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第八章 世界樹ユグドラシル
風の勇者
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アレクが起きた時、バルとユーリ、暁斗、泰基は起きていたが、リィカはまだ寝ていた。
「世界樹の葉がいくら素晴らしいものであっても、睡眠に勝る回復手段は存在しませんよ。まだ時間は大丈夫ですし、ギリギリまで寝かせておきましょう」
「……そうだな」
ユーリに言われて頷いた。寝ているリィカの表情が穏やかでホッとする。
「そんでアレク、何があった?」
バルから唐突に聞かれたが、意味が分からない。
「……何がって何だ? ククノチの所での事は、話した通りだぞ?」
「リィカとだよ」
「――ゴフッ」
噴き出しそうになったのを慌てて押さえようとして、押さえきれなかった。
が、無視してしらばっくれてみた。
「……別に何もないぞ」
「その反応で、ごまかせると思ってんのか」
「そうですよ。大体、お二人の雰囲気が明らかに違うじゃないですか。何かあったと言ってるようなものですよ」
ユーリも参戦してきた。
勇者二人を見てみれば、暁斗は食い入るようにアレクを見ており、泰基は苦笑しているだけで、止めに入ってくれる気配はない。
以前にも、リィカと何があったのかとバルとユーリに問い詰められ、からかわれた事をアレクは思い出す。結局は白状することになりそうだが、素直に言うのも癪だった。
「別に何も変わっていないと思うが」
「まさか、本気じゃないですよね?」
ユーリに本気で驚かれた。
「ご自分がどんな態度をしていたか覚えてます? ずっとリィカを抱えて心配して、僕が世界樹の葉を煎じて作った物を奪い取って介助して。
少し前はリィカを視線に入れる事さえ出来ていなかったアレクが、急に以前のように……というか、以前以上にリィカへの過保護が酷くなってますよ」
「……………………」
そんなことない、とは言えなかった。
自覚がなくはない。
片思いだったときと、振られたと思っていたときと、そして両思いになった今と。当然相手への態度だって変わるだろう。
「ほれ、さっさと言え。こっちだって気を揉んでたんだ」
バルに言われ、仕方なくアレクは口を開いた。
(――リィカが寝ていて、まだ良かったか)
今のうちに話をすれば、からかわれるのは自分一人で済む。ついでに言えば、リィカがいる所で話すのは、なお一層恥ずかしかった。
ちなみに、アレクの話の途中で目を覚ましたリィカだが、話の内容に気付いて起きるに起きられず、話が終わるまで顔を赤くして寝たふりを続けていた。
※ ※ ※
『食べろ』
アレクがからかわれすぎて逆に怒りだし、少したってリィカも(狸寝入りから)起き出した所で、小屋に入ってきたバナスパティが、口から大量の果物を吐き出し、一言言った。
どれも美味しそうだが、他者の口の中に入っていた、と思うと、いまいち食指が動かない。
食べようとしない勇者一行に、バナスパティが気付いたように言った。
『そうか。――気にするな。我の口の中は、その娘の持っている腕輪のようなものだ。実際に口の中に入っているわけではないから、気にせず食べろ』
リィカの持っている腕輪。つまり、アイテムボックスのことだ。
一体どういう仕組みになっているのか。バナスパティに視線が集まるが、不機嫌になっただけだ。
『食わぬならそれでも良いが、後で空腹を訴えても知らぬぞ』
その言葉に、ようやく一行は手を動かした。
「世界樹ユグドラシルは、いつからそう呼ばれるようになったんだ?」
果物を食べつつ質問したのは泰基だった。
バナスパティに疑問の顔を向けられたので、泰基は付け加えた。
「昔は大樹とだけ呼んでいたと話があったので。名前を付けられるきっかけでもあったのかと思ったんだが」
なおもバナスパティは不思議そうにしている。
『名前を付けたのは勇者だぞ? そなたらの世界では、巨大な樹と言えば世界樹ユグドラシルを指すのだと、あの勇者は言っておったが』
「……やっぱり勇者か」
偏りまくった知識を異世界でばらまくな、と嘆く泰基の側で、暁斗が納得したように頷いていた。
