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第七章 月空の下で
順番に寝込む
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リィカは完全に起き上がって、ベッドの端に腰掛ける。
話をしていいと言うことは、起きていいと言うことだろう、と勝手に判断した。
「体、平気?」
暁斗が心配そうに聞いてきた。
「うん、ありがとう。大丈夫そう」
笑って返した。
「リィカは、よくあの婆様、平気だな」
バルに異様なまでに感心したように言われたが、リィカは分からずに首を傾げる。
「……迫力がありすぎるっつうか、口を挟ませない何かがあるっつうか……」
ああ、と思う。何を言いたいのか、何となく理解した。
「クレールム村の村長の奥さんが、あんな感じなの。普段は口うるさいお婆さんだけど、何かあるときにはすごく頼りになる。悪いことすれば怒られるし、ネチネチうるさいけど、でも絶対に見捨てない、みたいな」
だから、すごく懐かしかった、と続ければ、バルが何とも複雑な顔をする。
「要するに、何かあったときだけ有り難みを感じる婆様だと、そういうことか」
「……要約の仕方に、微妙に悪意があるんだけど」
なぜ、だけ、を強調するのか。
間違っていないのかもしれないが、そうじゃない。
「ああいったタイプの方と、お会いしたの初めてですからね。正直苦手ですよ」
ユーリが、真顔で言い切る。
「けれど、リィカにとって頼りになる方なら、良かったです。――それで、出発日はどうしますか?」
「明日明後日で治るんだよね。……三日後に出発?」
リィカの言葉に、全員が脱力する。
「あの婆様が怒るだけですから、やめて下さい」
ユーリが代表して突っ込みを入れた。
それではやめろと言われた、治ってすぐの出発と変わらない。
一週間後の出発、という案が多かった。
が、肝心のリィカが首を縦に振らず、結局出発は五日後にした。
リィカは順調に回復した。
精神的な不安定さも、少なくとも表には出ていない。
予定通りに出立できるか、と思っていた、出発予定日の前日。
――暁斗が熱を出した。
「いやぁ、人生ってのは驚きの連続だな。まさか、暁斗が熱を出して寝込むのを拝む日が来るとは」
暁斗の枕元で、泰基がしみじみと人生を語った。
「バカは風邪引かない、という言葉を体現していたのにな。本当に驚いた」
「――父さん、少しは心配してよ」
暁斗は不満を漏らし、側にいたユーリとリィカは苦笑した。
「腹出して寝てるからだろ。日本ほど夜は暑くないんだから、ちゃんと掛けて寝ろと何回も言っただろうが」
「だって冷房ないし、暑いものは暑いんだもん!」
叫ぶだけ叫んだ暁斗は、しかし苦しそうに咳き込んだ。
「あまり病気をしたことない人が熱を出すと、必要以上に具合が悪く感じるらしいですからね。まあ、大人しく寝ていて下さいね。折角ですから、ゆっくりしちゃいましょう」
「……寝てるだけって、つまんない」
暁斗の言葉に、ユーリがわずかに怒る様子を見せるが、
「ダメだよ、暁斗。ゆっくり休んで、早く良くなってね」
「……うん」
リィカの言葉に素直に頷いたのを見て、ユーリが諦めたようにため息をついた。
暁斗はあっさり次の日には回復した。
しかし、泰基が体調を崩した。
「あんたたち、順番で具合悪くなるね」
呆れたように言ったのは、たまたまその場にいて、泰基を診たペトラだった。
「しょうがないさ。十代の若者と一緒に行動してりゃ、どこかで無理してたっておかしくない。リィカやらアキトやらで気を揉んでた所が落ち着いて、気が抜けたんだろうよ。ゆっくり休みな」
元々、旅や野宿など経験していないのだ。暁斗もそうだったのかもしれないが、泰基も疲れが溜まっていてもおかしくなかった。
※ ※ ※
まどろむ泰基は、夢を見ていた。
