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第八章 世界樹ユグドラシル

バルとリィカ

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バルは、ふと背中にゾクッとした感覚が走る。
その感覚に引きずられるように、後方に下がる。


「――――!!」

ドォン、と大きな音を立てて、バルがつい先ほどまで立っていた場所の地面が、大きく抉れた。

ふと、人影のようなものが見えた。キリムじゃない。当然仲間たちでもない。

「――何だ?」

それを理解する前に、その人影のようなものから攻撃が放たれたのを悟り、さらに躱す。

「まさか、剣技か!?」

躱したそれが、自分がよく使う土の剣技だと気付く。

仲間たちと距離が離された。
代わりに、その人影が自分に迫っている。

見えたのは、白い髪、白い肌、長く尖った耳を持つ、立派な体躯をした男。

「――魔族!?」

なぜここに。
バルがそう疑問に思うと同時に、体が動かなくなった。

魔族の男の口が、ニッとつり上がるのが見える。

(――まさかこれ……!)

テルフレイラでメルクリウスと名乗った男が張った、決闘用の結界。
あの時と同じだ。

「――こんな時に邪魔すんな!」

思わずバルが叫ぶ。
魔族の男の口が開こうして……、

「《疾風ゲイル》!」

魔族の男に魔法が放たれる。男がそれを躱す。
さらに、魔法を唱える声が聞こえた。

「《強化・速ブースト・アーリー》!」

速さを強化する魔法だ。

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 止まんな……ぶっ!」

悲鳴を上げつつ、猛スピードで走ってきたリィカが、バルに激突して止まった。
最後、まともに顔がバルの体にぶつかっていた。

「おい、リィカ、大丈夫か!?」

倒れそうなリィカを支えて気付く。
体が動いた。

「……一体何してんだ?」

バルからすれば当然の疑問だったが、リィカに睨まれた。


※ ※ ※


(何してるって、ヒドい)

バルの言葉に、リィカは頬を膨らませた。


炎で焼けば、首の再生は防げる。
その暁斗の言葉で真っ先に気になったのは、バルだった。

暁斗もアレクも火の適正があるから、どうにかできる。でもバルにはそれがない。
だから、バルのフォローに入った。

そのバルが、突然後ろに下がった。

なぜ、と思う間もなく地面が抉れた。キリムとは違う何かが攻撃してきた、という事だけは理解できた。

そして、見えた魔族の姿。

口の端が上がった魔族に対して、バルが動かない。
あの結界を使おうとしているんだと、すぐに分かった。

だから、魔法を放って邪魔をした。

慣れない速度強化の魔法を自分に掛けて、間に合うように祈りながら急いでバルの元に駆け付けた。強化された速さを抑えきれずに、顔面からバルに激突してしまったが、目的は達した。

自分が激突しても、ビクともしないバルはさすがだけど、何してるはひどい。

だが、文句は後回しだ。
リィカは、バルを庇うように前に立ち、魔族の男を睨み付けた。

「あの結界、最初に戦う二人を小さく囲んでから大きく広がった。――テルフレイラで戦った三人とも、必ずわたしたちをバラバラにして距離を開けさせてから使ってた。
 だから多分、最初二人を囲むとき、その範囲に第三者がいたら結界は発動できない。わたしがこうしていたら、結界は作れない」

言って、そのまま睨み付けていると、魔族の男は面白そうに笑った。

「――なるほど。それで、慣れぬ強化魔法で急いで来た、と。いいぞ小娘。正解だ。確かにこのままでは決闘の結界は発動できぬ。だが……」

魔族の男が視線を別の方向に向ける。
そうしながらも、こちらへの警戒を怠っていないのも分かる。

男が視線を向けたのは、キリムと戦っている仲間たちの方だ。
リィカが、グッと唇を噛む。

「どちらでも良いぞ、小娘。己と二対一で戦うか、あちらの仲間の方に行くか。貴様が選べ。
 己の目当ては後ろの男だけだが、望み通りにいかぬのも戦いだろう。貴様を殺すとジャダーカに文句を言われそうだが、さっさと行かぬ奴が悪いだけだからな」