「そっか、昔の勇者が名前を付けたんだ。いきなりファンタジーな単語が出てきて驚いたけど、そういうことかぁ」
暁斗は感心しているが、命名基準は暁斗もその勇者もほとんど差はない。
もしアイテムボックスが世間に広まって、そこに勇者が召喚されれば、その勇者もきっと呆れ半分に感心するだろう。
「その時の勇者も、何か事情があってここに来たのか?」
暁斗の事はとりあえず放って、泰基は質問を続ける。
過去の勇者の情報は本当に少ないので、知る機会があれば知っておきたかった。
『否。あの者は空を飛んでここまで来たのだ。魔王を倒したあと、せっかくだから世界一周旅行をしているのだと言っていたな』
バナスパティの返答は、想像の斜め上だった。
「……空を飛ぶ? 世界一周旅行って……」
『うむ。あの勇者は、風の勇者と呼ばれておったようだな。風一つしか適正がなかったらしいが、それだけに風の扱いは天才と言っても足りぬくらいだった。風の力で自らを宙に浮かせて飛ばすなど、我とて想像出来ぬ』
バナスパティの目は、昔を懐かしむように細められた。
勇者は、ある日突然、上空から降りてきた。小島に過ぎないが、自分たちが旅をした大陸以外の陸地を初めて見つけた。後はどこもかしこも海ばかりで驚いた、と言った。
『普通、魔王退治と言えば、海があって船がある! 空行く船がある! なのに、ずっと陸地ばかり。結局海に出ないまま、魔国までたどり着いた。どういうことだと思ったね』
その勇者はそう力説していた。
仲間たちに聞いても、不思議そうな顔をされるだけ。他に大陸はないのか。そっちはいいのかよ、と言っても通じない。
それで魔王を倒した後に、大陸の外へと出てみれば、海、海、海……。どこまで行っても海ばかり。
陸地はあの大陸しかないのかと思っていたら、巨大な樹と不思議な気配を見つけて降りてきた、というわけだった。
「……海、出ないんだ」
暁斗が何となく残念そうな顔をしている。
「出たいのか?」
泰基が呆れて反問すれば、暁斗は少し考える風になる。
「……出なくていいかも。日本みたいな船なんてないもんね。すごく揺れそう」
「それだけじゃないだろ。海には海の魔物がいるだろうし、のんびりした船旅になんかならない。船が壊れたりしたら最悪だ」
うげっ、という顔に暁斗がなると、バナスパティが興味深げに見た。
『ふむ、そなたらには意味が分かるのか? 我には勇者がなぜあそこまで力説したのか、未だによく分かっておらぬ』
「別に分かる必要はないだろうけどな」
どうせゲームか何かに影響された、しょうもないその勇者のこだわりだ。
同じ日本人として、偏りまくった知識をばらまいた勇者の謝罪をしたい所だ、と泰基は思う。
『そういうものか? やはりよく分からぬな。――そうして来たその勇者が、大樹に世界樹ユグドラシルの名を付けた。世界樹の葉という名称や、我のバナスパティという名も、その勇者が付けたのだ』
懐かしげに語るバナスパティだが、そこに困惑げな表情を見せた。
『それから時々ここに来るようになった。世界一周旅行の続きだと、東へ飛び立ったら西から戻ってきた。南へ飛び立てば北から戻ってくる。一体どこで何をしているのかと聞いたら、ただ飛び立って真っ直ぐに飛んできただけだと、そう言うのだ』
泰基は驚いた。暁斗とリィカも驚く気配がする。
『おかしな話だ、と思ったが、勇者はなぜか納得しておったな。この世界も球体なのだと、ワクセイなるものだと。ずっと上空に行けばウチュウとやらがあり、きっと故郷と繋がっているのだと、そう言っておった。
ではそこを通って故郷に帰るのか、と聞いたら、無理だと笑っておったがな』
「そうか」
「……そっか。そうなんだね」
しんみりと泰基が、暁斗がつぶやいた。
『やはりそなたらには分かるのか。我には荒唐無稽な話にしか聞こえなかった』
バナスパティは、羨ましそうだった。
「……そこを通っては帰れないのか?」
困惑顔のアレクが、そう聞いた。
泰基が見ると、バルやユーリも困惑している。
そうだよな、話が分からないよな、と思いながら、泰基は答えた。
「ああ、無理な話だ。だから気にしなくていい」
宇宙に出るなど、それこそ荒唐無稽な話だ。