『――今だ! 攻撃しちゃえ!』
『うわっ、なんだよ。今良い所なのに』
二人でアニメを見ていたら、凪沙がいきなり叫んだ。
場面は、敵相手に、主人公が大魔法を使うのに呪文詠唱している場面だ。
迫力があって、まさに主人公の見せ場なのだが。
『良い所だけど、敵の前で長々呪文詠唱するっておかしい! 敵も「これはまさか……!」とか言ってないで、さっさと攻撃しちゃえ!』
『あのなぁ。こういう作品はそれがお約束で……って、ああ! 終わっちゃったじゃないか!』
『どうせ録画してるんでしょ。見直せばいいじゃない』
『録画で見るのと、リアルタイムで見るのじゃ、気分が違うだろ!』
『どっちだって内容同じでしょ。泰基ってバカ?』
『だから気分の問題だ! それに俺がバカなら、凪沙はもっとバカだからな』
『ひどーい! ちょっと泰基の方が頭いいからって!』
凪沙が手を振り上げて、泰基を叩こうとするが、泰基もそれに応戦する。
二人は、楽しそうに笑っていた。
額に何かが触れるのを感じて、泰基は夢から意識が浮上する。
まだボンヤリしたまま、額に触れる懐かしい感覚に引きずられた。
「…………凪沙……?」
額に触れていた手が、動揺したように動く。
その動きで、泰基の意識も完全に覚醒した。目を開けて、相手を見る。
「…………悪い、リィカ」
「いいよ。寝言でも凪沙の名前、言ってたよ。笑ってたけど、良い夢でも見てた?」
「……ああ。昔の夢を、少しな」
何てことない、当たり前の日常。二度と戻ってこない、日常の夢だ。
辺りを見回せば、いるのはリィカだけらしい。
そういえば、熱を出して寝てたんだった、と今さらながらに泰基は思い出す。
「……俺と話をして、大丈夫なのか?」
今のリィカに、凪沙と呼びかけてしまったのは、完全に失敗だった。「わたしがわたしじゃなくなる」と言っていたのは、つい最近だ。
寝ぼけていた、という理由で済ませるわけにはいかなかった。
「話すくらい大丈夫だよ。お婆さんのおかげで、気持ちもすっきりしたし。そんなに心配しなくても平気」
泰基の問いの意味を、正確に理解したんだろう。笑ってみせるリィカに、泰基は半信半疑だ。
その視線に気付いているだろうに、リィカが言ったのは別のことだ。
「暁斗が泰基のことを心配してる。――けど、『オレのことをバカにしたのに、自分が熱出すなんて』って言っちゃった手前、素直に心配だって言えないみたいで。それで、わたしが代わりに様子を見に来たの」
「…………………」
困ったことに、その情景がありありと思い浮かぶ。
そして、戻ったリィカに、自分の様子を事細かに聞こうとするんだろう。
今のリィカに手間を掛けさせるな、と叱りつけたい。
「リィカ。悪いが、あのバカ息子にここに来い、と言ってくれ」
「分かった、言っとくね。……あんまり怒っちゃダメだよ」
「それはアイツ次第だな」
もう、とリィカが笑う。
これが、今の日常だ。
※ ※ ※
さすがに逗留が長くなってしまったので、お世話になっている代わりに、アレクたちは周辺の魔物退治を手伝いだした。
ほとんどがDランクだが、たまにCランクの魔物も出てくる。
「魔族がいる様子はない」
とは、国主のクリストフが言っていた事だ。
女好きだとペトラにこき下ろされていたクリストフだが、有事の際の対応は見事の一言だ。
アレクたちがいなくても、何も問題なく対応できている。
回復したリィカが魔物退治に出て、魔法を使う姿を見たときには、問題の一面も見せたが……。
「――なんと素晴らしい。どうか私の妻に……いたっ」
言葉の途中で、リィカの主治医だからとついてきたペトラに頭を殴られていた。
泰基の回復には少し時間がかかった。
宿にいたときからも合わせれば、この街ではおよそ三週間も逗留していた事になる。
今までになく、穏やかな時間を過ごした日々でもあっただろう。
アレクとリィカの間は、今だぎこちないが、リィカ自身の調子は完全に元に戻っていた。