男はここで、獰猛に笑う。同時に凄まじい気迫を感じて、リィカが怯む。

「ただし、貴様ら二人の距離が開けば、己はその時点で遠慮なく結界を発動させてもらう。小娘、果たして貴様は足手まといにならず、距離を詰めていられるかな?」

言われて、リィカは気付いた。

結界の発動をしないように、と思えば、後方から距離を開けて魔法で援護、というわけにいかない。常にバルの側にいなければならない。

(――そんなの、ムリだ)

バルの動きに付いていけるはずがない。
魔族の男の言う通り、足手まといになるだけだ。

リィカの表情が悔しげに歪んだ。



「リィカ、おれはいい。あっち行け」
「――バル」

振り返ったリィカの目に、涙がにじんでいた。
リィカが飛び込んできた理由を、バルは理解した。

自分のことを考えて飛び込んできてくれたのに、何をやっている、と聞かれれば腹も立つだろう。

後で謝ろうと決めて、リィカに声をかける。

「おれは大丈夫だ。負けねぇよ。だから、キリムはおれ抜きで倒せ。できるよな?」

大丈夫という保証など、もちろんない。それでも、バルはリィカにそう伝える。
言った以上はそれを為す。その覚悟を決める。

「……うん。ごめんなさい。勢いよく飛び込んできたくせに、役立たずで」

「そんな事思ってねぇよ。どんだけお前に助けられてると思ってる?」

「……わたし……みんなに迷惑かけてるだけだよ」

リィカの言葉に、力がない。

バルとしては、時間があればとことんリィカに言い聞かせたい所だが、今はそんな場合ではない。

右手に持っていた剣を、左手に持ち替える。
空いた右手は拳を作り、リィカの前に出す。

「――リィカ、ちと悪ぃが触れてくれ。お前の魔法の力、ほんの少しでいいから、おれにも分けてくれ」

無詠唱での魔法発動に成功したことがない。だが、魔族相手にそれはきつい。

気休めにもならないことなど分かっている。
ただ、自分の覚悟に、ほんの少し後押しがほしかった。

そして、罪悪感にかられているだろうリィカの気持ちを少し解せれば、そう思った。

そんなバルの気持ちが分かったのかどうなのか。
リィカが、少し笑顔を見せる。

「バル、頑張って。負けないでね」

バルの差し出した拳を、リィカは両手で包む。
そして、その手の甲に、唇を落とした。

「…………へっ!?」

驚くバルを余所に、リィカは身を翻してそのまま去っていった。

「……なんも、そこまでしろとは言ってねぇ」

むしろ、後でアレクが面倒そうだ。

だが、バルは不敵に笑った。
左手で持った剣を、右手に持ち替える。

確かに力をもらった感じがした。


黙って立ったまま動く気配を見せなかった魔族の男を、改めてバルが見据える。
すると、男が妙な顔を浮かべていた。

「……貴様、あの小娘の恋人か何かか?」

「怖ぇ事言うな。恋人は別にいる。あいつ、嫉妬むき出しにしてくっから、今から何言われるか考えただけで面倒くせぇのに」

「……そうか。恋人がいるのか。残念だな、ジャダーカ。失恋決定だな」

どうやら本気で残念だと思っているらしい男に、バルは目を細める。

失恋云々は、まあどうでもいい。本気で一目惚れなのかよ、とは突っ込みたいが、問題はそこではない。

「あんた、一体何者だ? 今までジャダーカの名前を出した奴は、様を付けてたぞ。あんたはつけねぇのか」

「ああ、そうだな。名乗っていなかったか」

男は言って、傲然と胸を張る。

「己の名はアシュラ。魔王様の配下、ジャダーカと並ぶ四天王の一人だ。――貴様の名は、バルで良かったか?」

バルは両手で剣を持ち、構える。

アシュラの名は、メルクリウスが最期に口にした名前だ。まさかこんな早々に、こんな場所で四天王とやらが出てくるとは思わなかった。

「――バルムートだ。てめぇに愛称で呼ばれる筋合いはねぇ」

「承知した。では始めようか、バルムート。――<決闘場開場デュエルフィールド・オープン>」

黒色の透明な囲いが出現し、広がった。
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