたまま、慌てふためいた返事が返ってきた。

まったく信用できない返答にどうしたものかと思っていると、アレクの情けない声がユーリの耳に届いた。

「……ユーリ……俺、謝っているんだが」

「ああ、そうでしたね、忘れてました」

アレクが憮然とした顔になったのを面白がりたい所だが、これ以上は機嫌が悪くなるだけだろう。

ユーリはアレクの手に自分の手を添える。

「殴ったことを謝る必要はありません。そうされるだけのことをした自覚はあります。それに、そこまで僕のことを想ってくれているのが分かりましたからね。純粋に嬉しいですよ?」

からかうように言った。
怒るかと思ったが、落ち込んだようにうつむいただけだった。

「僕からアレクに言いたいのは、一つだけです。僕が言うのもなんですけどね。――アレク、命を惜しんで下さい。大切な人のためだからといって、簡単に捨てると言わないで下さい。それだけです」

添えた手から、アレクの手の震えが伝わる。
アレクが顔を上げて、ユーリを見る。泣き笑いのような顔をしていた。

「……本当に、お前が言うなって話だな。……努力、する。悪い、今はそれしか返せない」

「ええ、それでいいですよ。いつか、もっといい返事を聞かせて下さいね」

そして、話はこれで終わり、というように、アレクから手を離した。

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