幸いにも、その後体調を崩す者はなく、出発することとなる。
話をしていいと言うことは、起きていいと言うことだろう、と勝手に判断した。
「体、平気?」
暁斗が心配そうに聞いてきた。
「うん、ありがとう。大丈夫そう」
笑って返した。
「リィカは、よくあの婆様、平気だな」
バルに異様なまでに感心したように言われたが、リィカは分からずに首を傾げる。
「……迫力がありすぎるっつうか、口を挟ませない何かがあるっつうか……」
ああ、と思う。何を言いたいのか、何となく理解した。
「クレールム村の村長の奥さんが、あんな感じなの。普段は口うるさいお婆さんだけど、何かあるときにはすごく頼りになる。悪いことすれば怒られるし、ネチネチうるさいけど、でも絶対に見捨てない、みたいな」
だから、すごく懐かしかった、と続ければ、バルが何とも複雑な顔をする。
「要するに、何かあったときだけ有り難みを感じる婆様だと、そういうことか」
「……要約の仕方に、微妙に悪意があるんだけど」
なぜ、だけ、を強調するのか。
間違っていないのかもしれないが、そうじゃない。
「ああいったタイプの方と、お会いしたの初めてですからね。正直苦手ですよ」
ユーリが、真顔で言い切る。
「けれど、リィカにとって頼りになる方なら、良かったです。――それで、出発日はどうしますか?」
「明日明後日で治るんだよね。……三日後に出発?」
リィカの言葉に、全員が脱力する。
「あの婆様が怒るだけですから、やめて下さい」
ユーリが代表して突っ込みを入れた。
それではやめろと言われた、治ってすぐの出発と変わらない。
一週間後の出発、という案が多かった。
が、肝心のリィカが首を縦に振らず、結局出発は五日後にした。
リィカは順調に回復した。
精神的な不安定さも、少なくとも表には出ていない。
予定通りに出立できるか、と思っていた、出発予定日の前日。
――暁斗が熱を出した。
「いやぁ、人生ってのは驚きの連続だな。まさか、暁斗が熱を出して寝込むのを拝む日が来るとは」
暁斗の枕元で、泰基がしみじみと人生を語った。
「バカは風邪引かない、という言葉を体現していたのにな。本当に驚いた」
「――父さん、少しは心配してよ」
暁斗は不満を漏らし、側にいたユーリとリィカは苦笑した。
「腹出して寝てるからだろ。日本ほど夜は暑くないんだから、ちゃんと掛けて寝ろと何回も言っただろうが」
「だって冷房ないし、暑いものは暑いんだもん!」
叫ぶだけ叫んだ暁斗は、しかし苦しそうに咳き込んだ。
「あまり病気をしたことない人が熱を出すと、必要以上に具合が悪く感じるらしいですからね。まあ、大人しく寝ていて下さいね。折角ですから、ゆっくりしちゃいましょう」
「……寝てるだけって、つまんない」
暁斗の言葉に、ユーリがわずかに怒る様子を見せるが、
「ダメだよ、暁斗。ゆっくり休んで、早く良くなってね」
「……うん」
リィカの言葉に素直に頷いたのを見て、ユーリが諦めたようにため息をついた。
暁斗はあっさり次の日には回復した。
しかし、泰基が体調を崩した。
「あんたたち、順番で具合悪くなるね」
呆れたように言ったのは、たまたまその場にいて、泰基を診たペトラだった。
「しょうがないさ。十代の若者と一緒に行動してりゃ、どこかで無理してたっておかしくない。リィカやらアキトやらで気を揉んでた所が落ち着いて、気が抜けたんだろうよ。ゆっくり休みな」
元々、旅や野宿など経験していないのだ。暁斗もそうだったのかもしれないが、泰基も疲れが溜まっていてもおかしくなかった。
※ ※ ※
まどろむ泰基は、夢を見ていた。
『――今だ! 攻撃しちゃえ!』
『うわっ、なんだよ。今良い所なのに』
二人でアニメを見ていたら、凪沙がいきなり叫んだ。
場面は、敵相手に、主人公が大魔法を使うのに呪文詠唱している場面だ。
迫力があって、まさに主人公の見せ場なのだが。