心配そうに見ているリィカと視線が合う。
お前も気にするな、とそんな思いを込めて見れば、リィカの目が悲しげに下がった。
「世界樹の葉がいくら素晴らしいものであっても、睡眠に勝る回復手段は存在しませんよ。まだ時間は大丈夫ですし、ギリギリまで寝かせておきましょう」
「……そうだな」
ユーリに言われて頷いた。寝ているリィカの表情が穏やかでホッとする。
「そんでアレク、何があった?」
バルから唐突に聞かれたが、意味が分からない。
「……何がって何だ? ククノチの所での事は、話した通りだぞ?」
「リィカとだよ」
「――ゴフッ」
噴き出しそうになったのを慌てて押さえようとして、押さえきれなかった。
が、無視してしらばっくれてみた。
「……別に何もないぞ」
「その反応で、ごまかせると思ってんのか」
「そうですよ。大体、お二人の雰囲気が明らかに違うじゃないですか。何かあったと言ってるようなものですよ」
ユーリも参戦してきた。
勇者二人を見てみれば、暁斗は食い入るようにアレクを見ており、泰基は苦笑しているだけで、止めに入ってくれる気配はない。
以前にも、リィカと何があったのかとバルとユーリに問い詰められ、からかわれた事をアレクは思い出す。結局は白状することになりそうだが、素直に言うのも癪だった。
「別に何も変わっていないと思うが」
「まさか、本気じゃないですよね?」
ユーリに本気で驚かれた。
「ご自分がどんな態度をしていたか覚えてます? ずっとリィカを抱えて心配して、僕が世界樹の葉を煎じて作った物を奪い取って介助して。
少し前はリィカを視線に入れる事さえ出来ていなかったアレクが、急に以前のように……というか、以前以上にリィカへの過保護が酷くなってますよ」
「……………………」
そんなことない、とは言えなかった。
自覚がなくはない。
片思いだったときと、振られたと思っていたときと、そして両思いになった今と。当然相手への態度だって変わるだろう。
「ほれ、さっさと言え。こっちだって気を揉んでたんだ」
バルに言われ、仕方なくアレクは口を開いた。
(――リィカが寝ていて、まだ良かったか)
今のうちに話をすれば、からかわれるのは自分一人で済む。ついでに言えば、リィカがいる所で話すのは、なお一層恥ずかしかった。
ちなみに、アレクの話の途中で目を覚ましたリィカだが、話の内容に気付いて起きるに起きられず、話が終わるまで顔を赤くして寝たふりを続けていた。
※ ※ ※
『食べろ』
アレクがからかわれすぎて逆に怒りだし、少したってリィカも(狸寝入りから)起き出した所で、小屋に入ってきたバナスパティが、口から大量の果物を吐き出し、一言言った。
どれも美味しそうだが、他者の口の中に入っていた、と思うと、いまいち食指が動かない。
食べようとしない勇者一行に、バナスパティが気付いたように言った。
『そうか。――気にするな。我の口の中は、その娘の持っている腕輪のようなものだ。実際に口の中に入っているわけではないから、気にせず食べろ』
リィカの持っている腕輪。つまり、アイテムボックスのことだ。
一体どういう仕組みになっているのか。バナスパティに視線が集まるが、不機嫌になっただけだ。
『食わぬならそれでも良いが、後で空腹を訴えても知らぬぞ』
その言葉に、ようやく一行は手を動かした。
「世界樹ユグドラシルは、いつからそう呼ばれるようになったんだ?」
果物を食べつつ質問したのは泰基だった。
バナスパティに疑問の顔を向けられたので、泰基は付け加えた。
「昔は大樹とだけ呼んでいたと話があったので。名前を付けられるきっかけでもあったのかと思ったんだが」
なおもバナスパティは不思議そうにしている。
『名前を付けたのは勇者だぞ? そなたらの世界では、巨大な樹と言えば世界樹ユグドラシルを指すのだと、あの勇者は言っておったが』
「……やっぱり勇者か」
偏りまくった知識を異世界でばらまくな、と嘆く泰基の側で、暁斗が納得したように頷いていた。
「そっか、昔の勇者が名前を付けたんだ。いきなりファンタジーな単語が出てきて驚いたけど、そういうことかぁ」
暁斗は感心しているが、命名基準は暁斗もその勇者もほとんど差はない。