『良い所だけど、敵の前で長々呪文詠唱するっておかしい! 敵も「これはまさか……!」とか言ってないで、さっさと攻撃しちゃえ!』
『あのなぁ。こういう作品はそれがお約束で……って、ああ! 終わっちゃったじゃないか!』
『どうせ録画してるんでしょ。見直せばいいじゃない』
『録画で見るのと、リアルタイムで見るのじゃ、気分が違うだろ!』
『どっちだって内容同じでしょ。泰基ってバカ?』
『だから気分の問題だ! それに俺がバカなら、凪沙はもっとバカだからな』
『ひどーい! ちょっと泰基の方が頭いいからって!』
凪沙が手を振り上げて、泰基を叩こうとするが、泰基もそれに応戦する。
二人は、楽しそうに笑っていた。
額に何かが触れるのを感じて、泰基は夢から意識が浮上する。
まだボンヤリしたまま、額に触れる懐かしい感覚に引きずられた。
「…………凪沙……?」
額に触れていた手が、動揺したように動く。
その動きで、泰基の意識も完全に覚醒した。目を開けて、相手を見る。
「…………悪い、リィカ」
「いいよ。寝言でも凪沙の名前、言ってたよ。笑ってたけど、良い夢でも見てた?」
「……ああ。昔の夢を、少しな」
何てことない、当たり前の日常。二度と戻ってこない、日常の夢だ。
辺りを見回せば、いるのはリィカだけらしい。
そういえば、熱を出して寝てたんだった、と今さらながらに泰基は思い出す。
「……俺と話をして、大丈夫なのか?」
今のリィカに、凪沙と呼びかけてしまったのは、完全に失敗だった。「わたしがわたしじゃなくなる」と言っていたのは、つい最近だ。
寝ぼけていた、という理由で済ませるわけにはいかなかった。
「話すくらい大丈夫だよ。お婆さんのおかげで、気持ちもすっきりしたし。そんなに心配しなくても平気」
泰基の問いの意味を、正確に理解したんだろう。笑ってみせるリィカに、泰基は半信半疑だ。
その視線に気付いているだろうに、リィカが言ったのは別のことだ。
「暁斗が泰基のことを心配してる。――けど、『オレのことをバカにしたのに、自分が熱出すなんて』って言っちゃった手前、素直に心配だって言えないみたいで。それで、わたしが代わりに様子を見に来たの」
「…………………」
困ったことに、その情景がありありと思い浮かぶ。
そして、戻ったリィカに、自分の様子を事細かに聞こうとするんだろう。
今のリィカに手間を掛けさせるな、と叱りつけたい。
「リィカ。悪いが、あのバカ息子にここに来い、と言ってくれ」
「分かった、言っとくね。……あんまり怒っちゃダメだよ」
「それはアイツ次第だな」
もう、とリィカが笑う。
これが、今の日常だ。
※ ※ ※
さすがに逗留が長くなってしまったので、お世話になっている代わりに、アレクたちは周辺の魔物退治を手伝いだした。
ほとんどがDランクだが、たまにCランクの魔物も出てくる。
「魔族がいる様子はない」
とは、国主のクリストフが言っていた事だ。
女好きだとペトラにこき下ろされていたクリストフだが、有事の際の対応は見事の一言だ。
アレクたちがいなくても、何も問題なく対応できている。
回復したリィカが魔物退治に出て、魔法を使う姿を見たときには、問題の一面も見せたが……。
「――なんと素晴らしい。どうか私の妻に……いたっ」
言葉の途中で、リィカの主治医だからとついてきたペトラに頭を殴られていた。
泰基の回復には少し時間がかかった。
宿にいたときからも合わせれば、この街ではおよそ三週間も逗留していた事になる。
今までになく、穏やかな時間を過ごした日々でもあっただろう。
アレクとリィカの間は、今だぎこちないが、リィカ自身の調子は完全に元に戻っていた。
幸いにも、その後体調を崩す者はなく、出発することとなる。
応援ありがとうございます!
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