もしアイテムボックスが世間に広まって、そこに勇者が召喚されれば、その勇者もきっと呆れ半分に感心するだろう。
「その時の勇者も、何か事情があってここに来たのか?」
暁斗の事はとりあえず放って、泰基は質問を続ける。
過去の勇者の情報は本当に少ないので、知る機会があれば知っておきたかった。
『否。あの者は空を飛んでここまで来たのだ。魔王を倒したあと、せっかくだから世界一周旅行をしているのだと言っていたな』
バナスパティの返答は、想像の斜め上だった。
「……空を飛ぶ? 世界一周旅行って……」
『うむ。あの勇者は、風の勇者と呼ばれておったようだな。風一つしか適正がなかったらしいが、それだけに風の扱いは天才と言っても足りぬくらいだった。風の力で自らを宙に浮かせて飛ばすなど、我とて想像出来ぬ』
バナスパティの目は、昔を懐かしむように細められた。
勇者は、ある日突然、上空から降りてきた。小島に過ぎないが、自分たちが旅をした大陸以外の陸地を初めて見つけた。後はどこもかしこも海ばかりで驚いた、と言った。
『普通、魔王退治と言えば、海があって船がある! 空行く船がある! なのに、ずっと陸地ばかり。結局海に出ないまま、魔国までたどり着いた。どういうことだと思ったね』
その勇者はそう力説していた。
仲間たちに聞いても、不思議そうな顔をされるだけ。他に大陸はないのか。そっちはいいのかよ、と言っても通じない。
それで魔王を倒した後に、大陸の外へと出てみれば、海、海、海……。どこまで行っても海ばかり。
陸地はあの大陸しかないのかと思っていたら、巨大な樹と不思議な気配を見つけて降りてきた、というわけだった。
「……海、出ないんだ」
暁斗が何となく残念そうな顔をしている。
「出たいのか?」
泰基が呆れて反問すれば、暁斗は少し考える風になる。
「……出なくていいかも。日本みたいな船なんてないもんね。すごく揺れそう」
「それだけじゃないだろ。海には海の魔物がいるだろうし、のんびりした船旅になんかならない。船が壊れたりしたら最悪だ」
うげっ、という顔に暁斗がなると、バナスパティが興味深げに見た。
『ふむ、そなたらには意味が分かるのか? 我には勇者がなぜあそこまで力説したのか、未だによく分かっておらぬ』
「別に分かる必要はないだろうけどな」
どうせゲームか何かに影響された、しょうもないその勇者のこだわりだ。
同じ日本人として、偏りまくった知識をばらまいた勇者の謝罪をしたい所だ、と泰基は思う。
『そういうものか? やはりよく分からぬな。――そうして来たその勇者が、大樹に世界樹ユグドラシルの名を付けた。世界樹の葉という名称や、我のバナスパティという名も、その勇者が付けたのだ』
懐かしげに語るバナスパティだが、そこに困惑げな表情を見せた。
『それから時々ここに来るようになった。世界一周旅行の続きだと、東へ飛び立ったら西から戻ってきた。南へ飛び立てば北から戻ってくる。一体どこで何をしているのかと聞いたら、ただ飛び立って真っ直ぐに飛んできただけだと、そう言うのだ』
泰基は驚いた。暁斗とリィカも驚く気配がする。
『おかしな話だ、と思ったが、勇者はなぜか納得しておったな。この世界も球体なのだと、ワクセイなるものだと。ずっと上空に行けばウチュウとやらがあり、きっと故郷と繋がっているのだと、そう言っておった。
ではそこを通って故郷に帰るのか、と聞いたら、無理だと笑っておったがな』
「そうか」
「……そっか。そうなんだね」
しんみりと泰基が、暁斗がつぶやいた。
『やはりそなたらには分かるのか。我には荒唐無稽な話にしか聞こえなかった』
バナスパティは、羨ましそうだった。
「……そこを通っては帰れないのか?」
困惑顔のアレクが、そう聞いた。
泰基が見ると、バルやユーリも困惑している。
そうだよな、話が分からないよな、と思いながら、泰基は答えた。
「ああ、無理な話だ。だから気にしなくていい」
宇宙に出るなど、それこそ荒唐無稽な話だ。
心配そうに見ているリィカと視線が合う。
お前も気にするな、とそんな思いを込めて見れば、リィカの目が悲しげに下がった。
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